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第18話 悪魔のカード

 ある日の神々の住み処


「やっほー! 勝利宣言しに来たよ~ん。虚飾の神の使徒ロココ(ロロ)は、ボクの使徒マーリン(フェン)が討ち取るから!」


 虚飾の神が優雅にブランチを味わっているところに押しかけたプロメテウスは、開口一番、こう言い放った。

 虚飾の神が食事しながら見ていたモニターでは、男達に囲まれ、髪についた火を手で払って消そうとしているロココの様子が映っている。


「――いきなり部屋に入ってきて、何を言っている? ロココはお前の使徒と会ったこともないぞ」

「うん。今日出会うよ。で、それがきっかけで陥落するから。よろしく!」

「”よろしく!”じゃないだろうが! なんで!?」

「見てれば分かるよ。テミス、審判よろしくね~」


 審判役の掟の神(テミス)まで連れてきていた。よほど自信があるらしい。

 まだ何も起こっていないのに、虚飾の神は不安になってきた。派手派手しく着飾り、自分を立派に見せようとするのは、自信のなさの表れ。虚飾の神は小心者なのだ。


「いやいや、出会ってすぐに落とされるなど聞いたことがない。そうでしょう、テミス?」

「前回の暴食の神の使徒も、出会った当日に落とされました。ありえないことではありません」


 安心材料を見つけようとしたが無駄だった。さっきまで楽しく食事してたのに、もう食欲が完全に失せてしまった。

 何とか言い返してプロメテウスとテミスに帰ってもらわなければ。例え、ロココが虚飾の神の使徒にあるまじき行動に出たとしても、バレなければやり過ごせる。

 そう思って、虚飾の神は考えを巡らす。


「ロココは小心で、自身を飾り立てることで安心を得ようとしています。今は暴漢に奪われてしまっていますが、帽子の上に桜の盆栽を飾るほどなのですよ。そんな子を容易に陥落させるなど――」

「うん、この盆栽だよね」


 プロメテウスが手に持ったモニターを見せてくる。

 使徒の視点から映されたものではない光景。ロココが引きずり込まれた路地と、路地の入口に放置された桜の盆栽を上空からのアングルで映している。

 そういえば、アポロンこと憤怒の神が、プロメテウスは自身の使徒の魔力が届く範囲であれば自由に視点を変えて映像をモニターに映せると言っていた。


 プロメテウスはこういっているのだ。「ボクを追い払っても、ロココが虚飾の神の使徒らしくない行動を取ればすぐに分かる。逃がさないよ」と。


 冷や汗が浮かぶ。

 まだ自身の使徒が撃破される兆候は何1つないというのに。


 どうすれば良い? 疑問が浮かぶが、答えは出ない。焦りが募るが、何も思い付かない。

 もとより、直接指示を出せるわけでもない守護神にできることなど何もない。成り行きを見守るしかないのだから、覚悟を決めて泰然自若としていればいいのだが、小心者にそれは難しい。


 虚飾の神が焦っているうちにも、事態は動く。

 ロココはマーリンと出会い、助け出された。


 アブヤドに向かう馬車が魔物に襲われ、白の子が1人ずつ囮に使われていくという経験をした彼女は、そのときからずっと、全てを解決してくれる王子様が、どこからともなく現れることを夢見ていた。


 あんな事態に再び遭遇することが怖い。自分を無価値なものと決められて、危害を加えても構わないと思われてしまうのが怖い。絶望に染まった子供達の視線が、自分を恨んでいるのではないかと思えて、思い出すだけでも怖い。

 自分の存在価値を認めて欲しい。でも、誰かの視線を向けられるのが怖い。どこにいても閉じ込められているような気分で、窒息しそうだった。

 彼女は、目を引く飾りで注目を浴びつつ、視線を自身から逸らすことで、心の安息を保っていた。しかし、それは簡単に破られた。

 価値なき白は、価値のある精霊術師や竜騎士と間違われるような恰好をしてはならない。それが正しいと信じ、紛らわしいものを被るなと説教を始め、無理矢理盆栽を取り上げ、帽子も燃やされてしまった。さらには、重い物を乗せてもズレないように髪にピンで帽子を固定していたことを知り、髪を燃やそうと言い出した。

