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第6話 虚像

 アブヤドが見えてきた。


 ラティーフ地方の領都滞在中に、今後の方針について話し合ったんだけど、皆、意見が割れてまとまらなかった。

 兄ちゃんは、白の子に憑依させる魂を探したい。

 ギーラは、定期的に領都で集まってヘーゼルさんに修業を付けてもらいたい。何かあったときに、実力不足では困るから。

 そして、プリシラはアダーラ地方への潜入捜査をもう1度行いたいそうだ。


『最近友達になったマノンちゃんも特殊孤児なの。お針子さんの修業を楽しくやってるみたいで、特殊孤児の制度に感謝してた。もし、アルベールがこの制度を利用して、悪いことをしてるんだったら許せない』


 僕の意見は兄ちゃんの意見に近かったんだけど、ギーラの意見も分かるし、プリシラの意見ももっともだ。


『皆の意見は分かった。しかし、時間は有限だ。全てを精霊術師大会までに行うことはできないだろう。次の領都訪問は6月12日の予定だ。その時までに、各自で考えをまとめておけ』


 ヘーゼルさんがそう締めくくって、一旦、それぞれの日常に戻ることになった。


 アブヤドに向かいながらも、ついつい考えてしまう。僕はどうするのがいいんだろう。


 そういえば、班の皆に特殊孤児のことを教えてもらったとき、テオは酷い制度だと言っていた。アブヤドの職人ギルドで働いてる子の中にも、とても幸せそうには見えない子がいた。そもそも、良い制度なんだろうか。


「ふぅー。やっと着いた! 空飛ぶのは楽しいけど、やっぱ遠いな。ラティーフ地方は水と緑が豊かで、良い所だったけどさ」


 アブヤドに入るために門のところに並びながら、伸びをしているジャン君。

 ジャン君も特殊孤児だけど、良い工房に引き取られて、上手くいきそうに見える。プリシラの友達の子と同じように特殊孤児の制度に感謝しているんだろうか。


「ねぇ、ジャン君は特殊孤児の制度をどう思ってる? 良い制度だと思う?」

「……なんだよ。いきなり。メンドクセーな。ん~、オレは普通の孤児だったら、死んでた自信はある。剣を持たされてたから、1回だけお前に隠れて振ってみたんだ。でも、なんか剣に振り回されてるみたいで、全然ダメだった。スプーン振ってるクロードの方が強そうに見えるレベルだ」


 ……クロードのスプーンは、聖剣化させたらめっちゃ強いけど。


「でも、良い制度とは思えねーな。オレは運良く、良い工房に拾ってもらえて、不満はないけどさ。例えば、オレが行商人になりたいと思っても、叶えられないわけだろ?」

「ジャン君、行商してみたいの?」

「例えば、だよ。ま、色んな所に行って、作った物を売り歩くのも楽しそうではある。けど、戦闘力ゼロでやるのは無謀だ。死ぬ危険を冒してまでやるつもりはない。ただ、選択肢がないってのは、自分で納得する生き方を選べないってことだから」


 何かを夢見ても、叶うとは限らない。でも、自分で諦めるのと、最初から無理だと決められているのは違う。

 挑戦することも許されなかったとしたら、結果は同じでも、きっと悔いが残る。


「それに、もし子供を捨てても金が手に入らないなら、頑張って育てようしてくれたのかなーって、たまには思ったりする。オレの親は、賭け事ばっかりでロクな奴じゃなかったけどさ」


 ◇


「何を考え込んでますの? 食が進まないようですけれど。――さては、またプリシラちゃんに振られましたの?」

「振られてないよ! 仲良しだから!」


 寮に帰って、リリ達の部屋で同じ班の皆と食事。

 礼服のデザイン画を見せて、デザイン勝負の結果なんかを説明した。

 そのときは、ワイワイ話してたんだけど、会話が途切れるとつい考え込んでしまう。


 心配して話し掛けてきたリリに、振られてないことだけは明言しておく。

 色んなことが片付くまで、返事は待って欲しいって言われたんだ。だから、振られてはいない!


