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第25話 密談

『なら、私は死ねない。やはり、もう少し慎ましい生活をしてください。稼げるようになったと言っても、裕福なラティーフやカーラとは違うのです』


 アルベールとアマドゥールの会話が続いている。それを聞いてレオン様はブツブツとつぶやきながら、考え込んでいる。

 2人の会話とレオン様の言葉を総合すると、どうやら、アマドゥールは次期当主として見聞を広めるために王都に留学したり、他の貴族と交流を深めるために舞踏会に参加したりする中で、自領の貧しさを嫌うようになっていったらしい。

 特に隣接する領土で貴重な水源を持ち、水を売るだけでも十分に稼げているラティーフ家や、ラティーフ地方から流れる川の恩恵と国境線防衛のために国から援助を受けているカーラ家の豊かさを妬んでいたようだ。


『一度、きつく叱りつけたことがあってな。それで理解したものと思っておったんじゃが……。ラティーフは豊かな水源がある分、洪水なんかも起こるし、カーラの豊かさは防衛力強化のための積極的な魔物狩り演習を行っているおかげでもある。隣の芝生は青く見えるだけだというのに』


 舞踏会での着飾った姿だけ見て、彼は嫉妬していた。

 魔物の落とす宝石と比べて見劣りするという評価があったとしても、アダーラは宝石の原石が採れる場所。

 何着も煌びやかな衣装をそろえたり、豪華な料理を並べたりはできなくても、輝きを放つ装飾品を自領で用意できる強みがあったはずなのに、嫉妬に駆られた彼には自身の持つものの価値は見えなくなっていたようだ。


『嫌だね。ずっとみじめな思いをしてきたんだ。少しは贅沢させろよ。お前は生きていられるだけで満足だろ? ――そうだ。お前の()()を止めたらいい。そうすればオレに回す金もできるだろ』

『お断りします。それでは、私の生きている意味がない』

『なら、オレの生き方にも文句を言うな。貴族に生まれたんだ。豊かな生活ができなきゃ意味がない』


 アマドゥールに道楽と言われるようなことを、アルベールはしているらしい。何だろう?


『それよりも、結婚相手の方は用意できたのか? 秘密に感付いても言い触らさず、オレの子供を次期当主に据えても文句も言わないような女』

『……難しそうだ。ヘルゥ家に養女として迎えさせる約束はできたんだが、目星をつけていた相手は手に入りそうもない』

『はぁっ!? しゃべれない平民のガキすら手に入らないとか、ありえないだろ?』


 しゃべれない平民の子供。プリシラのことだろう。

 つまり、プリシラを貴族の養子として迎えさせて、結婚。アルベールが精霊術師でないことに気付こうと、突然現れたアルベールの兄の子を跡継ぎにしようと、しゃべれないから都合が良い。そういう理由でプリシラを選んだ、と?


「ふざけやがって。オレの妹は道具じゃねぇぞ」

「うん。やっぱり、アルベールはやっつけよう」

「おいおい。マルもギーラも落ち着け。アルベールは半ば諦めてるっぽいし」


 中の女性達がケタケタ笑って、『色男なのに振られてんのー? ダサーい』とか、『かわいそー。ま、白だしね~』とか、馬鹿にした声を上げている。


『精霊術師大会で7歳のガキに勝ったら、手に入るって話だったろ。どうしてそうなるんだ?』

『ただのガキではなかったようです。昨日、部下が双頭番犬(オルトロス)の頭を持ち帰りました。その子を含む子供達で討伐した、と』

『――で、7歳児に負けるってか』

『諦めたわけではありませんが、簡単に勝てるとも思えない。他にも手段を考えてはいますが、彼ら次第ですね』


 む。

 まだ何か企んでる?


