第29話 成長と変化
「まるるくにぃに、かいぎ、いくの!(マルドゥク兄上、会議の時間です。行きましょう!)」
牛頭鬼魔王仔との戦いから、3日が過ぎた。
クロードは僕を兄上と呼び続けている。貴族のクロードにそんな風に呼ばせていたら、不敬だと叱られかねない。この町の人は気にしてなさそうだけど。
それどころか、町長さんが僕達のことを様付けで呼ぶ。
普通の子供として接して欲しいとお願いしたんだけど、「未来の王となるかもしれない方に失礼があってはいけない」と受け入れてくれなかった。本当に普通の子供で、将来は立派な商人になりたいと言ったんだけど、「心得ました。そういうことにしておきましよう」と全く分かってくれない。
「クロードさ、じゃなくて、クロード。今、行くよ」
戦いの翌日、“クロード様”と呼んだらギャン泣きされてしまったから、呼び捨てにしてる。せめて君付けにしたいけど、許してくれない。兄は弟を呼び捨てにするもの、だそうだ。
この会議、午前中だけで終わるけど、ちょっと気が重い。
町の被害状況の把握、復旧対策の立案、周囲の村から集めた人員の帰還計画などなど。そうした諸々を決めていく仕事を指しているんだけど、僕がメンバーに入れられてしまっている。
イブルに止めを刺した後、僕は疲れきって眠ってしまった。代わりにヘーゼルさんが体を動かして町に帰ってくれたんだけど……。
“家に帰るまでが遠足なら、凱旋するまでが英雄ごっこ”という理屈により、普通に帰るんじゃなく町に凱旋したヘーゼルさん。戦いの終わりを宣言し、せっかく皆で生き残ったのだから、この戦いで何があったにせよ私刑などはしないようにと呼びかけた。
おかげで、裏切った人達も粛清されたりはしていない。まぁ、アンナさんと婚約してた騎士さんは婚約を解消され、平手打ちを食らった後だったけど、そのくらいは自業自得だ。
そこで終われば良かったんだけど、昔の癖で「倒した魔物は氷の砦に一時保管しておくように」とか、「北の平原で倒した魔物の血には毒があるから、明日処理をするまで近づかないように」とか、「戦後処理の対策本部を設けろ」とか、テキパキと色んな指示を出しちゃったらしい。
それで、僕は対策本部のメンバーに入れられてしまったわけだ。
『そろそろ、機嫌を直してくれ。祝勝会として焼肉パーティーを提案しなかっただけ、偉いと思わないか? 困ったら、私を出して良いし』
何でも闇の賢者の軍勢との大規模戦闘終了後は、食料(倒した魔物)を集めて、焼肉パーティーをするのが恒例だったらしい。もう少しで口が滑って、勝手に日時を決めてしまうところだったそうな。
さすがに僕がこんな重要な会議で意見を言うのは憚られるし、こうなった責任もあるから、よくヘーゼルさんに代わってもらってる。
「おはよう、マル。これ、今日の資料な」
会議室として使っている部屋の前で兄ちゃんから資料を受け取る。
兄ちゃんもメンバーに入れられてたんだけど、警備隊の再編とか、騎士の訓練メニューの強化とか、町の区画整備とか、必要だけど戦闘の後始末ではない案件が余りにも多かったから、会議にかける議題の取捨選択をやってくれている。
その後は、父さんと一緒に周囲の村の代表者と、限られた馬車で効率よく帰還するための計画案を作っているから、会議には参加していないことが多い。
会議室に入って席につく。下座に座りたいんだけど、初日は着席位置でもめて時間をとられたから、あらかじめ指定してもらっている。
……僕の席が上座にあることは、気にしないようにする。これはヘーゼルさんの席なんだから。
「それでは、本日の会議を始めます。まずは、明日開催予定の祝勝会についての最終確認です」
ほどなくして開始の時刻となり、役人さんの司会進行で会議が始まる。
ヘーゼルさんは提案しなかったけど、祝勝会は開かれることになった。気持ちを切り替えて日常に戻るのに必要なんだそうだ。
祝勝会については既に決まった内容の確認だけだ。資料をチェックしながら、役人さんの説明を聞く。
「しちゅもん。まるるくにぃにのやたい、ないよ?(質問。会場の図に、マルドゥク兄上の屋台の場所が書かれていない。どこなの?)」
「今回は遠慮するよ。あんまり目立つわけにもいかないし」
クロードがショックを受けた顔をしている。
