第13話 ピピ先生
月曜日になった。
寮のキッチンを借りて、お弁当を作る。余った食材を冷凍したりできないから、自炊が高くつくことも多くて、皆、料理したがらない。昼食も外に食べに行ったり、買っておいたパンで済ませたりする子がほとんどで、キッチンはいつも空いている。
朝は時間がないし、テオのバイト先で兄ちゃんが昨日買ってきたパンに具材を挟み、サンドイッチを作っておしまい。
自作した木製のお弁当箱に詰めて布で包み、しっかりと置き忘れて寮を出る。
今日は兄ちゃんが自然にピピ先生と会って鑑定できるように、届けてもらわないといけないからね。
「行ってきまーす!」
「おう。いってらっしゃい。――テオ君に頼まれてた本だけど、昨日のうちに読み終わった。夜に話そう」
「え、もうですか!? そんなに急がなくても良かったのに。でも、ありがとうございます」
テオが図書館で借りてきた本はアブヤドで起こったことをまとめた記録で、5年分の出来事を1冊にまとめて刊行されているらしい。つまり、魔法歴980年から984年までのアブヤド史だ。
精霊術師大会でアルベールが優勝したときのことも記されているから、兄ちゃんは白反逆事件のことだけじゃなくて一通り目を通すと言っていたけど、昨日1日で読み終わったらしい。スキルを活用するために本を読みまくってきたおかげで、読むのが早い。細部まで熟読しなくても、いつでも読み返せる状態になるってのも大きいのかもしれないけど。
いつも通り精霊術訓練場に入っていく。今週は先生のお手伝い当番だから、皆で職員室に寄る。
お手伝い当番は日によってやることが違う。チョークを用意したり、授業後に黒板を消したりするだけの日がほとんどだけど、授業で使う物を運んだり、後片付けをしたりする日もある。それから、先生達が使うインクとかの消耗品の買い出しを頼まれたりすることもたまにある。
先生によっては、肩をもんで欲しいとか、爪を磨いて欲しいとか、寝癖を直して欲しいとか、変わった仕事を頼まれることもある。隣のクラスなんかだと、ピピ先生にデートを断られて落ち込むアラン先生を励まして教室へと向かわせるとか。うちのピピ先生にはそういうことはしなくていいから楽だ。
「私は特に頼むことはありません~。明日のお料理の授業は、買い出しが必要みたいですから、メモを渡しておきますねぇ。注文だけして、ここに届けてもらってくださぁい。お金はこっちで払いますからぁ」
1週間分の仕事を聞き取って、班長のリリがメモを取る。それから、バイトのシフトとかを考慮して、仕事を振り分けてくれる。
火曜日のお料理の授業の買い出しはララとリリ、水曜日と木曜日の授業でのチョークの用意と黒板消しは授業に出るララ、ルル、テオ、モルガン君。金曜日の貴族用授業で茶器の用意をするのはリリと僕、土曜日の戦闘訓練用に木剣とかの武器の準備とケガ人が出た時用のポーションの補充をするのは僕とモルガン君。日曜日の音楽の授業用に楽器を出しておくのは、ルルとテオ。こんな感じだ。
僕は買い出しをやりたいんだけど、「ダメですの。食材の品質に妥協できなくて、自分で取ってくるとか言い出しそうですから」と言われてしまった。
今朝はチョークを用意して、ピピ先生の到着を教室で待てばいいだけだ。
クラスの皆も揃い、もうすぐで先生が来て授業開始というタイミングで、窓際の席の子達が騒ぎ出した。
「なんか派手な鳥が飛んでくるぞ!」
「何? 魔物? ヤダー、怖いよぅ」
派手な鳥、という言葉に嫌な予感がして窓の方を見やると――。
ドンッ。パタッ。
ちょうどレレが窓ガラスに気付かず、衝突したところだった。レレは思わぬ衝撃に、その場でひっくり返って倒れている。怖がっていた子も、その間抜けな姿に目を丸くしていた。
「レレ!」
ララが急いで窓を開け、身を乗り出してレレを抱え上げる。目を回していたレレは助け起こされると、すぐに気が付いたみたいで、キョロキョロと周りを見回す。あ、忘れてきたお弁当箱が落ちている。布で包んであるから、中身が零れだしたりはしていない。
