第7話 精霊術
僕が心の中で語りかけた言葉に、返事を返してくれたハンノキさん。僕が最初に意思伝達を使ってコミュニケーションをとった相手。
そして、風の加護を宿すハンノキの木刀は、精霊術と見誤るような力を発揮して、僕を助けてくれた。もとのハンノキが倒れてしまっても、この木刀の力は残るのか。
いや、今はもっと他に考えるべきことがある。
兄ちゃんは火の威力を上げる方法として、空気を含ませることを挙げた。空気。風。
とるべき手段が見えた気がする。
あとは、どうやって実現させるかだ。意思伝達でハンノキさんに呼びかけたのでは、ハンノキの木刀を使って起こせる風と大して変わらない程度しか期待できないと先見の明が答えを返す。
なら、精霊術師が使うことがあるという音楽なら――?
策は決まった。あまりカッコよくはないかもしれないけれど。
まずは、突進を止める。
向かってくる三日月熊の空いた口めがけて、刃先を真っ直ぐ前に向けて木刀を思い切り投げつける。
三日月熊は直撃を受けてつんのめった。相手の突進力と相まって、かなり奥まで突き刺さったようで、悶え苦しんでいる。
「兄ちゃん、今!」
「おう!」
合図に合わせて放たれた火魔法で全身を包まれ、燃え上がる三日月熊。火を消そうと、地面を転げまわるがこの火はそんなに簡単に消えてくれない、魔法の火だ。
僕は、心を静めて歌いだす。僕の聞いたことのある唯一の歌を。
今日のご飯は何だろな~♪
肉・肉・肉・肉・肉が好き~♪
鳥肉、オーク肉、牛の肉~♪
だ~れか分~けてくれるかな~♪
今朝、村の子供が歌っていた能天気な歌。赤ん坊の頃は誰か子守歌でも歌ってくれていたのかもしれないけれど、僕の記憶に残っている歌なんてこれしかなかった。
突如、こんな歌を歌いだした僕に、兄ちゃんとギーラは呆気に取られ、目を点にしている。
しかし、気を散らしてはいけない。しまらないのは重々承知だけれど、集中を切らすわけにはいかない。
僕の周りを何かが流れていくのを感じる。先見の明で見たイメージ通りに、そっと風が巻き起こり、炎に包まれる三日月熊をさらに風が包み込む。
火は勢いをまし、三日月熊の叫び声が一瞬大きくなった後、だんだん小さく弱々しくなっていく。
今日のご飯は何だろな~♪
肉・肉・肉・肉・肉が好き~♪
ウサ肉、鹿肉、熊の肉~♪
横取りし~ても食べたいな~♪
集中しなきゃと自分に言い聞かせるけれど、さっきまでのような集中力を保つのは難しい。
歌詞に熊の肉まで出てきてしまったせいで、昨晩、兄ちゃんから渡された資料に乗っていたローストベアのレシピなんかが唐突に頭に浮かんでくる。
『なるほど』
いくつもの声が聞こえた気がした。1つは以前聞いたハンノキさんの声だったと思うけれど、他の声は誰だろう。
巻き起こる風が小さな竜巻のようなものから、もっと不規則なものに変化する。周囲を流れる何かの動きも複雑になった。
先見の明がローストベアが美味しく焼き上がる未来を詳細に告げてくる。どうやら、精霊さん達(?)は、僕が唐突に思い浮かべたレシピを僕のお願いとして受け取ったようだ。
意思伝達を通して伝わってくるイメージによると、精霊さん達はレシピを忠実に再現してくれているらしい。風の精霊さんなのであろうハンノキさんが、風の刃で三日月熊を切り裂いて血抜きをし、苦みのある内臓を取り出す。闇の精霊さんも協力してくれているのか、肉を熟成させて柔らかくしてくれている。森のどこかから採ってきたのか数種の香草が風で巻き上げられて、ふいにできた火の隙間から三日月熊の肉に振りかけられていく。
