第14話 ある事件
「フェンさん、レレはピピ先生の授業を受けてもいいことになった……。ララ達と一緒に訓練場に通わないといけないから、ずっとアブヤドにいるべき……」
レレが教室にお弁当を届けに突撃して来た日の夜。いつも通り班の皆で集まった夕食の場で、ララはレレを抱えて上機嫌でこんなことを言い出した。
普通にお弁当を届ければいいだけだったはずが呼び出しを食らった兄ちゃん、ピピ先生に叱られ、訓練場の周りを競歩で10周する羽目になった僕、兄ちゃんを呼びに昼に走らされたリリは、ややぐったりしている。
ピピ先生を鑑定して、アルベールとのつながりは分かった。アルベールの連れていた魔導師の女性の名前は、ミリエット=ビーラだったらしい。名字が同じ。たぶん、ピピ先生のお姉さんだろう。
収穫はあったけど、もうこんなのはこりごりだ。体力的な問題よりも、精神的に疲れた。レレには、村で大人しくしていてもらいたい。
「レレのことはフェンさんが責任をもって故郷でお世話するのがいいと思うなぁ。……だって、今日のピピ先生、めちゃくちゃ怖かったよ? もうあんな緊張感のある授業は受けたくないよぅ」
「私も、モルガンに同意ですわ……。午後の授業は普通でしたけれど、午前の授業はなんだか精神的に疲れましたの……」
モルガン君とリリの抗議にもララは動じない。
「大丈夫。午後の授業ではお利口さんにしてた。レレはちゃんと学習する子。同じ失敗は繰り返さない……」
「俺は、今日のピピ先生も悪くないって思ったけどな~。しゃべり方も、はっきりしてて聞き取りやすいし」
「レレはクラスの人気者だし、ここにいてくれたらいいんじゃないかな。それに、マル君がお説教されてる間にレレのお世話係も決めたし」
いつの間にか、レレのお世話係が決まっていたらしい。察するにララとルルなんだろう。ララと一緒にいられるから、ルルもレレがアブヤドに留まることに賛成しているとみた。
「3対2。……決定」
「待って。僕と兄ちゃんの意見は!?」
ララ、飼い主の意見を無視しないで。
「俺は……。アブヤドに置いてくのもアリかな~、なんて……」
「ふふふ。フェンさん、ありがと……。決定」
「ホーホホーゥ! クルックゥー!」
まさかの兄ちゃんの同意により、レレは寮で飼うことが決まった。
レレも、手紙を届けることはできなくっても、一緒に授業を受けられるなら良いみたいだ。
自分が劣ってると思われてるんじゃなくて、特別扱いしてもらえてるって感じたみたい。その満足気な顔を見て、僕も諦めた。
「あ、そうだ。リリ、火曜日から木曜日って暇だよね? たまには、一緒に魔物狩りでも行かない?」
どうやってリリに牛島さんを憑依させた状態での修業をしてもらおうかと考えたんだけど、良いアイディアが浮かばなかった。
皆に正直に話すには、協力してくれる魂の数が足りない。いずれは全員どうにか生き残る道を見つけ出すつもりだけど、ぬか喜びさせて人数が足りないことでガッカリさせちゃうのも良くないだろう。
だから、まずはリリと僕と兄ちゃんだけで出掛ける機会を作ろうと、魔物狩りに誘ってみた。
「――ずいぶんと唐突なお誘いですのね? 魔物狩りって、普通はレディを誘うものではありませんわよ? それに、私もお料理の授業を受けますから、明日は無理ですわ」
……僕、何度かプリシラを魔物狩りに誘ってたけど、ダメだったのかな。
「マルが契約相手と会ったのは、森の中で魔物狩りをしていた時だったんだ。リリちゃんは精霊術師になって活躍したいんだろ? 試しに森に行ってみるのもいいんじゃないかな。俺達がついて行ってサポートすれば安全だろうし」
兄ちゃんがフォローを入れてくれる。
「なるほど。確かに、お会いした精霊術師の中にも、森に行った後で術が使えるようになったと言っていた方が、何人かいらっしゃいましたわ。何人までなら、守って戦えそうですの? せっかくなら、皆も一緒に行きたいですの」
「ララは、いい。レレと遊んだり、絵を描いたりしたいし、火曜日から木曜日ならララは授業を受けている……」
