第26話 虚構の奥
「お迎えに上がりました。ご準備ができましたら、お声がけください。店までご案内いたします」
リリの別荘で待っていると、ミリエットさんがやってきた。今日はアルベールとの約束の日だ。
服装は廃鉱の村について来てもらったときと同じ魔導士スタイルだけど、口調はだいぶ畏まっている。緊張してるのかな。
「準備はできてます。それで、どこに行くんですか?」
「南西区にあるレストランです。アルベール様の精霊術師訓練場時代からのご友人であるジェレミー様がシェフをしています。今日は貸し切りにしてもらいましたので、私達以外は店にはいません」
「みりえっと、眉間にしわ寄ってるの。リラックスして。クロード達、怖くないよ?」
「……なら、今日は争わないと約束していただけませんか? アルベール様の護衛は私1人なんです。この戦力からお守りできる自信はありません」
ミリエットさんは、兄ちゃんにギーラ、僕、プリシラ、リリ、ロロと順に視線を向けながら言った。6対1じゃ敵わないって言いたいみたいだ。
アルベール次第と言いたいところだけど、リリが少し不安げにしている。一昨日みたいに僕達だけの感情で動いて、リリを傷つけるのは避けたい。
「分かりました。そちらから攻撃してこられた場合は別ですが、僕達の側からは先に攻撃することはないとお約束します」
ギーラやクロードは若干不満そうだったけど、納得してもらった。
もし、話している中で雲行きが怪しくなったら、先見の明で攻撃を予測して防ぐ。絶対にこちらに被害は出さない。
「ありがとう。アルベール様からも、今夜は話し合いだけで終わらせる、どんな無礼なことを言われても攻撃しないように、と申し付けられています。――穏やかな会食になることを願ってるわ」
最後の言葉は本心だと思うんだけど、どこか悲しげだ。やっぱり、今日の話はプリシラのことが出てくるのかな。
プリシラはアルベールとアマドゥールの密談を聞いて、『私じゃなくてミリエットさんじゃダメなのかな。アマドゥールの子供を跡継ぎにって話はなかったことにして』と言い出していた。
僕としても、それが1番良いんだけど、自分のピンチなのにミリエットさんの恋を応援することを第1目標にしないで欲しい。
『マル、アルベールがミリエットさんのことをどう思ってるのか探ってね。こういうとき、しゃべれないって不便だよね。自分から質問できないなんて』
『あの、プリシラ。なんでそんなに余裕があるの?』
『私は自分で選んだことならどんな結末でも納得できる。無理強いされそうになったら、ヘーゼル先生もお兄ちゃんもフェンもマルも助けてくれるでしょ? 私だって、前と違って無力じゃないしね』
そう言われちゃうと、何も言い返せないなぁ。信じてくれてるんだから、僕はプリシラが危険な目に合わないように気を配ろう。
ジェレミーさんのお店っていうのは、商店が立ち並ぶ中、雑貨屋さんと肉屋さんの間の細い通路に入り、階段を降りた先にあった。分かりにくい。隠れ家的なレストランなんだろうか。ちゃんと儲かっているのかな。
石造りの建物の地下だから、当然窓はない。客席も全て個室になっているようだ。ここなら貸し切りにしなくても秘密の会食ができそうだ。
内装はシンプルだけど、なかなか悪くない。テーブルにはワインレッドのクロスの上に斜めに真っ白なクロスが掛けられていて、他も白と赤で統一されている。
個室に通されると、先にアルベールが待っていた。もう1人白の若者がいる。
この少年も見覚えがある。昨日、改めて年末の頃の未来を先見の明で見たとき、処刑される中に真っ白い服を着せられた彼もいた。今は白いシャツの上にワインレッドのベストを着ているけれど。
昨日の予測でもう1つ分かったことがある。先見の明での予測をしばらく休んでいた間に、分岐ができていた。
最もはっきり見えるのが処刑の未来だから、1番可能性の高い未来は変わっていないんだと思う。
それでも、平和に冬休みを過ごす未来や、誘拐されてヤークートで特殊孤児になっていた子達を元の場所まで送り届ける未来も見えた。何が原因で分岐が現れたのかは分からないけれど、今日は重要な場なのかもしれない。気合を入れて臨もう。
