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第9話 ローリエ

「馬車が到着したみたいなのに、入ってくる子が少ないね」


 3月最後の日になって、到着が遅れていた馬車2台がようやく町にたどり着いた。新しくこの寮に来る子を見たかったから、廊下の窓からずっと見てたんだけど、4人位しか来ていない。1台当たり10人前後を乗せるのが普通みたいなんだけど。


「さっき噂で聞いた。片方の馬車は魔物に襲われて、1人を残して全滅だったらしい。子供を囮にしたから、役人達は無事だけどな」

「もう片方の馬車も、栄養失調で移動中に亡くなる子が出たらしいよ。毎年、ギリギリで到着する馬車では、そういう子が出るんだ」


 通りがかったテオとルルが教えてくれた情報に、モルガン君の顔が蒼ざめる。

 僕もショックだった。まさか、ここにたどり着く前に死んでしまう子がいるなんて。


「俺も、そうなってもおかしくなかったんだよな。やたら長い移動ルートを教えられたとき、死ぬのを覚悟したんだぜ。皆が食べ物分けてくれたから、助かった」

「うん。僕達は運が良かった。冒険者の中には白の子供を襲わせてる間に攻撃する奴もいる。ライアンさん達とマル君が暴走ダチョウを倒してくれて良かったよ」


 テオとルルは感謝してくれたけど、アブヤドにたどり着けなかった子達は、助けられなかった。

 ヘーゼルさんには、『助けられなかったとしても自分を責めるな』って言われたけど、どうしても気分が沈む。僕が何もせずに待っていた間に、死んでしまうなんて思ってもいなかった。何かできることはなかったんだろうか。


「テオ君、君のバイト先はパン屋さんだったね? すまないが、このお金でパンを買ってきてくれるかい?」


 珍しく、魔導士らしい格好をしたザッコさんが僕達に声をかけてきた。

 テオはつい昨日、バイト先が決まったばかりだ。精霊術師訓練場からほど近い、町の北西区にあるパン屋さんだ。


「いいけど、なんで?」

「今日到着した4人のうち2人は貴族だから、お金は持っているし、世話をしてくれる人もいる。でも、残り2人はお金もないし、何日も食事をとっていない。せめて、今日だけでもまともな食事をさせてやろう……。私はスープの具にする肉を調達してくるよ」


 ザッコさんは僕を殺そうとしたことが嘘みたいに、人が変わった。ペナルティとして、ここで強制労働をさせられているらしいんだけど、真面目に寮父さんをしてる。


『何がきっかけだったのかは分からないが、本当に心を入れ替えたようだな。――マルドゥク、生き残った子のためにやれることをしよう』

 うん、そうだね。後悔のために立ち止まっているうちに、新しい後悔を増やしたくない。


「ザッコさん、僕が魔物を狩って肉を調達してくるよ。衰弱してる子についててあげて。ルルとモルガン君、手が空いてたら野菜の調達をお願い」


 今はどうか分からないけど、ザッコさんは強くはなかった。僕が行った方が良いだろう。

 簡単に指示を出して、寮を飛び出す。


 北門から出てもいいけど、東の森に生息する魔物の方が栄養状態が良く、肉付きも良いらしい。


 東門で身分証を見せて、外に出る。

 ジャン君とのデザイン勝負は5月半ばに行うから、まだ仮の身分証だ。門番さんによっては、仮の身分証だけでは通してくれないこともあるから、測定結果を記録した証明書も持っておくようにしている。早めにちゃんとした身分証にした方が良いんだろうけど、勝負があるから仕方ない。


 東門の先は1メートルほど直進すれば、すぐに森だ。感知術がないから、物陰から急襲される恐れもある。不意を突かれたときにカバーしてくれる人も、今はヘーゼルさんしかいない。慎重にいこう。


 この森での狩りは初めて。まずは先見の明で進むべき方向を見定める。


 とりあえず、真っ直ぐ進むと――、突進ウサギ3匹。

 右に曲がると――、ジャイアントスパイダー9匹と魔女蜘蛛(ウィッチスパイダー)1匹。

 左に曲がると――、ホワイトシープ4匹と催眠雌羊(ヒプノティックシープ)1匹。


 何、この森。上位種が町からそんな遠くない場所に2匹もいるの?

