第8話 データ収集
ユトピアで三日月熊戦が行われていた日の神々の住み処。
「なるほど。うん、いいデータがとれたかな」
戦いの行方を見届け、プロメテウスは満足したようにうなずいた。自身の部屋のリビングでモニターを5つ並べ、うち4つにそれぞれロー、マーリン、ギーラ、プリシラを中心に映し、残り1つに戦いの場全体を映すようにして観戦をしていたようだ。
小さく「ごくろーさん」とつぶやいたプロメテウスの背後にヘルメスが忍び寄り、首周りに腕を回してから問いかける。
「申し開きを聞こうか、プロメテウス」
「首を絞める準備をしてから話しかけないでよ。お行儀が悪いよ、ヘルメス」
軽口を返すが、ヘルメスは完全に無視して言葉を続ける。
「なぜ、もっと分かりやすく危険を知らせなかった? なぜ、集中が解けるようなレシピをわざわざ渡しておいた? さっき言っていたデータとは何だ?」
「いっぺんに質問されても、1つずつしか答えられないよ。まず、1つ目の質問だけど、具体的な指示を出すのは、そうしなければ乗り越えられない危機が待ち受ける場合だけにしているんだ。今回は、勝率が80%以上あると見込んでいたか、ら。ちょっ、首絞まって、る! 腕、ゆる、め、て」
「勝率80%」の辺りから腕に力を込め、首を絞めつけ始めたようだ。プロメテウスが手で腕をポンポンと叩き、腕を緩めるようにアピールするが、ヘルメスにとって許せる勝率ではなかったらしく、そのまま質問を続ける。
「なぜ、具体的な指示を出す場合を限定している? せっかく与えたスキルは有効活用すべきだろう?」
異界図書館で使徒に直接指示を出せる体制を整えていたことに、ヘルメスは内心舌を巻いていた。はっきりした指示を出さないのはもったいない。
返事を聞くために、一時的に腕を緩める。もちろん、すぐに首を絞めなおせる体勢は保ったままだ。
「ボクが具体的な指示を出しまくっちゃうとね、使徒が自分で考えなくなるんだよ。指示通りにしてればいいんだから、わざわざ考える必要ないからね」
「指示を出すほどではない小さな問題に対応できなくなることを防ぐため、自ら考えることを促す、というわけか」
「それもあるけど、ボクは嫌だからね。自分の使徒が何も考えないお馬鹿さんになっちゃうのは。知恵の神の使徒なのに阿呆だから、なんて理由で勝利宣言されたら、マジで笑えない」
確かにそれは嫌だろう。知恵の神としては立つ瀬がない。
「特にマーリンは、ボクからの熊を倒せって指令を受けてたうえに、父親の上位種出現への警戒も知ってて、今回上位種の出現を許しちゃったからね。近々、別の指令を出さなきゃいけないと考えてたところだよ」
言いながらだんだん目が座ってきたところを見ると、意外とマーリンに怒っているのかもしれない。
ともあれ、熊の上位種が秘密基地に出現することをストレートに告げなかった理由は理解できた。
「では、次だ。なぜ、集中が途切れかねないレシピを渡した? ローの明鏡止水は集中状態で発動するんだろう? わざと弱体化させて負けさせようとしたのではあるまいな?」
言いながら腕に力がこもっていったのか、またヘルメスの腕を叩いて力を抜けとアピールしながら答える。
「精霊術が狙ったとおりに発動するか確かめるためだよっ。」
腕を緩めさせて、呼吸を整えてから言葉を続ける。
「この世界の精霊術師が使う精霊術は、どうも想定されていたものと違うようだったからね。もともと精霊と契約しないと精霊術を使えない、なんて設定にはなってなかったはずだ。ここ数年で村に訪れた際に見た精霊術師は、精霊術と言いながら魔法を使っていたし」
「確かに、それは私も疑問に思っていたところだ。しかし、それはふざけたレシピを渡した理由にはなっていないな」
「うん、この世界の白が精霊術を発動できない理由を考えていたんだ。仮説その1、意思を伝える手段を持つ者が少ないから。これは、理由の1つではあった。でも、意思伝達を持つロー君でさえ大した力を使えないならこれだけが理由ではない」
精霊術は魔法よりも大きな力を扱えるように準備されたものだ。しかし、ローがローストベアのレシピを思い浮かべる前に起こした風は、それなりのレベルの風魔法でも再現できる程度だった。
「そこで、仮説その2。意思を伝える方法が知られていないため、精霊術師は十分な力を使えない」
精霊術は、精霊の力を借りて効果を発揮するもの。それならば、精霊に何をどうして欲しいのかが適切に伝わらなければならない。
それに必要なものは何なのか。いわば魔法における呪文に相当するものが精霊術においては知られていないが故に、精霊術を十分に扱える者がいない。
「例えば、お小遣いを上げて欲しいって願いを言われても、僕達は願いを叶えてあげられない。叶えてあげたいと思ってもね。でも、例えば、テストの点が良かったらお小遣いを上げてもらえる約束をしたから、良い点を取れるように助けて欲しいって願いだったら、ボクは手を貸してあげられる」
精霊術の効果が低いのは、精霊に的確に願いを伝えられていないからではないか。