「来てくれて嬉しいよ。この店のオーナーは私だが、実質的には私の同級生がやっている店だ。ここでは、貴族の身分を一時的に取り上げられていた7歳から15歳になるまでの間と同様に、気楽に振舞うようにしている。差し支えなければ、今日もそうさせてもらいたい。取引の話をするのに、貴族的な態度は不向きだからな」
「貴族的な態度ってのは、前にラティーフ領で会ったときの態度か? それなら、俺達も普通の態度の方がありがたい」
「……あれは、貴族的な態度でもあるが、交渉の時のコツとして父から教わったものの1つだ。結論から言うと失敗だったな。あのときは、君達が普通の子供だと考えていたから」
話は兄ちゃんを中心に進めてもらう。僕達の中では年長者だし、ギーラはこういうのは苦手だから。
「リリアーヌ様もそれでよろしいでしょうか。お聞き苦しい言葉も耳に入るかもしれませんが」
「……構いませんわ。私は、オブザーバーのようなものですし、どうかお気になさらず」
そう言って、優雅なお辞儀をする。
リリは、珍しく貴族的な態度というのをしている。顔から表情が消えている。気持ちを表に出したくないんだろう。小さく震える指先以外からは内心が推し量れない。
「では、座席も自由に。こちらは、ミリエットの他に友人2名とこちらの給仕係のジャノを途中から同席させたい」
本格的な取引の話は、食事がほぼ済んでからにするらしい。
それまでは、アルベールが今までのことを説明してくれるらしい。意外だった。彼の秘密の核心に触れることになると思うんだけど……。
「あんな態度をとった理由は?」
「約1年だけだが、私は父から領主としてやっていくための手ほどきを受けた。交渉に臨むときの態度の使い分けもその1つ。最初に会ったときは、正直に言うと恩を着せるつもりであの場に出向いていた。大規模スタンピードが予想されていたからな。友軍か、壊滅した町の復興か、何かしら手伝って安く水を手に入れるのが目的だったから、やや尊大に出てその後の交渉を有利に進めるつもりだったんだ」
……えーと。レオン様ー?
『すまん。確かに教えた。貴族社会では舐められるといかんのでな。最初は尊大に行くことが多いんじゃ』
『他の交渉態度はどんなのを教えた?』
『やや下手に出て、自身の提案の良い所をアピールしつつ、本当の狙いを隠す商人のような態度。それから、あえて手の内をさらけ出すことで、相手の情に訴えかける態度。この3つじゃ』
つまり、今は3つ目の態度を選択してるってことかな。
「それで、どこから聞きたい?」
「最初からだ。始まりは、兄貴の暗殺事件か?」
「そうだね。しかし、私も最初は兄が生きているとは知らなかった。あの頃は王都にいて、アダーラにすぐに戻ることもできなかったしね。突然、跡継ぎになって混乱したよ。自分は死ぬものだと運命を受け入れていたから」
アマドゥールの暗殺事件が起きる前は、15歳で死ぬ運命と諦め、好きなことをして過ごしていたらしい。その好きなことというのが魔道具作り。魔力を込めてくれる人さえいれば、自分でも魔法を使えている気になれる道具。それを作るが楽しかったんだそうだ。
アルベールより1つ年下の白の妹を持つミリエットさんは王都出身。妹を訪ねてくる彼女とは、たまに顔を合わせていたそうで、作った魔道具を使ってみたくなって声をかけた。
「あのときは、魔力を短時間かつ少量しか溜めておけなかったから、こんな手段は考えていなかった」
思わず、目を見開く。
スタールビーを使って精霊術師になっていると偽装していることは、アルベールにとって絶対に知られてはならない事実のはず。自ら告白することはあり得ないと思っていた。
兄ちゃんやギーラ、プリシラも驚いて立ち上がったほどだ。クロード、リリ、ロロはアルベールの言葉の意味をまだ理解できないでいるようで、怪訝な表情。
「――やはり、君達は私の秘密に感付いていたんだね」
「なんで、そう思ったんだ?」
「君達が、真実を知っていると匂わせてきたんだろう? ミリエットの前でわざわざ鏡に魔法陣を仕込んだ道具を見せたり、双頭番犬戦でも風を起こす矢を使ったり」
あー。確かにミリエットさんの目の前で色々使ったけど、特にそういう意図はなかったなぁ。どうしよう。話を合わせてあげた方が良いかな?
