第15話 虚飾にはラブコメを
フェン視点です。
うーん。7歳で真剣な恋ねぇ。
15年しか生きられないかもしれないから何事にも真剣ってのは分かる気がするけど、やっぱりピンとこない。
だって、小学1年生くらいだろ?
この世界の平均寿命が日本よりもずっと低くて、成人年齢が15歳ってことを考慮しても、おままごとの延長くらいのものな気がする。あと1か月半で12歳の俺は、まだ初恋とかしてないし。
そんなことを考えながら、アブヤドの町を歩く。
今日はマルとは別行動だ。明日、リリちゃんを魔物狩りに連れていき、牛島を憑依させて、魔法を使ってもらう予定だ。ヘーゼルが、その準備として教科書を書いている。
この世界、活版印刷はあるみたいだけど、ヘーゼルの魔導教典なんて絶対に禁書扱いだろうから手書きにするしかない。必然的にマルも寮にこもることなる。
で、俺は鉢植えの植物を買いに町に出ている。
趣味とかではなく、魂の憑依用だ。牛島が宿ってる柳の枝とか、ジゼルさんが宿ってるクルミの枝とかは、ゴミか薪と間違われて処分されかねないからな。
魂がどうなるか分からないから、空間魔法に入れるのは躊躇われる。それで、明らかに大事にしてそうに見える植物を用意することにした。ルル君のバイト先でもいくつか観葉植物は置いているらしいし、マルは講堂に桜の盆栽が飾られていたと言っていた。探せば見つかるだろう。
町の中央を目指して歩き、広場に到着。今は店が並び、人が行きかう明るい場所だけど、白反逆事件の処刑も、マルが見たアルベールの処刑も舞台はこの広場。
マチルドさん達の住む町では、こういう広場にヘーゼルの石像が建っていたけど、ここにはローリエさんの石像がひっそりと建っている。アブヤドは、かつて光の賢者である彼女が処刑された地なのだという。旧名「光失町」。
闇の賢者によって捕らえた彼女をこの地に拘束したのは、縄でも鎖でも鉄球でもない。この町に集められた、魔物によって傷を負った者達だった。苦しむ彼らを見捨てられずに治療を続け、ほぼ全員が完治したところで処刑は実行された。彼女を取り囲むように二角獣に乗った首なし騎士の群れが呼び出され、彼女を襲った。
不純を司る二角獣やアンデッドの首なし騎士なら、攻撃系の魔法が乏しい光魔法でも対処が可能だ。しかし、そこに差別階級の重傷者が連れてこられ、彼女は選択を迫られる。
二重詠唱でも、敵への攻撃と自身の防御、重傷者の治療と手が足りない。何かは捨てなければならない。
可能な限り犠牲を少なくすることを信条とした光の賢者の選択は分かり切っていた。
重傷者を治療しながら、襲い来る敵と戦う中で、彼女が傷を負わずにしのげたのは、ほんのわずかな時間だけだった。倒しても倒しても、魔物は追加で召喚される。キリがなかった。体力を削られ、傷がどんどん増えていき、倒れ伏したところで止めを刺された。
「うっうぅ……」
図書館で見つけた歴史書に書いてあった惨劇を思い起こしていると、すすり泣くような声が聞こえた気がした。
南へと伸びる大通りから東に向かう狭い路地の入り口に植木鉢が倒れてる。花は咲いてないけど、この葉っぱの形は桜か?
泣き声は女の子の声に聞こえた。何かあったのか?
路地へと走り、奥を覗き込むと、3人の男が白の女の子を取り囲んでいる。
女の子の髪は何だか不揃いだ。こういうのがオシャレなんだろうか。
「暴れるから、火が消えちまったな。おい、腕を抑えとけ。――で、改めてっと」
呑気なことを考えていたら、2人の男が女の子の腕を片方ずつ抑え、1人が指先に火魔法を灯して女の子の髪に近づけていく。よく見れば、女の子はあちこち火傷してるし、髪の毛が焦げたときの匂いが辺りに漂っている。
「おい! 何やってんだよ!?」
声をかけると、男達が振り向き、悪びれもせずに笑みを浮かべて答えた。
「驚かせちまったか。悪いな、坊主。決まりを守らない悪い白がいたから、躾をしてやってるんだ。普通の子を虐めてるわけじゃない。安心しな」
何を安心しろと言うのか。全く分からない。
「その子が何をしたか知らないけど、言葉で言えばいいだけだろ!」
「おじさん達も、最初は口で言ってたんだが、言うことを聞かないんだ。仕方ないんだよ」
「た、助け……て……」
「助けてじゃなくて、他に言うべきことがあるだろう? ”ごめんなさい”と、”もうしません”は?」
「うぅ……。ひっく……」
泣いてはいるけど、「もうしない」とは確かに言わないみたいだな。だからってやり過ぎだと思うけど。一体何をやったんだ?
