第27話 虚飾と欺瞞
アルベールにとって兄の出現は痛手だったが、それで白や孤児を救うことを諦めるつもりはなかった。
幸い、宝石加工業は結構な儲けが出ていて、アマドゥール1人の生活費くらいは容易に捻出できた。
しかし、アマドゥールの浪費はどんどん激しくなっていった。近くに侍らす女性が増え、彼女達にも贅沢をさせた。毎日のように酒を浴びるように飲み、豪華な食事や衣服、家財道具を求めるようになった。
「最近では、領都の北にある豪邸を買い取れと言われたな。なぜ、兄があそこまで豪遊したがるのかは分からない。貴族の嫡男であった時と違い、誰かに見せて自慢できるわけでもないのに」
「……嫉妬、かもしれないな。自分が放り出した当主の仕事をちゃんとこなしてる弟の姿が気に食わなくて、足を引っ張りたいんだろうよ」
アマドゥールは笑っていても、どこかつまらなそうに見えた。兄ちゃんの言う通り、贅沢がしたい訳じゃないのかもしれない。
レオン様も『アマドゥールには、白の弟なんぞに負けるなと、何かにつけて発破をかけていた。儂のせいで、あいつの性格を歪ませてしまったのか……』としょんぼりした声で言った。
アマドゥールとアルベールの会話で、レオン様はリリ以上にショックを受けていた。さらに、アルベールの道楽が、白と孤児を救うことだと知り、自分は息子達のことを何も分かっていなかったと、ますます元気をなくしている。
「兄が私に嫉妬を? それはないだろう。兄が正統な後継者で、私は偽者。嫉妬する理由がないさ。父にも、“アマドゥールならやれたのに”と何度も言われた」
さらに気を落とした様子のレオン様。
兄弟で負けたくないって気持ちを持つことが成長につながることもある。でも、いがみ合う関係は悲しい。
僕もほんの短い間だけど、兄ちゃんに負けたくない、兄ちゃんばっかり気にかけてもらえてずるいって思ってたことがある。穏やかな表情の裏に隠れたアルベールの寂しさは分かる。
会話が途切れたタイミングで、料理が運ばれてきた。
ジェレミーさんは料理術《中》を持っているらしく、さすがの味だ。高級な食材を使っている訳ではないけど、どの料理も美味しい。
食事中は、料理のこと、領地で始めた政策のこと、それから、この店のことなんかを話してくれた。
ここは、精霊術師としての仕事を受けるには力不足な白の受け皿として、実験的に作った店らしい。特にアルベールのように、本当は精霊術師になれていない人。たまにしか宝石に魔力を補充できない場合、精霊術師の仕事を受けているとボロが出やすいから、他に働く場が必要なる。
表だった政策以外にも色々やっているんだな。
それから、ジェレミーさん、ドミニクさん、給仕係のジャノさんについて。
ジェレミーさんとドミニクさんは精霊術師訓練場で出会った友達で、アルベールが精霊術師になったと言ったときも心から祝福してくれた。
「自分達は、1か月も経たずに死ぬことになると言うのにね。離れていく友もいたなかで、彼らは信用できると思った。だから、秘密を話し、彼らに用意しておいた宝石を渡し、私と同じ方法を勧めた」
ジャノさんは去年成人したばかりで、アルベールを慕って何度もファンレターを送っていた。長い期間、彼を観察し、彼なら秘密を守れると判断。同じく、宝石を渡した。
「私は、君達とは分かり合えると思っている。少し調べさせてもらったよ。君も精霊術師の自分を避けない者を相手に、精霊術師として生きていく手助けをしている。例えば、リリアーヌ嬢やステラ嬢。違うかい?」
なるほど。チラッとミリエットさんを見る。リリとロロが魔法を使う姿を彼女は見てる。僕のアブヤドでの行動もピピ先生辺りから聞けば分かるだろう。
アルベールは僕の行動を見て、自分と志を同じくする者だと考えたわけだ。実際、目指すところは変わらない。
「僕もより多くの白が生き残れるようにしたいとは思っています。それで、僕達と取引したいことというのは?」
食事も終わり、食後の紅茶とデザートが出てきた。
ジェレミーさん、ドミニクさん、ジャノさんも席についたタイミングで、今日の主題を聞いてみる。
「君達も知っての通り、私が孤児を救おうとして行った政策のせいで、子供を拐って特殊孤児として売り飛ばす輩が現れた。方向転換せざるを得ない。そこで、君達の協力を得られないかと思ってね」
「具体的には何をして欲しいんですか?」
