第13話 ウターリド工房
ある日の神々の住み処。
「面白いねぇ、ヘルメスの元使徒君。怠惰と無気力なんて、ダブルで変なスキル持たされた結果が、”嫌なことは面倒くさい”。楽しみなことがすぐにやってこないのも嫌だから、自分から積極的に動くって」
モニターでは、リターンがローの部屋を訪れて、石を見せろとせがんでいる。
面倒くさがるポイントが普通と違うリターンの様子は、プロメテウスにとって愉快なものらしい。
「楽しみなことがあったら、自分から動くのは元からだ。怠惰の神のせいで、動き出しが遅い」
商売にはスピード感も重要。それが多少でも損なわれてしまったことが、ヘルメスには残念に思える。
それに、ケガの手当ても面倒くさいことに入ってしまっているらしく、最小限の処置しかしないことも心配だ。
「へぇ。でも、ボクは今のリターン君、見てて面白いな。ロー君が喜ぶようなデザインをウキウキしながら考えておいて、”面倒くさいからデザインしてやる”なんて言っちゃって。こういうちょっとひねくれた子も、ボクは好きだよ」
「――そうだな。良い物を作り上げて客に喜んでもらいたいという情熱が失われていなかったのは幸いだ」
信頼していた怠惰の使徒が、自分を利用していただけだと知ったときの前々世のリターン。誰も信じられなくなって、何かをしたいという気力さえ失ってしまった姿を、ヘルメスはまだ覚えている。
それと比較すれば、今の姿はだいぶマシだろう。
「プロメテウス」
「な~に~?」
「リターンを取り戻すことはできるだろうか? お前には何かプランがあるのか?」
ヘルメスの言葉に満面の笑みを浮かべるプロメテウス。
やっと敵陣営の使徒を解放しようという気持ちになってくれたことが嬉しい。
「今すぐは無理だね。やりたいことをするのに、やりたくないことがくっついてくるのは世の常だ。それを許容し、受け入れて、やりたくないことでも進んでやるようになったら、怠惰から解放されたと言っていいんじゃないかな。例えば、顧客の要望を丁寧に聞き取る、とか」
ローの要望を無視して、プレートをデコりたいと言うリターン。ローが普通のプレートで良いという理由は、追加料金がかかることと、身分証をデコるというのがピンと来ていないため。
凝ったデザインの身分証が、自身の力を示す一種のステータスであることや、デザインで得意なことを表現すれば適した仕事を受けやすくできることなどのメリットがデコプレートにはある。丁寧に説明し、値段に見合うと判断されれば、納得して依頼してくれるかもしれない。
なぜデコらなくていいと言うのか聞いてみれば、上手く売り込む術も見出だせるかもしれないのに、今のリターンは、その労を惜しむ。
「具体的にはどうすれば良い?」
「周りにいる人間が重要だね。今のままでは壁にぶち当たったときに、それを乗り越えようとしないだろう。そのときに、奮い立たせてくれたり、相談に乗ってくれたり、ヒントを示してくれたり、そんな人がいたら変われると思うよ。ライバル、ビジネスパートナー、理解者……、なんでも良いからさ」
すべてを1人で抱え込み、孤独から信用してはいけない人物を信じ、最期は誰も信じられなくなってしまったかつてのリターン。
信じるべき人物を見極め、人を頼れるようになることで、呪縛から解放される。
プロメテウスの言葉に納得し、うなずくヘルメスだった。
◇
「うーん、なかなか気づいてくれないね。ロー君」
「気づかなくて良い。悪徳の使徒の存在になど」
初めての音楽の授業のため、講堂に集まった約30人の白の子供達。
そのなかにいるローの視界には植木鉢が映っている。彼はそれを、講堂に飾られた盆栽だと認識している。室内に置いても問題のない小さなサイズで、桜が満開だ。季節感溢れる風流なインテリアに感心していた。
しかし、実際はある少女が頭飾りにしているもので、その下にはまだ会えていないと思っている子の顔がある。
もっとも、その顔は、植木鉢の受皿兼帽子のつばで大半が隠れているが。
名前:ステラ・ローラ・ロクサーヌ=シファー
性別:女
生年月日:魔法歴978年4月1日
守護神:虚飾の神
称号:虚飾の神の使徒
魂名:ロココ
所有スキル:
(才能系スキル)
