第11話 第1歩
昨晩は、父さんと母さんも入れて意思伝達をつなげ、ジゼルさんと久しぶりに会話してもらった。
父さんも母さんも、涙ぐみながら再会を喜んでた。兄ちゃんがジゼルさんを見つけてくれて、本当に良かった。いつか、マチルドさんとジルさんのところにも連れて行ってあげたいな。
そして、ジゼルさんが説得してくれたおかげで、兄ちゃんは僕の夏休みが終わるまでは、自由にしてて良いことになった。
ジゼルさんは、ヘーゼルさんの役に立てると張り切っている。父さん達を説得するときも、「ヘーゼル様からのミッションなのよ! 安心して! ちゃんと世界を救ってくるから!」とハイテンションで話していた。
世界を救うは大げさだと思うけど……。
ともあれ、予定より1日早く領都に着いた。
たぶん、問題なくクロードのところに泊まれるはずだ。「へやは、もうきめたのー」と言って、前回はクロードの部屋に案内されたから。客室なら他の客人との調整とかありそうだけど、あの部屋なら問題ないだろう。
護衛の人が眠るための簡易ベッドもある。身分の高いお客様用の天蓋付きベッドとかだと、ちょっとソワソワしちゃうから、そっち方がありがたい。
ギーラ達に会いに行く前に、領都で少しお買い物。
どんな店がどこにあるのかは、ジャン君に聞いた。この間来たときに、持ってきた商品を1人でちゃっかり売りに行ったりしていたらしい。ギーラ達と話すことがいっぱいあってジャン君を放っておいた僕が悪いんだけど、そんな行商みたいなことをするなら一声かけて欲しかった。
買う物は決まっているから、すぐに済ませて館に向かおう。
白紙のノートを8冊。
何度も連絡を取るなら、封筒と便箋よりもノートの方が良いだろう。使い魔はご主人様を魔力で認識して覚えるから、届ける先がご主人様の1人なら間違って持っていく危険はないはず。だから、あて先を書かなくても大丈夫。1人1冊用意しておき、僕と兄ちゃんが父さん達に手紙を出すために、もう1冊。
残りは、ヘーゼルさんが使う。リリに魔法を覚えてもらうための教科書にするらしい。魔法理論と呪文集で2冊。
リリに魔法の扱いに慣れる訓練をしてもらうっていう兄ちゃんの提案を実践した場合、未来は2つに分岐する。
1つは今まで見てきたとおりの未来。もう1つの未来では、リリは泣いて辛そうな顔をしてはいたけれど、自分の足で立てていた。たぶん、絶望しきってはいない。
事件を根本的に解決することにはならないけれど、リリが将来活躍するためには、やった方が良いだろう。
リリには歌わせちゃダメだ。あれは、味方にも甚大な被害が出る。
精霊術でなくても、長い呪文はリズムと抑揚をつけて歌うように詠唱する。音痴が発動してしまう可能性は否定できない。だから、是非、無詠唱で魔法を行使してもらいたい。
ヘーゼルさんは、賢者以外で最初から無詠唱の人間は兄ちゃんくらいだと言っていた。必然的にリリに憑依してもらう最有力候補は地の賢者さんだ。生半可な実力では契約してもらえないかもしれないし、今から準備を始めるのも悪くない。
「すみません。アポは明日なんですが、クロード様にお目にかかることはできますか? ――って、ヘタレさん?」
買い物を終え、クロードの住んでいる館に到着して、守衛さんに声をかけたらヘタレさんだった。料理人になるのは諦めて、今も騎士をしている。
「お、マルドゥク君。久しぶり。クロード様なら、礼儀作法の授業中のはずだよ。来月の4歳の誕生日パーティーに向けて、ご挨拶の練習。珍しく苦戦してるよ。ギーラ君とプリシラちゃんなら、庭で訓練中だと思うけど」
どうやら、ラティーフ伯爵の長男がクロードを家督争いから脱落させるために、5歳の誕生日での盛大なお披露目パーティーの予行演習として、4歳の誕生日で比較的友好的な関係にある貴族を呼んで小規模なパーティーをセッティングしたらしい。
失敗しても大丈夫ということにはなっているけれど、最初の印象って大きいし、貴族は噂話が大好きだ。ちょっとの失敗ならともかく、大失敗すると後継者になれる可能性は下がる。
自分の名前さえ満足に言えない馬鹿な子。そういう印象がついてしまったら、水の賢者に似てるのが長所のクロードには致命的だ。だから、最近はご挨拶の練習を頻繁にしているそうだ。
「なぁ、その誕生日パーティー、それなりの数の貴族が集まるんだよな? アルベールの情報を集めることってできないか?」
「アルベール? ――あー、祝勝会に突然やってきて、プリシラちゃんを連れてこうとしたんだっけ。うん、ご当人は来ないけど、噂話くらいなら聞けるかもね。結構有名人だし」