 狭い路地の中、逃げ道を塞がれ、無慈悲な視線を向けられる。自分を人だと思ってくれていない。

 馬車での恐怖が蘇る。声が出ない。小さな嗚咽を漏らすだけで精一杯。これでは、誰にも気づいてもらえない。きっと助けは来ない。そう諦めかけていた。


 しかし、助けは現れた。それだけで、淡い恋心を抱くには十分だった。


 王子様が自分に視線を向ける。

 我に返った。自分は顔にも火傷しているし、服はところどころ焼け焦げている。そのうえ、髪は焼けて短く不揃いになってしまった。

 興味をなくすと思ったが、現れた王子様は気にしていないらしい。火傷だけ治して、寮に帰ろうとする。

 着替えはここにはないから、寮に帰らなければならないのは分かるが、人目が気になる。また頭に桜の盆栽を乗せたかったが、既にマーリンが小脇に抱えて運ぼうとしている。小心のスキルを持たされたロココは、「それ、被るから返して」と言い出せない。足を止めようとするが、手を引かれて歩かざるを得ない。


 それでも、怖がっているのは伝わったようで「守る」と言ってもらえた。それだけで、彼以外の何も目に入らなくなる。不思議と恐怖心が消えた。


「他人の目よりも、好きな人の目が気になるようになったようですね」

「こ、これだけで、虚飾に打ち勝ったと思わないでいただきたい! そりゃあ、好きな男の好みに合わせるかもしれませんが、飾り方が変わるだけだ!」

うちの子(マーリン)は、見た目を気にしないんだよ。そのうち、気付く。見た目で惹きつけることはできないって」

「そ、それは……、いや、しかし……。そ、そうだ! あの子は小心なのです! 好きな男に嫌われないように、取り繕うでしょう! 広い意味では、それも虚飾と言っていい。いいはずだ!」

「オッケー。じゃあ、ロココちゃんが勇気を出して自分の意志で動いたら、小心者じゃなくなったってことで陥落。それで良いよね? ま、ちょっと先になるけど、ボクはそれでも構わないから。楽しみにしてるよ」


 やっと思いついた反論にも、余裕の笑顔で返されてしまった。虚飾の神は敗北を悟った。いつ敗北が認定されるのかビクビクしながら過ごすくらいなら、この場で敗北を認めればよかったと思ったが、もう遅い。


「分かりました。では、虚飾の神の使徒ロココが自身の意志で行動したとき、装飾過多及び小心を克服したと認めます。期限は、1年以内でよろしいですか?」

「いいよ~」

「も、もももも、もちろんです!」


 何とか虚勢を張って答えたものの、顔は蒼ざめ、冷や汗でびっしょり。プロメテウスとテミスが出て行くと、虚飾の神はぐったりとしてその場に崩れ落ちた。


 ◇


 また、別の日の神々の住み処


「タロットカードの悪魔の意味するものは、”誘惑”。悪魔梟(デビルアウル)を選んだアキレウス(クロード)は、誘惑に抗うのか、それとも屈するのか。見届けさせてもらおう」