売れるとは思うけど、それは僕が戦闘で目立っていたからで、僕の料理を食べたいからじゃないと思うんだ。それに、この町の人が儲けられるようにしないといけない。だから、表立って商売をするのは遠慮した。
ジルさんのところでビフカツサンドとローストビーフサンドを数量限定で売ってもらう約束はしてるけど、それは秘密。
「えっ!? 牛肉の配布先リストにマルドゥク様の名前がありますが……」
む。ブリアン様に指摘されてしまった。
屋台で安く料理を提供してもらうため、商品を用意する人には牛肉を安価で提供することになった。倒しまくって余ってる肉を、腐らないうちに食べる意味もある。
「にぃに?(兄上、何か隠してる?)」
「……ジルさんに販売委託してる。ブリアン様が見つけたハーブを使ったんだけど、前評判なしでの評価を知りたいから秘密にしててね」
嬉しそうにうなずくクロードとすまなさそうな顔のブリアン様。他に異議はなさそうだから、次の議題に進む。司会進行役の人にアイコンタクトを送る。
「続きまして、森の調査結果の報告に移ります。調査に参加したブリアン様、ギーラ様。よろしくお願いします」
これは会議初日に決定した森の調査の結果報告だ。公式には、脅威となる魔物が残っていないかどうかの調査。
しかし、別の意味もある。
冒険者ギルドマスターから、魔物の数が減少してこの町の冒険者が他所に移動する可能性が指摘された。確かに一気に倒しすぎたから、魔物が減ってる可能性はある。もし、なかなか数が増えないなら冒険者は仕事がなくなる。それに、冬越えの準備にも支障が出るかもしれない。だから生息数の調査が必要だ。
また、ブリアン様が珍しいハーブを見つけたので、採取依頼の対象になりそうな植物探しも兼ねている。
魔物の件は、柳の木に憑依していた牛島さんからの情報で、近くにアイアンゴーレムが出るダンジョンがあることが分かった。斧や鎧に使った鉄はそこで調達していたらしい。
そのまま話すわけにいかないので、ギーラとプリシラに探検隊に参加してもらい、発見してもらった。柳の木の枝をプリシラに渡して、牛島さんに道案内してもらったから、簡単にたどり着けた。
ダンジョンがあっても、この町の冒険者でも挑めそうかどうかを確かめないと危険だから、昨日は冒険者パーティを連れて行って挑戦させた。
ギーラの報告によると、最初は森と変わらない弱い魔物だけ。途中から現れたアイアンゴーレムは前衛が倒すのはちょっと大変だけど、もうすぐ中堅ってくらいのレベルの冒険者パーティでも魔導師がいれば対処可能。さらに奥には幻光蛾なんかもいたらしく、そうなると中堅以上でないと厳しいそうだ。
うん、何とか冒険者の流出は食い止められるかな?
新しい植物の方は望みが薄いと思っていた。
素材として使えそうなところが角以外なかった牛頭鬼魔王仔の死骸を兄ちゃんの万物流転で土に還したとき、僕は精霊術を使うついでに毒の血を浴びて枯れかけた植物を再生させてみた。
そうしたら、ブリアン様が変わった植物があるって言い出したんだ。
ローズマリリン
ローズマリーがストレスを受けて突然変異した品種。胡椒のような辛みがあるローズマリー。肉料理と特に相性が良いハーブ。
鑑定の結果はこんな感じ。毒を浴びたのがストレスだったなら、森の中に入っても珍しい植物が見つかる可能性は低い。
でも、張り切っているブリアン様を見たら、止める気にはなれなかった。
町に凱旋した後、ブリアン様の方から僕に話しかけてきたらしい。憑き物が落ちた様子で、「今までの非礼をお詫びします。当主に相応しいようにと自分を大きく見せようとして、空回りしていたことに気づきました」と語ったそうだ。
どうやら、正妻なのに現当主に蔑ろにされている母親を喜ばせたかったらしい。
でも、母さんが僕や兄ちゃんの戦いを見守りながら、「薬屋さんかレストランをやったらいいと思ってたけど、冒険者でも良いかも」なんて呑気につぶやいたのを聞いて、自分に向いた道を選んだ方が母親は喜ぶかもしれないと思ったんだって。
「……調査を行いましたが、珍しい植物は見つからず。目利きのできる職人に確認してもらったので、見落としはないと思われる。地図に大まかな植生を記したので、収穫に行くときに使ってもらえれば嬉しい」
すまなさそうな表情なんだけど、前よりは楽しげに見えるのは気のせいかな。地図は役に立ちそうだ。
それから、僕にオレンジフラワーの花を渡してきた。橙の木の花だけど、なんでだろう?
