第1話 1人での旅立ち
「マル、本っ当に、俺が付いて行かなくて大丈夫か? 色々持っていきたいものもあるだろ? お前が頼んだら、きっと父さん達も折れてくれる。だから――」
「もう、兄ちゃんたら。僕は大丈夫!」
今日はアブヤドへ出発する日だ。兄ちゃんは僕と一緒にアブヤドに行くつもりだったみたいだけど、父さんと母さんに止められた。
当然だ。ギーラとプリシラが抜けて、去年の冬越えの準備は結構大変だった。兄ちゃんの魔力流感知である程度の感知はできるけど、魔力の弱い魔物は結構見逃す。
それに、手が足りない。戦闘の才能がありそうな人を中心にヘーゼルさんと父さんで鍛えたけど、まだまだだ。
さらに、ヘーゼルさんの希望で作ってみた水田の件もある。水持ちの良い土地で育てやすい作物ってことで、米を兄ちゃんが提案してくれたから、精霊術の練習も兼ねて村の西側に作ってみたんだ。そこに行商人さんから買った種籾から育てた苗を植えた。村の子供達も面白がって手伝ってくれた。
去年は僕の精霊術で成長させ、美味しいお米ができたんだけど、僕が面倒を見られないなら、兄ちゃんが指導するしかない。是非とも村の特産品になるよう頑張って欲しい。
それになにより、息子2人が同時にいなくなったら、父さんと母さんが寂しいだろう。牛頭鬼達の襲撃事件以降の約1年間、今までの分を取り返す勢いで2人は僕をかわいがってくれた。今日という日を、一番悲しみ、寂しがっているのは、きっと父さんと母さんだ。
兄ちゃんが2人の近くにいてくれた方が、僕も安心する。
「マルドゥク、保存食はちゃんと用意した? お財布は? ポーションは?」
「大丈夫!」
アブヤドに持っていける量には制限があるから、持っていくものは厳選した。
保存食とお金、着替えは必須。普通の人は水も必要だけど、これは魔法で賄う。ポーションはお守り代わりに3本だけ。
それから、木刀、彫刻刀、革細工用具一式、針と糸。アブヤドについてから加工する予定の布やなめし革、薬草。これくらいだ。
昨日、母さんも一緒に確認したのに、心配性だなぁ。
服装は、青いローブ。母さんがくれたのをプリシラからもらった染料で染めた、あのローブだ。下に着る服は、間に合わせの白い服が多い。
既に精霊術師になっているなら、まずは礼服を準備しないといけないらしく、そっちの材料を揃えることを優先したんだ。
極光蛾の幼虫から採取した紬糸を織って布にしたら、光の当たり方によって色が七色に変化する不思議な布になった。ペカーっとした光沢ではない、さりげない光沢があって上品だ。これをマントにして、使える属性の色は全色コンプリートしなければならないって難題をクリアすることにした。
きれいな布ができたから、余ったらプリシラにも何か用意しようかな。
僕がプリシラに渡したオレンジフラワーは、花嫁さんのブーケに使われるものらしい。だから、オレンジフラワーを渡すことは、正式なプロポーズとして認知されているそうだ。
僕は知らなかったけど、ブリアン様は当然知ってた。急にいたずらっ子の血に目覚めないで欲しい。ついでに、ヘーゼルさんも知ってた。面白がってないで、渡す前に教えてよ。
さらには、父さん、母さん、ギルさん、イネスさん、クロード、牛島さんも知ってたようだ。牛島さんからは「ちょっと! うっかりプロポーズしちゃいましたって、そりゃないでしょ!! プリちゃんも知ってたかもしれないんだから、訂正してガッカリさせるのはナシよ!」って言われちゃったから、プリシラが知ってたかどうかを確認することもできていない。
そして、あれっきり返事ももらえてない。
『”ずっと一緒にいてくれ”という言葉に返事を求めるなら、それはもうプロポーズだろうに』
……ヘーゼルさんが何か言ったけど、スルーしよう。
「兄ちゃん、アブヤドに来るときは新米持ってきてね~。父さん、母さん、元気でね。また年末に」
年末の精霊術師大会には、父さんと母さんも来ると言っていた。既に、父さん不在時に代理を務める人も決めていて、色々と教え込んでいる。
「マルドゥク君、行ってらっしゃい。帰ってきたときには、美味しいチーズやヨーグルトをご馳走するよ!」
