第8話 ライバル
「マルドゥク君、お客さんが来てるよ」
部屋でサファイアを研磨していたら、ザッコさんが恐る恐るといった様子で、声をかけてきた。ちょっと怖がられてる気がする。
ちょうど作業がひと段落したところだ。石を置いて、外に出ようと思ったけど、僕が返事をする前にドアは開かれた。
「おい。待ってるのがメンドクセーから、来てやったぞ」
この声はジャン君だな。待ってるのって面倒くさかったっけ。
不思議なことを言うと思ったけど、会いに来てくれたのは素直に嬉しい。
そう思って、振り返ると――
「えっ!? どうしたの、その顔!?」
左の顎から口元にかけてガーゼが当てられていた。少し腫れてるような気もする。
「メンドクセーから、気にするな。よくあることだ」
『殴られた跡のようだな。冷やした方が良いかもしれん』
ジャン君に強がっている様子はなかったけど、気にしないなんて無理だ。ジャン君に初めて会った一昨日にはこんなのなかったし、つい最近殴られたんだろう。
ヘーゼルさんが言うように手当てだって必要だ。
「よくあることなら、余計に心配だよ! いつ、どうして殴られたの?」
「いいって。オレ、傷の治りは早いから。それより、その石だ。お前、石の加工が得意なのか?」
ケガの話を終わらせて、僕がまだ手に持っていたサファイアの話をしようとする。僕もそっちの話をしたいのはやまやまだけど、本当によく殴られたんだとしたら、放っておけない。
「その話はケガをした経緯を話してくれてから!」
「お前、メンドクセーこと言うんだな。ったく、仕方ねぇ。今日は職人ギルドで素材調達の仕事だったんだ。朝、冒険者ギルドに行って集まった素材を見たんだけど、質の低いのばっかりだったから、買い取り拒否したら殴られた。冒険者は喧嘩っ早いの多いから、ギルドの人間も手が出るのが早い。だから、よく殴られる。以上だ。――その石、よく見せろよ」
「いやいやいや。手当てが先でしょ! 冷やすから、一旦ガーゼ取って。ハイポーションも渡すよ」
「週1で適正価格1500ダハブを飲むのは、オレ的にはちょっと贅沢だ。遠慮しとく。治療費無料なら、冷やすのくらいはやってもらうけど」
ちゃんと代金を払おうとしてくれたことは嬉しい。
けど、淡々とし過ぎてて、殴られるのがジャン君にとっての日常なんだってことが伝わってきて、余計に心配になる。
ひとまず、氷を作り出し、布でくるんで殴られた場所に当ててもらう。
「週1で殴られてるの?」
「この話題、まだ続くのか? 冒険者ギルドに行く仕事があるのが月2。職人ギルドで在庫確認の仕事のときと、納品受付の仕事のときにも大抵殴られる。これは月1ずつくらい。で、大体週1だな」
冒険者ギルドでだけじゃなく、職人ギルドでも殴られてるのか。意外と荒っぽい職場なんだろうか。モルガン君なんか、話を聞いて殴られるのを想像したのか、ブルブル震えてしまっている。
「殴られる原因に心当たりはある?」
そう尋ねると、ジャン君はプイっと横を向いて頬を膨らませてしまった。
「仕方ねーじゃん。メンドクセーんだもん。――想像してみろよ。例えば、脂肪をちゃんと削ぎ落さないままの皮をなめしてあって、保管中に腐りそうな革を見つけたとするだろ? そのまま倉庫に置いといたら、後の始末が絶対メンドクセーことになる。で、捨てるか処理し直すかするように言ったら、余計な仕事を増やすなって怒られんだよ。納品受付のときも似たようなもんだ」
「それってギルドの人は分かってくれないの? 他のなめし革までダメになったら、困るのはギルドだと思うけど」
「売店で売る分は、客も気付かずに買ってったりする。クレーム来ても、ちゃんと見極めない客が悪いって言い切って終わりだな。でも、秋に税として納めるときは、よく慌ててるぜ。毎年、後始末で残業だよ。な? メンドクセーだろ?」
職人ギルドは、お客さんも基本的に職人だから、前半の言葉は仕方がないのかもしれない。でも、後半のはギルドにとっても損失だと思う。
「それは、確かに嫌だね。残業分のお給料払うのは、もったいないと思わないのかな」
「……残業代を払わないから、もったいなくないのかもな。オレみたいな特殊孤児には払わなくていいことになってるし、登録してる職人は納税ができなかったらペナルティを食らうから、納税準備は仕事じゃなくて義務ってことになってるし」
え、タダ働きなの!?