「やっぱり、倒そう」

「ぎったんぎったんなの!」

「――アルベール様……。どうして……?」


 アルベールの言葉に集中していた僕は、一緒に会話を聞いているリリのことに意識が向いていなかった。

 血の気が引いた蒼い顔で、呆然とアルベールが入っていった家を見つめている。目に溜まった涙は今にも零れ落ちそうだ。

 僕達と違い、彼女はアルベールを信じてた。この会話はショックだったようだ。


 プリシラがそっと手を握り、ロロが優しく肩を抱いてくれていた。


「ごめん。リリの気持ちも考えずに」

『リリちゃん、別荘に戻ろうか? 私も一緒に行くから』


 プリシラの言葉に、リリはふるふると首を横に振った。溜まっていた涙が零れる。


「――まだっ。まだ、分からないことがいっぱいですの。ここで、帰れません。アダーラに来て、違和感は感じてましたのっ。でもっ……。信じたくなくて……。今でもまだ、何か訳があるんじゃないかって……」

『リリちゃん。私は、あなたが真実を知りたいなら止めないわ。でも、覚えておいてね。例え、彼が思っていたような人物でなかったとしても、あなたには、他に信じられる人がいると思うの。少なくとも私は、側にいるからね』


 ジゼルさんの言葉で少し落ち着いたみたい。


 アルベールの方は、言うべきことを言い終えたみたいだ。アマドゥールへの援助を減らすことについて了承は得られなかったみたいだけど、これ以上話しても無駄と判断したのか家の中から出てきた。


 玄関から数歩歩いて通りに出ると、急に手を後ろにやってフードの中に突っ込み、レレをつかんで取り出した。気付いてた!?


 急いで近寄り、声をかける。


「ごめんなさいっ!! 僕達の使い魔が勝手に、フードの中に入ってしまって。返してください」


 アルベールは僕達とレレを交互に見ている。特にレレを見る目が意外そうだ。


「――気付いていたよ。フードにすっぽり収まる大きさとはいえ、それなりの重量はあるからね。しかし、もっと地味な使い魔だと思っていた。この梟はスパイには向かないんじゃないかな。君はミリエットと同じで、妙なところで抜けているようだね」

「え?」


 意外と友好的な態度に肩透かしを食らったような気分だ。ミリエットさんと同じ?


「彼女も、ゴーストの代役を立てようとしたはいいけれど、なぜか双頭番犬(オルトロス)を解き放ってしまったりして。抜けているとは思わないかい? あの場には、犬のマークがついた岩以外に、髑髏マークや悪魔のようなマークのついた岩もあった。ゴーストの代役なら、そっちの方がずっと適役だろうに」


 そういえば、ゴーストの代わりが双頭番犬(オルトロス)じゃ、高齢男性の声が聞こえたって証言と合わない。しゃべってたけど、一般には言葉を話すとは知られていないから。

 それに比べて、死霊貴族(リッチ)なら敵役だ。同じアンデッドで、より高位の魔物なら、立派に代役が務まる。

 抜けてるんじゃなくて、髑髏マークの岩に封印された魔物っていうのが怖くて選べなかったんだろうけど。


 僕も、魔物の選択が下手だと思われたっぽい。本当にスパイをさせる気なら、小さくて目立たない色味のポポ辺りを選んだらいいんだろうけど、そもそもその気がなかったから選べなかった。


「スパイをさせるつもりはなかったんです。レレを返してもらえますか?」

「――変わったものを持っているようだけど、中での会話は聞いていない、と?」


 アルベールの手にはマイク。木の棒にしか見えないけれど、魔法陣に詳しそうなアルベールなら、それが何かは予想がつくだろう。

 嘘は言ってないんだけど、会話を聞いてしまったのは事実。言い逃れはできない。


「ごめんなさい。聞いてしまいました。でも、口外するつもりはありません」

「聞いてしまったことは、構わない。私も気付いていたことだからね。ある意味、都合がいい。――君達と取引がしたい。応じてくれるなら、この鳥は返すよ」

「取引だと? プリシラのことならダメだ!」

「内容を聞かないと判断できないな」


 以前会ったときと、様子の違うアルベールに僕は戸惑っていた。どこか疲れているようでいて、肩の力が抜けているようにも思える。

 取引については兄ちゃんやギーラの言う通りだけど。


「分かった。明後日、私の知人のやっている店で、ディナーをご馳走しよう。話はそのときに。場所はミリエットに案内させる。私は今日のようにお忍びで出掛けるから、君達もラフな格好で来てくれ。――鳥は返すよ。代わりにこれを証拠品として預かっておこうかな」


