第7話 希望の星
悲惨な未来を見た後、余計に寝付けなくなった。
どうにかしなきゃと、焦りがつのる。
それで、精霊術師大会での試合結果を予測していたら、分岐が多すぎて頭が痛くなってしまった。
仕方なく、今日の音楽の授業は休み。モルガン君は授業に出ているから、部屋に1人残って横になっている。
少し無理をしてしまったけど、いくつか収穫はあった。
まず、変わった行動を起こさない限り、アルベールが優勝する可能性はない。
精霊術師大会の予選は集団戦で、各グループで勝ち残った1人が本戦に進む。本戦は勝ち抜き戦形式で、予選通過者がクジを引いてトーナメント表に従って戦う。クジ引きは運に左右されるから、必然的に分岐が多くなってしまったんだ。
前回優勝者と準優勝者は予選免除でシード。だから、アルベールは最初からトーナメント表に名前が入っている。
しかし、優勝者は、会ったことのない青衣の精霊術師さんか僕のどちらか。アルベールは、この2人のどちらかとの対戦で敗退する。
次に、アルベールはやはり嘘をついていた。彼は精霊術師ではない。強いて言うなら魔導技師だろうか。
これは、アルベールの負け方を見ていて分かった。試合展開も分岐が多かったんだけど、その中でアルベールが魔法陣の込められたスタールビーを取り落とすパターンがあった。
宝石の中に閉じ込められた内包物である針状結晶が、光を当てることで星のように輝くスタールビー。星の形は魔法陣に加工しやすい。半球状に磨かれた宝石の平らな底面に紙を貼りつけ、内包物と合わせて魔法陣が完成するように足りない部分を書き足す。
そうやって加工したら、魔力を込める宝石を用意し、同じ形に磨く。平らな面同士をくっつければ、魔力の蓄積と魔法陣による効果発動の両方が1個で賄える道具の完成だ。
加工の仕方のせいもあって透明度は高くなく、内包物もあるから魔法陣には気付かれにくい。あとは魔力を込めてくれる人さえ確保できれば、精霊術を使っているように見せかけることができる。
欠点としては、宝石に触れなければ発動できないことだろうか。常時発動にするわけにいかないから仕方ないけれど、発動のために宝石に触れようとして事故は起こる。
落としたときに、2個の宝石を貼り合わせていたのが剥がれてしまう。底に貼っていた紙が見えて、カラクリはバレてしまった。
この負け方をすると、その場でアルベールは取り押さえられ、連行されてしまう。処刑の理由はこの嘘なんだろう。
アルベールが火と光の属性を使っていたのは、スタールビーの星状の輝きが光属性と、赤い宝石であるルビーが火属性と、それぞれ相性が良いからと考えると説明がつく。
ちなみに、僕との対戦で宝石を取り落とすパターンは1度見たら消えた。その後に予測をすると、アルベールが宝石に触れようとしたら手をつかんだり、腕ごと凍り付かせたりと僕の戦闘パターンが変わったから。
悲劇に直結すると分かってしまったら、そりゃ避けるもんね。結果、魔法陣の発動を一切許さない完封試合になる。
しかし、それでも悲劇の未来自体は変わってくれないみたいだ。相変わらず別の未来は浮かんできてくれなかった。
3つ目に、青衣の精霊術師と僕が対戦した場合、僕が重傷を負う可能性もあったこと。
青い服を着ているから水の精霊術師だと油断してはいけない。追いつめられると、彼は水以外の属性の術も使ってくる。確認できただけで火、風、土の3種は使えるみたいだ。油断していると手痛い攻撃を食らう。
そして、降参しても聞き入れてくれない。試合を放棄して会場を去ろうとすると、観客にも被害がでかねない広範囲の強烈な一撃を浴びせてくる。結果、即死まではしないようだけど、治療が遅れれば命に関わりそうな重傷を負う未来が見えた。
しかし、未来を知った結果、これも試合展開が変わった。
初手で首の下まで氷で閉じ込め、口に氷を詰め込んだり、容赦なく右腕を肩からバッサリ斬り飛ばしたり……。試合開始から10秒経たずに勝利するようになった。
