第30話 アルベール
アルベールという名に、赤地に金の縫い取りがされた服。3人しかいないという複数属性を扱える精霊術師が彼なのだろう。あ、僕を入れると4人か。
「支払いは3年後のはずです。それまでにお金は返しますから」
「いいや、いますぐ差し出せ。この町は魔物の襲来が予測されているのだろう? 死亡して回収できなくなるのでは困る」
どうやら、町を襲った魔物達が既に倒されたことを知らず、借金が回収できなくなる前に取り立てに来たようだ。
どんな約定になっているのか知らないけど、強引で嫌な印象だ。
「魔物は討伐しました。もう安全です」
プリシラを連れて行かれるわけにはいかない。それに、この人は誤解をしている。だから、声をかけた。
「ん? 青と銀の服……、ラティーフ家の騎士見習の制服のようだが、なぜ白が着ている? 周りの者も、なぜ告発しない? 重大な犯罪だぞ」
僕に対してではなく、周囲の人に呼び掛けるように話す。
「アダーラ卿、私はブリアン・ルシウス・フロラン=ラティーフでございます。彼の言っていることは本当です。去る4月30日、この町は魔物の襲撃を受けましたが、撃退して今日は祝勝会を行っております。彼は水属性だけでなく光属性も使えて――」
「ブリアン殿、貴殿の言葉を疑うわけではないが、信じられない。未曽有の大規模襲撃だと触れ回っているのは、貴殿の兄上であるぞ? それに、複数属性を扱える者は魔導士でも多くはない。精霊術師となれば世に3人しかいない。4人目がこのような年端もいかぬ子供だなどと、誰が信じられる?」
ブリアン様が出てきて援護してくれた。でも、アルベールは、疑わないって言いながら、疑いまくってる。
アルベールは控えていた魔導士らしき女性に合図をした。すると、いきなり女性が詠唱を始めた。呪文からして火属性攻撃魔法。
え。問答無用で攻撃してくるの?
と、僕の足元から地面が氷で覆われていく。魔導士の女性が放とうとしていた火魔法は一気に冷やされて小さくなる。
「おや? 水属性は扱えるのか。しかし、光属性は――」
言葉を終えないうちに、掌に光球を生み出す。僕も証明してみせようとしたけど、静かに怒ってるヘーゼルさんの魔法の方が早かった。
「詠唱していないようだが、どんなからくりがある? これは子供のいたずらでは済まされない。今すぐ謝罪し、真実を告白するならば黙っておいてやる」
え、これでも信じないの?
「真実も何も、水属性も光属性も使えます。今、ご覧いただいた通りです」
「魔導士でも無詠唱の奴くらいいるだろ? 精霊術師で無詠唱でも何の不思議もない」
騒ぎを聞きつけてやってきた兄ちゃんが言い添える。
「少年、無詠唱というのは長い訓練を経て身に付けるものだ。最低でも40歳以上でないと無理だ。古の賢者達は年齢に関わらず、無詠唱だったという言い伝えもあるが、それは才能ある者であったからだ。平民には不釣り合い。精霊術師で無詠唱は、この私のみに許された特権だ!」
そんなこと言われても。
『マル、気を付けろ。こいつは、……えっと、嘘つきかもしれない』
嘘つき? 嫌な奴ではあるけど、根拠はあるのかな。
『兄ちゃん、どの辺が嘘つきっぽい?』
『――誰も憑依してないんだ。音楽で本当の精霊術を使うなら精霊術師で間違いないけど、無詠唱って言ってるし。それに、スキルに無詠唱がない。意思疎通みたいなスキルも見当たらないから、疑似無詠唱もありえない』
なるほど。歌わずに精霊術を使う方法を知っているならともかく、そうじゃなければ何かからくりがあるってことだね。
「おっと、取るに足らぬゴミ屑のせいで話が逸れたな。イネス=サーフィ、ブリアン殿が言うのであれば、ひとまず魔物は撃退したと仮定しよう。それで、返済のめどは? 1000万ダハブもの大金を貸しているのだ。担保代わりに娘を受け取っておきたい」
「なっ!? 私達が借りたのは200万ダハブだけのはず……」
イネスさんが驚いている。
「借金の証文をお見せ――」
「しゃべるな、狼少年」
「証文を見せてくれ。本当にオレ達は200万ダハブしか借りてない」
ギルさんが駆けつけてきて、改めて証文を要求。護衛についていた赤い鎧の騎士が証文を差し出す。
「悪いが、村長んとこの坊主、読んでくれ。文字は苦手でな」
しゃがんで僕と兄ちゃんにも読めるようにしてくれる。
これは、悪質な金貸しだ。でも、それにも増してアルベールは性質が悪い。
