第23話 双頭番犬
徐々にひび割れが大きくなっていく岩。
砕け散って中の魔物が解放されるまでに、少しの時間はありそうだ。
「村の皆さん、逃げてください。ミリエットさんも下がって。ゴースト退治の指令を受けたのは僕達だ」
「私が封印を解いたのだし、私が戦います。君達こそ逃げなさい」
「どんな魔物が現れるか分かってるのか? あんたで相手にならなかったらどうするんだよ?」
「私が朝になっても戻らなければ、アルベール様に報告を。指令は失敗になるでしょうが、魔物の討伐は然るべき人材を派遣してくれるでしょう」
村の人達もミリエットさんも動かない。子供を置いて逃げるような大人はこの場にはいなかった。
戦闘の邪魔になるから、逃げてくれて良かったんだけどな。仕方ないから、作戦通りにいこう。
僕、ギーラ、ロロの3人が前に出る。僕は一片氷心、ギーラは鋼鉄の剣、ロロはリリから借りた木槌を構える。
ロロが力増強、敏捷増強……と、自分も含めた3人に強化魔法をかけていく。
『レーヌ様、この先はお願いします』
『オッケー。任せて!』
本格的な戦闘は憑依している牛島さんが担当だ。強化魔法をかけ終えると、目を閉じた。
再び開いた目は、コーラルピンクっぽい色になっていた。牛島さんも本気のようだ。
ヘーゼルさんが木槌に氷で刃をつけ、斧へと変える。かなり巨大になったけど、牛頭鬼が使っていた斧よりは小さい。牛島さんなら扱えるはずだ。
牛島さんは、この空間での戦闘では欠かせない。威圧で敵を弱体化してもらう。
敵の攻撃を避けたは良いけど、他の魔物を封印している岩に当たって封印が解ける、なんてことになっては大変だ。敵の攻撃力と敏捷性は低くして起きたい。
『クロード、梟達への指示を任せたよ。戦えない人達を避難させて』
「あうるず! 村の人達の避難誘導と防御をお願いするの!」
ぶっちゃけると、クロードには英雄主義のために来てもらってる。蛇髪女を見ても石化しなかった魔物相手に、周囲の石像や岩に被害を出さずに倒すには、それなり以上の力が必要だから。
でも、見てるだけでいいと言っても納得しないので、梟達に指示を出して村人達を避難させる係に任命した。
早速、指示に従ってレレとポポが村人達の服を引っ張って帰りの道へと連れて行く。牛島さんの斧を見て、ただの子供じゃないと思ってくれたのか、素直に従ってくれる人もいる。
ホホは無理にでもここに留まろうとする人を担当。足のかぎ爪で肩をがっちりつかんで、力ずくで坑道の入り口まで連れて行く。
メイジとモノは、広場の出口に陣取り、防御魔法で壁を作るために待機。村人達に戻って来られたり、出入り口が崩れたら困るからね。
「なるほど。確かに優秀な使い魔――って、私まで避難させてどうするのよ!? このバカ鳥!!」
レレがミリエットさんを避難させようとローブのフードを咥えて引っ張っている。
クロードの指示は村人の避難だけだけど、この判断は正しい。ミリエットさんは弱い訳じゃないんだけど、この魔物を相手にするにはやや相性が悪い。それに、作戦を伝えてないから邪魔になる。
ミリエットさん、何の魔物を解き放ったか分かってないみたいだけど、双頭番犬を選ばなくてもいいんじゃないかなぁ。岩を目利きでみると、他にも女夢魔や水棲馬、白雌猪、死霊貴族もいるのに。
見える範囲にある岩の中に封じられた魔物の中では、一番強いんじゃないだろうか。
「みりえっと、クロードと一緒に観戦するの。ホホ、連れてきて」
クロードは広場のすぐ外から僕達の戦いを見守ることになっている。ミリエットさんにも、メイジとモノが張った魔力障壁の外に下がっていてもらおう。
既に岩のひびは全体に及び、今にも砕け散りそうだ。村人を入り口まで運んで戻ってきたホホが、なかなか動かないミリエットさんを強制退去させていく。
広場から彼女が出る直前。
ひび割れた岩から、欠片が剥がれ落ちていき、中の魔物が姿を現す。
僕達が魔物の姿を確認するよりも先に、火炎の息が吐き出された。すかさずヘーゼルさんが氷の壁を作り出し、ガード。
火炎の息がおさまると、そこには2つの頭を持つ、巨大な黒い犬。
