第17話 気付き
リリとロロに続いて、テオの魔法の訓練も始まった。
牛島さんは短時間なら男の子に憑依してもいいって言ってくれたから、テオの訓練のときは牛島さんが憑依。
武器はとりあえず、僕の木刀を貸した。ちなみに、リリは自前の木槌、ロロには兄ちゃんの杖を貸して練習してもらっている。
日曜日と月曜日は授業。火曜日から木曜日はリリとロロの訓練、金曜日はテオの訓練のために魔物狩り。土曜日は礼服の制作や、魔物狩りで得た素材の加工など。
そんなサイクルができ上がった。
毎日忙しくしている間に時間は過ぎ、とうとう夏休みまで1週間をきった。そんな夏休み前最後の週の火曜日。
魔物狩りに向かうために東門を出たところで、リリがある疑問を口にした。
「教えてもらった呪文なのですけれど、ピピ先生の使った呪文よりもずいぶん短いですの。どうしてですの?」
確かに3分の1くらいの長さだけど、どうしてと言われても僕には答えられない。だって、ヘーゼルさんが組み立てた呪文だもん。
「その方が効率が良いんだ。普通に教えられている呪文は、余計なものが多すぎるからな。私が初心者でも発動が楽で、魔力効率も良いように工夫したんだぞ? 試しに長い呪文を唱えてみれば分かる」
困ったなぁと思っていたら、ヘーゼルさんが答えてくれた。
「――あなた、誰ですの? マルドゥクの一人称は私ではなく僕ですのよ」
あ、まだリリとロロにヘーゼルさんを紹介してないんだった。リリは明らかに警戒してるし、ロロは兄ちゃんの後ろに隠れてしまった。
「マルドゥクと契約しているヘーゼルという者だ。君達の教科書は、私が書いた。これから、ちょくちょく顔を出すつもりだ。よろしく」
「フェンさん、暴れ精霊ですわ! お願いいたします!」
「待って! ヘーゼルさんは、ときどき勝手に体の制御を乗っ取るけど、悪い人じゃないから! ジゼルさんだって、リリがピンチのときは、体を代わりに動かしたりするでしょ?」
慌ててヘーゼルさんと入れ替わり、弁明する。
「今はピンチじゃないですわ。どう考えても悪い精霊さんですの!」
「いや、私は精霊さんではないぞ?」
再び、体の制御を奪って、ヘーゼルさんがややこしいことを言い出す。
リリは、木槌を構え――。
『待って、リリちゃん! その方は、水の賢者ヘーゼル=ラティーフ様よ! 素晴らしい方だから!』
『えっ!? ジゼル様、ヘーゼル=ラティーフって……』
『なんだ。つまらない。せっかくだから、ちょっと遊びたかったのに』
ジゼルさんが止めてくれたおかげで、ヘーゼルさんがリリをからかって遊ぶのは回避できた。
危ない、危ない。魔力使いきって魔物狩りに行けなくなるまで遊び出すところだった。
『私の自己紹介も済んだことだし、ローリエとも挨拶してこよう。マルドゥク、意思伝達をリリとロロにもつなげられるか? 何度か会話しておけば、ローリエに憑依されるときの恐怖も軽減されるだろう』
――ひょっとして、リリを置いて、ロロだけローリエさんと合わせるつもりだった?
