第10話 優先順位
精霊術師ギルドで情報収集とかはしてみたものの、特に収穫のないまま日々は過ぎた。
何もせずにはいられなかったから、東の森で木に宿っている魂がいないか探したり、修業のために魔物狩りをしたりはしてたけど。
魔物狩りで得た素材は、礼服を作るために必要な物以外は基本的には売り払っている。寮の部屋は狭いから、あんまり物を置いておけないんだ。
僕がギルドに持っていくと買い叩かれるから、ジャン君にお願いして売りに行ってもらう。あるいは、職人ギルドでジャン君が買い取りを担当しているときに持っていく。たまに、工房で使うからと親方が買い取ってくれることもある。
本当は、納税用になめし革を取っておかなきゃならないんだけど、もっと質の悪いもので十分だからもったいないと言われてしまった。売却して安いのを買って納めた方が良いっていうのが、ジャン君と親方の意見。
そして、今日。当番なしの週がやってきた。
ピピ先生の授業が終わった瞬間、教室を飛び出す。到着が夜になってしまうかもしれないけれど、すぐに出発して休まず飛び、今日中に村に到着してしまうつもりだ。
今回は皆で話し合いたいことがたくさんある。十分な時間が取れるように、スムーズに梟型の魔物を使い魔にしたくて何度も先見の明でシミュレーションしてみたんだけど、未来の様子が全く浮かんでこなかった。何かアクシデントがあって出かけられなくなるのだろうか? 連絡手段として重要だから、後回しにすることは考えにくい。なんだか心配になってしまった。
北門で身分証を見せて、外に出る。
完成した身分証を昨日ジャン君が届けに来てくれたから、今は正式な身分証だ。
ジョルジュさんに見せてもらったデコプレートは、金属のプレートに線を彫り込んで絵を描いているだけだったけど、ジャン君が作ってくれたのは、浮き彫りにしてあって、もっと立体的。追加料金1万ダハブだけでは申し訳ないくらいの出来だった。
リリなんか、精霊と契約できたらジャン君に加工を頼みたいと言い出したくらいだ。門番さんもちょっと驚いてプレートを見ていた。
問題なく外に出してもらえたので、タラリアで飛び上がり、急いで進む。
やや低めに飛行していると、アダーラ地方の整備された水道路が見える。
宝石の加工販売事業では、特殊孤児の子達が厳しい環境に置かれていたから、良い印象はない。
でも、この水道路は、きっとここに住まう人達の役に立っている。水汲みで大変な思いをすることもなくなっただろう。
◇
「兄ちゃーん。僕だよー、マルドゥク。開けて~」
「マル!? 早くない? 今日、月曜日だけど」
家の玄関前で声をかけると兄ちゃんが奥から出迎えに――。
「ぷっ。兄ちゃん、どうしたのその頭!」
「ポポッポー」
『ぶぷっ。フェン、頭が変だぞ』
出迎えてくれた兄ちゃんは、短い髪を頭頂部近くで無理矢理左右2本にまとめ、毛先だけ三つ編みにして後ろにちょっとだけ倒している、という珍妙な髪型をしていた。
さらに、肩に派手な彩色の梟を乗せている。頭は耳のように見える羽角が生えているんだけど、羽根の先が後ろに垂れて先が丸くなっている。まるで先っぽにポンポンがついている道化師の帽子を被ってるみたい。顔は白いんだけど、帽子みたいに見える部分は、右は青、左は赤とパキッと色が変わっている。お腹の部分は白いけど、背中と翼は右が赤、左が青とこちらも色が分かれていた。
頭に近い方の色が明るめで下に行くほど暗めのグラデーションになっているから、翼の先の方とかは茶色っぽくて左右で色の差をそんなに感じない。
――あ、この梟とお揃いの髪型なんだ。
「このバカ梟が人の髪を勝手に弄るんだ。直すのも面倒くさくなってそのままにしてただけ。――おい、ヘーゼル。その言い方は止めろ」
『くくくっ。失礼。言い直そう。フェン、頭おかしいぞ』
「変の方を言い換えるな! 頭じゃなくって髪型って言え!」
「ポポロポポー!」
なんとなくだけど、梟の方は「かわいいだろ!」と言ってる気がする。兄ちゃんにすごく懐いてるみたいだ。
「あらあら。マルドゥク、早かったのね。もう、夕飯は食べた?」
玄関で騒いでいたら、父さんと母さんがやってきた。もう日も暮れているし、兄ちゃんとは食事を済ませてから話すことにした。
◇
兄ちゃん達は僕の誕生日プレゼントにと思って、タロットアウルを使い魔にしてきたらしい。そのうちの1体を暴食樹人の樹液で進化させたのが、このド派手な愚者梟。