「その子が何をやったんだよ?」
「そこに植木鉢があるだろう。緑の葉っぱがついている」
桜の盆栽のことだな。話が逸れてる気がするけれど、小さくうなずく。
「あれを頭に乗っけてたんだ。風の精霊と契約できていないのに、だ。悪い白だろう?」
「……え? それだけ?」
白が色付きの服を身につけちゃいけないってルールはあるけど、持ち物全て白くなきゃいけないわけじゃない。別にルールは破ってないはずだ。そもそもこのルール自体、不要だと思うし。
「知らないのか? 坊主、白は契約できた精霊を象徴する色と白以外の物を身につけちゃいけない。緑の帽子はアウトだ」
「植木鉢だろ? 帽子じゃない」
「だから、植木鉢を帽子にしてたんだよ」
意味が分からない。
「植木鉢は植木鉢だ。帽子じゃない。」
「そう思うだろ? でも、この子は頭に乗っけてたんだ。つまり、それは帽子だろ?」
「いやいやいや、頭に乗っけて物を運んだっていいだろ? 姿勢よく歩くための練習に頭に本乗せたりするじゃん」
「はぁ、坊主。まだまだ子供だなぁ。白を庇ってもいいことなんかないんだが。まぁ、違反じゃなかったことにしておいてやるよ。――おい、今度からは紛らわしいことするんじゃないぞ」
しばらく会話してたら、諦めて帰っていった。自分のやってることがおかしくないって、ずっと思い続けてる様子なのが気持ち悪かった。
「君、大丈夫か? 精霊術師訓練場の寮まで送るよ」
ひとまず帰って火傷の治療をしてやらないとな。そう思って女の子を観察し――。
あれ? この子、虚飾の神の使徒じゃん。ステラ・ローラ・ロクサーヌ=シファー。マルと同い年で、まだ会えてないって言ってた子だ。
よっぽど怖かったのか、小さくなって震えている。顔がよく見えない。
「こ、来ないで! 見ないでぇ。うぅっ」
「大丈夫。俺は君に危害を加える気はないよ」
悪徳の使徒は、善人になってもらうべき相手だからな。友好的にいこう。
「嫌ぁ。こんなみすぼらしい姿、見られたくない……。――せっかく絵本の王子様みたいに助けに来てくれたのに……」
後半の言葉は嗚咽混じりでよく聞き取れなかったけど、焼け焦げた髪と火傷した顔を見られるのが恥ずかしいらしい。
虚飾の神の使徒だもんなぁ。見栄を張りたいか。スキルにも装飾過多ってのがある。
見ると服装も膨らんだスカートにリボンとフリルがたっぷり。飾り立ててるんだな。よし。
火傷痕はそりゃあ嫌だろうから、回復魔法をかけて治療してやる。母さんに習っておいて良かった。一般には中位治癒と呼ばれてる奴だ。痕が残りそうなら、ヘーゼルに頼んで自然治癒力を高める再生力増強をかけてもらうつもりだったが、処置が早かったおかげで綺麗に治った。
「安心して。火傷はちゃんと治った。綺麗だよ」
「……治っても、私、地味だもの。もう、お花で飾ることもできないし、きっと誰も私のことなんて……」
ダメか。しかし、悪徳の使徒を更生させるためだ。このくらいで諦めるわけにはいかない。
膝をついて目線の高さを合わせ、指をそっと顎の下に伸ばして軽く顔を上げさせる。切れ長の目、細面の輪郭、小さいけれど形のいい唇。品のある顔立ちじゃないか。
「君は綺麗だよ。少なくとも俺は、君のことが気になる」
安心させるように努めて優しい笑顔を浮かべたけど、ちょっと照れて、はにかんだようになってしまった。
驚いて目を見張る彼女の手を握り、ちょっとだけ強引に引っ張って寮に向かって歩き出す。落ちていた桜の盆栽も片手に抱えて運ぶ。
人通りの多い大通りに出るときにはちょっと抵抗されたけど、「大丈夫。俺が守るから」と言って安心させ、ニコッと笑ってやったら、その後は素直について来てくれた。それでも不安なのか、じっと俺のことを見つめている。
お風呂沸し係として俺のことを知ってる子は多いみたいだけど、ステラちゃんは知らないかもしれないからな。よく知らない奴に手を引かれて歩くのは不安だろう。だから、マルの兄であること、マルから話を聞いていたことを話してやる。
