第19話 カーラ侯爵の思惑
「クロードね、失敗しちゃったの。それでね、それでね、うーんと、えーと……お小遣いもらったの!」
兄ちゃん達をアダーラ領都のリリの家の別荘に送り届けた後、メイジとホホを連れてラティーフ領都へとやってきた。
クロードが僕を元気いっぱいで出迎えてくれたんだけど、いきなり不思議なことを言い出した。
昨日の晩に4歳の誕生日パーティーをやったはずだから、失敗っていうのはパーティーでのことだと思うんだけど……。
言葉はかなり上手に話せるようになってるけど、どんな失敗をしたんだろう?
失敗した割に、元気いっぱいで嬉しそうなのはどうしてだろう?
そして、失敗からお小遣い獲得までの道のりは平坦ではないはずなんだけど、何があったんだろう?
いくつもの疑問が浮かぶけど、クロードに説明してもらうより、少し離れた場所で腰を直角に折り曲げて頭を下げているブリアン様に聞いた方が早そうだ。
ブリアン様は、ちょっと遠い目をしつつも、簡潔に説明をしてくれた。
まず、クロードは自分の名前を「クロード・ヴィクトル・ヘーゼル=ラティーフ」と名乗ったそうだ。
結局、父親の名前を覚えられなかったらしい。失敗とは言っていたけど、クロードの晴れ晴れしい笑顔を見る限り、確信犯だよね?
普通なら、後でものすごく怒られるところだったんだけど、リリのお父さん、カーラ侯爵がフォローしてくれて、困ったことにはならなかったらしい。
カーラ侯爵をはじめとする何人かの貴族は、当主への責任追及の目的をもってパーティーに参加していた。その目的の上では、クロードの自己紹介は都合が良かった。
ラティーフ伯家は1000年近く続く歴史ある名家。
長い歴史の中では、後継者候補から当主失格と糾弾された当主も何名もいた。
そういうときに、糾弾する側の後継者候補は、決まって自身の名前に入っている当主の名を”ヘーゼル”に置き換えて名乗ったらしい。
現当主の領主としての正当性を否定したい。しかし、血筋の正当性は主張したい。それで、ラティーフ家の地位を価値あるものとした、いわば始祖の名を名乗ることにしたようだ。
だから、ある意味、クロードの名乗りは当主弾劾の合図のようなもの。
カーラ侯爵らの目的と、奇しくも一致していたのだ。
去年の牛頭鬼襲撃事件で、ラティーフ伯爵が沈静化を早々に諦めていたことはとっくにバレていた。確たる証拠まではなかったのだが、最近になって密告者が現れ、事件解決のために兵力を失うのを嫌がり、最初から騎士を出し渋っていたことを証言。
領土防衛は、領主の義務。それを放棄したとなれば、当主の座に留まることは許されない。
密告者は、アンナさんの元婚約者だとブリアン様は推測していた。裏切りを理由に減給処分を受けたことや、仲間の騎士の冷たい態度に耐えかね、今年の春に騎士を辞めたらしい。魔物への寝返りに対する処分としては寛大な処分だったけど、プライドの高い人だったらしいから、それでも我慢ならなかったんだろう。
ともあれ、密告者の出現で証拠は揃った。被害を受ける可能性のあった貴族達は、国に訴え、国王からの勅命を受けてからここを訪れていた。クロードの誕生日パーティーは、ちょうど良い来訪の名目だった。
問題は、勅命の中身。
”嫌疑を晴らしたくば、領土を防衛するに足る能力を示すべし。ついては、12の指令を与える。5年以内に全てを解決してみせよ”
「12も指令があるので、父、兄上、私、クロードの4人で手分けして当たることになりました。カーラ侯爵は、クロードと私が町に留まったことも知っていましたから、比較的楽な指令を割り振ってくれたのですが……」
「手伝ってくれた人のお礼用に、お小遣いももらったの。クロードの指令はね、アダーラでオバケやっつけて、ラティーフの北で異変の調査して、竜の谷で竜の鱗を探すの! 全部、ついでにできるから、にぃに、一緒に行ってくれるよね?」
キラキラした目で見つめてくる。
なるほど。お小遣いと言ってるのは、指令を達成するための軍資金みたいだ。クロードがついでと言う通り、アダーラにはこれから行くし、ラティーフ地方の北部で起きているらしい異変が地の賢者さん絡みなら、ついでに解決できるかもしれない。