レレは包みを嘴で咥え、胸を張る。どうやら、僕にお弁当を届けに来たみたいだ。
僕がお弁当箱を受け取ると、レレは大勢の子供達に注目されていることに気付き、「レッレー!」と自己紹介(?)して、陽気に踊り出した。
どうしよう。気を利かせて持ってきてくれたんだろうから、叱るわけにはいかないけど、兄ちゃんがピピ先生に会う口実がなくなってしまった。
「ピエロみたいだな、この鳥」
「あの~、みなさ~ん。授業始まりますよ~。席についてくださぁい」
レレは、皆に注目されて得意げだ。歌と踊りに熱が入っている。誰かと目が合うとウィンクまで飛ばしている。
「レレっていうの? 変な鳥~」
「みなさ~ん。先生、無視されると悲しいですぅ」
「なんだ~。全然、怖くないや。どこに住んでんのかな? 餌とかあげたら、懐くかな?」
「あ、あの~。先生のお話、聞いてくださぁい」
「ごめん、僕の兄ちゃんの使い魔なんだ。しばらくは寮にいるよ」
レレを飼いたがる子が出始めたから、仕方なく名乗り出る。前回、兄ちゃんが寮に滞在していたとき、毎日お風呂を沸かしてくれたり、水汲み当番の護衛をしたりしてたから、兄ちゃんのことを知ってる子は多い。
「フェンさんの使い魔なんだ~。寮で飼うの? たまに餌あげてもいい?」
「み、みなさぁん。授業、始めちゃいますよ~」
「ダメ。レレの世話はララがやる……」
「えー。ララだけズルいぞ!」
「ふふふ。レレはララに懐いてる……。私の勝ち」
「え。あの、兄ちゃんの使い魔だし、世話係は兄ちゃんじゃないかなと思うんだけど……」
ピュンッ。
レレの世話係を巡って争い始めたララとクラスの子達を仲裁しようと、僕が話し始めた直後。僕の耳のすぐそばをチョークが飛んで行き、そのまま壁にぶつかって粉々に砕け散った。
背後から溢れ出る怒気を感じる。恐る恐る、ゆっくりと振り返ると、般若と化したピピ先生がいた。
「優しくしてりゃあ、調子に乗りやがって。クソガキどもが。全員、5秒以内に席に着け。5、4、3、2……」
声を張り上げたりはしなかったが、いつもと違う低い声に座った眼。有無を言わさず開始するカウントダウン。手には弾丸。
皆、一言も発さず、速やかに着席。レレも僕の机の上に着席。
うう。怒られそうで怖い。レレ、そーっと教室から出て行って寮に帰っててくれないかな……。
「マルドゥク。起立」
「はひっ」
いつものピピ先生とは眼力が違う。これは、先見の明で見た戦闘モードのピピ先生だ。冷や汗が流れ、声が上ずる。
「お前の兄貴の使い魔が、弁当を届けに来て騒ぎになった。状況から察するに、そういうことで間違いないな?」
「え、ええっと、レレも悪気があって騒いでいたわけじゃなく……」
「言い訳は要らない。イエスかノーか」
「はいっ、間違いありません!」
『ふむ。いつもより教師らしいのではないか?』
ヘーゼルさんが呑気に感心しているけど、僕はいつものピピ先生の方が良い。
「分かった。処分を言い渡す。弁当は私が預かる。昼休みに説教をするから、それが終わったら返してやる。今後は、忘れたら自分で寮に取りに戻れ。班長のリリアーヌ、午前の授業終了後、梟の飼い主だというマルドゥクの兄貴を呼んで来い」
「は、はいですの!」
兄ちゃんは呼び出しを食らうらしい。結果的に鑑定する機会は作れたかな?
「――なんだ、マルドゥク。余裕そうだな? 処分が軽かったか?」
「いいえ! 反省してます! ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした!」
「そうか。では、放課後に精霊術訓練場の周りを10周するのを追加するだけで許してやる。飛べるという噂も聞いたから、競歩でな。両足が宙に浮いたら、最初からだ」
ひええぇ。ピピ先生が鬼軍曹みたいになっちゃったよ~!
