第7話 その選択の価値
ある日の神々の住み処。
「おいッ! プロメテウス! これは、どういうことだ! なぜ、馬車に2人も悪徳の使徒が乗っている!」
「……いや、ボクに言われても。同じ年に生まれた白なんだから、いずれ出会うことになるのは決まってた。ボクは何もしてないよ」
アブヤドに向かうため、馬車に乗ったロー。
鉄格子がはめられ、ゴツい南京錠まで掛けられて、まるで罪人を移送するかのような出で立ちの馬車を見て、ヘルメスは腹立たしい思いだった。
見送るマーリンも両親も心配そうな顔をしている。
もっとも、乗せられた当人はあまり気にしておらず、元気に手を振っていたのだが。
問題は、一緒に乗せられている白の子供達。4人のうち、2人が悪徳の使徒であることだった。
名前:リリアーヌ・ジョゼ・シュゼット=カーラ
性別:女
生年月日:魔法歴978年8月28日
守護神:色欲の神
称号:色欲の神の使徒
魂名:サキュバス2号
所有スキル:
(才能系スキル)
耽溺、恋愛体質、カリスマ、鈍器術の才能、体術の心得、攻撃魔法の才能、強化魔法の才能、消費魔力半減、並列思考、美貌≪上≫、音痴
(技能系スキル)
鈍器術≪下≫、舞踊≪中≫、礼儀作法≪中≫
属性相性:火(B)、土(S)、水(C)、風(C)、光(C)、闇(C)
恋愛体質
人に好意を抱きやすい。特に異性に対して顕著。
音痴
歌が下手。楽器の演奏も下手。
名前:モルガン=シュジャー
性別:男
生年月日:魔法歴978年3月3日
守護神:怯懦の神
称号:怯懦の神の使徒
魂名:ビビリ
所有スキル:
(才能系スキル)
恐怖心、見切り、鉄壁、槍術の天才、体術の才能、回復魔法の心得、強化魔法の心得、騎竜術
(技能系スキル)
体術≪下≫
属性相性:火(D)、土(D)、水(E)、風(E)、光(E)、闇(S)
「しかも、よりにもよって色欲の神の使徒だと!? 難敵ではないか!」
色欲の神の使徒による被害は、他の敵対する神の使徒達による被害と比べても明らかに多い。
特に、男神の守護神に男の使徒という組み合わせの場合、堕落したと判断するラインが女神とずれていることも多く、女神達から守護神が非難されるというおまけがつくこともある。
戦争の神が、色欲の使徒を含む30人の女性を囲った使徒を庇って、「30人ならまだセーフ! 1人に月1回ずつ逢えば良いじゃないか!」と言ったとき、ヘルメスは「2月はどうする? 28日しかないぞ」と突っ込みをいれてしまった。
28人まではセーフと言ったわけではないのだが、自身にも女神達から冷ややかな視線が注がれた。
ヘルメスは、ローが何をしようと使徒をクビにする気はない。しかし、堕落するにしても女神達に嫌われない方が望ましい。
「そうだね~。でも、良かったんじゃない? 子供のうちに会って。年頃の色欲の使徒はヤバいからね。ポジティブに考えようよ」
「今、子供でも、いずれ大人に……。む。ならないのか? 白なら成人した頃に死ぬ可能性も……」
「いやぁ、彼女は生き残るでしょ。ロー君も頑張ろうとしてるし、精霊術師にも竜騎士にもなれなかったとしても、美貌《上》で奴隷の買い手がつかないと思う?」
馬車の中では、プリシラからの手紙をきっかけに会話が生まれ、子供達は仲良くなったようだ。
マーリンから離れたことで、プロメテウスのモニターには映らなくなり、ヘルメスの持ってきたモニターにロー視点の映像を映している。視界に入る人間は極力美男美女にしたいヘルメスにとっても、彼女は文句無しに合格だ。
神の目から見ても十分に美しい少女。生き残らない方がおかしい。
「それにしても、音痴って嫌がらせかな。音楽で精霊術を発動できないじゃん。舞踊はできるんだから、リズム感はありそうなのに。モルガン君もビビリなんて悪口みたいな魂名つけられてるし」
「そんなことより、ローだ。大丈夫なんだろうな?」
「保証はできないけど、好きな子もいるし、そんな簡単に彼女とくっつかないでしょ」
なおも心配そうにローを見つめるヘルメス。
その様子に、プロメテウスは「アブヤドで少なくともあと2人、悪徳の使徒に会うよ」という言葉を飲み込んだ。
◇
別の日の神々の住み処。
特に事件も起きなさそうな日を選んで、ヘルメスとプロメテウスは、連れ立って戦争の神を訪ねた。