「よっし! ヘタレ、もし同行することになって、アルベールについて何か聞けたら教えてくれ!」
「えっ? うん、いいけど。それより、クロード様の心配しなくって大丈夫?」
平民とか子供の護衛はダメって言われてるから、ギーラ達も一緒にいてあげられないらしい。クロード自身は、そのことをとても不満がってるそうだ。
クロードはまだ後継者になりたいかどうかも考えてもいなさそうだ。誕生日パーティーも試練の場という認識はなく、自分のお祝いをしてくれる場と思っているだろう。貴族としては早めに慣れるべきことなのかもしれないけど、まだ小さい子なのにそういう大人の思惑が交錯する場に引っ張り出されるのは可哀想だな。
クロードも心配だけど、僕達にはしなくちゃいけないこともある。
入館のための手続き書類はヘタレさんが書いておくと言ってくれたので、ギーラ達がいるという庭に向かう。
『マル? 来るの明日だと思ってた』
「おー。フェン、マル! 早かったじゃん」
すぐにプリシラが感知術で見つけてくれた。
『ねぇ、梟を進化させる話、フェンから聞いた? 私の梟、すっごくかわいいんだよ。私の言いたいことも分かるお利口さんだし。私の梟を選んで!』
『あ、うん。そのことなんだけど、全部進化させちゃおうと思ってて。ちょっと事情を説明するから、時間をもらえる?』
◇
ギーラが使ってる部屋で僕の見た未来のことや、昨日兄ちゃんやヘーゼルさんと話し合ってやろうと思ってることを説明した。
『え? あれ? ――フェン君、私、てっきり地の賢者封印大作戦だと思ってたんだけど、違ったの? なんか夜中に火で空中に文字書いてたよね? そのときは、そんな内容だった気がするんだけど』
話し終えてギーラ達の意見を聞く前に、ジゼルさんから質問が飛んでくる。
そういえば、僕の先見の明のこととかちゃんと説明してなかった。リリに一時的に憑依して、鍛えてもらうことをお願いしただけだ。
それにしても、火で文字? 地の賢者封印大作戦? 兄ちゃん、何か企んでる? それとも、ララみたいに物語でも書き始めた?
「……見てたのか。余計なことを」
「地の賢者封印大作戦!? 何だ、それ? 面白そうだけど、地の賢者って師匠の仲間じゃねーの?」
『違うわよ~、ギーラ君。地の賢者は、お隣の帝国を建国した人で、ヘーゼル様とは戦ってたの。敵よ、敵。その敵が魔物に憑依してて、放っておくと暴れ出すから、土属性の適性が高いリリちゃんて子の中に封印するの。そんなことを書いてたわよね? 消えちゃったけど』
『……ふむ。フェンのスキルには、読んだものは全て記録されるんだったな。自分の中には記録を残しつつ、他の者には読まれることのない記録の取り方というわけか。となると、急に童話作家になりたくなったわけではなさそうだな。――フェン、説明してもらおうか』
問い詰められて説明し始める兄ちゃん。
兄ちゃんのスキルには、異界図書館に収録するための情報を集めるその名も”情報収集”ってスキルもある。
領都から北東に行った村で活動中に、情報収集スキルが北部にあるダンジョン化した洞窟の情報を拾ったらしい。それで、地の賢者さんが魔物に憑依していることが判明し、暴れ出す前に何とかしなきゃと思ったんだって。
『なるほど~。そういうことなら、私も協力するよ! なんてったって牛頭鬼に憑依して暴れちゃった前科があるからね~。罪滅ぼしのつもりで頑張るわ』
牛島さんは快く同意してくれた。
「師匠と同じくらいの強さの敵から世界を救うってことか! よっしゃ! 燃えてきたぜ!」
「おい、ギーラ。お前にはほぼやることねーぞ? それに、そっちはそんなに急がなくていい」
『根拠は?』
「――マルの予測で見た約半年後の未来では、魔物が暴れまわってる様子はなかった。それまでは、少なくとも大丈夫だってことだろ」
『ふむ。まぁ、いいか。しかし、早めにそっちも対処するぞ。あいつの意識が消えかかっていたら、リリに憑依して無詠唱で魔法を使ってもらうことはできなくなるからな。二人羽織も習得してもらわなければならないし』
「ねぇ。普通に話し合って、何かの木に宿り直してもらっておいたらいいんじゃないの……?」
皆、強制的に魔物から地の賢者さんを引っぺがしてリリに憑依させる気でいるみたいなのが、僕には不思議に思えた。
ヘーゼルさんもローリエさんも、話せば分かってくれる相手だ。地の賢者さんにも同じように接しちゃダメなのかな?