「空腹でアブヤドにたどり着いた子のために野菜を買うお金を援助してくれたんだろ? 優しい子だなって気になってたんだ」
うん。これで、少しは怖くなくなるだろう。
それに、自身を必要以上に飾り立てるのは自信がないからだ。褒めてやることで、虚飾から解放されるかもしれない。
しかし、彼女は恥ずかしそうに下を向き、つないだ手に少し力を込めた。緊張しているのか? 隙をみて、もう少し褒めた方が良さそうだな。
寮に着いた。ザッコに声をかけ、簡単に事情を説明してマルを呼んでもらう。ステラちゃんは、貴族用の部屋に1人で暮らしているらしい。怖い思いをした後だ。1人にしない方が良いだろう。しかし、部屋に俺と2人きりも嫌だろう。食堂でマルを待ちながら、彼女を観察する。
髪を整えなきゃいけないな。軽く頭をなで、髪をチェック。サラサラしてる。癖もなさそうだ。この世界では、女の子はロングヘアばっかりだけど、前下がりのボブとかどうだろうか。理知的でスッキリしていて清潔感があると思うんだけど。
服もところどころ焦げてるから、着替えなきゃいけないだろう。こっちは替えを持ってるだろうけど、虚飾からの解放を目指すなら、もっとシンプルな服装をした方が良いな。
「あ、あの……」
「あ、ごめん。綺麗な髪だなと思って」
そういえば、勝手に頭をなでてしまった。マルにはよくやってるから無意識だったけど、貴族でしかも女の子だと違うのかもしれない。顔を赤くしてうつむいてしまったし、怒ってるのかな。
「い、いえ。優しくされるのに、私、慣れていなくて……」
「良かった。嫌われちゃったのかと思った」
「そんなこと、あるわけありません! ピンチに颯爽と現れて、助けていただいたのですから!」
うん。良い子だ。悪徳の使徒全員が元善良な魂なのか分からないからな。ちょっとだけ元々悪人って心配もしてたんだ。
ホッとして自然と笑みが浮かぶ。
「良かった。もし、君が嫌じゃなかったら、服をプレゼントさせてもらえないかな?」
「えっ?」
しまった。元が善良なら、虚飾から解放されるようにと少々強引にでも服装をシンプルにしようとしたけど、俺はセンスがないんだった。今日の服だって、3回ほどダメ出しされて着替えた。
「あ~、ごめん。嫌だよね。俺、センスないし。――ちゃんと、センスのある弟に選んでもらうからさ。オシャレ着じゃなくて、作業着だと思って受け取って欲しいんだ」
「作業着、ですか?」
不思議そうに問われて、リリちゃんと行くことになっている魔物狩りの話をする。もちろん、森で精霊と契約できた白が結構な数いるらしいって話も伝える。
「俺、君に生きていて欲しいんだ。それに、桜みたいに可憐な君なら、きっと飾り気のないシンプルな服でも素敵だ。そんな君と出かけたい」
よし。これで、服をプレゼントする理由も自然だし、選んだ服が動きやすさ重視のシンプルなものでも納得してもらえる。多少気に入らなくても、贈ってきた相手と出かけるなら、気を使って着るだろう。あとは、着心地を気に入ってもらえれば、実用性を重視するようになるはず。
そして、褒め言葉にも一工夫した。桜の盆栽を出かけるときも持っていくくらいだから、きっと好きなんだろう。桜を絡めて褒める。派手じゃなくても素敵な物はあるってことも伝わるだろうし。完璧。
ん? ステラちゃん、赤くなってモジモジして、食堂の入り口の方を気にしてる?
何かあるのかと思って振り向くと、マルが立っていた。腕を組み、ニヤニヤと笑みを浮かべ――、ってこの表情はマルじゃないな。
鑑定。やっぱりヘーゼルだった。
何が面白いのか、いたずらっ子スマイルを浮かべている。まさか、何か企んでるのか?
『おい、ヘーゼル。彼女はさっき嫌な思いをさせられたばっかりだ。いたずらなんてしたら、許さないからな』
一言言っただけで、ヘーゼルはニヤニヤ笑いを引っ込めた。
『――昨日の言葉、少しだけ訂正しよう。白だけじゃなく、恋は誰にとっても真剣なものだな』
……何の話だ?