「そういえば、リリはアルベールのファンなんだよね。どういうところが良いの?」


 考えてるだけじゃなく、今できることをしてみよう。

 とはいえ、今すぐできることといったら、情報収集くらいだろう。

 リリなら、アルベールのことをよく知ってそうだから、話を振ってみた。


「急に話題を変えるところを見ると、図星のようですわね。――アルベール様のことをお話しするのは良いのですけれど、あなた、アルベール様と諍いを起こしているという噂を聞きましたわよ。本当ですの?」


 リリに聞かれて、言葉に詰まる。

 そりゃあ、精霊術師ギルドでも知られていたし、シリル君も知ってそうだったから、リリの耳にも入っていておかしくない。


「――うん、本当だよ。プリシラを連れていかれそうになったから」

「まさかの……、三角関係……?」

「マル君、そういうのはさすがに早すぎない? 子供じゃ貴族の大人の男にはかなわないよ。というか、プリシラちゃんって、だいぶ年上?」

「女の子を巡って争うの!? 相手は強くてカッコいい人なんでしょ? 怖くない……?」

「もごっ。ふごふご、もぐもぐ(よく分からないけど、頑張れ)」

「マルドゥク。プリシラちゃんが、アルベール様を選んだなら、潔く諦めなさいな。しつこい男は嫌われますわよ」

 皆が、また変な方向に誤解してる。そして、テオの口は今日もパンでいっぱいだ。バイト先で残りのパンをくれるらしい。


「違うから! プリシラはアルベールのことなんて、好きじゃない! 借金の片に連れていかれそうになったんだよ! それに、プリシラは僕と同い年。アルベールとは、年が離れすぎ!」

「プリシラちゃんは7歳ですのね。アルベール様は20歳。13歳差くらいでしたら、貴族の結婚ではよくありますわよ? 今は大きな差に見えるでしょうけど、10年以上後ならそんなに気にならなくなりますわ」

「プリシラは、アルベールのこと嫌いだもん」


 プイッと横を向く。

 アルベールはプリシラに気があるのかもしれないけど、プリシラにとっては敵でしかない。……あいつのお嫁さんになんて、ならないもん。


「……言い過ぎましたわ。貴族の当主が普通の平民を正妻にとることは、ほとんどありません。アルベール様はまだ独身ですから、まずは正妻をお迎えになるでしょう。そんな心配そうな顔をしないでくださいな」

「……うん。ありがと」

「いいんですの。マルドゥクも、私が音楽の授業を受講禁止になったときに、”無詠唱なら、歌えなくても問題ない“って慰めてくれましたもの」


 それから、リリはアルベールのことについて詳しく語ってくれた。


 アダーラ伯爵家の次男として生まれたが、母親がお産で命を落としたことと、白であったことから、先代アダーラ伯爵からは疎まれた。

 跡継ぎとしては兄がおり、領地からの収入も多くはない。実家が奴隷として買い取ることは期待できず、精霊術師か竜騎士になれなければ、平民の白達と同じく死ぬ運命だった。

 日々は無情に過ぎていき、アルベールが14歳になった時、状況が変わった。兄が暗殺されたのだ。

 暗殺者は捕まったものの、依頼主について何も知らされていない元孤児の若い男だったらしい。


 アダーラ伯爵家には、長男とアルベールの2人しか子供がいなかった。先代アダーラ伯爵は既に高齢で、夫人も他界していたから、新たに子を作ることは期待できない。アルベールが死ねば、家系は断絶する。

 アルベールは死ぬわけにいかなくなった。


 先代アダーラ伯爵は、アルベールを買い取るつもりだったみたいだけど、それは領地の経営に無視できない悪影響を及ぼす可能性が高かった。


 アルベールは、精霊と契約できる道を模索し続け、ある日、願いは届いた。

 15歳になる年の2月。ギリギリのタイミングで彼は精霊術師となった。その年は当たり年で、彼と同じタイミングで他に2名の精霊術師が誕生したという。


 彼が精霊術師となって1年、先代アダーラ伯爵が逝去。

 跡を継いだ彼は、領地改革に乗り出す。


 彼は目標として、領内の孤児を全て特殊孤児とし、暗殺者などの非合法の職に就く孤児をなくすことを掲げた。各地に水を供給するための水道整備を始め、特殊孤児が就ける仕事を増やすことで、一定の成果を上げた。

 しかし、整備が終わればそれほど多くの人手はいらなくなる。次に始めたのが宝石の加工販売。


 そうした領地改革を進める一方で、17歳のときに精霊術師大会に参加し、優勝。

 冒険者や騎士も参加する武闘会に進んだ。精霊術師大会の優勝者でも、武闘会では詠唱中にあっさり負けるのが通例。しかし、無詠唱で術を発動させる彼は、初戦で敗退こそしたものの、善戦したという。