「君達が白を精霊術師に見せている方式を教えて欲しい。この木の枝の魔法陣は、上手く隠してあるね。木に魔法陣を彫り込み、魔力を溜める宝石をつけて武器にでもすれば良いのかな?」
アルベールは、片手にマイクを持って振って見せる。
たぶん、プリシラの使った魔法矢のこともあわせて考え、僕達が魔法陣を上手く隠した道具でリリやロロを精霊術師に見せかけていると推測しているんだろう。
「いえ、魔法陣を使って見せかけてる訳じゃなくて……。契約してくれる相手を見つけてマッチングをしてるというか……」
「――教える気はない、か」
「アルベール様、マルドゥクは本当のことを言ってますの。信じてください」
僕の言葉を嘘と決めつけるアルベールに、リリが懇願するように言う。リリはアルベールが本当は精霊術師でないと知って辛そうな顔だったけど、彼がやってきたことの理由を知って元気を取り戻していた。今はいつものリリだ。
元々、リリが僕達をアダーラに誘ったのは僕とアルベールを仲直りさせるため。思ってた形とは違うだろうけど、良好な関係を築いて欲しいって気持ちは変わらないみたいだ。
「そういうことにしておこう。――では、別の提案を。君の身分証に嵌められた宝石は見事なものだと聞いている。加工の方法を教え――」
「ヤダ」
まだ何か言いかけていたけど、反射的に断ってしまった。僕の商売の種をそんな簡単に渡せない。
「……最後まで聞いてくれるかい? 採掘した原石の一部は訓練を受けた職人に君の方法で加工させ、特殊孤児の需要を減らす。それで誘拐も減るだろう」
「イヤです。お断りします」
最後まで聞いて、改めて断る。
「……マルドゥク? 廃鉱の村でのことを忘れましたの? あんな悲しい思いをする人が減るなら、協力すべきでしょう?」
「ヤだよ。タダで教えろって言うの? 価値のある情報なんだよ? 対価も提示せずに要求だけされても呑めないよ」
チラリとアルベールを見る。表情に変化なし。対価を示す気はなさそう。絶対に嫌だ。
『……これは、マルドゥクの暴走スイッチを押したな』
『アルベールの奴、やっちまったな。こりゃ交渉決裂だろ』
ヘーゼルさんとギーラが意思伝達で話してるけど、自分の要求だけで交渉が成立するわけないじゃん!
「マルドゥク! なぜ急にそんな強欲になってしまいましたの!? いつものあなたなら、二つ返事で了承すると思いましたのに!」
「えぇぇっ!? リリちゃん、ちょっと待って! 強欲は言い過ぎだって!」
「フェンさんまで! 見損ないましたわ! 心優しい兄弟だと思ってましたのに!」
「そんなこと言われても、譲れない!」
バンッ
リリと僕の言い合いに兄ちゃんまで加わって、ヒートアップしてたところで、ロロがテーブルを叩いて立ち上がった。
珍しい。会話にロロが割って入ることって初めてな気がする。
自分で自分の立てた音に驚いてる辺り、意を決して立ち上がったら、勢いがつき過ぎて予想外に大きな音を響かせてしまったようだ。
「急にごめんなさい。――あの、アルベール様。私から質問をさせていただいてもよろしいですか?」
「どうぞ。ステラ嬢」
ちょっと緊張してる様子だ。小さく深呼吸するのが聞こえる。
「アルベール様。マル君から宝石の加工方法を聞いて、白を救うための魔道具の用意はどうするんですか?」
「減らさざるを得ないな。仕方ないだろう? 彼らの白を救う方法は分からないからそちらに回すことはできないし、誘拐を減らすには特殊孤児の仕事も減らすしかない」
暗に僕達が協力すればもっと多くの白を救えるのに、と責めているようだ。
「なら、マル君の教えたことは、なんのためになるんですか? 白のためにも、孤児のためにも使われないってことでしょう?」
「普通の子が誘拐されにくくなることにはつながる。それでは、不十分かな?」
「……他の方法がありませんか? 単純に原石の採掘量を制限するだけでも同じことになると思うんです」
「それでは、十分な収入が得られない。金のためと単純に考えないで欲しい。この店を経営するにも、新しい政策を進めていくにも、金は必要になる」
「……分かります。でも、アマドゥール様のことをそのままにして、今まで通りを続けるんですか? マル君の情報を元に?」
ロロの言葉にリリが驚いた顔をしてる。アルベールの言葉に疑問を持ってなかったみたいだ。僕も内心驚いていた。この店、赤字経営なのかな? やっぱり、立地の問題?