装飾過多、小心、鉄仮面、杖術の心得、攻撃魔法の心得、強化魔法の才能、回復魔法の才能、消費魔力半減
(技能系スキル)
舞踊《中》、礼儀作法《下》、感知術
属性相性:火(B)、土(B)、水(B)、風(D)、光(A)、闇(A)
彼女の乗っていた馬車は、アブヤドに移動する最中、魔物に襲われた。魔物を振り切るため、子供達が1人ずつ魔物の餌として馬車の外に放り出されていく光景が、瞳に焼き付いている。
彼女自身は、貴族と一目で分かる華やかな飾りのついたドレスを着ていたから、最後まで放り出されることはなかった。
華やかで目立つ格好でなければ、次は私が死ぬ。危機は脱したのに、そんな思いに囚われてしまう。
しかし、代わりに死んでいった子達の視線が思い出されてならない。
1人生き残った自分を責めているようで、視線を防ぐ何かを求めた。
彼女のトラウマと、装飾過多、小心のスキルが、“奇抜で大きな飾りで、自身を飾りつつ隠す“という奇怪な行動に走らせた。
なお、植木鉢は帽子からちゃんと取り外せる。帽子の上に植木鉢を載せているだけにして、白い物しか身に付けられないという制約をクリアしているのだ。
「あ、授業始まるね。ヘルメス、耳栓いる?」
「――ローの歌声を聞きたい。不要だ」
プロメテウスが耳栓を装着した。講師がお手本を聴かせ、続いて子供達が試しに合唱する。リリを含む全員で。
ヘルメスは、音痴のスキルを持つ彼女の歌声よりもローやララの歌声の方が大きく響くと踏み、耳栓を断ったのだか――。
絶妙に外れた音が気持ち悪い。
他の子が子供の割に上手い子が多いせいで、妙に目立つ。音がよく反響する講堂で、なぜかリリの声のみが増幅されているかのようだ。
しかし、それだけで終わってはくれない。何かが頭に響く。振動を感じる。
そのうちに、子供達が次々に頭痛や吐き気を訴え、講堂を飛び出したり、その場に倒れ込んだりし始めた。
外れに外れた音は、人間の可聴域外まで外れ、音波となってその場の者達を襲いだしたのだ。
超音波攻撃。音痴のスキルは、もはや一種の攻撃スキルとなっていた。
耳の良いララは最初に倒れ、気を失ってしまった。ルルとテオが抱えて講堂から連れ出そうとしている。
ローもふらふらと講堂を脱出しようとしていたが、揺れる桜の植木鉢が目に入り、受皿(帽子)ごと平らな場所に移動させた。これで、桜は安全。
――が、ホッとしたところで、力尽き、倒れ込む。
帽子の主は自身を隠す飾りがなくなり、逃げ出すように出ていった。
「ロー! しっかりしろ! おい、プロメテウス! お前の使徒を救助に寄越せー!」
両手で耳を塞ぎつつ、叫ぶヘルメス。
攻撃スキルとしての威力は十分のようだ。
◇
また別の日の神々の住み処。
「やっほー! 鍛冶の神。遊びに来たよー」
ローとマーリンがウターリド工房を訪ねる日。
プロメテウスとヘルメスは、揃ってヘパイストスのもとに出向いた。プロメテウスは、右手にモニター、左手にシュークリームの入った箱を持っている。
ヘパイストスは、細工物の仕上げをしていたようだが、来客に椅子を勧め、作業に区切りをつけて対応する。
「プロメテウスにヘルメス。珍しいな。――ユトピアにいる俺の使徒のことか?」
「うん。ボクの使徒とヘルメスの使徒が、君の使徒の工房にお邪魔するから、一緒に見守ろうと思って」
リターンを引き取ったウターリド工房の主は、ヘパイストスの使徒なのだ。
名前:ガスパール=ウターリド
性別:男
生年月日:魔法歴943年8月21日
守護神:鍛冶の神
称号:鍛冶の神の使徒
魂名:アダマント
所有スキル:
(才能系スキル)
心頭滅却、完成品のイメージ、目利き、計算機、剛力、鈍器術の才能、攻撃魔法の心得、強化魔法の心得、回復魔法の心得、ものづくりの才能
(技能系スキル)
鈍器術《中》、盾術《下》、火魔法《中》、風魔法《下》
採取術、解体術、鍛冶術《上》、細工術《中》、革細工《下》、木工術《下》、料理術《下》
属性相性:火(A)、土(B)、水(C)、風(B)、光(C)、闇(C)
心頭滅却
鍛冶の神の固有スキル。集中状態に入りやすく、集中力も上がる。集中時に周囲の雑音や気温等が気になりにくい。
完成品のイメージ
鍛冶の神の固有スキル。製造しようと考えた物の完成形や性能を克明にイメージできる。スキルに習熟すれば、製造プロセスにおける注意点も把握できる。