『いいや。リリがダウンしても、ローリエには会わせるつもりだった。ああいう質問が出るのは、余裕が出てきた証拠。次の目標を示すのにちょうど良い時期だろう』
意思伝達は、何とかつなげられた。もう1人の協力者を紹介すると説明し、森を進み、月桂樹のある場所に向かう。
途中の魔物は僕と兄ちゃんで片付ける。
「キラーベアも一撃。本物の水の賢者が憑依してますの……? じゃあ、ひょっとしてアルベール様も? ――いえ、フェンさんみたいな例外もいそうですわね」
リリのつぶやきが聞こえる。魔法の練習にも魔物狩りにも慣れ、確かに色々考える余裕が出てきたようだ。
あっさりとたどり着いて、ローリエさんに話しかける。
『ローリエさん、こんにちは。友達を連れてきました! リリとロロです』
『しばらくぶりです、マルドゥク。そちらの2人がお友達ですね。私の声は聞こえていますか?』
『はいですの。リリアーヌ・ジョゼ・シュゼット=カーラと申します』
『私にも聞こえています。私はステラ・ローラ・ロクサーヌ=シファーです。初めまして』
『初めまして。私は、ローリエ=アザリー。よろしくお願いしますね。――ヘーゼル、わざわざ私に会わせに来たということは、彼女達は私が憑依する候補ですか?』
『ロロは光属性がAだ。リリはCだから、お前が憑依するのは難しそうだが』
リリとロロがヒソヒソ話をしている。
「ローリエって光の賢者の名前だったような……」
「ですわよね? 水の賢者らしき人を呼び捨てにしてますし」
「私に憑依……は、無理です! さっき、マル君、ヘーゼル様に体を乗っ取られてましたよ? 私じゃ、きっと乗っ取られっぱなしです!」
ロロは、怯え始めた。
『ステラさん。安心してください。私は、あなたが嫌がるなら無理に憑依するつもりはありません。それに、ヘーゼルは少々やんちゃなところがありますが、私は勝手に制御を奪って動くようなことはいたしません』
『はい……。でも、私以外に憑依する候補がいないと、助かる子が減ってしまいますよね……。うぅ、けど、やっぱり怖いです』
顔合わせは済んだけど、ロロはまだ踏ん切りはつかないようだ。焦らなくていいと兄ちゃんが宥めながら、その日は帰った。
リリは、その間、何かを考え込んでいる様子だった。
◇
今日は夏休み初日。
ローリエさんに会った後の水曜日、木曜日も今まで通り魔物狩りをした。
変わったことと言えば、「私は何の属性が向いてますの?」とか、リリからの質問が増えたくらい。
ロロはいつも通りというか、平常心でいたいから努めていつも通りでいようとしているのかもしれない。考え込んだり、兄ちゃんの近くに居たがったりすることは、少しだけ増えた気がする。
でも、後ろ向きな訳でもない。
テオとロロの間で牛島さんの取り合いになったりもした。
牛島さんは思っていたよりも器用で、最初は土魔法だけだったのが、ヘーゼルさんの教科書を自分なりに理解して、あっという間に他の属性も少しは使えるようになっていた。
意外と優しいし、理解できなかったことを一緒に考えてくれたりもする。頼りになるお姉さんだ。
ジゼルさんをテオに憑依させるのは難しいから、テオは牛島さんしか選択肢がない。
一方ロロは、できるだけ長い時間牛島さんに憑依していて欲しいらしい。魔法を使えて少し自信が持てたから、放課後とかに練習をしたいんだそうだ。光属性魔法で解毒薬作りとかもできるようになって、魔物狩り以外でも魔法の練習ができるようになったことも大きい。
もめたのは土曜日。テオは戦闘訓練の授業を受けながら、魔力での身体強化を練習したがり、ロロは素材の加工を兄ちゃんと一緒にしたがった。
練習できる時間が少ないテオを優先することにロロも納得してくれたけど、リリの別荘に滞在するのに同行して、その間はずっと牛島さんに憑依していてもらいたいと言い出した。
急なお願いを快諾してくれたリリには感謝している。
リリ自身は、ジゼルさんを独占して憑依しっぱなしにさせてもらっているお礼だと言ってたけど。テオも夏休み中はバイトを優先するから、訓練はいいと言ってくれて助かった。
早いところ、もっと多くの協力してくれる魂を見つけたいものだ。
さて、リリ、ロロ、兄ちゃん、僕の4人でアダーラ地方の領都にあるカーラ侯爵家の別荘まで移動しなくてはいけない。
タラリアで僕が全員運ぶのは無理があるから、剛毅梟のホホをギーラから借りてある。大きな駕篭にリリに入ってもらい、それを足のかぎ爪で掴んで飛んでもらう。ホホの力は強いから、子供1人くらいなら軽々と持ち上げてくれる。