「他にも4匹使い魔にしてあるから、先見の明で良い奴を選んでくれよ。アブヤドとラティーフ領都の2匹」
『いっそ、全部進化させてしまうか? 1人1匹いれば、離れた場所でそれぞれ情報収集もできるだろう』
「は? 再入手の当てがないから、樹液は慎重に使うって決めたじゃないか。何か理由があるのか?」
『まぁな。マルドゥク、説明するより見せた方が早い。先見の明であの未来をフェンにも見せてやれ。フェン、先に言っておくが、とある人物が処刑される未来が見える。心構えはしておけ』
――兄ちゃんにも見えるように意思伝達をつなげて、先見の明を発動。未来が変わってるんじゃないかと淡い期待を込めて、ここのところ毎日見ているけれど、一向に変わってくれない。今回もやはり同じ映像が流れてくる。
絶望したリリ。
磔にされるピピ先生やアルベールなどの白達。処刑が始まって、時間をかけて苦痛を味わわせられながら死んでいく。
最後にリリが涙を流して映像は終わる。
見終わった兄ちゃんは難しい顔をしている。
それから、精霊術師大会の様子を先見の明で予測して分かったことも伝える。こっちは分岐が多いから、先見の明ではなく言葉で伝えた。
「つまり、アルベールは魔道具を使うことで精霊術師だと偽っていたのがバレて処刑されるってことか」
「試合中にバレなくても処刑されるみたいなのが気になるけど、たぶんそれが原因だと思う」
「処刑の時のアルベールは真っ白い服だった。精霊術師じゃないことはバレてるってことだと思う。それに一緒に処刑されてる中にも、明らかに大人の白で白い服の人もいた。きっと、他にも精霊術師だと思わせて生き延びていた人がいたんだろう」
精霊術師が白い服を着てはいけないわけじゃない。だけど、それまで禁止されていた色付きの服をどうしても着たくなるし、奴隷と間違えられるリスクも減らせる。それに、全身真っ白はなかなかコーディネートが難しい。だから、精霊術師になってさえいれば、真っ白な服はあまり着なくなる。
つまり、大人の白で真っ白い服を着ているってことは、精霊術師ではなかったとバレた可能性が高い。
ちなみに奴隷の場合も真っ白な服だけど、誰かの所有物扱いの奴隷をわざわざ処刑する理由もないだろう。竜騎士は、着衣の色の制限はほぼないらしいし。
処刑される理由は、予想していた通り、精霊術師でないことがバレたからで合っていそうだ。
しかし、そうなると気になることがある。
「磔にされていた中には、色付きの服を着ていた人もいたよね? ピピ先生とか。その人達が処刑されちゃう理由は何だろう?」
「ピピ先生って、担任の先生だっけ。処刑された中にいたのか?」
そういえば、兄ちゃんはピピ先生に会ったことがなかったんだった。
ピピ先生については、眼鏡と髪型なんかが違う。でも、眼鏡の下の顔が、横からちらっと見えるときもある。そのときの顔にはそっくりだし、間違いないと思う。
「処刑理由はいくつか推測できる。例えば、アルベールを庇ってとばっちりを受けたとか、精霊術師でないことを知っていて隠していたからとか。あとは、魔道具に魔力を込めていた協力者がいるはずだから、その人も見つかれば処刑されちゃいそうだな」
僕が予想していたアルベールを庇って処刑されてしまうという可能性以外にも、兄ちゃんは色々な可能性を挙げてくれた。
はっきりした根拠があるわけじゃないけど、ピピ先生がアルベールを庇うっていうのは違う気がするんだ。
火属性の術を使いたかった理由を、ピピ先生はお姉さんに憧れたからだって言ってた。火属性使いとして、アルベールは有名だ。アルベールのファンなら、そう言ってもおかしくはなかったのに。
それに、アルベールと対戦することになって、ピピ先生が棄権する未来で、ピピ先生は嬉しそうな顔をしてはいなかった。危険を冒してまで庇いたい相手に接したときの表情ではない。
「マル、俺、帰るときに一緒にアブヤドに行くよ。ピピ先生に会って鑑定してみる。それから、マルに確認しておきたいことがある」
そう言って、兄ちゃんは顔を引き締めた。でも、口調にどこか苦いものが混じっている気がする。迷いを感じる。
「俺も、さっき見た未来に出てきた人全員を救えたら、それが一番良いと思ってる。でも、完璧を目指すあまり、失敗するのは避けたいんだ。特に、今回の件は国も絡んでるのかもしれないし、単純にはいかないだろう。解決への取っ掛かりを見つけるだけでも大変だと思うんだ。――だから、優先順位を決めておきたい」
「優先順位?」
どういう意味だろう?