「――ジャン君。転職できないのかな」
特殊孤児っていうのが何なのか分からなくて気になったけど、まずは転職をお勧めしてみる。
「無理だな。特殊孤児って知らないか? 説明はメンドクセーから、孤児の知り合いとかいたら聞いてみろよ。ま、オレの場合は引き取り先が見つかってるから、あと1年ちょいの辛抱だ。気にする必要はねぇよ」
「引き取り先?」
「この町の南東ブロックにあるウターリド工房ってとこの養子になったんだ。10歳の誕生日を迎えたら、そっちに移って跡を継ぐための修業だ」
工房を経営してる人の所に養子に入ったのか。後継者がいない工房なのかな?
うん、ジャン君なら向いてそう。さっきハイポーションの適正価格を当ててたから、目利き持ちなのは確実だ。仕入れはばっちりだろうし、腕も良いって言われてた。
「なぁ、そろそろ本題に入ろうぜ。ジョルジュさんからお前がオレにプレートの加工を依頼しようとしてるって聞いたからな。石の用意はどれくらいできてんだ? 身分証ができたら、次は礼服の準備だろ? メンドクセーからオレがデザインしてやるよ!」
「ええっ!? なんで礼服のデザインまで!? 面倒くさいってなんで!?」
さっきまでとは打って変わって、楽しそうに話し出したジャン君の言葉にヘーゼルさんがクスクス笑い始めた。
「お前、礼服に最低でも6色使わなきゃいけないだろ? ピエロみたいな格好したお前が、オレの工房に納品に来る夢を見たんだ。毎回変な格好だって言うのもメンドクセー。だから、最初からまともな格好してもらおうと思って」
「む。僕だってちゃんと考えてるよ。ピエロになんてならないから、大丈夫。だから、デザインは自分でする! 布だってもう準備してあるんだよ!」
事前に用意していた布を取り出しながら答える。ジョルジュさんからもらったパンフレットには、来年の春の認定式までに礼服を用意するように書かれていた。デザインを考えるのは結構楽しみにしてたんだ。
オーロラシャンタン
絹糸と紬糸を使って織られた布。ハリと独特の光沢がある。極光蛾から採られた糸を使用しており、光の当たる角度によって色が七色に変化する。軽い生地だが、丈夫で高級感がある。加工行程で魔力を含み、魔法関連の効果を得やすくなっている。
材料:絹糸、紬糸
適正価格:10000ダハブ
ふふーん。これなら、ジャン君も文句ないだろう。自慢しちゃおっと。
案の定、ジャン君はじっくり布を観察し始めた。光に当てて色の変化も確かめている。
しかし、さっきからクスクス笑うヘーゼルさんが気になる。
『ヘーゼルさん、何笑ってるの?』
『いや、この子が最初に言った”待ってるのがメンドクセーから、来てやった”という言葉の意味を考えてたんだ。他のことでは、面倒に思う理由がちゃんとあるようだったからな。――さっき、本題だと言ってプレートの加工の話をしただろう? この子は、マルドゥクがいつ加工を頼みに来るか待ってるのが面倒くさくなったのかと思ったら、かわいらしくて、つい』
え、なにそれ。僕がいつ来るかと、ウズウズしながら待ってたってこと? 基本的に不愛想なジャン君が、急にかわいらしく見える。
「なるほどな。この布なら、多色遣いの問題は解決できる。後は、金か銀が必要だな。――って何、ニヤニヤしてんだよ」
「ジャン君、僕、ジョルジュさんにいつ行くか伝えといたんだけど、聞いてない? それとも、聞いてたけど待ち遠しくなって、訪ねてきちゃった?」
「なっ! ばっ! な、なに言ってんだよ。いきなり。オレはただ、先にデコプレートのデザイン考えといても、合う石を用意してなかったら考え直しでメンドクセーことになるから――」
「へ~ぇ? 僕が頼みに行く前に、デザイン考えてくれてたんだ? でも、僕、普通に石を並べるだけでいいよ」
顔を赤くして焦り出すジャン君。図星っぽいな。
考えてくれたデコプレートのデザインは見てみたいけど、普通で良いんだ。各属性のマークを彫り込んだり、石を落ちないようにはめ込んだりだけで、十分にジャン君の腕は分かる。