高さは2.5メートルくらいだろうか。封印されていた岩のサイズとほとんど変わらない大きさに見える。
「なっ!? この魔物は――!!」
「何者ダ。我ガ眠リヲ覚マスノハ――」
「うっさい! あんたなんかに用はないのよ。さっさと二度寝しな!」
双頭番犬の言葉を最後まで聞かずに、牛島さんが斧を振り下ろす。
双頭番犬は前足で牛島さんの斧を受け止めた。動きの止まった彼女に向かって再び火炎の息を吹きかける。
「氷砲弾!」
リリに憑依したジゼルさんが火炎の息を相殺する。武器は兄ちゃんから借りた杖だ。
続けて、別の頭が火炎の息を吐こうとするが、下から、プリシラが風の魔法矢を放つ。片方の前足を上げた不安定な体勢だった双頭番犬の体が、吹き上げる風にあおられ、ふらつく。
牛島さんは魔法矢から渦巻きながら上昇する風に上手く乗って、斜め後ろに飛び、距離を取った。
魔法矢の威力から見て、英雄主義も発動中のようだ。
「けるたん、頭、足りない!」
「おい。妙な言い方するな。三頭番犬の頭が1つ足りない魔物、双頭番犬な」
クロードに文句を言いつつも、双頭番犬の移動を防ぐために、角度や方向を変えながら、土弾や氷弾をぶつける兄ちゃん。ジゼルさんも一緒に撃ちまくってるから、ちょっとした弾幕だ。
こいつは、機動力や2つの頭で同時攻撃をしてくる所も厄介だけど、それ以上に場所が問題。周りに4つも魔物を封じた岩がある。他の魔物の増援なんて遠慮したいから、ちょっと移動されただけでこちらの動きが大きく制限される。
……それにしても、クロードが呑気なんだけど。プリシラだけ英雄認定してるってことはないよね?
不安を感じつつも、僕とギーラも何もせずに見てるつもりはない。双頭番犬の斜め後ろに回り込み、攻撃のタイミングをうかがう。
プリシラと牛島さんは、ジゼルさんが詠唱中で魔法を撃てないときに攻撃を繰り出している。
片方の頭は、無詠唱で魔法を撃ち続ける兄ちゃんに火炎の息を吹きかけようとしているが、その度に斧や矢の攻撃に阻まれている。
もう片方の頭はプリシラ、ジゼルさん、牛島さんの誰をターゲットにすべきか決めかねているようだ。
『そろそろ頭に血がのぼってきた頃かな。5秒後に攻撃中断で』
5秒後、唐突に攻撃を止める4人。
普通の状態なら、双頭番犬は警戒しただろう。でも、今は散々攻撃を撃ち込まれ、好きに動けない状態が続いた後。怒りに燃える目は、苛立ちを隠せていない。
「下等ナ生キ物ガ、調子ニ乗リオッテ! 食ラエ!!」
2つの頭が同時に特大の火炎の息を吐くべく、大きく息を吸う。
動きが止まり、視野の狭くなった今がチャンスだ。僕とギーラが左右から同時に飛びかかる。狙いは首。
サクッと、バターでも斬ったかのような軽い手応え。
外したかと思いそうになるが、完全に不意をついた。避けられるとは思えない。先見の明でもこれで倒せたはずだ。
ドサッ。ドサッ。ずんっ。
重い首が地面へと落ちる音。それに続いて、力を失った胴体が横倒しに倒れる。
良かった。僕とギーラもちゃんと英雄認定してくれてたみたいだ。1度英雄認定されると、2度目は簡単に認めてくれるみたい。
クロードの方に視線を向けると、目をキラキラさせて手を振ってきた。
先見の明では、敵を倒した後、双頭番犬の封印されていた岩の真下を覗き込んでいた。何の意味があるのか分からなかったけど、さっき飛びかかったときに、巨大な宝石の塊のように透明な地面が見えた。あれは気になる。
その場所に近付いて、覗き込む。ギーラや他の皆も気になったみたいで、近寄ってくる。
それは奥の方に奇妙な形の影が見える、あまりにも巨大なペリドット。影は背に翼を生やし、うねうねとした蛇を何本も頭から生やした女性を上から見た形。
双頭番犬を封じた岩は、意味なくこの場所に置かれていたわけではなかったようだ。蛇髪女の封印を守る番犬として、真上に配置していたんだ。
他の魔物達も双頭番犬が少し暴れただけで簡単に封印が解かれる場所に配置されている。蛇髪女の封印を解きかねない愚か者を排除するために、周りに並べたのかもしれない。
しかし――。
ペリドット
内部に蛇髪女が封じられていた巨大なペリドット。青銅の鱗を不純物として内包する。