たぶん、いつバレるかと不安で、ちょっとした行動も「自分達の秘密を知っているからでは?」と邪推してしまったんだろう。加えて、ミリエットさんの勘違いもあったのかもしれない。
「あのレレという使い魔がミリエットに懐っこくじゃれていたのも、私に和睦の道もあるというメッセージを送るため。そう解釈したが、違ったのかな?」
「素晴らしい洞察力ですね。それで?」
鉄仮面発動で、表情を隠す。「いやいや、考えすぎ。僕達全然そんな気なかったよ」なんて言って恥をかかせられない。せっかく素直に話してくれようとしてるし、仲直りしようと考えてるなら、話の腰を折りたくない。
兄ちゃんとギーラは下を向いて表情を見られまいとしてるから、僕が話すしかない。
『ぷぷっ。アルベールも抜けてんなぁ』
『だよな。嘘ついてる奴ってのは、妙に勘ぐっちまうんだよな。何でもかんでも怪しく見えたり、自分の秘密がバレてるんじゃないかと恐怖したり。――にしても、見たか? あの顔! “私には分かってる”って自信満々にドヤ顔で……ぷっ』
2人とも笑ってないで! プリシラは口元ぴくぴくしてるけど、耐えてるよ!
そこからは少しリラックスした様子で話し始めた。
アマドゥールの葬儀のためにアダーラに帰り、そこで見かけたスタールビーを見てひらめいたこと。ちょうどその頃、アブヤドで起きた事件を聞いて、もっと多くの白が生き残れるようにできないかと考え、仲の良い信頼できる友人も精霊術師になったように偽装させたこと。
アダーラに帰ってレオン様が暗殺された日のことも話してくれた。暗殺者の元孤児の若者は、捕らえられても感情を出さず、「どうせろくでもない人生だ」と諦めきった様子だったそうだ。その姿に自身の過去を重ねてしまい、同情した。父親から期待されず、死んでも構わないと思われていた幼い頃の記憶。アマドゥールの暗殺事件が起きる前のこと。まともに生きることを諦めていた頃を思い出すと、どうしてもその若者を断罪する気になれなかった。
それから彼は、白の生き残れる道と、孤児が人生に絶望しないで済む道を模索し始めた。
暗殺者なんて後ろ暗い職業に就かずとも生きていける特殊孤児を増やすためと、魔法陣についての理解を深めるための水道事業。精霊術師に偽装するための宝石を量産するための宝石加工業も、この2つの目的のため。
しかし、宝石加工業が軌道に乗り始めたときに、アマドゥールは現れた。
アマドゥールは実りの少ない領地を束ねる父親の苦労を見て、跡を継ぎたくないと失踪。体格の近い元孤児の暗殺者に自分の服を着せて殺害して、自分が死んだと思わせたと語った。レオン様にも暗殺者を送ったのは、失踪後の以前よりも貧しい生活を送る中で、「自分の境遇が恵まれないのは、父親の領地経営が下手だから」と逆恨みしてのことだったらしい。
アマドゥールは勝手知ったる領館に堂々と入り込み、領館の中を家探ししたようで、魔法陣を仕込んでいる途中のスタールビーを見つけていた。そこから、精霊術師になれていないことを知られてしまった。さらに、「自分が生きていることが分かれば、領主の座は譲るしかないよな?」と脅してきた。
要求は2つ。アマドゥールが豪遊するための金と、放蕩生活を送るうちにできた彼の息子を跡継ぎに据えること。
「いきなり養子に取ったのでは怪しまれる。だから、誰かと結婚した上でしばらくは何もせずに生活を送り、子供ができなかったから養子を取ったことにしろと言ってきた」
アルベールは言わなかったけれど、良家の令嬢と結婚して後継者としての立場を固められることを防ぐ目的もあったのかもしれない。
領地経営の面倒は全てアルベールに押し付けた上での乗っ取り。それが、アマドゥールの狙いだろうか。
「それで、彼女に目を付けた。あまり両親との関係は良好ではないと聞いていたから、私の元に来ることで状況はマシになると思っていた。しゃべれないというのも、都合が良かったんだ」