 そう言って、アルベールはレレから手を放し、マイクだけ持って立ち去った。


 リリは何かを言おうとしていたけど、最後まで何も言葉を発さず、アルベールを見つめているだけだった。



「……アルベール様、以前と同じでしたの。ちょっと困ったような笑顔を浮かべて話すところも、穏やかに相手の非を諭しながらも寛大な態度を取るところも。でも、同じ声で、怪しげな会話をしてたのも事実で……。私、どうしたらいいか分からないんですの」

「あっかんべーのことなんか、忘れるの! ぷりちらねぇねや、りりあーぬ様を悲しませて、悪い奴なの! 成敗するの!」

「リリ。僕達が最初にアルベールと話したときはさ、もっと尊大な態度だったんだ。でも、今日は違った。レレのことも無事に返してくれた。僕は、アルベールのことがよく分からない。――だから、リリが信じたいって思ってるうちは信じててもいいんじゃないかな」


 悩み、苦しそうなリリの姿に、アルベールへの憤りを隠そうとしないクロード。


 僕はずっとアルベールのことを嫌な奴だと思ってたけど、周囲の評価は高くて、白の希望の星だってことも理解できた。両方を知った上で僕なりの結論を出そうと、ずっと考えていたけれど、今もまだ結論を出せないままだ。

 だから、素直にそう言ったんだけど、リリは少し驚いたようだ。


「あなたの大事なプリシラちゃんを狙ってるんですのよ? 信じても裏切られるだけだとは思わないんですの?」

「うん。前にヘーゼルさんが話してくれたことがあったんだ。昔、ローリエさんはヘーゼルさんに”あなたでは英雄になるには不足だ”って言って遠ざけたことがあったんだって。でも、それは彼女の真意じゃなった。囮になってヘーゼルさんを逃がすために、あえて言った言葉だったんだ。――アルベールは、僕達にとってはすごくムカつく奴だけど、真意がどこか別のところにある可能性は考えないと」


 やっと彼の真実に近づけている気がする。結論は明後日の取引の話次第で出せばいいはずだ。その上で、本当に嫌な奴だったら容赦しない。


『おい、マルドゥク。その話は勝手に――』

『ちょっとちょっとちょっとぉ! ヘーゼル様から直に賢者大戦時の話を聞いたの!? そんなファン垂涎のお話、どぉして今まで黙ってたのよ!!』


 あ。しまった。

 ジゼルさん、普段は落ち着いてるけど、熱烈なヘーゼルさんのファンであることは変わっていない。あんまり強烈なアピールは嫌がられるから、抑えてるだけだってことを忘れてた!


『マル、やっぱりたまにうっかりをやるよね』

「だな。アルベールにもバレちまうくらいだし。気をつけろよ」


 反省。


「で、ヘーゼル。参考になりそうなことがあったら話せよ。心の準備ができてると違うからな。裏切られた方のも、念のため話しておいたらいいんじゃないか?」


 ううう。アヴリーヌさんの話とかは、兄ちゃん達も含めて内緒にしとくように言われてたんだよな。時期が来ればヘーゼルさん自身で話すからって。


『マルドゥク。今日の夜、魔力を練るときは覚悟しろ』


 あうう。明日は絶対、筋肉痛だ。明後日までに回復してるかなぁ。


 結局、この日はリリの別荘に帰って、色んな話を聞くことになった。ヘーゼルさんはローリエさんの話と裏切られて死んでしまった時の話はしてくれたけど、他のことは上手く誤魔化して牛島さんやジゼルさんに話を振っていたから、ジゼルさんや牛島さんの裏切られた体験談や悪ぶってるけど良い人だった知り合いの話をたくさん聞いた。


 話を聞いてるうちに、リリも少し元気になったみたいだ。なるようにしかならない。そう踏ん切りがついたのかもしれない。 

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