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第3話 アダーラ地方

 朝、関所が開くと同時にラティーフ地方を出て、アダーラ地方に入った。


 草が生えているところもあるんだけど、緑がだいぶ減ったように思う。

 時たま見かける突進ウサギも、餌が少ないせいか痩せていて毛皮がところどころ禿げている。図鑑でしか見たことのなかったサソリ型の魔物やトカゲ型の魔物なんかも遠くに見える。


「ハゲタカっていうのは聞いたことあったけど……、ハゲウサギは知らなかった……」

 ララもアダーラ地方の風景や魔物が珍しいみたいで、窓から外を覗いては、スケッチをしている。

「あのウサギ、特別な種類じゃなくて、栄養失調で禿げちゃっただけみたいだよ。毛足がもっと短くて、毛皮が茶色い砂ウサギっていう種類もいるらしいけど」

 魔物図鑑やヘーゼルさんや兄ちゃんから教わったおかげで、魔物には結構詳しくなった。知ってることを教えると、ララは興味深そうにうなずく。


「え……。栄養失調だと禿げんの? 俺、禿げたくない」

 昨日の夕飯をしっかり食べたことで、元気を取り戻していたテオが僕とララの会話を聞いて慌てだす。

「テオ、はしゃがない方が良いですわよ。今日のお昼ご飯もないのでしょう? 動くとお腹が減って動けなくなりますわ」

「はしゃいでねぇよ。ただ、食べないと禿げるって聞こえたから」


 テオはアダーラ地方より東のカーラ地方からこの馬車に乗っているそうだ。カッダマ地方の北端にあるアブヤドからは馬車で2日の距離にあるカーラ領都に住んでいたけれど、この馬車はアブヤドから北東へ向かい、カーラ領都、モルガン君の住んでいた村、次いで北北西に進路を変えてラティーフ領都、南東へ方向を変えて僕のいた村を通って、アダーラ地方の町2か所と村3か所を巡ってアブヤドに入る。つまり、テオはわざわざ遠回りをしてアブヤドに行くことになってしまった。

 テオのいた孤児院では旅程の長さに関わらず、定額の金銭と食料しか持たせてもらえず、既にお金も食料も尽きてしまっている。昨日みたいに食事を差し入れてもらえなければ、何も食べる物がない。


 その話を聞いて、今朝早くもう一度採取のために外に出してもらったけど、オレンジを3個採取できただけだった。皆で手分けして探せれば良かったんだけど、逃亡の危険が少ない僕だけしか採取は許可できないそうだ。

 到着までの3週間をこんな感じで乗り切らないといけない。


 ラティーフ領都の孤児院に住んでいたララは少しはマシな状況とはいえ、ギリギリの食料しか持ってはいないけど、幸い、リリとモルガン君、僕の食料は余裕がある。差し入れがないときは、順番に食料を分けることにした。



 馬車は休まずに走り続けている。昼ご飯も走る馬車に乗ったまま済ませた。休ませなくていいのかな?


『この馬車をひいているのは、ナイトメアだな。悪夢を象徴する黒い馬の魔物なんだが、ユニコーンやバイオレントホースなんかと比べると丈夫で長く走れる。――特に、日々悪夢を見ていそうな子供を載せているしな』


 どうやら、ラティーフ伯の騎士さん達が乗っていた馬とは種類が違うらしい。ちなみにユニコーンは、本来は角があるはずなんだけど、角が薬の材料になるせいで、使い魔にされると大抵角を斬り落とされている。見た目は白いバイオレントホースと見分けがつかなくなっちゃうんだって。僕が見た騎士さんの馬の中にも、実はユニコーンがいたんだろうか。



 その後も、馬車は走り続け、すっかり日が暮れた頃に止まった。

 途中1つ村を通り過ぎた。どうやら、白のいない場所には寄らないようだ。早くついてくれるならありがたいけど、荒野のど真ん中でテントを張って休むくらいなら村に泊めてもらったらいいんじゃないだろうか。


「私も村に泊めてもらえたら、ありがたいんですけれど、この白用輸送馬車って嫌われているんですの。見た目は物々しいですし、ひいている馬は禍々しいですから。どこも好き好んで泊めたがりませんわ」


 確かに、プリシラもこの馬車を見てショックだったって手紙に書いてあったからなぁ。


「おーい。この辺はどこにも隠れるところがないから、外に出ていいぞ。ただし、大人達の目の届く範囲にいてくれよ。それから、外では食べ物を出しちゃダメだ。魔物が寄ってくるから」


 ライアンさんがそう馬車の外から声をかけてくれた。外で食事は無理みたいだけど、出られるならありがたい。

 テオはお腹が空くから、モルガン君は外で魔物に襲われたら怖いからという理由で中に残ったけど、他の3人は外に出た。


 草がまばらに生えた平原。見渡す限り、ずっと同じ光景が広がっていると思いきや、細い道のようにレンガが敷き詰められているのを見つけた。

 今日通り過ぎた村から、これから進む先に続いているようだ。

 これは何だろう?