「花言葉は、純潔、愛らしさ、寛大、子孫繁栄です。プリシラ様へのプレゼントにどうかと思って」
プリシラの誕生日が近いのを知ってたみたいだ。
太陽の恵みを感じさせる橙色の果実に反して純白の花。派手な花ではなく小さくて愛らしい。
イブルを倒したときに差していたオレンジの夕陽と、プリシラのいた外壁上に満ちた白い光を思い出した。
うん。プリシラにぴったりだ。香りも爽やかで良い。
この花は誕生日の5月20日までもたないだろうから、明日の祝勝会で渡そう。
「ダンジョンは、闇の賢者が遺した魔物召喚用の魔法陣が安置されている可能性もある。最深部までたどり着いて魔法陣を見つけても、手を出さないように厳命しておくこと。それから、魔物が召喚されて外に出てくる間隔をつかんで管理をした方がいい」
これはヘーゼルさんの発言。
闇の賢者は自分の死後に食料で困らないように、各地の洞窟に魔法陣を設置し、自動的に魔物が召喚されるようにした。こうした洞窟はダンジョン化し、今も稼働している。
魔物を倒しすぎても、こういうダンジョンから魔物が出てくるなら絶滅はしない。でも、変に弄ると困ったことになりかねない。
そして、自動召喚の魔法陣には、外の状況に応じて召喚のインターバルを調整するような応用力はなく、ダンジョンが近い場所は魔物が溢れたり、縄張り争いが起こって上位種が出現しやすい。定期的に魔物を狩らないとスタンピードとかが起きやすいってことだね。
その他の議題も順に片付けて、会議を終えた。
◇
今日は祝勝会の日。
ブリアン様が開会の挨拶をしてる。今までみたいに偉ぶらず、自分の言葉で話してる。
「私は、初陣がこの町の防衛戦であったことに感謝している。生き残ることを諦めた瞬間もあった。でも、生き残れた。町も守られた。私は、何もできなかった。なすべきことも分かっていなかったし、努力と強い意思が欠けていた。それに気付いたら、全てが違って見えた。この町が守られて良かったと心から思う。足を引っ張るだけ引っ張った私だが、許されるなら勝利を共に噛みしめたい」
町の人達は、狐につままれたような顔だけど、悪い印象ではなさそう。
続いて、町長さんからの被害報告。何度も先見の明で見た場面だ。
「この度の戦いにおける死者はゼロ、負傷者は392人。後遺症の残るような重傷者はゼロ。物的被害は――」
僕達が望んだ未来。ここにたどり着けて良かった。
その後は、クロードから感謝の言葉と小切手の入った封筒をもらう。家族単位でもらうことにしたから、受け取ったのは父さんだけど。
それが終わったら、「乾杯」の言葉と共に、皆、思い思いに楽しむ。踊ってる人達もいる。
『プリシラ、今回もすごく頑張ってたね。上手くいったのはプリシラのおかげだよ。いつも、勇気をもらってる。これからも、ずっと一緒にいられると嬉しいな』
ローストビーフサンドを味わっていたプリシラを見つけ、オレンジフラワーのブーケを差し出す。
すんなり受け取ってくれると思ってたんだけど、プリシラは躊躇ってる。
『あのね、ずっと言わなきゃって思ってたんだけど。うちの両親、ちょっと変わったでしょ? それで、褒賞代わりに仕事を紹介してくれるように頼んだの。クロード君、うちの両親を騎士に採用してくれるって。でも、そうしたら領都に行くことになるから――』
言葉の途中で、プリシラのお母さん、イネスさんがプリシラを隠すように抱きしめる。
回りを見回すと騒然としている人々を割って、男が現れた。白い髪に、赤い目。僕と同じ白だ。
服は赤地に金糸の縫い取り。彫りの深い、整った顔立ちの若い男。
「私はアルベール・レオン・クレール=アダーラ。サーフィ家の借金を譲り受けたんだが、不良債権とみて回収に来た。娘を引き渡せ」