コンコンッ
「アレス、いるー? プロメテウスとヘルメスだけど。ちょっと聞きたいことがあって」
「鍵は開いている。入れ」
扉を開けて家に入ると、アレスは筋トレ中のようでダンベルを持ち上げていた。
「珍しい組み合わせだな。特にプロテインは、我とほとんど話そうとしないのに、どういう風の吹き回しだ?」
「いや、プロメテウスだけど? 前も訂正したよね!?」
アレスは長い名前は覚えてくれない。適当な名で呼んでくる。
毎回訂正しても聞いてくれないし、性格が合わなくてストレスがたまる。プロメテウスは、用がなければ近づかないようにしていた。
「私の使徒の近くにサキュバス2号がいるんだ。お前の使徒が過去に1人、彼女に堕落させられているだろう? そのときの様子を知っておきたい」
珍しく口数が減っているプロメテウスに代わり、ヘルメスが問いかける。
アレスを訪ねたのは、サキュバス2号についての情報収集もあるが、主目的はもう1人いるというスパイを探すこと。自然に他の神に接触できる機会を見つけて、探っていこうという腹積もりだ。
以前、戦いの神と接触したのも同じ理由。そのときは、特に不審な点は見られなかった。
さて、アレスはどうだろうか。
「ふむ。サキュバス2号か。あの娘と出会ったとき、我が使徒には既に心に決めた相手がいた。しかし、2番手でもいい、遊びでもいいと、健気なことを言ってな」
「それで、情に絆されたわけか」
「もともと、あの使徒は、ハーレムを築きたがっていた。だから、これ幸いと手を出したんだが……」
もう、既についていけない。嬉々として二股をかけたなら、アレスの使徒が悪いとプロメテウスは思うのだが。
「そこで耽溺が発動したのかもしれない。夢中になり、彼女に溺れた。愛する人を取り戻したいと思った本命の女も、必死になって気を引こうとする。自分の魅力に自信を持ったあの子は、次々と女性に手を出し始め、サキュバス2号はそんなあの子を受け入れた。本命の女は、7人目の女が現れた頃に去っていった」
なぜか涙ぐみ始めたアレス。醒めた視線を送るプロメテウス。
「それから、あの子は寂しさを埋めるように、ますます女に溺れた。そして……、ハーレムの人数が35人まで増えたとき、色欲の神は勝利宣言をしてきた。女の相手で、鍛練をする時間も、戦いに赴く余裕もなくなったあの子は、既に堕落していると言って」
「……妥当だと思うけど」
「我は戦争の神。戦わない使徒は、確かに我が使徒ではいられない」
話を聞かずに喋り続ける。
「なるほど。色欲の神が勝利宣言をしてくるのは、人数を基準にしているわけではないのかもしれんな」
会話を成立させるつもりが最初からないヘルメスは、無視して推測を述べる。
「我もそう思うぞ! 英雄、色を好む! ちゃんとやるべきことをやれるなら、何人囲っても問題なし!」
やはり、話がずれている。
プロメテウスは頭痛がするのか、こめかみを押さえている。彼は男神にしては珍しく、ハーレム反対派なのだ。異界図書館に収録された『使徒の心得』に、「カンニングとハーレムは一発退場!」と明記しているくらいだ。
「お前達もそう思うだろう?」
「思わないよ。相手のあることなんだから、苦しみを強いる関係はいずれ歪みを生む。その使徒が生きてるうちは問題なくても、次世代に禍根を残すこともある。それに、知恵ある者ならば、理性を見せて欲しいね」
「難しいことを言うんだな、プロシュート」
アレスは目をパチパチさせて首をかしげた。理解できていないようだ。また名前を間違えている。
「私は……、最終的に使徒が幸せになれる選択をしてくれれば、それで良い」
ふと、かつてのお気に入りの使徒、リターンを思い出した。彼は甘言に惑わされ、賭博にはまったことから転落していった。
「――つまり好きなだけ集めれば良いんだな!」
「いいや、お前の使徒を例にとれば、最初は複数人からチヤホヤされて気分が良かったかもしれないが、本命が去っていったときには、大きな喪失感に苛まれた。トータルで見たら損をしている。一時の快楽と大事な人の気持ち、より自分にとって価値の高い方を取るべきだろう」
「分かったぞ。6人までだな!」
アレスは理解できないようだった。
