第6話 三日月熊
プリシラの感知術で見えた3体の熊。2体は普通のキラーベアだろうけど、1体はもっと強い魔物だろう。
このまま秘密基地にやってきてしまうのか。先見の明で予測をしてみる。
――最悪だ。腕を噛み千切られる兄ちゃん、熊に殴り飛ばされ首の骨を折られたギーラ、爪で引き裂かれるプリシラ、踏みつけられてグシャグシャになった僕。このまま待っていたら、4人とも死んでしまう未来が見えた。
逃げるか。
――これもダメだ。恐怖に震えるプリシラが逃げ遅れ、攻撃されそうになったプリシラをギーラがかばう。そんな2人を放っておけないから、逃げても結局全滅だ。
迎え撃つしかない。
「兄ちゃん、魔物がこっちに向かってきてる。熊系の魔物3体。うち2体はキラーベア、もう1体は見た目が少し違う。もっと強い敵だと思う」
急いでいつもの木刀2本を用意しながら伝える。
「は? 何言ってんだ、マル。秘密基地の近くまで魔物が来たことなんてないだろ?」
プリシラがコクコクとうなずいて見せる。それでも、ギーラは怪訝な表情のまま。スキルのことを知らないギーラにすぐに納得しろと言っても無理な話だ。
詳しく言葉で説明してる時間なんてない。意思伝達を使って、ギーラと兄ちゃんにプリシラの感知術で見た熊の姿を見せる。
「っ! なんだ、これ」
初めてギーラに意思伝達を使ったけど、問題なく伝わった。僕はギーラとも相性は悪くないみたいだ。
戸惑いつつも鉄の剣を手に取るギーラ。考えるよりも、まず行動する。ギーラの性格はこういう時には良いように働く。
「強そうな奴は上位種の三日月熊だな。どうする? 逃げるか?」
兄ちゃんは、既にヒノキの木刀を手にしているが、逃げることも選択肢に入れている。
「無理だね。あと15秒くらいでここに来る。魔法の準備をお願い」
まずは、敵の数を減らす。キラーベア2体を斬撃飛ばしと兄ちゃんの魔法で仕留める。
三日月熊の対処法はまだ浮かばない。戦いながら見つけ出すしかない。
プリシラの様子を見る。危険を伝えられたことで、さっきよりは呼吸が落ち着いているけど、足が震えて立っているのがやっとの様子だ。
村に戻って助けを呼んできてもらうことは期待できない。
今は魔物を倒すことに集中しよう。こちらが先手を取れるなら多少はましなはずだ。失敗すれば、先見の明が見せた最悪の未来が待っている。
覚悟が決まると、不思議と頭が冷えて気持ちが落ち着いた。
キラーベアの眉間に魔法が当たるタイミングと角度を先見の明でイメージ。意思伝達で兄ちゃんに伝えながら、カウントダウン。
「5、4、3、2、1、撃って!」
同じタイミングで、僕も斬撃飛ばしを放つ。
放った直後に姿を現したキラーベア2体。右のキラーベアは僕の斬撃飛ばしで首から血を噴き出して倒れ、左のキラーベアは兄ちゃんの放った氷の槍で眉間を貫かれて仰向けに倒れた。
「すげぇ……」
兄ちゃんとギーラのつぶやきが聞こえるけど、問題はここからだ。
グウォォォオォオオ
ほんの数秒後、雄たけびを上げながら現れた魔物。
キラーベアよりも一回り大きな体躯。黒々とした毛に覆われている中で、首元の毛だけが三日月型に染め抜かれたように白い。三日月熊だ。
2本足で起き上がり、その大きさを誇示するように威嚇してくる。2メートル以上はあるだろうか。
ずっと、対処法を先見の明で探し続けているが、まだ見つからない。
キラーベアと同じ斬撃飛ばしで頸動脈を狙う?