明らかに最初っからヘーゼルさんが戦ってる。
『あれだけの重傷を負いかねないのが分かっていて、そのまま戦わせるはずがないだろう』
そう言ってくれたのは嬉しかったけど、アルベール戦といい、青衣の精霊術師さん戦といい、試合運びが身も蓋もなくなった。
負けた方が弱かっただけに見えてしまうし、観客も盛り上がれないだろうな。
なお、青衣の精霊術師さんと当たる前に、アルベールと対戦出来ていたら、僕は棄権する。
出場の目的は既に達しているわけだしね。ヘーゼルさんも僕の成長につながらない戦闘を重ねさせるつもりはないそうだ。
4つ目に、あの悲惨な未来と関係があるのか分からないけど、ピピ先生らしき人が精霊術師大会に出場することも分かった。
顔はピピ先生に見えるんだけど、印象はまるで違う。
髪は下ろしていて、眼鏡をかけていないのは処刑の映像と同じ。いつもはしゃべり方のせいもあって、ほわほわした印象なんだけど、キリリと眼光鋭く、動きも機敏。服装もいつもの普段着の上に白地に黄色パイピングのローブを羽織っただけじゃなく、黄土色のローブと同色の三角帽。下に着てる服はチラッとしか見えないけれど、全体的に色味がやや暗めだ。魔女って感じに見える。
そして、クジ引きの結果によっては、僕やアルベールと戦うこともあるんだけど、アルベールと当たったら即座に棄権していた。
ひょっとしてピピ先生もアルベールのファンなのかな? アルベールを庇おうと何か行動を起こして、処刑されてしまうのだろうか?
ちなみに、僕とは気にせず戦うみたい。以前アラン先生と戦ってみせてくれたときよりも、ずっと威力のありそうな魔法を放っていた。
……タラリアで避けちゃうから当たらないけど。
頭が痛くなるまで先見の明を使い続けて、分かったのはこれくらいだ。まだ予測を続けたいけど、ヘーゼルさんに止められてしまった。
もう少し情報を集めて、分岐を減らせそうな条件を設定しないと、この件で先見の明を使っちゃダメだって。
コンコンッ
ドアをノックする音がして、ドアの外から声をかけられた。
「マルドゥク、私ですの。入ってもよろしいかしら?」
「どうぞ~」
リリだ。
音楽の授業は精霊術師を目指す子には重要。受講禁止になってしまった彼女以外は、全員授業に出ているはずだ。
1人で来たのかな? 前に1人で異性の部屋には上がらないって言ってた気がするけど。
ドアが開くと、リリとザッコさんがいた。なるほど。ザッコさんについて来てもらったんだ。
「具合はどうですの? ハチミツと紅茶を持ってきましたわよ」
ザッコさんがトレイに載せたティーセットを持たされている。
「ありがとう。1日休んでれば大丈夫だと思う」
「それなら良かったですわ。――疲れない程度に、少しお話してもいいかしら?」
話って何だろう? 昨日話してもらったアルベール関連のことなら歓迎だけど。
2段ベッドの上から下に降りると、ザッコさんがトレイを僕に渡してきた。この部屋はベッド以外何にもないから、下段のベッドに腰掛けて膝にトレイを乗せる。
「あー、まだ決定じゃないから、他の子には言わないで欲しいんだけどね。夏休みは7月20日からの予定だよ」
唐突にザッコさんが夏休みの開始日を教えてくれる。
そういえば、夏休みがあるんだった。クロードの誕生日には、問題なく会いにいけそうだ。
「マルドゥクは、7月15日のピピ先生の授業が終われば実質夏休み開始ですわね。私は19日の貴族用授業を受けなくてはなりませんけれど」
「そっか。夏休みっていつまで?」
「8月31日までですわ。それで提案なんですけれども、アダーラ地方の領都にカーラ家の別荘がありますの。あなたの秘密の移動手段で私の移動を手伝う代わりに、別荘でしばらく過ごしてみませんこと? もちろん、私は実家にも帰りますから夏休み中ずっとというわけではないですけれど」
「いいの?」
「ええ。憧れのアルベール様が、友達に誤解されたままは嫌なんですの。マルドゥクもアダーラの領都の素晴らしさを知れば、きっとアルベール様のことが好きになりますわ」