「は? 何言ってんだ。オレはデコプレート以外はやらねぇって言っただろ!」
「デコると追加料金かかるじゃん。それに、シンプルイズベストだよ。身分証なんだから、普通はデコらないでしょ?」
「嫌だ。デコる。普通の作るなんてメンドクセー。あと、さっきの布見てインスピレーションが湧いた。やっぱり礼服のデザインはオレがやる!」
「ちょっと! 僕の身分証に、僕の礼服でしょ!? 僕の意見を尊重してよ!」
「客の要望を満たすだけなら二流だ。客の想像する範疇を超えてこそ一流! まぁ見てなって。お前が”是非、これで作ってください!”って言いたくなるデザインをしてやるから」
なんかカッコいいこと言い始めたけど、僕も引けない。だって、僕は商人になるんだから。
「いいや! 僕はただの客じゃないからね! ジャン君に負けたりしないよ!」
「言ったな! じゃあ、勝負だ! 礼服のデザイン画を作って、どっちがお前に似合うか審査してもらう! お前が審査するんじゃなく、お前が審査員選んで用意しろよ! これで、公平だろ!」
「受けて立つよ!! 僕が勝ったら、プレートは普通の!」
「おう。オレが勝ったら、プレートは好きにデコるからな!」
嫌なことは面倒くさがって無気力な様子なのに、やりたいことには一直線。行動力のある面倒くさがりのジャン君は、そう言って帰っていった。
◇
「はぁ。何を騒いでいたかと思えば、そんなことを話していましたの」
「うん……。どうしよう。仲良くなりたかったのに、喧嘩しちゃったよ」
何となくリリ達の部屋に集まって夕飯を一緒に食べるのが習慣になっている。食べているのは各自で調達したものだからバラバラだけど、料理を交換し合ったりして結構楽しい。
でも、今日は気分が晴れない。ジャン君が帰って行ってから、勝負に向けて張り切ってたんだけど、夕飯のために部屋を出たら、ドアノブに小さな巾着袋が引っかけてあった。中身はペリドットの原石が5個。”全部加工して余ったのは返せよ。加工賃はプレートに使う分の石代と相殺な”ってメッセージが添えられてた。
ジャン君は、これを渡しに来てくれたんだ。それなのに、売り言葉に買い言葉で喧嘩になっちゃった。なぜだか、ジャン君相手だと負けたくないって思っちゃうんだよね。
「玄関でチラッと見かけた気怠げな美少年……。きっとあの子がジャン君。ライバル関係の美少年2人……、悪くない」
「え?」
しょんぼりしてる僕を放置して、マイペースにララがつぶやく。
ライバル関係……。兄ちゃんとギーラみたいな?
『ふふ。まぁ、気にすることはない。あの2人もしょっちゅう喧嘩していたが、いつの間にか仲直りしていただろう? 勝負の約束もあることだし、これからも交流は続いていくんだから大丈夫だ』
ちょっと安心したから、気になってた特殊孤児について聞いてみる。
「ねぇ、ジャン君は特殊孤児らしいんだけど、僕は特殊孤児って、よく知らなくて。知ってたら教えてくれない?」
「2、3年前にできた制度だな。職業を決められた孤児だよ。子供を捨てるときに、なりたがる人が少ない職業につかせていいって約束で親がお金をもらうんだ。借金のかたに子供を売っているようなもんだぜ」
簡単に説明してくれたテオの言葉に衝撃を受ける。
「僕はそんなに酷いものだと思わないけど。仕事を覚えるためにギルドで下積みもできるし、少ないけど給料ももらえる。職業を選べないのは普通の孤児も一緒だし、ちょっとだけ恵まれてる気もするよ」
「結局、当人とやることになった仕事の相性とか、希望次第。私の知ってる特殊孤児の1人は……、やりたくない仕事に就くことを嘆いていた……。でも、もう1人は、お針子さんの修業が楽しいって、喜んでた」
ララとルルの意見は、テオとちょっと違った。
ちょっと救われた気になった。ジャン君は、工房を継ぐことは嫌じゃない気がする。
あれ、でもなりたがる人が少ない職業に就かなきゃいけないんだよね? 工房の経営者ってなりたい人少ないの?