――分厚い体毛に阻まれて失敗する。
兄ちゃんに眉間を魔法で撃ち抜いてもらう?
――うまく隙をつかないと当てられない。当たるイメージが浮かばないから、有効かどうかも分からない。
ギーラの鉄の剣で攻撃する?
――あまりダメージを与えられない。しかも、状況がどんどん変わるから、逐次イメージを伝えてサポートしないとギーラが危険だ。熊の攻撃なんて受けたら、軽いけがでは済まない。
ギーラと狩りに行っていなかったことが悔やまれる。訓練だけじゃ魔物を相手にしたときの戦闘パターンが分からない。ギーラの攻撃を戦法に組み込んで予測しようにも材料が乏しすぎる。
しかも、5回ほど攻撃が当たると剣が折れるようだ。
『プリシラ、兄ちゃんの鉄の剣、持ってきておいて』
『分かった』
プリシラは、また少し落ち着いてくれたみたいだ。2体のキラーベアがあっさり倒されたことで、安心したのだろうか。意思疎通で伝わってくる気持ちに動揺がなくなっている。
「うおぉおおおおお」
ギーラが斬りかかっていく。ごめん、ギーラ。少しだけ時間を稼いで。
兄ちゃんにギーラの剣が折れる可能性を教えて、カバーをお願いする。
僕は必死に対処法を探す。
兄ちゃんの火魔法で焼く?
――これだけで倒しきるには、火力がわずかに足りない。今すぐやっても、火に包まれたまま暴れまわる三日月熊の攻撃でケガをすることになる。
しかし、十分なダメージは見込める。これは選択肢の一つだな。ただ、使い方を誤れば、かなりの重傷を負いかねない。まずは、ある程度弱らせておかないと。
兄ちゃんに意思伝達で、止めに火魔法を使ってもらうかもしれないことを伝え、火力を上げる手段がないかを聞く。一般的には、油をかける、空気を十分に含ませるなどの方法があるようだ。
火力を上げる手段と同時並行で、他の攻撃手段を考える。
体毛で覆われていない場所を狙って攻撃してみる?
――攻撃は、一応通るみたいだ。しかし、致命傷には程遠い。弱らせる手段としてなら、ありだ。
こうして考えている間にも、ギーラは三日月熊に攻撃を続けている。
最初に袈裟懸けに斬りかかった攻撃は爪ではじかれ、そのまま鋭い爪を振り下ろされる。即座にバックステップで避け、再び向かって行く。
振り回される右腕を直前で右下に沈み込んで避け、下から掬い上げるような斬撃を放つ。1回目のヒット。浅くだが、三日月熊の太ももを傷つけ、黒い体毛にうっすらと血がにじむ。
左腕の攻撃が来る。意思伝達で三日月熊の攻撃を伝えておく。
次の攻撃には移らず、そのまま敵の右側に回り込むギーラ。
左腕が空振りに終わったタイミングで、脇腹を狙って横なぎに剣を振るう。2回目のヒット。これも浅い。が、お腹の部分は比較的柔らかいのか、軽く血がしぶく。
痛みにグワォオオオと、唸り声を上げる三日月熊。
すかさず、傷を負った脇腹をギーラが剣で突く。3回目。今までと違って、かなりのダメージを与えられているように見える。
しかし、今までにない痛みに怒りを目に浮かべ、三日月熊は両腕をやたらめったに振り回しながら暴れだす。
慌てて突き刺した剣を抜き、ギーラは距離を取る。
近づけない今は、遠距離攻撃の出番だ。
火魔法を放った後にあまり激しく暴れまわれないように、機動力を削いでおきたい。
まずは、兄ちゃんが水魔法で三日月熊の足元を凍り付かせる。
しかし、火魔法と比べて得意じゃない水魔法では威力が足りなかったようだ。簡単に拘束から抜け出し、4つ足の体勢になって、兄ちゃんに狙いをつけて突進しようとする。