「もし、全員を助けられないとしたら、リリちゃん、ピピ先生、他の白の人達、最後にアルベール。そういう順番で、助けられる策を考えていくのが良いと思う。無茶苦茶な制度の犠牲者ではあるんだけど、アルベールには皆を騙した非はあるんだし。罪のない人達が優先されるべきじゃないかな」
え――。
誰かの命を諦めるってこと?
全員を救えるはずだってうぬぼれていたわけじゃない。でも、犠牲者が出ることは考えてなかった。いや、考えたくなかった。
言葉に詰まって、兄ちゃんを見つめることしかできない。
「ポッポロポ!」
場違いに明るい鳴き声。右の翼を兄ちゃんに向かってクイッと動かす仕草と相まって、「なんでやねん!」と言ってるように見える。
「おいっ。今は真面目な話をしてんだよ! このバカ。お前に突っ込まれるような場面じゃないだろうが!」
兄ちゃんにもツッコミに見えていたみたいだ。
「兄ちゃん。僕は、少なくとも今はアルベールを最優先にしたい。助けたい順番は兄ちゃんの言った通りだけど、アルベールさえ助けられれば、きっと全員助けられる。あいつが原因なんだろうから」
梟のコミカルな動きと兄ちゃんとのやり取りで、なんだか難しく考えるのが馬鹿らしくなった。
まだ時間はある。誰かを諦めるにしても、それはもう少し先の話だ。
『話は決まったな。この事件へとつながる流れをどこかで断ち切ろう。それができないと判断したときは、少しでも被害者を減らす。で、フェン。こんなことを言い出すのは、何か策があるんだろう? リリだけでも助けられそうな策が』
「――見透かされてるか。相変わらず、ムカつく奴」
兄ちゃんの策は、将来リリに地の賢者さんを憑依させる準備として、早い時期から牛島さんに憑依してもらって力をつけておいてもらうというものだった。
さらに、牛島さんで慣れてきたらもっと魔法が得意な魂に憑依してもらうらしい。その魂も見つけてあって、なんと父さん達の先生だったジゼル=イフテラームさんだということだ。
アルベールによる希望とは別の希望を持っていれば、絶望はしないんじゃないか。そう考えているらしい。
「このクルミの枝に宿ってもらってる。マル、話しかけてみてくれ」
『分かった。――ジゼルさ~ん、聞こえますか? 僕はマルドゥク=サラームと言います』
『うんうん。バッチリ聞こえてるわよ~ん。良かった~。あの話せる女の子と離れちゃうから心配したのよー。もー。ヘーゼル様に激似の美少年とも一緒じゃないし! それにしても、マルセルとマルゴーお嬢様の息子達だったとはね~。めっちゃ驚いたわ~』
ちょっと話しかけただけで、マシンガンのように話し出した。
『寝起きで突然よく分かんないことを言われたときは困惑したけど、あなた達の手伝いなら悪いこと以外はやっちゃうわよ! で、さっきの会話、ところどころ話が飛んでたけど、今までの話を総合するに、私みたいな魂が弟君に宿ってるってことでオーケー? それじゃ、魂の先輩に挨拶しなきゃね~。――初めまして~! ジゼル=イフテラームでっす! お名前伺ってもいいですかぁ?』
勢いの良すぎる挨拶に、ヘーゼルさんは言葉に詰まった。
『……ゼル』
『え?』
『ヘーゼル=ラティーフだ。よろしく頼む』
ヘーゼルさんがちょっと苦いものを感じる声で名乗ったら、ジゼルさんは、一瞬の沈黙の後、更なる勢いで話しかけてきた!