 ツンツン


 レンガの道に気を取られていたら、ララが突っついてきた。指さす方を見ると、ちょうど太陽が地平線の下に沈んでいくところだった。

 世界がまるごとオレンジ色に染め上げられたかのように錯覚する。遠くに見える魔物以外、光を遮るものがほとんどない。


 ラティーフ地方では、結構木が生えていたから、こんな光景を見るのは初めてだ。昼間の光景は物珍しくはあったけど、綺麗だとは思わなかった。変化が少なくて、途中からは飽きてしまったくらいだ。

 でも、今の光景は美しい。


 日が沈み切ってしまうまで、3人で夕陽を眺めていた。


 ◇


 翌朝、馬車の揺れで目を覚ます。アダーラ地方は、水や食料の補給が難しくて早く通り抜けたいから、無理してでもどんどん進むようだ。


 テオとモルガン君も昨日の夕陽を馬車の中から見ていたらしいんだけど、2人の感想は正反対だった。

 テオは素直に綺麗だと思ったらしい。太陽がリンゴかオレンジみたいに見えた、とも言ってたけど。

 モルガン君は、辺り一面が赤く見えて怖かったそうだ。

 そんなモルガン君の悪夢のおかげか、今日もナイトメアは快調に走り、昼前には町に到着した。


 門で町に入るための手続きが終わるのを待っていると、役人さんが僕を呼びに来た。


「マルドゥク=サラーム。君は水属性を扱えることになっているね。町で少し仕事を請け負って欲しいらしいが、できるかね? 精霊術師の報酬表通り、1時間1000ダハブのタイムチャージなら報酬は支払うそうだ。従量制はダメだそうだがね」

「えっと、精霊術師の報酬表って……」

「質問は受け付けない。そんなのはアブヤドで聞きなさい。仕事の話をどうするかを答えなさい」


 教えてくれないらしい。報酬の話がよく分からない仕事なんて受けられないけど、お金が稼げるならありがたい。どうしよう?


『精霊術師の報酬は、成果に関わらず、拘束時間に応じて支払われるタイムチャージ制と、成果に応じた支払いを受ける従量制がある。能力が低い者にとってはタイムチャージ制が有利だが、能力が高いなら従量制が有利だ。普通は交渉で報酬の計算方法を決めるんだがな』

 ヘーゼルさんが解説してくれた。

「あの、仕事の依頼人の方とお話しできますか? 交渉を――」

「よしっ、受けるんだな。宿泊場所に依頼人が訪ねてくるから、待っていなさい」

 言葉を最後まで聞かずに行ってしまう。

 何となく感じてたけど、この馬車を担当している役人さんは、極力僕達と関わりたくないみたいだ。


「どんな仕事かも教えてくれずに、受けるか決めろだなんて、嫌な予感がしますわ。私、ついて行って差し上げます。買い出しの時間が無くならないといいのですけれど」

「俺も見に行きたいな」

「ララ、買い物行きたい。でも、精霊術も見たい」

「僕は何だか怖いから、行きたくないな。買っておく物を教えてくれたら、代わりに買い物してくるよ。父さんと一緒にいけば、足元見られないだろうし」

「えっと、買い物はモルガン君に一任。他の皆で仕事の見学に来るってことで良いのかな?」

「見学じゃありません! 私は、あなたが危なっかしいから、保護者としてついて行って差し上げるのです!!」


 リリだって僕とそんなに違わないと思うんだけどなぁ。

 それに、ちょっと目をキラキラさせてる。ララやテオと同じように精霊術師の仕事を見たいのは間違いないと思う。


 ともかく、ライアンさんに先導されて、宿泊場所まで移動する。

 宿泊場所としてあてがわれたのは、公館の部屋だった。男子用の部屋と女子用の部屋で各1部屋。外から鍵が掛けられるようになっている。


 ヘーゼルさんに言われて、待っている間に先見の明で予測。念のために、これから受ける仕事で何か起きるかを確認する。


 なるほど。別に大きな問題があるわけじゃないけど、この仕事はアルベールの指示のようだ。僕が本当に水の魔力を扱えるのか、使えるとしたらどの程度のレベルなのかを確かめるつもりのようだ。

