第28話 止水の英雄
ある日の神々の住み処。
「もう一度聞くぞ。お前にとって”太陽”とは誰だ?」
「まるるくにぃに!」
アポロンはアキレウスに何度も問いかけていた。彼の「僕の太陽」という呼び掛けに応え、アポロンは使徒固有魔法の発動条件を満たしたと考えて、矢が当たるように手伝ったのだ。それが自身に宛てたものでないとしたら、反則を取られてしまう。
一方のアキレウスは、何度も繰り返される質問が不思議でならない。
目の前の人物は、「太陽のような」という形容詞がぴったりな明るい金髪と眩い白い肌、炎を思わせるオレンジ色がかった赤い瞳の輝くような美男子ではあるものの、会った記憶がない。太陽を動かすこともできると言っていたが、動かしているところをアキレウスは見ていない。
そんな相手をどうして「僕の太陽」と呼ぶと思うのか。
アキレウスは何度も続く質問に不安になってきた。
町を襲った魔王仔を名乗る変な牛頭鬼が倒れたのを確認した後、急に眠気が襲ってきて、気が付いたら知らない部屋にいた。
周りには男が3人、女が2人。そのうちのアポロンと名乗る男が、さっきと同じ質問を何度も繰り返すのだ。
アキレウスにはすべきことがある。ここで時間を浪費するわけにいかない。
ローがヘーゼルの弟子であることを明かし、戦場に飛び立った後、すぐにブリアンがやってきた。まずは、スパイを送り込んでいたこと、そのスパイの騎士がアンナに酷いことをしたことを詫びてくれた。
その後も何やら自分と話したい様子だったが、マルゴーに聞かれたくないのかなかなか話し出さなかった。そのうちに焦れてきたようで、マルゴーの代わりに動きのある場面が映っている鏡を見つけるのを手伝うと言い出した。
ケガ人続出の状況を見て、治療に向かったマルゴーがいなくなった後、ブリアンが語ったことはアキレウスにとっては納得できない話だった。
自分達ラティーフ家の人間は、ヘーゼルの弟子達に殺されるかもしれないと言うのだ。当然、アキレウスは彼らはそんな人達ではないと反論した。しかし、ブリアンの言っているのは彼らが直接手を下すということではないらしい。
ラティーフ家はヘーゼルの血筋であること、言い換えれば、後継者であることにより、ラティーフ地方の支配を認められている。もし、別の後継者が見つかればその正当性は否定される。今までの統治が素晴らしいものであれば、領民もラティーフ家を支持してくれるかもしれないが、残念ながら自分達はそれほど慕われていない。
そこに正当な後継者が現れればどうなるか。当然、領民は交代を望む。場合によっては革命や暗殺などの手段を取ってくるかもしれない。
それならありうるかも、とアキレウスも思った。英雄の子孫だと自慢しているのに、ラティーフ家の人間は全然英雄っぽくない。自分だって現当主よりもローやマーリン、ギーラ、プリシラの方が好きだ。
ただ、ラティーフ家の人間全員が嫌いなわけでもない。
例えば、ブリアンは嫌味は言うし、だらしない。でも、それが本来の彼ではないように思う。求められるものが本来の彼とは違い過ぎて、押し潰されそうになっているだけだと信じている。
だって、2歳の誕生日に兄弟の中で1人だけプレゼントをくれたから。考えるのが面倒だからと、引き離されて半年間会えずにいた母親に「プレゼントを選んでこい」とお金を持たせてアキレウスのところまで派遣してくれた。おかげで、一緒に買い物に行って、1日楽しい時間が過ごせた。
ブリアンはラティーフ家の人間が生き残れるように、ヘーゼルの弟子達と良好な関係にあることをアピールしろと言ってきた。
珍しく真剣な顔で頼んでくるから何事かと思っていたけれど、拍子抜けしてしまう。ロー達と仲良くしたいと元から思っていた。何の問題もない。
不安があるとしたら、魔物の軍勢という大きな危機を差し置いて、裏切り者への報復という些事に気を取られてしまった不甲斐ない自分を、彼らが軽蔑していないかどうかだった。
でも、そんなことを心配している場合じゃないと思い知らされた。
ローは目の前の大きな危機よりもさらにその先を見ていた。「毒も薄めれば人を害することがないばかりか薬にだってなる。岩も水滴を落とし続ければいずれは砕ける」と彼は言った。
闇の賢者が魔物を召喚して食料問題を解決したことでの弊害もプラスに転じさせ、地の賢者の建国した帝国の脅威も打ち砕いて見せる。きっと、あの言葉はそういう意味だ。だって、ヘーゼルの弟子であると明かしたときに、大きな目的があると言っていた。5歳にして、これほどの力を振るう人物が掲げる目的だ。世界規模のものでもおかしくない。
この英雄にとって、今の自分など取るに足らないだろう。軽蔑するほどの価値もなさそうだ。
でも、惹かれてしまった。彼の近くでその活躍を見届けたい。そのためには努力し、認めてもらわなければ。
差し当っては、今回の自分の働きが期待に沿えるものだったのかを知りたい。
「くろーろ、もとのばしょ、もどりゅ。どーちたら、かえれりゅ?」
「アポローン、そろそろ諦めなよー。太陽はマルドゥクだって何度も言ってるじゃん」
近くで見守っているだけで、ずっと黙っていた人物の1人が加勢してくれた。期待を込めてアポロンを見つめる。
しかし、アポロンは見つめられたことで勢いづいてしまった。
「そうか! マルドゥクとは私のことを言っているんだな?」