 ともあれ、魔女蜘蛛(ウィッチスパイダー)の素材は欲しいけど、蜘蛛は食べられない。今は兄ちゃんもいないから、羊を5匹も持ち帰るのは大変だ。真っ直ぐ進もう。


『待て、マルドゥク。左にしよう』

 ヘーゼルさんは弱い魔物をあまり倒したがらない。張り合いがないのもあるんだろうけど、まだ弱い人達のために残しておく意味もあるんだと、この1年ほどで気が付いた。だから、村にいたときは突進ウサギやウルフなんかは狩らないようにしてたんだけど、今日は食料を待ってる子がいる。


『ヘーゼルさん、早く帰って食事を用意してあげようよ。真っ直ぐでいい?』

『左の催眠雌羊(ヒプノティックシープ)は、初心者殺し(ルーキーキラー)だ。ちょっと羊毛に艶があるだけしか見た目の差がなくて普通のホワイトシープと間違いやすい。それで油断して近寄ると、眠気に襲われて動きの鈍ったところを襲われる。倒しておいた方が良い。それに、月桂樹があっただろう?』


 ヘーゼルさんの言葉に納得した。月桂樹の葉を乾燥させると、肉の煮込み料理にピッタリな香辛料、ローリエになる。一緒に持ち帰って風魔法で乾燥させて使おう。


『……料理に使うのも良いんだが、以前、この森で月桂樹に宿っている光の賢者と再会したことがあったんだ。今も宿っているかは分からないが、ついでに挨拶しておこう』


 光の賢者、ローリエ=アザリーさん。

 ヘーゼルさんの話を聞く限り、良い人っぽかったけど、どんな人だろう?


 ちょっぴり緊張しつつ、慎重に進む。


『少年、危ないですよ。その先は、危険な羊の魔物がいます。どうか、引き返して――』


 突然、女性の声が聞こえた。まだ、催眠雌羊(ヒプノティックシープ)の姿は見えないけど、注意してくれたようだ。

 あたりを見回して、月桂樹を探そうとしたけど、ヘーゼルさんに止められた。


『マルドゥク、先に魔物を仕留めよう。――ローリエ、この子なら大丈夫だ。私がついていることだしな』

『その声は、ヘーゼルですか。お久しぶりです。――珍しいですね。その年齢で体から追い出されずに、共存できているなんて』

『うむ。私の2番弟子のマルドゥクだ。なかなかの逸材だぞ』


 確かに、魔物の近くでゆっくり話すのは危険だ。さっさと魔物を倒そう。

 木刀を氷刀に変え、手頃な木の枝までジャンプ。視界を遮る障害物が減り、催眠雌羊(ヒプノティックシープ)の姿を視認できた。

 そのまま、角度と距離を計算して凍結斬り。


 強さ自体はホワイトシープとさほど変わらない催眠雌羊(ヒプノティックシープ)は、簡単に倒れ伏した。そのまま飛び降りて、残りのホワイトシープ4匹を片付ける。


 食料は十分すぎるほど手に入ったけど、こんな大量にどうやって運ぼう?