リリがそれでも期待を込めてアルベールに視線を移すと、スイッと視線を逸らすアルベール。
「兄には引き続き、節約を求める。……今までやってきたことを止めたくないんだ。意義のあることだ」
うーん。僕も意義を認めない訳じゃないけど。この店の料理も雰囲気も好きだし。
「そうですか。――あの、マル君にも聞きたいことがあるんだけど……」
「うん。なーに?」
「マル君が宝石の加工方法を教えたくない理由は何?」
「え? 理由って……、せっかく良い物を作れる方法を知ってるんだから、簡単に教えられないのは当然――」
「マルは白を使った杖よりも性能の良い杖を作って普及させようとしてるんだ。だから、製品開発のために稼がないといけないし、宝石は材料に使うかも――」
「兄ちゃん、ストップ! なんで言っちゃうの!? 事業計画はトップシークレットなのに!」
「いや、でも――」
アルベールは仲間って訳じゃない。僕の商売の計画をしゃべっちゃったら、どうするの!?
「マルドゥク、さっきは言い過ぎましたわ。アルベール様、ここでの話しは、どうか内密に」
「もちろん。私の秘密もしゃべらないでいてくれるなら」
そう言ってくれたけど、じぃーーっとアルベールに視線で圧力をかける。しゃべったら許さないからね!
「私なんかの意見は求めていらっしゃらないでしょうけど……。私は、自分を偽らないで済むマル君達のやり方が好きです」
「両立させれば良いだけだ」
「いいえ。今までやってらしたことを続けるにはお金がいるのでしょう? 資金を集中させる方を選ばなくては」
何だろう。少し、今までのロロと変わった気がする。自信がついたのかな?
「ふむ。それで、貴女が彼の方を選ぶ理由は?」
「私は、最近になってとても素敵な人達と出会い、貴重な経験をしました。その中のある人に気に入られたくて……。でも、おしゃれしてみてもその人の反応はイマイチで、色々悩んだりもしました」
「無粋な男だな」
「私も少し困っちゃいました。でも、ある人が“自分の本質を見ようとしてくれてるなら、良かったじゃん!”って、言ってくれて。彼女は、自分自身をなかなか見てもらえなくて苦しんだ人だったから」
――きっと、ロロが言っているのは牛島さんのことだ。
つい最近聞いた彼女の人生。
生まれてすぐ母親が亡くなり、父親は彼女にお妃様を意味する名前をつけた。父親は彼女の中に亡き妻の面影を探していた。
成長して学校に行き始めると、キラキラネームだとからかわれた。彼女がどんな子か、知ろうとする前に。
そして、急に転移させられ、この世界に来た。母の代わりを求められることも、名前でからかわれることもなくなった。
自分自身を見てもらえてると喜んで、乞われるままに異世界の知識を伝えた。彼女から得られる情報は粗方得られたと判断したとき、彼女をこの世界に呼んだ者達は掌を返した。用済みの彼女をあっさり殺害。結局、ここでも彼女は「貴重な情報源」として見られていただけ。
これが牛島さんの話してくれた裏切られた経験談。
「自分自身で勝負しようとする彼女が眩しく思えました。私はずっと自分に自信がなくて、良く見せようと腐心していたから。――怖いけど、もう自分を偽りたくないんです。自分に自信を持った素敵な女の子達を知って、私もそうなりたいと思った。だから、隠したり、誤魔化したりする必要のあるアルベール様の方法より、堂々としていられるマル君の方法の方が良い」