もう、歌い続ける必要はなさそうだ。『塩をかけるなら、もっと遠くにいる精霊まで指示を出して』とハンノキさんが告げてくるけど、そこまでやる必要はない。レシピとは違ってしまうけど、塩は家に帰ってから後でかけよう。別に今は料理をしたかったわけじゃない。
ウルフのなめし革を一枚敷いて、取り出した熊の内臓を置いてもらうか。
出来上がったローストベアを置くためにもう一枚必要かな。
衛生面は少し気になるけれど、他に使えそうなものがないし、兄ちゃん以外は、これくらいなら気にしないはずだ。
兄ちゃんとギーラは目を丸くしたまま、僕の謎の行動を視線で追いかけている。プリシラは意図を汲んでくれたみたいで革を敷くのを手伝ってくれている。
僕の歌はプリシラには聴こえてないと思いきや、口元に時たま笑みを浮かべては真面目な顔に無理やり戻して、笑いをこらえているように見える。
意思伝達は自分の考えていることを伝えるだけじゃなくて、相手の伝えようとしていることを読み取るのにも効果を発揮してくれていた。だから、下位のスキルである意思疎通を持つプリシラが僕の思い浮かべた歌詞やローストベアのレシピを読み取っていても不思議はない。
「仕方ないじゃん。僕、他に歌とか知らないし」
『ふふっ。ごめん。でも、おかしくて。ついさっきまで、あんな真剣に戦ってたのに。ぷふっ』
笑われるのは覚悟してた。でも、兄ちゃんやギーラに笑われるよりもプリシラに笑われるのは、なぜだかダメージが大きかった。
「マル、何してるんだ?」
「……もうすぐローストベアが焼き上がるから、置く場所を確保してるんだよ。地面に落とすよりはなめし革の上の方がましだと思って」
兄ちゃんはキョトンとした表情を浮かべた後、敷いたなめし革の上を水魔法で洗って、風魔法で乾かしだす。
「ぷっ、ふ……。くくく、ハハハ」
笑いをこらえてるけど、こらえきれてない。僕は膨れてみせる。
「兄ちゃん、魔力残ってるじゃん。兄ちゃんが倒しきってくれれば、僕はがんばらなくても良かったんだけど」
ちょっと八つ当たり。先見の明で、兄ちゃんが魔力を使い切っても倒しきれないことは分かってた。でも、これしか方法が見つからなかったんだから、しょうがないじゃん。
そして、ようやく我に返ったギーラが笑いだす。
「ハハハハハハハハ! アー、ハハハハハ! なんだよ、ローストベアって! マル、お前っ! なんで、戦闘中に、料理、始めてんの! しかも、肉の歌って。途中まで結構カッコよかったのに、台無しじゃん」
笑いすぎて、途切れ途切れに話しかけてくる。あの歌は肉の歌と呼ばれてるらしい。
「だって……。昨日の晩、兄ちゃんがくれた資料にローストベアのレシピが載ってて。歌詞に熊の肉が出てきたから、つい連想しちゃって」
そんなに笑わなくていいのに。口を尖らせながら、ギーラの質問に答える。
「昨日の資料にって……。あの守護神様の仕業か。茶目っ気あふれすぎだろ」
兄ちゃんが小声で何かつぶやいてるけど、聞こえない。
ギーラの笑い声が大きすぎる。
「アハハ! ヒヒ、ヒー!」
「いい加減、笑い止んでよ! これから熊を3体も村に運ばなきゃいけないんだよ?」
「わ、わりぃ。そうだな。くくっ」
風と火が収まって、こんがりと焼けたローストベアが姿を現す。
木刀は串みたいに刺さったままだ。焦げて真っ黒になってるけど。
それを見て、何とか笑いを抑えていたギーラがまた笑いだす。戦いの緊張からのギャップのせいか、笑いのツボに入ってしまったようだ。
「熊の串焼きっ。ぶふっ」
もう。そんなに笑わなくていいのに。
でも、これで危機は去った。ホッとして力が抜け、急に疲れを感じた。緊張の糸が切れて、意識が遠のいていく。僕はパタッとその場に倒れて意識を失った。