でも――。
「竜の谷は行く予定ないけど?」
「にぃにの竜、探しに行くでしょ? クロード、その間に竜の鱗を探すの!」
クロードは、ニコニコ笑顔だ。ヘーゼルさんと契約できたし、竜騎士になる必要はないけど、否定すると泣き出しそうな気がする。協力してくれる魂を探しに各地を巡るつもりだから、具体的な目的地が決まったと思おう。
――めちゃくちゃキツい場所ってことはないよね? 達成不可能な指令を出すくらいなら、即座に罷免すればいいだけだし。普通の領主ならクリアできるような指令のはず……。
『竜の鱗は、生息地周辺なら道端に落ちていることもあるから、根気強く探せば見つけられるだろうが、竜以外にも強い魔物が生息している場所だ。自身か部下にそれなりの実力者が必要だ。忠誠心が薄ければサボる部下もいるだろうし、並の領主では厳しい指令だろうな』
『僕達で大丈夫かな?』
『安心しろ。大丈夫な程度まで鍛えてやる。――しかし、ラティーフ地方での指令が混ざっているのは、サービスなのか、伯爵の統治能力が全く信用されてないのか……。あるいは、次期当主候補に領内での人気を高めさせるために、あえて自領で活動させたいのか……?』
領内で起きている事件なら、解決するのは元々当主の義務。指令として出すのは、おかしい。
カーラ侯爵は、現ラティーフ伯爵を当主の座から引きずり下ろし、他の誰かに継がせる気なのだろうか。そうだとすると、出された指令は腕試しのつもりなのかもしれない。
「私に出された指令は、新しく迎えられる予定の側妃様のティアラの用意、正妃様のご機嫌を取るための装飾品の用意、3年後に成人を迎えられる第6王女様の成人式典用の食材の納品の3つです。ということで、助けてください。マルドゥク様、貴方のプレートを加工した工房にティアラと装飾品の注文を出したいので、この手紙を届けていただけますか?」
「――はい。なんだか、ブリアン様の指令は物の調達ばかりですね。食材も、良い物が手に入ったらお譲りしますよ」
ブリアン様の受けた指令の方が僕好みの内容だった。ティアラと装飾品、僕も関わりたかったな。せめて食材だけでも売り込む。
それにしても、ブリアン様も後継者候補のはずだけど、こんなに指令内容に偏りがあるのはなんでだろう?
「元々、ラティーフ北部の異変調査とアダーラでのゴースト退治は私への指令だったんですが、クロードが交換したいと言い出して。私は戦闘は向いていないので、今の指令の方が助かりますし、カーラ侯爵も私とクロードの間で指令の交換をする分には構わないと言ってくれましたが……。若干、カーラ侯爵が落胆したような表情をしていたのが気になります」
「クロード、にぃにとお出かけしたいの。いいでしょ?」
「ブリアン、クロード。最低でも1つは指令を取り換えた方が良い。ブリアンが担当する指令は、王族絡みのものばかりだ。現当主に代わる後継者に、王族の後ろ盾を得させるのが目的かもしれない。クロードの方は、事件が起きたときの対応力を測られているような印象だ。両方備えていないと後継者候補から外される可能性もある」
クロードは無邪気に笑っていたけど、ヘーゼルさんからの助言を聞いて、つまらなさそうな顔になった。
ヘーゼルさん、急に交代しないで欲しい。ブリアン様、いきなり呼び捨てにされて怒ってないかな。
「なるほど。クロード、竜の谷の指令と食材の納品の指令を交換しよう。食材の調達は、マルドゥク様が手伝ってくれる。美味しい物を揃えて、一緒に王都まで届ければいいんだ。楽しそうだろう?」
「楽しそう! ――でも、クロード、竜、見たかった」
「ついてきたらいいさ。弟同伴禁止とは、指令書には書いていない。何なら探すのを手伝ってくれると助かる。クロードは勘が良いから」
ブリアン様、丸くなったなぁ。全然、気にしてない。そして、最近栽培しているらしい苺を納品リストに入れたいと言っている。クロードほどじゃないけど、意外と楽しそうだ。