「……ヘルメスの使徒というのは、元使徒のリターンのことか?」
「もう1人来る。リターンが勝負をすることになったと言ってこなかったか? その相手だ」
ヘパイストスはリターンが元ヘルメスの使徒であることに気付いていた。しかし、それをヘルメスに伝えなかったのには理由がある。
「――そうか。気を付けろ。おそらく、俺のアダマントは数年のうちに堕落する。今のリターンは歴とした堕落の神の使徒だ。面倒くさがりで努力している様子がないのにあんなに優秀では、やる気も削がれるというものだ」
かつての使徒が味方の使徒を堕落させたとしたら、ショックを受ける。元守護神のヘルメスを気遣って黙っていたのだ。
アダマントは、良い物を作っても理解してもらえずに買い叩かれる状況に悩んでいた。そんな彼に、儲からない職人稼業を辞めて、王都で冒険者をやろうと妻と息子は勧めた。特に、息子は士官の道を探すため、王都にどうしても行きたがっていた。
しかし、儲からない職人を辞める者が多いことから、後継者なしに職人を廃業することは禁止されている。
そこで、特殊孤児のなかから後継者を探し始め、リターンの作った物に目を止めた。
辞めると決めたものの、これまで情熱をかけてやってきた工房。半端な腕の者に継がせる気はなかったが、これはと思える者に出会えた。どんな熱意溢れる子だろうか。
そんな気持ちで会ったリターンは、予想に反して何かにつけて「メンドクセー」を連発する覇気のない子だった。
腕は間違いない。しかし、やる気がない。
自身が人生をかけて行ってきたことは、彼にとっては嫌々やってこなせてしまう程度のものだったのか?
職人を辞める寂寥感とリターンを見て感じた無力感。それは、アダマントから気力を奪っていた。最近は、作業場でもボーっとしていることがある。
「大丈夫だよ。君の使徒は堕ちない。そのために、マーリンにロー君を連れて工房見学に行かせたんだ」
首を傾げるヘパイストスにプロメテウスはモニターを見せ、シュークリームを差し出す。
モニターには、工房の扉をノックするリターン。ローとマーリンも一緒だ。
迎え入れると、ローとマーリンは口を揃えて一言。
「「ドワーフ!?」」
背が低く、ずんぐりとした体躯。髭面の厳つい顔立ち。アダマントの外見は、ファンタジーに出てくるドワーフそのもの。
しかし、ドワーフではなく人間である。ユトピアにドワーフはいない。もっとも、おとぎ話のなかの存在として知られているので、子供のこんな反応には慣れていた。
苦笑し、工房の空いたスペースに通す。放っておいても、適当に見て、飽きたら帰るだろう。離れて、仕事に戻る。
ローは見本として飾ってある刀剣類を順に見て、中でも特に地味な一振りに目を留めた。
性能の良さが何より重要と信じて作ったアダマントの最高傑作だが、その価値を理解できなければただの地味な剣。今までその剣に目を留める者はいなかった。
自然と視線がそちらを向く。
「やっぱり、お前もそれに目を付けたか。ちょっと地味だけど、良いよな」
そんなリターンの言葉が耳に届く。どこか自慢気だ。
「いつかこいつと同程度の性能で、カッコいい剣を作って並べるんだ。こいつはこいつで機能美って奴が備わってるけど、理解しない奴が多いからな」
いつもの覇気のない表情とは違い、目に力があるリターン。
アダマントは理解した。自分も若いときは、鉄を打つのに夢中で、食事をするのも面倒に思ったことがある。この子もきっと似たようなものなのだ。ものを作ることに興味はある。他の興味のないことは面倒くさい。
なんだ。この子は自分に似た子だったんじゃないか。それも、自分の作品の価値を誰よりも理解してくれていた。
アダマントの顔に安心と親しみのこもった穏やかな笑みが浮かぶ。
リターン達を呼び、作業の様子も見せてやり始めた。今まではわだかまりを感じていて、自身の技を見せようとはしてこなかったのだが。
「ね? やる気出たでしょ?」
「あぁ」
寡黙なヘパイストスは短く答えて、久しぶりにアダマントが楽しげに作業している様子をじっと見守っていた。
よく見ると目元が潤んでいる。
プロメテウスとヘルメスは、そっと微笑みあった。