「アルベール卿。証文によると3年後の弁済期には1000万ダハブを払うことになっていますが、借りたのは、彼らの言う通り200万ダハブのみです。今、返済するのに1000万ダハブを要求するのは、過大な要求ではございませんか?」
僕の言葉は聞こうとしないし、兄ちゃんの言葉は軽く受け取られる。そのことを心配してか、ブリアン様が抗議してくれた。
「先にも言った通り、この債権は回収不能になる可能性が高い。3年後に支払えないのは、私には何の責任もないことだ。彼らがその責任を負うべきだろう」
「おい、アルベールとやら。これを見ろ」
兄ちゃんが空間魔法からまだ解体していない八太郎の死体を取り出す。さらに、王と女王が被っていた、それぞれの冠も取り出して見せる。人間には大きすぎる冠は、討伐の証として十分だろう。
「私はアダーラ伯爵であるぞ! 貴様なんぞに呼び捨てされるいわれはない! この無礼者に軽くお灸をすえてやれ!!」
「アダーラ卿! おやめください。まだ子供です。それよりも、魔物が倒された証をご覧になったでしょう? 信じていただけましたか?」
「――見たが、脅威が去ったと判断するには足りん。しかし、ここはブリアン殿の顔を立てよう。そうだな。今すぐ500万ダハブを支払うか、娘を担保に差し出すかを選ぶがいい」
え。相変わらずのぼったくりで、全然顔を立ててくれてないんだけど。
「すいません、貴族がああいう言い方をするときは、譲歩できる最大限だということなんです……。頑張ってみましたが、私は貴族らしい振る舞いというのが、どうも下手らしくて」
ブリアン様が小声で言ってきた。あんなのが貴族らしい振る舞いなら、そんなの下手で良いと思う。
「母さん、フェン、マルドゥク。今日もらった褒賞を使おう。嫌なら、今すぐ言ってくれ」
「父さん、ありがとう」
「俺は全然構わねぇよ」
「アルベール卿。私はマルゴー=サラームと申します。不良債権は当家で買い取らせていただきますわ。取り立ての手間が省けるのですから、300万ダハブでいかがでしょう?」
僕と兄ちゃんは普通に賛成したけど、母さんは値切りに入った。偉い。僕も見習わなくては。
「サラーム? サラーム子爵家の縁者か? 貴女自体は貴族ではないように見えるが。まぁいい。わざわざ不良債権を買い取る理由が分からぬ。故に売れぬ」
「”まぁいい”ということは、金額はご同意いただけたのですね。ありがとう存じます。サーフィ家とは親しく交流をさせていただいておりますので、これはそのよしみでございますわ」
アルベールの頬が軽く引きつった。
「その程度の理由では納得できん。満期まで待って1000万ダハブを受け取ろうという心積もりか?」
「滅相もございません」
「では、本当の理由を述べよ! 貴女も信用ならん!!」
困った。この人、難癖をつけてプリシラを連れて行こうとしてるように思える。
「私、誓って嘘は申しておりません。アルベール卿、私は、なぜそんなにも、あなた様がプリシラ嬢を引き取りたいのか理解ができません。愚かな私でも分かるように、ご説明いただけませんか?」
「債権を買い取った商人からは、耳が聞こえず、口もきけないが、なかなかに美しい少女と聞いている。母親のプロポーションから将来の成長も期待できると」
「うへぇ。ロリコンか?」
兄ちゃんが思わずつぶやいた言葉に驚愕する。
そうか、ロリコンだったのか。プリシラを守らなきゃ。
プリシラを隠すように立つ。イネスさんがもう隠してるけど。
「まるるくにぃに! ぷりちらねぇね!(マルドゥク兄上! プリシラ姉上! ご無事ですか!)」
クロードが駆け寄ってきた。まずい。クロードは女の子と見間違えそうなかわいさだ。気に入られちゃったら大変だ。
「クロード、来ちゃダメだ!」
「クロード? 確か奴隷が産んだ子ながら貴族の一員としてラティーフ家に迎えられた子だったか。その子の兄だと……?」
そこで、初めて僕をじっと見つめてきた。全身を眺めまわしてから、クロードと僕を見比べて大きくうなずく。
「ははぁ。なるほど。ラティーフ伯爵が自慢していた17人の隠し子の1人ということか。白が身内にいると外聞が良くないからと、領内の家に養子に出されていた、と。貴族の子弟なら、ちょうど許嫁を決めておく年頃。オレンジフラワーでブーケまで用意して、婚約の儀式中だったというわけだな」
えぇっ!? なんか勘違いしてるよ? あと、ラティーフ伯爵は一体何を自慢してるの!?