 以来、彼は精霊術師の可能性を体現した存在として、名声を得た。彼を慕う者は、彼を「白の希望の星」と仰ぐようになったそうだ。


 これが、アルベールについてリリが語ってくれた内容。

 語っているときのリリの表情は、アルベールへの敬意と憧れに溢れていた。


 話のままの人物なら、そりゃあ憧れる人もいるだろう。でも、僕が出会ったアルベールの印象とは異なる。

 僕には、一般に信じられているアルベールが嘘で作り上げられた虚像に思えてならない。


 ◇


 眠れない。

 多くの人から愛され、期待されているアルベールと、実際に会ったアルベールが結び付かない。考えがまとまらなくて、頭が冴えてしまっている。


『ヘーゼルさん、一般論と自分の経験から導き出した結論が食い違っていたら、ちゃんと両方を知った上で自分なりの結論を出す、だったよね?』

『そうだな』


 僕は、リリからアルベールについての一般的な意見を教えてもらった。

 実際に会って抱いた印象も覚えてる。強烈なものだったから、実体験の方を信じてしまいそうになるけど、それじゃダメだってことだよね。

 なぜ食い違っているのか、その理由を理解しなければ正しい結論になんてたどり着けない。


『半年以上先の未来だけど、試しに先見の明で精霊術師大会の後を見てみようと思うんだ』


 彼の実像を判断する材料が欲しい。

 潜入捜査をするのは、すぐにはできない。今できることで思い浮かんだのがこれだった。

 精霊術師大会で僕にアルベールが勝つにしろ負けるにしろ、その後どうするつもりなのかを知ることができたら、彼の真実が見えては来ないだろうか。


『大丈夫か? そんなに先の未来を見たことはないだろう?』

『やるだけやってみる。ダメなら何も見えないだけだから』

『酷い未来が見えてしまうかもしれないが、覚悟はできているか?』

『うん。分岐が多いだろうから、ヘーゼルさんも協力してくれる?』


 近い未来よりも遠い未来の方が、数多く枝分かれしているはずだ。僕1人だと3つの未来までしか読み取れない。ヘーゼルさんでも4つ。

 約1ヶ月先の未来でも10以上に分岐したこともある。合わせて7つまで読み取れる状態でも、まだ不安が残る。


 無理に読み取りきれないほどの未来を見ようとすると、頭が痛くなる。無理せず把握できる範囲だけを見よう。


 そう決めて、先見の明を発動させた。



 分岐はなかった。クリアに映し出された、たった1つの未来。


 場所は、アブヤドの中央広場。十字に組まれた木材がいくつも置かれている。

 広場の端、小さな店の軒先に白の女の子がへたりこんでいる。人形のように整った顔立ちだけれど、血の気がなく、目が虚ろ。全く動かない。泣き腫らした目だけが、人形じゃなくて人間なんだと表している。

 たっぷりとレースで飾られたドレス、カールがとれて乱れた巻き髪。――夢を抱いて輝く瞳と縦ロールの髪ではないから、一瞬分からなかったけど、この子はリリだ。


 十字の木材が置かれた中央には入れないように柵が作られている。柵の周りを取り囲むように、人が集まっている。


 少し経ってから、横に倒されていた十字の木材が立てられる。


 思わず息を飲んだ。人が磔にされている!

 10人近い人が磔にされ、柵の内側には槍を持った兵士達。これは、処刑の光景だ。

 磔にされている人は白ばかり。


 ――あれは、ピピ先生?

 髪を結っていなくて、眼鏡もかけていない。印象がだいぶ違うけど、ピピ先生に見える。なんで磔にされてるの!?


 驚いていると、他の人から遅れて、広場のど真ん中にもう1本十字架が立てられた。

 磔にされているのはアルベールだ。

 しっかりと顔を上げ、表情も平静。だけど、服は真っ白だ。


 少し豪華な鎧の兵士が何かを読み上げている。それが終わると、兵士達が一斉に槍を構えた。


 次々と磔にされた人に突き立てられる槍。急所をわざと避けている。ゆっくりと時間をかけて絶命していく人達。

 最後にアルベールの瞳からも光が消え、微動だにしないリリの頬を一筋の涙が流れた。


 ――なんなんだ、この未来は。なぜこんなことになる?

 こんな未来は許容できない。どうにかして変えなくては。

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