マルドゥクはメソポタミア神話の太陽神の名前。光明の神たるアポロンが名乗っても構わない名だったから、アポロンはそう言ったのだが、なぜそんな発想になるのか理解できないアキレウスはキョトンとするだけだ。
「アポロン、そういう質問の仕方は良くないよ。クロード君、この部屋にいる人とこっちのモニターに映っている人の中に君の太陽がいたら、どの人か教えてね?」
モニターという物が何か分からなかったけれど、四角いそれを覗き込んで合点した。さっきまで自分が操作していた鏡と同じようなものなのだろう。こことは違う場所の様子が映し出されている。
5つあるモニターの1つを食い入るように覗き込む。
町へと歩みを進めるロー達。英雄達の凱旋だ。
思いがけない魔法の使い方をしたマーリンや、毒を浴びることを恐れず近接攻撃を仕掛けたギーラも間違いなく英雄だと思うが、やはり、特に目を引くのはローだ。
夕陽を浴びて、髪が燃えるような赤に染まっている。アキレウスには正に太陽のように輝いて見える。
「たいよー」
思わずつぶやいてしまった。この姿を直接見たかった。
そこに突撃していくマチルド。ヘーゼルと似ているから気になるのだろう。足のケガはもうすっかり治ったようだ。
ローはひらりと躱しながら、ジルの後ろに隠れ、マチルドの方へと背中を押す。戦闘は終わったけれど、盾になってもらうつもりのようだ。なんだか、普段よりローが大人びて見える。
それから、騎士に抱えられたアキレウスを見つけ、素早く足を進める。騎士から受け取って抱え、「よく頑張ったな」と小さく声をかけていた。
嬉しい。褒めてくれた。あの場にいないのが残念だ。
「気が済んだでしょう。今回は過失ですし、無理からぬところもありますから、厳重注意だけで済ませます。お説教は受けてもらいますが。さぁ、行きましょう」
がっくりと肩を落とすアポロンを、ずっと黙って様子を見ていたテミスが連れて行く。
急な眠気がアキレウスを襲う。まだ、このモニターを見ていたいのに。
「ごめんね、クロード君。こっちの手違いで呼び出しちゃって。目が覚めたら、いつもの公館にいるから、安心してね~」
さっき加勢してくれた人の声を聞きながら、アキレウスは眠りに落ちた。
「アキレウスは結局、陥落させられなかったな。目論見通りにいかずにお前は不満だろうが、私としては一件落着して一安心だ」
ユトピアに魂が帰っていったのを確認してから、1度もアキレウスに声をかけなかったヘルメスがプロメテウスに声をかけた。
「目論見通りにいったよ? 楔を打ち込むことができたからね」
満足そうなプロメテウスに、ヘルメスが嫌そうな顔を向ける。
「まさか、またローに負担をかける気か?」
「変な言い方しないでよ。ボクは今回、料理を食べたいって言った以外は何も指示を出してないんだから。自ら選び取った未来の結果だよ」
肩をすくめて言い返すプロメテウス。
「……詳しく説明をしろ。楔を打ち込めた、とはどういう意味だ?」
「彼にとっての理想の英雄像が変化したんだ。怒りに我を忘れて火の賢者を瞬殺したときに激流のような感情を見せた英雄から、強い意志を持って冷静に勝機を探し続け、常に未来を見据える止水の英雄へとね。窮地で現れることの多い英雄は、短期的な解決で活躍するから、憤怒のような激しい感情と相性が悪くない。前に進む原動力になるからね。でも、ロー君はちょっと違う。スキルと彼自身の性格から、長期的な視点での解決を模索する。アキレウスが新しい英雄像を抱いたことは、彼が憤怒から解放される契機となりうるはずだ」
穏やかな笑顔で語るプロメテウスを、尚もヘルメスは睨みつける。
「その憤怒からの解放のために、ローが再びアキレウスと行動を共にする必要はあるのか?」
「理屈上はないよ。でも、アキレウスはロー君に憧れを抱いた。会いに行かないわけないよね?」
予想通りの答えに、心底嫌そうな顔をするヘルメス。また、危険な使徒と関り合う羽目になりそうだ。
「正気ですか? プロメテウス、アキレウスの手口を知っているでしょう? みすみす使徒を失う危険を侵すなんて」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だよ」
戦いの神がプロメテウスに苦言を呈す。
彼女は、彼女の固有スキル“軍勢指揮”を習得する使徒が出るかもしれないからと、プロメテウスに呼ばれて来ていた。
「でも、残念。軍勢指揮は定着しなかったみたい」
「こればっかりは運ですから。でも、私の軍勢指揮よりもヘルメスの固有スキル“神意伝達”の方が良いのでは? ヘルメスの使徒なのでしょう?」
「う~ん。そっちも良いけど、より戦闘向きなのは軍勢指揮じゃん? ボクの先見の明との相性も良さそうだし。今後もチャンスあるかな?」
「はぁ。カマをかけるような聞き方をしなくても、教えて差し上げます。軍勢指揮へのスキル進化条件は3つ。意思伝達を戦闘中に使用した回数が100回以上、過去10年間に神に祈りを捧げた回数が1000回以上、この2つの条件を満たした上で格上の敵との戦闘中に意思伝達を使用すると一定確率で進化します」
「へぇー。なるほどね。それだとちょっと厳しいかな。ユトピアは神話が生まれていない世界だから、祈りを捧げてくれないんだよね。前世での分で条件を満たしていられるのは、あと1年と少し。しばらく強敵と戦う予定はないし」
気楽な口調でいうプロメテウスは、軍勢指揮にそれほどこだわってはいないようだ。
そっと胸を撫で下ろすヘルメスだった。