 しかし、分かったところで行動は変えない。精霊術師大会では、正々堂々戦うつもりだ。事前の戦力調査なら、僕だってできる。アルベールは前回の大会で優勝しているくらいだから、話はすぐに集められるだろう。アルベールにも、僕の情報を集める機会があった方が公平だ。



 部屋で待つこと30分ほどで、ほんの少しだけ豪華な服を着た役人さんが来た。まぁ、小さな宝石の付いたカフスボタンをしている以外は他の人と大差ないけど。


「仕事を受けてくれてありがとう。私はこの町の役場で働く者だ。いやぁ、伯爵様から水の精霊術師が馬車に乗ってくると聞いてはいたけど、本当に来るかどうか半信半疑だったよ。――さて、早速仕事の話をしてもいいかい?」


 仕事の内容は、この町の貯水槽に水を貯めること。水を買いに行かせた人達が途中で魔物に襲われ、水をこぼしてしまったらしく、払えるのは3000ダハブだけだそうだ。

 拘束時間3時間の間に貯められるだけの量でいい、という話だった。

 普通に話を聞いていれば、そんなに警戒しなかっただろうな。


 早速、ララ、リリ、テオと連れ立って、貯水槽の場所まで案内してもらう。途中、町を眺めたけど、やっぱりラティーフ地方の町と比べると緑が少ない。土も乾いているせいで砂埃が舞っている。

 しかし、町自体の活気はあるようだ。物を売る屋台がいくつか並んでいて、買い物をする人の姿も見られる。直射日光による熱中症や日焼けを気にしているのか、頭を覆うようなローブを着てフードを被った人が多いかな。


 まず連れて行かれたのは、町の北西部にある貯水槽。目測で幅16メートル、長さ25メートル、深さ2メートルってところかな。水は入っていない。――今は閉じられているけれど、ここの貯水槽から近隣の村に水を融通するための排水口がある。そこから流れた水は、昨晩見たレンガの道を通って村まで届く仕組みのようだ。

 わざわざ、僕の力を見るために村に水を供給して空にしたんだろうな。


『この貯水槽、なかなかのものだな。いくつかの魔法陣が彫り込まれている。品質保持に、水流操作、排水口と給水口の開閉も魔力を動力源としているようだ。魔法陣は少し改良の余地はあるが、かなりのレベルだ』


 ヘーゼルさんが褒めるほどなら、本当に良いものなんだろうな。魔法陣は金属製のメダルに刻み込まれていて、取り外せるようになっているみたい。アルベールには細工術と彫金術のスキルがあるらしいけど、彼が作ったんだろうか。


「掃除はもうしてあるので、そのまま水を満たしていただければ結構です。始めてください」


 さっきの役人さんは少し離れた位置で見守るようだ。心なしか視線が冷ややかに感じる。

 そして、僕の近くには別の役人さん。こっちは鞭を持っていて、テオは鞭を見て一歩後ずさった。ララも少し怖いのか、リリの後ろに隠れている。

 仕事をサボらないか見張る役目の人だそうだ。


 水を満たす。実力を隠す気はないけど、痛いのは嫌だ。ということで、水は僕が満たす。

 ヘーゼルさんでなくても、30秒もかからず完了する。すかさず鞭が振るわれ、ヘーゼルさんが氷の盾を出してガード。


「完了しました。これ以上水を入れると溢れます。サボっているわけではありません」

「えっ。いや、でも、終了の合図はなかったし……。まだ、開始して1分も経ってない」

「ちょっと、あなた。鞭を振るう前に貯水槽をご覧なさいな。彼の言う通り、仕事は完了してましてよ。あなたの行為は、不当です。私、お父様を通じて正式に抗議いたしますわ!」

 急な展開に驚いていた3人の中で、リリが素早く立ち直り、庇ってくれた。


「ありがとう、リリ。驚くのも無理ないから、次から気を付けてもらえれば、僕は構わないよ。――さぁ、次はどうします? 貯水槽はここだけではないでしょう?」


 あと、町の北東、南西、南東にも貯水槽はあるはずだ。従量制の報酬じゃないのがもったいないけど、全部満たしてあげるよ。

 ヘーゼルさんが暇で、魔法を放ちたいみたいだし。

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