目利きで見ると、蛇髪女の封印が過去形になっている。内包物も鱗だけのような書き方だ。
『兄ちゃん、鑑定できる?』
『――無理だ。封印されたまま死んだか、抜け出してもういないか。どっちかだな』
『え? それって、ひょっとして――』
『ふむ。ジゼルもそう思うか。あいつは蛇髪女を気に入っていたからな』
蛇髪女の行方について、ヘーゼルさんとジゼルさんは思い当たる節があるみたいだ。
『何考えてるのかしら、地の賢者。いくら”初めてヘーゼル君と一緒に戦った記念の魔物ちゃん”でも、憑依対象としてこんな厄介な魔物を選ぶなんて』
『おい、なんだよその表現。師匠を君付けって、偉そうな奴だな』
『まあ、あいつの方が年上だしな。自分の国の正史に残す言葉として適切とは思わないが』
え。何それ? ジゼルさんのため息交じりの言葉は、地の賢者が蛇髪女に憑依してここから抜け出したと言っているように聞こえる。
どうやら、地の賢者はヘーゼルさんと初めて共闘できたのが余程嬉しかったらしい。蛇髪女のことを気に入り、自身の建国した帝国の正史には”良い仕事した魔物”の筆頭として記録させたほど。
簡単には抜け出せそうにないから、相当な実力者が絡んでるのかもしれないけど……。本当に?
「犬のマークが書かれていたから弱そうだ、なんて安易な考えで封印を解いてごめんなさい。まさか、双頭番犬が封印されてるとは思わなかったの。ケガはない? ――どうしたの? 黙り込んで」
ミリエットさんも近付いて来て、双頭番犬の封印を解いたことを謝ってきてくれた。
どうやら、岩には封印されている魔物を示すマークがついていたみたいだ。確かに、悪魔、馬、猪に死霊より犬は弱そうに感じるかもしれない。
けど、僕達は地の賢者の憑依した蛇髪女のことを考えていて、ミリエットさんの言葉にすぐに返事をしなかった。
彼女も不思議に思ったようで、巨大なペリドットを覗き込む。
「これって……! これは、確かに言葉を失うわ。――村長さん、やはりここでの採掘は危険過ぎます。私からアルベール様に誘拐された子供達の救出についてお願いしてみますから、どうかもう近付かないようにしてください」
ミリエットさんは、戦っている間にこの広場まで戻って来ていたらしい村長さんに、双頭番犬の死体と蛇髪女の形の影が見えるペリドットを見せ、説得を始めた。
「――それを信じて待てと言うのですか。お偉い人は、いつもそうだ。私らの不安も、私らの悲しみも、分かっていると言いながら、負担を強いる。恐ろしい魔物に石にされてしまうかもしれないことだって、私らはもとより覚悟の上だ」
「ダメです。魔物が解き放たれれば、この場所を出て他の人にも被害が及ぶ可能性があるんですよ!」
「それでも、何もせずに待つのは耐えられない……。この場所のことだって、領主様は教えてくれなかった。孫が見つかっても教えてくれないんじゃないか、そのまま特殊孤児でいさせた方が領主様には都合がいいんじゃないか……。そんな疑念が湧いて、信じきれんのですよ」
村長さんの顔は眉根を寄せ、悩む表情をしながらも、首を縦には振らない。
聞いていたクロードがモノを抱きかかえて、村長さんに歩み寄る。
「そんちょーさん、1週間待ってなの。あっかんべーに話して、言われたことをお手紙にして、モノが届けるの。クロード、あっかんべー、嫌い。だから、安心して! 嘘つかないよ!」
「そうだな。期限を切って、対策を伝えるべきだろ。この地を治める領主として、住民の納得するような対策をな」
クロードの言葉を受けて、ミリエットさんに兄ちゃんが宣告する。
もし、アルベールが村人達の元に家族が戻るための有効な策を出さないなら、他の封印された魔物は僕達で倒そう。蛇髪女がいないなら、きっと何とかなる。その上で、安全な場所だけ掘り進めてもらい、そのお金で特殊孤児にされた子達を買い戻してもらえば良い。
アルベールが良い策を考えてくれるかもしれないから、今は言わないでおくけれど。
助けになりたい気持ちはあるから、とりあえずはヤークートで出会った子達の話でもしてみようか。ひょっとしたら、僕と兄ちゃんが会った中にこの村の子供がいるかもしれない。