『タラリアで一足飛びに飛んで往復すればいい。それより、ローリエだ』

 そうだった。辺りを見回し、月桂樹を探す。あ、さっき足場にした木だ……。


『ごめんなさい! 光の賢者様。気付かず、足場に使ってしまいました!』


 月桂樹

 魔力を持つ何者かを宿す月桂樹。葉を乾燥させると香辛料として使える。


『良いのですよ。木に宿ってる間は、ほとんど感覚がありませんから。それから、私のことは、ローリエで構いません。ヘーゼルと同じように呼べばいいのです』

『はい! ありがとうございます。ローリエさん。お願いがあるのですが、葉っぱを採っても構いませんか?』

 まずは、ローリエの調達だ。感覚がないなら、葉を採っても痛くはないだろう。牛島さんの宿ってた柳の木の枝を斬ったときも、痛くなかったと言っていた。

 許可はもらえたから、タラリアで宙に浮き、10枚くらい葉をもらう。乾燥させて保存しておき、なくなったらまた採りに来よう。


『マルドゥク、本題を忘れているぞ。白の子供達を救うために、憑依してくれる魂を探しているんだろう?』

 ……採取に夢中になって忘れるところだった。

『ローリエさん、僕の友達の白に宿ってもらえませんか? 仲良くなった子が死んでしまうのは、嫌なんです。できるだけ、相性の良い子を探しますから』

『ええ、構いませんよ。相性の良い子を探すのは難しいでしょうし、生き残って欲しい子を連れてきてくれれば協力します』

『大丈夫だ。この子の兄が鑑定のスキルを持っている。冬頃にはアブヤドに来る予定だから、光属性相性SかAの子を探す』

『私は、その方が過ごしやすくなりますけれど……。良いのですか? 私が宿ることで救えるのは1人だけですよ?』

『もう1人、既に協力してくれる人を見つけてるんです。頑張ってできるだけ多くの子を救えるように、各地を回って他にも探し出したいと思ってます』


 出会う前に死んでしまった子もいる。成人前までに間に合えばいいと、少し気楽に考えていた気持ちは吹き飛んだ。思っていたよりも、ずっと大変なことだったんだ。

 僕は生まれた村の近くにある森でヘーゼルさんに会えた。だから、意外と簡単に見つけられる気がしていたけど、僕がヘーゼルさんに会えたのは、とんでもない幸運だったんだ。

 100人に1人の幸運。それを手にした僕を見て、絶望した子達。僕は、あの子達から希望を奪った存在のままでいたくない。


『なるほど。分かりました。願わくば、私の宿主となる者があなたの力になれるだけの才能と志を持つ子であることを』

 厳かで凛とした声。だけど、優しさを感じる声音で、ローリエさんはそう言ってくれた。


 ◇


 寮までタラリアで4回往復し、最後の催眠雌羊(ヒプノティックシープ)を運ぶときだけ東門を通って帰った。

 ザッコさんの許可を得て裏庭を借り、モルガン君、テオ、ルルと一緒に、手早く解体していく。

 意外にもモルガン君が上手い。ライアンさんに習って、何度もやったことがあるらしい。死体を怖がってはいるんだけど、作業は早い。


「おい、貴様ら。こんな場所でなんて野蛮なことをしている! この寮には貴族令嬢(レディ)もいるんだぞ!」


 男の子が声をかけてきた。確か、今日到着した4人のうちの1人だ。


「君達の歓迎の料理を作ってるんだ。ちょっとグロいかもしれないけど、寮の部屋からは見えない場所だし、作業が終わったら洗浄もして、匂いや血が残らないように気を付けるよ」

「このシリル・コンスタン・セルジュ=ヘルゥが、お前のような者の言葉を聞くと思ったか! 私はお前を知っているぞ。マルドゥク=サラーム。似非(えせ)精霊術師め! それよりも、こんな光景をリリアーヌ様がご覧になったら、どうするんだ! 失神してしまわれるかもしれないぞ!」

「そっか。シリル君っていうんだね。よろしく。リリなら大丈夫だよ。ダチョウの解体見ても平気だったし」


 リリは強くなりたいからと、毎年魔物狩りに連れて行ってもらっていたらしい。それで、解体現場を見るのは慣れてるんだそうだ。ララも孤児院で何度か目にする機会はあったから大丈夫みたい。

 ちなみにララとリリは、ザッコさんが集めてくれた薪を使ってお風呂を沸かし、新入りの女の子3人と一緒に入っている。


「なっ! リリアーヌ様とお呼びしろ! この平民が! ともかく、リリアーヌ様やアルベール様に迷惑をかけるなよ!」


 そういえば、貴族は異性に愛称では呼ばせないんだっけ。


「何を騒いでいらっしゃいますの? シリル様、彼らは食事の準備をしているのです。邪魔しないでくださるかしら?」

「これは、リリアーヌ・ジョゼ・シュゼット=カーラ様。このような卑しい者達、目の穢れでございます。ささ、私の部屋でお茶とお菓子でも――」

「あら? 私が殿方のお部屋にホイホイとお邪魔するような軽い女に見えまして?」


 静かに怒っているリリに一睨みされて、シリル君は言葉を失い、そそくさと去って行ってしまった。

 後ろでララと新入りの女の子が2人、パチパチと拍手している。


「さすが、リリ……。美少女の蔑みの視線は破壊力が違う」

「そんなことを褒めないでくださいな。偉そうにしてる方が威厳があると勘違いする頭の軽い貴族達。中身がなくて、私は嫌いですわ」


 リリはさっさとシリル君の話題を切り上げて、2人の女の子を紹介してくれた。レアとコゼット。2人ともアブヤドよりも南西のブルカーン地方出身だそうだ。


「あれ、もう1人いたんじゃ?」

「貴族の子は……、部屋に戻っちゃった。野菜を買うお金を援助してくれたから……、悪い子じゃなさそう……」

「ステラ・ローラ・ロクサーヌ=シファーさんという方ですわ。次々に魔物の餌にされていく子達を見て、精神的に参ってしまったのかもしれません。ほとんど喋ってくれませんでしたの」


 ステラさんのことは心配だけど、今はやせ細ってしまったレアとコゼットだ。ポトフを作り、パンと催眠雌羊(ヒプノティックシープ)のミルクをご馳走した。お腹が満たされると、安心したのか2人はすぐに寝入ってしまった。

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