キラキラと輝く瞳。アルベールが処刑されるかもしれないなんて、微塵も思っていない。
アルベールのことを探れと言わんばかりの提案は、彼がどれだけ叩いても埃の出ない、清廉潔白な人物だと信じているからこそ。
そんなリリの気持ちを思うと申し訳ない気持ちにはなるけれど、潜入捜査をするならちょうどいい。
「兄ちゃんやプリシラ達も一緒でもいい?」
「もちろんですわ。プリシラちゃんに会ってみたいと思ってましたの!」
「分かった。来月会ったときに提案してみるよ。返事はその後でいいかな?」
「ええ。楽しみにしてますわ」
リリは満足げな顔で部屋を出て行った。
兄ちゃん達には、先見の明での予測結果と合わせて相談をしてみよう。即答はしにくいだろうから、できればあらかじめ知らせて考える時間を作って上げたい。特に、ギーラとプリシラは騎士見習いになってるから、休みを取れるか調整が必要だろう。
「――私からも、少しだけいいだろうか」
まだ部屋に残っていたザッコさん。何か話があるらしい。
紅茶を飲みながらうなずく。
「私は、アルベール卿のことはよく知らなかった。ここに送られてきて、白の子達が教えてくれたんだ。――ここにいる白の子は、近付く死の恐怖と戦っている。アブヤドに来た当初は元気いっぱいだった子も、年々元気がなくなっていく。ここから出て行くときには、絶望しきった顔になっている子も多い」
15歳になる年の春までに精霊術師か竜騎士になれなければ、死ぬか奴隷になる運命。アブヤドから王都に移る12歳頃だと、残り3年だ。
「そんな子に、まだ希望を失っていない子が声をかけていたんだ。”まだあと3年あるんだ。アルベールさんは15歳になる年の2月に精霊と契約できたんだから、まだ希望はある”とね。彼がどういう人物かは分からないけれど、白の子達の希望になっていることは確かだ。それだけでも、私は彼に感謝したい」
リリもアルベールのことを白の希望だと言っていた。実際、勇気づけられた人は多いみたいだ。
「ザッコさん、前と変わったよね。どうして?」
せっかく話す機会ができたから、ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。
今のザッコさんは、僕を殺して杖の材料にしようとしていた人とは思えない。その心境の変化の理由は何なんだろう。
「私の兄は、白だった。精霊術師にも竜騎士にもなれずに死んでしまったが、私の杖の材料になることが自分の生まれてきた意味だったんだと言い聞かせていたらしい。――それが兄が抱いた最後の希望。だから、私は魔導士として大成しなければと思った。それでも思うようにいかない日々が続いて、あんなことを……。すまなかった。君のお兄さんが止めてくれたこと、感謝している」
「兄ちゃんは僕を守ろうとしただけだから」
感謝する必要はない、と思う。
「私はここに来るまで、兄が死ぬまでの約8年間をどう過ごしたのかを知らなかった。ここの子達の希望は、悲しくなるほどささやかなものだ。お腹いっぱいご飯を食べたいだとか、一度でいいからドレスを着てみたいだとか。普通の子供達が抱くような夢を抱いている子は、ほとんどいない。……きっと兄もそうだったんだ。私に華々しく活躍して欲しかったんじゃない。何かしら生きた意味が欲しかっただけ。私はそんな兄の気持ちに応えられる生き方をすべきだったんだ」
アブヤドに向かう馬車の中で、将来の夢を聞いてみたときのことを思い出した。
テオはパンをいっぱい食べてみたいって言って、ララの夢はルル、レレ、ロロを見つけることと絵本を書くこと。
生き残れなくても叶う可能性のある夢しか見ていなかった。モルガン君の夢は半ば現実逃避だし、唯一リリだけが生き残った先を夢見ていた。
彼女を夢見させているのは、アルベールだ。嘘で作り上げられた虚像によってではあるけれども。
彼は確かに希望の星なんだ。