僕とリリ以外は、火曜日から木曜日の授業を受けている。だから、リリ以外は来れない。
「そうでしたわね。――もし、私が精霊術師になれたら、曜日を変えて皆も連れて行ってくれますわよね?」
「うん、もちろんだよ!」
リリの修業が終わって、他にも協力してくれる魂を見つけたら、次は他の誰かに憑依してもらわないといけない。だから、他の皆も行きたいって言ってくれたら、ありがたい。
◇
食事が終わった後、白反逆事件のことを話そうとしたんだけど、モルガン君は怖いから話を聞きたくないらしい。ララは現実の事件には興味がなく、リリも暗そうな話は好きじゃないそう。だから、テオとルルの部屋に行って話すことにした。
「最初に断っておくけど、悲しい事件だった。聞くのが辛くなったら、言ってくれたら止めるから」
「俺は覚悟してるけど……。ルル、巻き込んで悪いな」
「いや、気にしないでくれ。僕もその事件のことを聞いたことがあるから、気になってたんだ。バイト先の花屋でさ、1月になったら、白反逆事件で亡くなった人に手向けるために、花がよく売れるんだって」
兄ちゃんは前置きをして、テオとルルに確認してから話し始めた。
事件は精霊術訓練場の最高学年の子供達を受け持っていた教師が起こしたものだった。いや、計画自体は未遂で終わったから、起こそうとしたものだった、が正しいだろう。
その教師は、5年間受け持った生徒達の大半が3年後に命を落とすかもしれないという事実に耐え切れなかった。
いつか、白のための国を作ろう。そこでは、精霊術師にも竜騎士にもなれなかった子でも、命を奪われることなく生き続けてもらおう。白の置かれた現状を嘆く人々を見つけては、そう語っていたそうだ。
幸い、前年の12月に1人の生徒は精霊術師となることができていたが、他の生徒達の間には「もう自分達は助からない」と絶望した雰囲気が漂っていて、彼らを救いたいという願いをますます強くした教師は、志を同じくする者達に一斉蜂起をすることを呼び掛けた。時期は自身の教え子達が王都へと旅立つ前。その年の1月末日の予定だった。
しかし、既に精霊術師となっていた子の両親の密告により、一斉蜂起の計画は露呈。実現はしなかった。
彼らも、以前は我が子の将来を憂い、教師の意見に同調していたものの、我が子が精霊術師になれたと分かった途端、考えが変わった。失敗に終われば、せっかく助かることになった我が子の命も危うくなる。その不安から、告発を行ったらしい。
どれだけの人間が同意し、一斉蜂起に参加することになっていたのかは、分からない。教師は、頑として協力者の名前を口に出さなかった。
結局、その教師以外に積極的に革命を起こそうとした者を特定することはできなかった。
しかし、反乱分子を一網打尽にできなかったことに不安を感じた国の上層部は、非情な命令を下した。
姿を見せぬ残存勢力に、逆らう者への報復の苛烈さを知らしめるために。
教師が処刑場に向かうと、正面に彼の教え子が整列させられていた。精霊と契約できた子と貴族の子を除く全員だった。
子供に処刑の光景など見せるものではないと抗議すると、憲兵のリーダーからはこんな答えが返ってきた。
「大丈夫だ。この子達がお前の処刑を目にすることはない。だって、お前よりも先に死んでいくのだから。せめてもの情けとして、お友達の死を目にしなくていいように、全員一斉に殺してあげよう」
そう言って、リーダーは手を挙げて部下に合図をした。一斉に教え子達に槍が突き立てられた。
最も守りたかった子供達が、自分のせいで死んでいった。絶望しながら、教師自身も処刑され、命を落とした。
この処刑の場には、反乱分子である可能性の高い人物も集められ、処刑を見せつけられることになった。
例えば、革命を計画した教師の同僚や教え子達の両親。彼らの中には、ショックで精神を病んでしまった人もいるらしい。