コルさんをはじめとした村の人達も総出で見送ってくれている。
手を振って皆に応え、馬車に乗りこもうとすると、ライアンさんが声をかけてきた。冒険者としてこの馬車の護衛をしてくれてるそうだ。
「ここに来る前に領都を通ったんだが、坊主宛の手紙を預かってる。それから、馬車の中には息子のモルガンもいる。仲良くしてやってくれ」
「ありがとう。えっと配達代は――」
「もう、もらってるよ。一応、このあとの旅程の説明しとくぞ。村を出たら南下してアダーラ地方に入る。途中で5か所の村や町を巡りながら南東に進み、3週間ほどで到着予定だ。町では買い出しにも行けるけど、村では指定の場所で待機していてもらうから、補給はしっかりな。次の町までは3日かかるぞ」
タラリアで一直線に飛んでいければ、だいぶ時間を短縮できそうなんだけど、色々な村や町を巡って白を載せていくんだろうから、仕方がない。
さて、馬車に乗ろう。普通の馬車と違い、窓に鉄格子が嵌っている。それに、今は外されているけど、ドアには南京錠をかけて移動するようになっている。ちょっと乗り込むのに、勇気がいるよね。
身分証を役人さんに確認してもらってから、ドアを開けて中に入る。中には4人の白がいた。僕に視線が集まり、1人を除いて絶望した表情に変わる。
こういう反応をされることは、覚悟してた。去年の秋に、行商人さん達一行の護衛任務で村を訪れたライアンさんは、ポーションを買いに僕を訪ねてきて、同じような表情を浮かべたから。
精霊術師になれる白は100人に1人。1年に生まれる白は50から70人ほど。もう自分は精霊術師になれないと思ってしまう気持ちは分かる。偏ることはあるから、同い年の白から何人も精霊術師が出てもおかしくないんだけどね。
表情の変わらなかった1人は、最初から絶望の表情だった。僕のことをライアンさんから聞いて知ってたんだ。きっと、彼がモルガン君だろう。
「初めまして。僕は、マルドゥク=サラームといいます。よろしく」
挨拶したけど、誰も目を合わせてくれない。返事も帰ってこない。
背後でガチャリと鍵を掛ける音がした。ほどなくして、馬車が揺れ、走り出す。
立っていると危ないから、モルガン君と思われる男の子の横に壁に背を預けて座る。
「こんにちは。君がライアンさんの息子のモルガン君?」
「……うん、モルガン=シュジャーだけど。――ごめん、僕は今、おしゃべりする気になれないよ」
モルガン君は膝を抱えて俯いてしまった。
仕方ない。
鉄格子の嵌まった窓から外を眺める。心配そうな兄ちゃん達と目が合う。ニコッと笑って、手を降って見せた。
村が遠ざかっていく。
見えなくなるまで手を降り続けてから、窓から離れる。
手紙を読もう。領都からってことで差出人は予想がついてる。開けてみたら、やっぱりギーラ、プリシラ、クロードの3人からだ。全部プリシラの字で書かれてるけど。
領都から北東の町付近の森で梟型の魔物が生息しているらしい。手紙のやり取りができるように使い魔にしたい、とギーラは言ってきた。元気そうだな。
クロードは、僕に会えると思ってこの馬車を見に行ったのに、会えなかったことを残念がっていた。
さて、プリシラからは――。
“マルへ
とうとう出発なんだね。クロード君は、会えなくて寂しがってたけど、私はこの馬車にマルが乗って領都に来なくて良かったと思ってる。こんな鉄格子が嵌められてるなんて思わなくて、ショックだったもの。クロード君は馬車は荷物用だと勘違いしてたけど、マルが乗るんだって知ったら怒ったと思う。
領都に来て、よく村のことを思い出すの。辛いこともあったけど、マルもいてフェンもいて、私は恵まれてたのかも。
両親は頑張って働いてて、前よりずっと良い関係だし、私のことを分かってる騎士さんとかは親切よ。でも、なかなか友達はできなくって。
今のところ、領都で1番仲の良い友達はレーヌちゃんなんだ。他の子は、私が話せないって分かると離れていくの。手話覚えてまで仲良くなろうって、そりゃ簡単には思ってくれないよね。
覚悟してたつもりだったけど、厳しいなぁって少しへこんでる。
だけど、私のことを理解して味方になってくれる人を増やしていくって決めたから、頑張るよ。
プリシラ
P.S.