「急に訪ねてきたと思ったら……。何なんだい? 藪から棒に」


 訪ねてきたプロメテウスは、アポロンに抽象的な言葉で用件を伝えた。

 別陣営に分かれているから、最近はほとんど顔を合わせていない。唐突すぎるセリフに怪訝な様子のアポロン。


「まぁ、簡単に言うと、アキレウスの誕生日パーティーの様子を観察させて欲しいんだ。前は、ボクのモニターを散々見せてあげたんだから、良いよね?」

「それは良いけど……。誘惑って何のことかな?」

「説明するより先に答えが見られるよ」


 ついて来ていたヘルメスも入れて、3人でアポロンのモニターを覗き込む。

 ちょうど、アキレウスの4歳の誕生日パーティーが始まり、招待客に向かって挨拶をするところだった。

 父親のラティーフ伯爵に促され、壇上で1歩前に出る。苦戦し続けてきた挨拶。アキレウス視点では、その表情は分からないが、足取りに迷いや不安さは感じられない。


「ごしょーかいに、あずかりました! クロード・ヴィクトル・()()()()=ラティーフです! いご、おみしりおきを!」


 声は自信に溢れていて元気いっぱい。

 しかし、聞いたラティーフ伯爵の顔は引き攣った。招待客の中にも反応に困っている者がいる。


「あぁ、なるほど。生物学的な父親の名前を覚えるのを諦めて、尊敬するパパの名前で名乗ったか。確かに誘惑に負けたね」


 舌っ足らずで聞き取りにくいのは改善されたものの、ほとんど会わない、母親にも辛く当たる父親の名前はずっと覚えられなかった。

 ヘーゼルにかけてもらった言葉に励まされ、頑張ってはみたのだが……。父の名前を入れるところで、どうしてもヘーゼルが思い浮かぶ。

 自分の名前に入っていて欲しいのはどちらか? 父らしいことをしてくれたのはどちらか? 考えた末に出した結論がこの挨拶だった。


 神々にとってはどうでもいいことだが、この挨拶は貴族達の間では大きな意味を持つ。


 特にラティーフ伯爵にとっては、「お前は父でも当主でもない」と言われたも同然。

 しかも、自分の息子の手綱さえ握れていないことを招待客に知られてしまった。怒鳴りつけたいが、相手は子供。自身の器の小ささを印象付けることになってしまう。必死に表情に出さないようにしているが、腸が煮えくり返っていることは、赤くなった顔から推し測れる。


 呼ばれた客人はラティーフ伯爵家と近しい貴族ばかり。この子供に近づけば、当主の不興を買う。当主の顔を見れば、彼らがそう判断するには十分だ。

 他の貴族達と友好関係を築くことも当主には必要。招待客達から距離を置かれれば、次期当主候補としては大きな失点となる。


「う~ん、次期当主になるのは難しいかな。ま、別にアキレウスなら貴族辞めても生きていけるだろうし、はっきり言ってどうでもいいけど」

「うん。第六感があるから、致命的なのは避けるからね。貴族辞めるのも面白いだろうけど、続きがあるよ」


 当主との関係は悪化した。それは、現当主に近しい者にとっては、アキレウスへの興味を薄れさせる。しかし、逆に現当主を疎ましく思う者は、彼に価値を見出す。


 彼の前に進み出たのはカーラ侯爵。サキュバス2号(リリ)の父親だ。


 ラティーフ伯爵は考えるべきだった。もっと規模の大きいパーティーに呼んでも来ない、別の貴族主催のパーティーで話しかけてもすぐに話を切り上げようとする侯爵が、なぜ4歳の子供の誕生日パーティーなんぞに出席したのかを。


 カーラ侯爵はとっくにラティーフ伯爵に見切りをつけていた。昨年の牛頭鬼(ミノタウロス)襲撃事件の際、自領での対処を放棄し、被害者という体裁だけ整えて他の領地に被害を擦り付けてしまおうと考えていたことなどお見通し。

 もし、かの事件がスタンピードであれば、南へと進む魔物達はラティーフ地方の南東に位置するカーラ地方へとなだれ込んだ可能性は十分にあった。実際は知恵を持つ魔物による侵略であったから、さらに性質が悪い。どこに進軍したかは分からないが、周辺の領地全てが脅威にさらされる危険があった。

 それを容認した現当主も、推し進めたその長男も、当主でいてもらっては困る。

 現地に留まり事態を収めたブリアンかアキレウス(クロード)。カーラ侯爵は、どちらかを後押しするつもりだった。


 そんなカーラ侯爵にとっては、先のアキレウスの挨拶は好ましい。それだけで完全な味方になってくれるほど甘くはないが、興味を持つには十分だった。


「初めまして。私はジョゼフ・ジュール・アントワーヌ=カーラ。うちの娘はアブヤドにいてね、マルドゥク君という子と知り合ったらしい。君は彼と懇意だと聞いたよ」

「まるるくにぃにの……! りりあーぬさまの、おまねきにあずかり、べっそうにおじゃまいたします! よろしく、おねがいいたします!」

「ああ。娘からの手紙で知っているよ。是非、楽しんでいってくれたまえ」


 ラティーフ伯爵よりも高位の貴族であるカーラ侯爵と、短い時間だが親しげに話した。招待された貴族達の風向きがまた変化する。


「ほー。これは、どうなるかな? 次期当主候補となる可能性も残ったね」


 アポロンから見れば、大したことではない。しかし、貴族達にとっては大きな動き。

 そして、このカーラ侯爵の動きで、アルベール処刑回避の未来への分岐点が訪れる。それを知っているプロメテウスとヘルメスにとっても意味のあるものだった。

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