「テオ君のバイト先にも行って確認して来たんだけど、店長さんの名字はホブズだろ? 犠牲になった子供のリストに、テオドール=ホブズって名前があった。おそらく、あのパン屋さんの子供だったんだと思う」
近所の人の話によると、事件の後、女将さんは白の子供が店の前を通ると、店を飛び出して来ては「テオ?」と声をかけるようになったらしい。息子さんの死を受けとめられなかったんだろう。
店長さんがパン生地を、女将さんが中に入れる具材を担当していたらしく、しばらくは具材なしの食パンやバゲット、堅パンばかりが店に並ぶようになったそうだ。
他の子だったら、気味悪がって逃げていくだけだったんだろうけど、テオの場合は自分の名前を呼ばれたものだから、普通に返事をした。
そして、お昼を食べてなくて、お腹が空いていたので、返事をした途端にお腹が鳴った。それが女将さんにも聞こえて、店の奥にテオを招き入れ、食事を振る舞ってくれたらしい。
テオドール君もお腹が空いたら、実家に帰って食べさせてもらっていたのかもしれない。どこか、慣れた様子だったそうだ。
帰りは店長さんが送ってくれて、そのときバイトに誘われ、テオは働き始めた。それから、店にはクリームパンとか、サンドイッチとか、具材入りのパンもまた並ぶようになった。
「……少なくとも、店長は俺が本当の息子じゃないってことは分かってる。バイト中はお父さん、お母さんと呼ぶように、なんて注意ができるくらいだし。でも、女将さんは息子が死んでしまったなんて、きっと信じたくないんだ。だから、代わりに俺をそのテオドールって子と思い込もうとしてるのかもしれない」
「テオ、どうするんだ? バイト、辞めるのか?」
「――辞めないよ。俺がいることで女将さんが少しでも元気でいられるなら、息子さんの振りくらいどうってことない。呼び方以外は普通にしてて良いみたいだし」
処刑の話を聞いて暗い顔をしてたテオだけど、ルルの質問に答えた時には迷いがなかった。
「本当の親みたいに良くしてくれてるんだ。その恩に報いることができるなら、俺は嬉しいよ。必要とされなくなるまでは、テオドール君の代役をやる。――なぁ、マル。頼みがあるんだ」
「うん。何?」
「金曜日に暇があったら、俺のことも魔物狩りに連れていってくれ。もし、俺が死ぬことが、また女将さん達を苦しめちゃうんだったら、生きなきゃいけないからさ。無理かもしれないけど、足掻いてみるよ」
暗い事件の話だったけど、テオは前へと進む気になったみたいだ。
「もちろんだよ! ルルはどう?」
「――ララも一緒なら。僕だけ生き残って、ララがいなくなるのは嫌だ」
ルルの表情には迷いがあった。でも、たぶん言葉に嘘はない。
『ルル君がララちゃんに初恋中って、マジだったのか。まだ7歳だろ?』
『もう。兄ちゃんってば。僕だって、ルルがララのことを好きなことぐらい分かるよ?』
『フェン、認識を改めた方が良い。白の子は、自分の人生が15年で終わるかもしれないことを意識している。普通の7歳の子とは違う。人生の折り返し地点が近づいてきていると思ったら、急いで大人になろうともするさ』
『でも、恋愛にいくかな? 俺なら目一杯やりたいことをやるけど。行きたい場所に行って、食べたいものを食べて、読みたい本を読む』
『やりたいことは人それぞれだろう? それに、白には叶えにくいこともあるしな。人生の最後を大好きな人と迎えたいという願いは、そんなに不思議か?』
僕は自由に出掛けているけれど、精霊術師になっていなければ、逃亡防止のために、アブヤドの外に出るには保証金を積んだり、身元保証人を立てたりしないといけないらしい。
食べたいものを食べるにもお金がいるし、行動可能な範囲が狭ければ読みたい本も手にすることができないかもしれない。
ルルの夢を聞く機会はなかったけど、最後の時をララと迎えたいと思っているんだろうか。
『もちろん、幼さもあるが、お前が思っているよりずっと早熟な面もあるんだ。白の子には、時間がない。最初で最後だと思って臨むことには、何であれ真剣なんだ』