僕は、右の後ろ足に斬撃飛ばしを放つ。アキレス腱の位置だ。
ダメージはわずかしかないようだが、連続で放って回数でカバーする。
ギーラも左の後ろ足に斬りつける。4回目。
こちらは一撃でもそれなりにダメージがあったようだ。
三日月熊がギーラに向き直る。脇腹と後ろ足を傷つけたギーラを一番の脅威と判断したようだ。
そのまま突進されてはたまらない。
今度は斬撃飛ばしを目を狙って放つ。左目の辺りにヒット。三日月熊が目元から血を流す。
たいしたダメージを与えていない僕のことは眼中になかったのか、あっさりと攻撃が当たった。
左目を閉じ、ギロリと右目で僕をにらみつけ、僕に突進してくる。
普通に避けても間に合わないが、避ける方法は見つけてある。ハンノキの木刀の風の加護だ。
三日月熊は、ハンノキの木刀の起こす風くらいじゃ動きを止めたりしない。だから、地を蹴って斜め後ろに飛びつつ木刀を振り、風に乗って距離を稼ぐ。
突進が当たらなかったことで、動きが止まった三日月熊にギーラが斬りかかる。再び、左の後ろ足。5回目の攻撃。使い込まれた鉄の剣は寿命を迎え、パキン、と音を立てて根元からポッキリ折れた。
すぐさまバックステップで離れるギーラ。
兄ちゃんはギーラが剣を受け取って戻ってくる時間を稼ぐために、左後ろ足に電撃を放つ。僕も今度は右目を狙って斬撃飛ばし。僕の斬撃飛ばしは警戒されていたのか、首を捻って避けられる。でも、それで構わない。
今までの狩りでピンチになったことはなかったから、兄ちゃんが防御の手段をどれだけ持っているか、僕は知らない。ギーラも特訓中は僕が相手だったから、攻撃力のある相手に対する防御や回避の方法をあまり見せてくれてはいない。だから、突進された時に兄ちゃんやギーラに避ける手段があるかどうか分からない。
それなら、突進のターゲットが僕になるよう、三日月熊の注意を引き付けておくべきだ。
プリシラから兄ちゃんの鉄の剣を受け取ったギーラが、再び左後ろ足を斬りつける。今までより大きなダメージが入ったのか、三日月熊の足首から少なくない量の血が流れ、切り裂かれた毛皮の奥に赤い肉が見える。
兄ちゃんから聞いていたギーラのスキル。集中力を低下させる付加能力のついた剣を持っているときには発動しなかった威力増大≪感情・中≫が、剣を変えたことで発動するようになったのだろうか。
大きなダメージを与えたギーラに三日月熊が向き直ることを防ぐため、すかさず右目を狙った斬撃を飛ばしておく。
ギーラの攻撃がヒットする直後に斬撃が届くようにタイミングを見計らった一撃。痛みにのけぞる姿を先見の明で見て、狙う場所もわざとずらしてある。
ギュァアアアアアアアと声を上げ、2本足の体勢になって目を抑える。前にギーラが傷つけた脇腹をめがけて、畳みかけるように斬撃飛ばしを連続で放っていく。
ギーラも僕に合わせるように、左後ろ足を連続で斬りつけ、ダメージを蓄積させていく。
兄ちゃんは鉄の剣を訓練に使わなくなっていた。おかげでそれほどあの剣の耐久性は損なわれていない。あと30回くらい斬りつけても、折れはしないようだ。
いける。
そう思ったとき、三日月熊の左目が開けられていることに気付く。瞼を傷つけただけで眼球は無事だったようだ。
血で汚れた左目が正面にいる僕を捉え、まっすぐに突進してきた。
ハンノキの木刀の風の加護を使って避けようとして、先見の明が避けた後の未来を告げる。視力の覚束ない三日月熊が僕の真後ろにあるハンノキに激突し、ハンノキが折れて倒れる姿を。