「――もっと前に、本命の女の心は離れ始めていただろうよ。新しい女がもらたすと期待する収益と、本命の女の心離れという損失。それを見極める必要がある」
人の気持ちは物ではないから、目利きでは価値を計れないが、それでも見極めて選択をして欲しい。偽りのないヘルメスの気持ちだった。
◇
さらに別の日の神々の住み処。
1人でローを見守っていたヘルメスは、やおら椅子から立ち上がり、つぶやいた。
「リターン……」
精霊術師ギルドでローが出会った少年。
思いがけない再会だった。
名前:ジャン=ウターリド
性別:男
生年月日:魔法歴976年5月28日
守護神:怠惰の神
称号:怠惰の神の使徒
魂名:リターン
所有スキル:
(才能系スキル)
怠惰、無気力、タラリア【使用不可】、目利き、先読み、計算機、ものづくりの哲学、音楽の才能、美貌≪中≫、意志疎通、幸運
(技能系スキル)
鍛冶術≪中≫、細工術≪中≫、彫金術≪中≫、木工術≪下≫、革細工≪下≫、料理術≪下≫
属性相性:火(A)、土(D)、水(B)、風(A)、光(C)、闇(C)
ものづくりの哲学
芸術性や物語性のある物を作成したときに、特異な効果が付与され、品質も向上する。さらに、ものづくりの才能と同様の効果も持つ。
怠惰の神は、スキルを消したり、新しく魂名をつけたりするのも面倒がったのだろう。
ヘルメスの固有スキルであるタラリアは使えなくなっているにも関わらず、そのまま残されている。魂名も「リターン」のまま。
しかし、勤勉だった彼は無理矢理引っ張ってこられた様子で、覇気がない。
既にヘルメスの知るリターンではなくなってしまっているのだろうか――?
ローの視界の隅に映る彼が気になって仕方ない。かつての面影を懸命に探すが、表情が見えない。うつむきがちで、あまり動かない。
しかし、ローが能力の測定のためにハイポーションを作ると、急にスッと手を伸ばして目利きで見始めた。品質に納得したのだろう。小さくうなずく。
好奇心旺盛だったリターン。以前の彼なら、飛び付いて質問攻めにしているところだ。
怠惰に支配され、変容してしまったのは、間違いない。
それでもローに対して興味が湧いたようだ。
石を選べとケースを突き出す。
品質を見極められるかどうかのテストだ。リターンは、物の価値が分からない人間を決して重用しなかった。ヘルメスが守護神だった頃は、昇進テスト代わりに、よくこんなことをしていた。
そのテストが厳しすぎて、重要な仕事を任せられる人間が少なく、リターンに仕事が集中していたことが、堕落の遠因になってしまったのだが。
それでも、確かにお気に入りだったリターンである証。
さて、目利きのあるローならば簡単に正解できるはずだが――。
何かを予測したらしいローは、リターンのテストを回避。リターンはプイッと部屋を出ていってしまった。
「ロー……。悪徳の使徒から距離を置くのは良いんだが、そいつだけは、他とは違うんだ……」
危険を冒して欲しくはない。でも、救えるものならリターンを救ってやって欲しい。
複雑な気持ちを抱きながら見守っていると、リターンが用意した正解の石よりも上質な石の詰まった袋を買って、スキップし始めた。
「ふふっ。それが、お前の選択か」
珍しく浮かれるロー。視界にチラチラとリターンが映っているのだが、気が付いていないようだ。どうやら、リターンは気になって尾行しているようだ。悔しそうな表情は、先読みで戦利品の石を自慢されることを察したからか。
緑と赤の石が足りないことに気づいて、浮かれる気分がしぼんでしまった様子のロー。周りの精霊術師達が笑いを堪えていることにも気付かず、すました顔をしている。顔には出さなくても、動揺はしている。まだ、リターンがついてきていることにも気付いていない。
リターンの予定を確認するローに、ジョルジュはリターンは腕は良くても仕事が遅いと忠告した。
ヘルメスの知るリターンは、仕事が早かった。怠惰の影響が出てしまっているのだろうか――。
「気にしません。なんだか、友達になれそうな気がするんです」
この言葉はリターンに届いただろうか。
堕落したときのリターンは孤独だった。今世の彼が、満たされた人生を送ることを、ヘルメスは切に願った。