「それでは、結納金代わりに借金を肩代わり、ということでご納得いただけますか?」
ブリアン様は勘違いに乗っかることにしたらしい。
「ふむ。それは納得した。言っておくが、金額は納得していないぞ。――しかし、青と銀を纏える属性を使えるかのように偽装するのは問題だ。水の賢者を象徴する色使いに憧れたのであろうが、断じて許されることではない!!」
ギロリと睨みつけられた。どうしたら引き下がってくれるんだろうか。
「その者、来年末にはいくつになる?」
「7つでございますわ」
問われた母さんが答えてくれる。その答えにアルベールはニヤリと左の口角を上げた。
「では、そのときに精霊術師大会に出よ。私が直接対決して、公衆の面前でペテンを暴いて見せよう」
僕を見下ろしながら、傲然と言い放った。
精霊術師大会は年末なのか。冬の間は家に帰っても良いって話だったけど、出場するなら帰れないのかな? ヘーゼルさんには出場するように言われていたから、どうせ出ることにはなるんだけど。
「その勝負を受けたら、プリシラは連れて行かれずに済むのでしょうか?」
「貴族の血が入っているとはいえ、平民の分際で私と交渉をしようとは無礼な。しかし、命がけの勝負に応じるのだから、少し譲歩してやろう。ありがたく思え」
譲歩して出された条件は、プリシラを担保にする代わりに、800万ダハブをすぐに支払う。ラティーフ家が保証するなら、足りなくても許容する。精霊術師大会で僕が勝ったら、500万ダハブは返金。借金は全額返済済みとして、証文を破棄する。ただし、直接対決が実現しなかった場合は、僕の負け扱い。僕が負けた場合は、残り200万ダハブも期限までに支払う。
……全っ然、譲歩していない。むしろ、要求が大きくなっている。
「利息の計算とかめちゃくちゃじゃない? 早く支払うんなら、その分値引いてくれなきゃ。500万って言ってたのに800万に上げてるし」
あ、つい声に出しちゃった。
「だよな? それに、直接対決が実現しなかったら、マルの負け扱いって。自分が予選敗退とかして実現しなくっても、負け扱いにするのかよ?」
僕と兄ちゃんの会話を耳にして、ビキビキと青筋を立てるアルベール。
『兄ちゃん、この人、前回優勝者じゃなかったっけ? さすがに予選敗退はないんじゃない?』
『いやぁ、あんまり強くねぇんだよ。他の精霊術師の強さは分からないけど、ギーラやクロード、ブリュノなんかと比べると、1段も2段も落ちる』
2歳児のクロードはともかく、それは比較対象が強すぎるんじゃないかな。
「良かろう。ゾンビアタックなどで貴様が水と光の属性を使えることが確認できた場合と優勝した場合は、貴様の勝ち扱いにしてやる」
ゾンビアタック?
『精霊術師のほとんどは誰かに憑依されているから、一度倒されても憑依している魂が体を動かすことがある。それが通称ゾンビアタックと呼ばれている。しかし、ゾンビアタックが許可されてるなら、私が暴れていいということだ。負ける要素がほぼないな』
『なぁんだ。怖がって損した! ヘーゼルせんせ、マル。悪いけど、お願いね。コテンパンにやっつけちゃって』
『もちろんだ。この無礼な輩に思い知らせてやるとしよう。マルドゥク、直接対決できるように予測は念入りに頼むぞ』
うわぁ。僕もアルベールにはムカついてたけど、ヘーゼルさんに制裁されるんだと思ったら少しだけ可哀想になってきた。ついつい微妙な顔で見てしまう。
「ふっ。今一つ分かっていないようだな。ゾンビアタック中は精霊が体を動かしている、なんてロマンチックな考えを持つなよ? ほとんどの者は、意味をなさない声を上げながら無様に這い回るだけ。あんな姿を晒せば、どんな美少年も台無しだ。1度倒されたらそこで終わりにする者もいるが、貴様はゾンビアタックありでエントリーしろ。貴様の無様な姿が見られるのが楽しみだ」
……趣味悪いなぁ。同情する気持ちが消えてしまった。
「はい。是非とも楽しみにしていてください」
ニッコリと笑顔を浮かべて返事をした。