ふと、部屋の隅で心配そうな顔をしてクロードを見ている女性の姿が目に入った。白い髪に赤い目。髪や目の色は違うけれど、目鼻立ちはクロードと似ている。クロードのお母さん、ヴィクトリアさんだ。
牛頭鬼襲撃事件のときにやっていた、クロードとブリアン様の武勲勝負。ブリアン様は自身の負けを認めて、ご褒美代わりにヴィクトリアさんがクロードと一緒に過ごせるように取り計らってくれた。最初に僕が会ったときは、体中痣だらけで、健康状態も悪く、ベッドで寝たきりになっていたけど、普通に日常生活を送れるようになったみたいだ。
「ブリアン様、安全な指令を1つ譲っていただいて、ありがとうございます。――私がヘーゼル様をパパと思いなさいなんて言ったばかりに、当主様から嫌われてしまって……。クロード、ごめんなさい。指令を達成することよりも、身の安全を確保することを優先してね。当主様の雇った騎士様は協力してくれないかもしれないけれど、遠慮なくギル様やイネス様も連れて行って」
「ぎると、いねしゅは、おかーしゃまの護衛なの。へたれとあんなも置いていくけど、ぎらとぷりちらねぇねは、連れていっちゃうから気をつけてね」
「クロードは、この館にいる間の方が狙われる可能性が高い。父上の機嫌が直るまで、他の場所に行っているのも悪くない。ゴーストは呪いが脅威だが、クロードには呪いを浄化するスプーンもあるから、安心していい」
ヴィクトリアさんはクロードのことを心配していて、クロードはヴィクトリアさんを心配している。
実際、危険なのは、彼女の方かもしれない。クロードには第六感もあるから、簡単には不意をつけないけど、彼女にはない。その上、回復してきたとは言っても長い間の寝たきり生活で足腰の弱っている状態では、襲われても逃げることは困難だろう。
『おーい、師匠、マル! 話、まとまったか? ヘタレから誕生日パーティーで聞いたアルベールの噂を聞いてたんだけどさ、アダーラのゴーストってアルベールの親父が悪霊になったって噂があるらしいぜ』
部屋のドアをほんの少しだけ開けて、ギーラが手を振っている。そういえば、ヘタレさんに聞き込みを頼んでいたんだった。ブリアン様に断りを入れ、部屋を出てヘタレさんに会いに行く。
でも、ゴーストって死んだ人がなるんだっけ?
『ゴーストは魔物だという説の方が有力だが、死者の悔いや未練が具現化したものという説もある。私が過去に遭遇したゴーストは、ただの魔物だった。具体的な人物の名前が挙がっているなら、その人物の魂が魔物のゴーストに憑依している可能性もあるな』
『じゃあ、説得して誰かに宿ってもらうこともできるかも?』
『指令が出されるということは、そのゴーストによる被害が出てるんだろう。仮に誰かが憑依していたとしても、友好な関係を築けないかもしれない。期待しすぎるなよ』
それもそうだけど、ちょっぴり期待しちゃうなぁ。アルベールの父親なら、息子と同じ境遇の子を救いたいと思ってくれてもいいんじゃないかと思う。
ヘタレさんやプリシラが待つ部屋に入ると、プリシラがノートにヘタレさんから聞き取ったことを書き留めていた。ありがたい。
「ふう。これで一通り話し終えたかな。――あ、マルドゥク君。いらっしゃい。俺、頑張ったよ。なかなか聞き込みの才能あると思う」
「そうですね。あれだけ女性に気安く声をかけまくれるのは、一種の才能かも」
調子に乗って自慢気なヘタレさんに、アンナさんから冷たい一言。どうやら、ヘタレさんは女性中心に聞き込みをしたらしい。アンナさん、ひょっとしてヤキモチを焼いてる?
それとも、慌てて弁明するヘタレさんを見て、楽しんでる?
『この2人、なかなか進展しないの。良い雰囲気だと思うんだけどね~』
好意を持ってから1年以上経つのに、あんまり進展がないらしい。
兄ちゃんは、ロロと出会ったその日に「俺が守る」とか、「桜の花のみたいに可憐だ」とか、猛アプローチをかけたと言うのに。
『えっ!? 何それ! 詳しく!!』
プリシラが目を輝かせる。
兄ちゃんをアダーラ領都に置いてきて良かった。心置きなく、情報共有ができる。