最終目標だけ掲げられても、そこに至るまでの過程が示されなければ、目標に向かって進んでいけない。逆に過程だけ示されても、たどり着くべき先が分かっていなければ適格な行動は取れない。
その仮説を実証するために用意したのが、ローストベアのレシピ。レシピには必要な材料、各材料の分量、作業の手順が書かれている。さらに、プロメテウスのレシピには完成図としてイラストもつけられていたし、注意書きとして肉は死後硬直が解けた後の柔らかくなったものを使う、できれば数日置いて熟成させるなどの注意書きも書かれていた。
精霊術を使い始めたときにローが思い浮かべていたのは、「火の威力を上げたい」、「三日月熊を倒したい」の2点のみ。それと比較するとレシピには、何が必要で、どういう過程を経て、どんな結果を望むのかがはっきり指示されている。
「まぁ、どこまで必要かははっきりしないけど、少なくとも結果として何を望み、どうやってその結果を実現するか、辺りは伝える必要があるんじゃないかな。いや~、大変だね、ロー君。精霊術の体系的な理解までひ、つよ、う」
「そういう、真理の探究なんかは、知恵の神の使徒がやれーー!」
言葉の途中で、再び首を絞め始めた。
確かに、知恵の神の使徒の方が向いていそうなミッションだ。
「ごめ、ごめん。悪いと思ってる! 思ってるから! 反省も! したいと、思って、る」
「反省したいと思ってる、じゃなくて、反省しろ! 私の使徒に頼るな!」
そこまで言って、返事を聞こうと腕を緩めた。
「ふー、ふー。いや、ほら、ボクって先に考える者だから。計画とか設計とか、先に考えておくのは得意でも、後悔とか反省とか、後から考えるのは苦手で。ぐえっ」
「なんだそれは! そんな知恵の神がいてたまるか! 欠陥品か、お前は!」
首を思い切り絞め上げ、プロメテウスがぐったりしたのを確認してからソファに放り出す。
神々は不老不死なので、別に死んだりはしない。
「ひどいよ、ヘルメス。仕方ないじゃん。先見の明を持ってる使徒はロー君だけだし。白じゃないマーリンが精霊術について考察しても限界があるし」
数秒待つと少し回復したのか、そんな言葉が返ってきた。
確かに仕方ない面はある。しかし、心情的に納得できるかは別だ。ヘルメスは、なおも怒りの表情で、3つ目の質問をする。
「それで、いいデータとは何のことだ?」
「さっき言った精霊術に関することもその1つだけど、あの3人の戦闘力のデータがメインだね。今まで、一撃で倒せる魔物しか倒してこなかったから、どこまで戦えるか正確なところが分からなくて」
「ローは基本、戦わないからな? 商人になるのが夢のようだし、戦闘は不要だ」
青筋を立てて近付くヘルメス。
「戦わずに済むならそれでいいと思うよ。でも、ユトピアはそんなに平和な世界じゃない。望むと望まないとに関わらず、戦わなきゃならない場面はこれからも出てくる」
にらむヘルメスに笑顔で返すプロメテウス。そのまま、会話は続ける。
「一番の収穫は、明鏡止水のデータ。今までも結構な頻度で発動していたけど、どうやら普通の集中状態と極限レベルの集中状態では効果が変わるようだね」
例えば、普通の集中状態ではスキルの能力を底上げしてくれてはいたものの、技術的な未熟さはカバーされず、成功パターンを再現できないこともあった。しかし、極限まで集中した状態ならば、まだ視認できていないキラーベアの頸動脈をあっさり切り裂けるほどの技量を見せていた。
「それと、あのスキル、ただ他のスキルの効果を引き出すだけじゃなく、集中力を持続させる効果、あるいは、精神を安定させる効果があるのかもしれないね」
「なぜ、そう思う?」
「いくら戦いなれてきたとはいっても、5歳の子供で、強敵との戦闘経験はなかった。動きが硬くなってもおかしくない。でも、そんな様子は見られなかった。加えて、あの力の抜ける歌を2番の途中までは全く集中を切らさずに歌ってたからね。……うちのマーリンは、早々にプロメテウスの火の制御を止めちゃったというのに」
ローは気が付いていなかったが、歌の途中で呆気に取られたマーリンはプロメテウスの火を止めてしまっていた。狙ったものだけを燃やせるプロメテウスの火を最後まで維持していたら、ローの木刀は黒焦げにならずに済んだというのに。
火の精霊も力を貸したため、火が消えることはなかったが、不甲斐ない使徒にプロメテウスは怒っているようだ。
「まぁ、いいだろう。今日のところは、これで帰る。――さっき言っていたマーリンに出す新しい指令のことだが。ローを巻き込むなよ」
「善処するよ、たぶんマーリンが。でも、2人は兄弟なんだし、ある程度は仕方がないと思って大目に見てよ」
ふざけた言葉を放ち、恵比須様の像の前にあるシュークリームに手を伸ばすプロメテウスを置いて、部屋を出る。
今回の戦いでプロメテウスは、明鏡止水の極限集中状態を意図的に解いた。敵であるならば、厄介なことを知られてしまったものだと、ヘルメスは頭を悩ませていた。