『マルドゥク、出会ったときに試してみることまでは止めないが、期待はするな。あいつは、賢者の中で最も話が通じない』
『そうよ~。賢者に関する数々の逸話を読み漁った私の印象では、地の賢者は色ボケサイコパスね』
『いや、サイコパスではないが……。目的のためには手段を選ばないところはある。魔物に憑依した目的を遂げるまでは、協力は期待できん』
実際に会ったことのあるヘーゼルさんが言うなら、確かなんだろうな。
でも、そうするとリリに辛い思いをさせることにならないかな? 無理矢理リリに憑依させたら、体の制御を奪って、元々の目的のために動こうとするだろうし……。
それを防ぐための修業なんだろうけど、リリを利用するみたいで申し訳ない。
『もちろん、リリには全て話したうえで協力してもらおう。断られたとしても、どうせ宿主になっている魔物を倒せば、どこかの植物にでも魂は宿る。妙なことをし出したら、何度でも倒せばいいだけだ』
「うん、そうだね。そのときが来たら、ちゃんと話そう」
「俺も異論はないよ」
話はまとまった。次は、リリに誘われた夏休み中のアダーラ領都滞在の件だ。
『私達は、クロードの誕生日パーティーが終わるまでここを離れない方が良いかも。警備とかで人手がいるだろうし、クロードが不安がると思うの』
「そうだな。パーティーでアルベールについての噂も集めてもらいたいんだけど、ギーラとプリシラは参加できないんだっけか」
「しょーなの。くろーろのぱーてぃーなのに(そうなんだよ。クロードの誕生日パーティーなのに、呼んじゃいけないなんて。本当はマルドゥク兄上にも来て欲しいのに!)」
いつの間にかクロードが部屋にいた。気付かないうちに僕の隣に座っている。
この部屋は、非常時にすぐに飛び出せるように鍵はかからないらしい。貴重品用の金庫はあるから、盗まれて困るものはそっちに入れておくスタイルなんだって。だから、静かに入ってきたら気が付かないよね。
『マル、気付こうよ。隣に座ったんだよ』
はい、ごめんなさい。
「にぃに、はやくきてくれた。くろーろ、うれしい(兄上に早く会えて、クロードは嬉しいです)」
ニコニコと笑顔で見上げてくる。ちょっと疲れて見えるけど、嬉しそうだ。
『マルドゥク、少しクロードと話したい。代わってくれ』
「クロード、ヘーゼルさんが話したいって。ちょっと代わるね」
何を話すんだろう? まさか、いたずらかな? クロード相手にはしたことなかったと思うけど……。
「クロード、ご挨拶の練習はどうだ?」
「くろーろ、たくさん、しかられちゃったの。なんで、やりゅのか、わからないの。でも、がんばってゆの(ダメだって何度も言われました。なんでやらないといけないか分からなくって。でも、頑張ってるんだけどな)」
「無理はしなくていいし、焦らなくていい。失敗したところで死ぬわけでもない。大人の世界に入っていく第1歩ではあるんだろうがな。牛頭鬼襲撃事件の時、立ち向かうことを選んだお前はできる子だ。時間はかかっても、いずれできるようになるから」
それだけ言って微笑むと、ヘーゼルさんは僕と交代した。
『前来たときは元気よく飛びついてきたのに、静かに部屋に入ってきて、そっと隣に座るものだから、ちょっと心配になってな。不要だったかもしれないが、何か声をかけてやりたくなった』
うん、クロードも少し元気が出たみたいだし、声をかけてもらえてよかったと思う。
まだ迷っているところですが、副題をつけることを検討しています。
急にタイトルが変わって驚かれるかもしれませんが、内容は変えませんので、ご安心ください。