荷物は全部兄ちゃんの空間魔法の中に入れ、身軽にする。
ロロは僕が背負い、兄ちゃんはメイジに肩をつかませ、魔法で風を操って負担を軽くして飛ぶ。
兄ちゃんとメイジの魔法に、僕の精霊術を掛け合わせることで可能になった。上手く行かなかったら、僕が往復しなきゃいけないところだった。
……歌いながら、タラリアと精霊術をそれぞれ制御って結構疲れるけど。
「ホッホロホー。ホレホッホー」
――ついでにレレもついて来てる。相変わらず、疲れると僕や兄ちゃんの頭や肩に止まって休む。バランスが崩れるからやめて欲しい。リリやロロを不安にさせちゃうから言わないけど。
「――すごい。私、空を飛んだのなんて初めて」
「私も初めてですの。揺れが少し怖いですけれど、風が気持ちよくて、眺めも最高ですわ! ロロ、魔物が来たら私が魔法で迎撃しますから、索敵はお願いしますわね」
楽しむだけじゃなく、サポートもしてくれている。こういうときに落ち着いて動けるようになったのは、魔物狩りで色んな状況への対処を考えてきたおかげかな。
そうして、途中で昼食休憩も挟んで飛ぶこと数時間。途中で宿泊する町に到着。アダーラ地方第3町。通称はなし。
リリとロロには、普通の平民のような服を着てもらっている。貴族の子女だと分かったら、誘拐しようとする輩もいるだろうから。
一応、この町でもアルベールについての情報を集めようとしたけど、そんなに収穫はなかった。
食堂で酔っぱらいが大声で愚痴っていた内容から、アルベールのお兄さんと父親が相次いで死亡したことについて、暗殺説があることが分かったくらい。
どうやら、その人はアルベールが当主になってから孤児や白が領内に増えだしたのが不満らしい。治安が悪くなったとか、自分の仕事を特殊孤児に取られて儲けが減ったとか言っていた。
「マルドゥク。分かってると思いますけれど、全く妬まれない領主はいませんわよ?」
リリは口の悪い客にご立腹だった。僕も、別に酔っぱらいの言葉を真に受ける気はない。気に入らない相手の悪口みたいだし、根拠のない疑惑を信じるわけにはいかない。
治安が悪いって言葉には、ヤークートを思い出したけど。僕と兄ちゃん、誘拐されかけたんだよなぁ。
と思っていたら、帰りに後をつけられた。どうやら、また誘拐を企てられたらしい。粗末な服を着てても育ちの良さそうな白の女の子2人。僕と兄ちゃんもいるけど、子供だけだからカモに見えたんだろう。
もちろん、ヤークートの時と同じように門番さんに突き出しておいた。
◇
リリとロロのことを考えて、少しお高めの宿を取った。僕と兄ちゃんで1部屋、リリとロロで1部屋。
牛島さんもジゼルさんも憑依しっぱなしで、何かあったら護衛としても動いてもらうことにしたから、危険はないだろう。
今までも、魔物狩りで敵の数が多いときは、牛島さんが威圧で弱体化させ、ジゼルさんが攻撃魔法で間引きするとか、臨機応変に動いてくれている。
コンコンッ
ノックの音がして、リリとロロが僕達の部屋の扉を開けた。
背後には縄で縛られた男女。
「フェンサー様! 部屋で寛いでいたら、扉を壊して、この人達が押し入って来ましたの! レーヌ様とジゼル様が捕縛してくださいましたけど、あの部屋にいるのは怖くて」
「――はっ。大人しくしておけば良いものを。このガキどもも一緒に――、ぐっ。もごもご」
暴漢の言葉を最後まで聞かず、兄ちゃんが猿轡を噛ませる。
「分かった。俺はゴミを捨てに行ってくる。2人はマルと待っててくれ。新しい部屋を用意してもらうから」
そういって暴漢の男女を引っ張っていった。
ロロは兄ちゃんを目で追っている。恋する乙女の目だ。言葉に反してあんまり怖がってない気がする。
対してリリはどこか呆然としている。
「私、1日で2回も誘拐されそうになるほど、治安が悪いと思ってませんでしたの……。前にアダーラに来たときは、この町を歩いたりもしましたのよ? 楽しかったことしか記憶になくて。でも、あれは、護衛の騎士が目を光らせていたから……」
危険な目に合わせたこと、憧れのアルベールの治める領地が理想と離れていることに気付いたこと。それがショックみたいだ。
「私の故郷はここと同じくらい治安が悪くて、いつも怖かったです。でも、今日は誘拐犯が目の前に現れても、不思議と怖くありませんでした。フェンサー様もレーヌ様もいる。私だって、無力な訳じゃないって。――私は、今回の旅行が楽しいです。リリアーヌ様、いえ、リリ。連れてきてくれて、ありがとう」
ロロがスッキリした晴々しい笑顔で言う。リリは、ちょっと救われた気持ちになったみたいで、笑顔を返していた。