◇
「「申し訳ございません!」」
「ホホ―ホホホホホー」
午前の授業が終わり、職員室に呼び出された兄ちゃんは事の顛末を聞いて平謝り。もちろん、僕も腰を直角に曲げて頭を下げている。
レレも一緒に土下座みたいな姿勢で「ははーお代官様ー」とでも言ってるかのような声を出している。
「マルドゥク。1つ聞きたい。授業の最後にその梟が質問をしたな。お前の翻訳では”なんで闇の賢者様は差別するべき階級をわざわざ作ったんだろう?”とか。あれは、梟の言葉にかこつけたお前自身の疑問か?」
今日の午前中の授業は、この国の建国史だった。
ピピ先生の説明では、闇の賢者は最初に付き従ってきた者達を最も優遇し、後から従属してきた者達とは差をつけたそうだ。さらに、侵略して従えた者達は差別階級として扱うようにした。
これを聞いて、レレは翼を高く上げた。ただでさえ目立つのに飛び上がって騒ぐものだから、胃が痛くなりそうだった。
そのときのレレの言葉を通訳するように無茶ぶりをされ、「なんで? なんで、新しい仲間と仲良くしないの!?」と言ってるような気がしたから、意訳したんだけど……。
僕自身の疑問も確かに混じってるかもしれない。
ピピ先生は、長いこと貢献してくれている人を優遇するのは当たり前のことだし、今まで敵対してきた人達には散々苦しめられてきたから、その報いを受けさせたんだと答えていた。
一応納得はしたものの、それだけでその人達の子孫までも冷遇する理由にはならない気がする。
素直にそうピピ先生に伝えた。
「お前の年齢で理解できるような内容じゃないし、理由は1つじゃない。でもな、人は順位をつけたがる生き物なんだ。そして、色々なところで差を見つけてくる。公平なルールで、自由に競争させたつもりでも、勝った奴にとってルールが有利なところがあったとか、裏で不正が行われたとか、必ず文句をつける者は出てくる。本来は、その都度、どちらの言い分が正しいのか考えるべきなんだろうが、闇の賢者様の生きた時代はそんなことを考えていられる時代ではなかった。後の世代に負債を残しても、その時代の人達を数多く生き残らせるために、勝者を一方的に決めてしまうことを選んだんだ。そして、後世の人々が歪みを正してくれることを期待した。結果として、愚か者と評価されることになったとしても」
どこか遠い目をして語るピピ先生が別人に見える。いつものピピ先生と違うってだけじゃなく、まるで過去に闇の賢者に会ったことでもあるかのようだ。瞳もやや黄色味の増したオレンジっぽい赤に見えるのは気のせいだろうか。
そこでハッとしたように言葉をきり、瞬きをすると急に表情が柔らかくなった。
「あ、ごめんなさぁい。先生、つい熱くなって、難しいことを言っちゃいましたぁ。今言ったことは忘れてくださぁい。――レレ君、教室は授業を受けるところですぅ。邪魔をしたら追い出しますからね~。次からは、気を付けてくださぁい」
いつものピピ先生に戻った。瞳も普通の赤だ。見間違いだったのかな?
『――さっきまで話してたのは、ピノ=カッダマっていう憑依してる魂の方だ。今は憑依されてる方が話してる。名前はピピレット=ビーラ。別人ってのは気のせいじゃない。瞳の色も俺にもさっきまでと少しだけ違う色に見える』
あぁ、なるほど。僕もヘーゼルさんが話してる時と普段とではきっと別人みたいに見えてるんだろうな。瞳の色も変わるのかな?
『瞳の色は憑依している側がそれなりに本気を出してる時だけ変わる。お前の場合は子供のうちは変わらないだろうな。完全に意識を失って、私と代わったなら別だが。――それにしても、ピノ=カッダマか。闇の賢者ヘムロック=カッダマの息子だな』
そういえば、色が違うと感じたのは、言葉に熱がこもっていた時だけだ。
「あと、マルドゥク君。来年は先生が担当できないかもしれません~。他の先生がレレ君の受講を許してくれるとは限らないので、気を付けるんですよ~」
「えっ。来年はピピ先生じゃないんですか?」
「……5年前にちょっと事件がありましてぇ。先生と生徒の距離が近すぎると同じような事件が起きるんじゃないかって心配してる人もいるんですぅ。まぁ、先生になりたい人も少なくなっちゃったのでぇ、そのまま持ち上がりの可能性も十分ありますぅ」
5年前の事件って、もしかして……。
『たぶん、白反逆事件のことだ。精霊術訓練場の教師が、教え子達を救いたかったがために起きた事件だったみたいだからな』
少し前の後書きに書いていた副題の追加ですが、今週水曜日の更新時に追加をするつもりです。
内容の変更はありません。