オレンジフラワーを渡すのって正式なプロポーズだったんだね。ごめん、私、知らなくて。
マルは知ってたの? たまにやる、うっかり? 再会したときに、教えてね。それから返事を考える、っていうのはズルいかな?
今は、ちょっと気持ちが弱くなってるけど、村を出て、見るもの全てが新鮮なんだ。
マルも、村を出てアブヤドで生活し始めたら、色々な発見があると思う。
胸を張って会えるように私は頑張るから、マルも頑張って”
そっか。プリシラ、苦労してるんだな。
クロードの誕生日を祝いに領都まで押し掛けていって以来、会えてない。ギーラの誕生日は、僕が出発する準備があるだろうからと、ギーラが遠慮した。気にせず押し掛けたら良かったかな……。
「なーに、いきなり落ち込んでんだよ? よこせっ!」
名前を知らない男の子がいつの間にか近くにいて、僕の手から手紙を奪い取った。ちょっとツリ目で、口調はやんちゃそうだけど、ガリガリに痩せた子だ。あんまり揉み合うとケガさせちゃいそう。
「文字だ……。読めねぇ。なんで絵で描いてないんだよ」
「ちょっと! 返して!!」
取り返そうとしたら、横から女の子が手を伸ばし、スッと男の子の手から手紙を抜き取る。
「文字が読めないのに、手紙を奪って、どうしますの?」
こっちの女の子は、ドレスのようなフリルたっぷりの服を着てる。
透明感のある白い肌。艶のある手入れされた髪を2つに分けて高々と結った先から、縦ロールに巻かれた髪が垂れている。お人形のような印象の子だ。
「ふむふむ。あらあら。――プロポーズしたのに振られてしまったんですのね」
「振られてないよ!?」
彼女は手紙を一読してから、僕に返しつつ、失礼なことをのたまった。
プリシラは僕がプロポーズしたつもりじゃないことを察してくれたんだ。なんで、振られたことになるの!?
「なんだ。好きな女に嫌われたのか。精霊術師になれたって何もかも上手くいくわけないもんな。――俺、テオ。孤児だから、名字はないぜ」
「嫌われてないよ! ――よろしく、テオ」
さっき手紙を奪っていった男の子と握手。
「振られて落ち込む美少年、尊い……。――私、ララ。同じく、孤児。綺麗なものが好き」
「尊い……? 褒めてくれてるのかな? よろしく? ――あの、僕、振られてないよ?」
「ふふふ……、眼福。よろしく……」
ずっと隅っこでうずくまっていた女の子も自己紹介してくれた。髪が長く伸びてて、ボサボサだ。この子も痩せ細ってる。
仲良くなれた……かな?
さらに続いて、さっきのお人形風の子が歩み寄ってきた。
「では、改めて。私はリリアーヌ・ジョゼ・シュゼット=カーラですわ」
名前からして貴族かな?
貴族は、自分の名前のあとに両親の名前を続けてから、名字を名乗る。異性の親の名前は同性の場合の名前に変換し、父親、母親の順で並べる。例外として、クロードみたいに婚外子の場合は母親、父親の順。
「よろしく。リリアーヌ。名前長いから、リリでいい? 僕もマルでいいから」
「ちょっと! 貴族が異性から愛称で呼ばれていたら、特別な関係だと誤解されますわ! 私、カーラ侯爵家の娘ですのよ!」
つい村にいたときの習慣で名前を略したら、睨みつけられてしまった。
「何、お高くとまってんだよ。白はアブヤドに行くときに自動的に貴族籍を外れるだろ?」
「成人したら貴族に戻りますから、相応しい振る舞いを忘れないことは大切ですの。お分かり?」
テオを見下ろし、怒りを滲ませる静かな声で言い放つ。
「それより、貴方ですわ。マルドゥクさん。貴方、私と同じ班にいれて差し上げます。感謝なさい」
「班?」
「マル君、僕達、共同生活をすることなるだろ? 掃除とか、水汲みとか、薪割りとか、そういうのを当番制でやるらしいんだ。当番を一緒にやる仲間が班だよ」
モルガン君が教えてくれた。
「そういうことですの。貴方、水属性でしょう? 私、水汲みなどといった重労働はしたくありませんの。だって私、木槌より重いものは持ったことがありませんもの」
木槌……?




