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第27話 英雄主義

「おーい、魔王仔(プリンス)! お前が従えるべき国民、解散しちまったな! 民がいなくっても国王ってなれんのかな?」

 ギルさんに移った注意を引くように、兄ちゃんが再度煽る。


『おぃぃ! 煽る魔導士ってなんだよ!? お前は攻撃集めちゃ、まずいだろうが!』

『ジルさんの後ろに隠れてるから、問題なし! ジルさんが挑発するの下手だから、手伝ってんだよ。チームプレイってやつ?』

『おい、教育責任者。こいつの教育方針はどうなってる?』

『長所を伸ばしてやることを心がけているぞ。それから、1人だけで戦っていると思わないように言い聞かせている。フェンはできることが多いからな。全体を見て、足りないところを補うように動いているだろ?』

『いや、あんた(ヘーゼル)じゃなくて、マルセルに聞いたつもりだったんだけど……』

『ん? 昔、私やマチルドが代わりに挑発してやったこともあっただろう? 気遣いができて、仲間想いの良い子に育ってるじゃないか』

『いやぁ、教育の成果をそんなに褒められると照れるな』

『褒める場面じゃねぇよ!』


 良かった。ヘーゼルさんとジルさんが仲良くできるか心配だったけど、ヘーゼルさんは愉快そうに笑ってるし、ジルさんも普通に話してる。


 イブルは、言葉以上に兄ちゃんの得意げな笑みが癇に障った様子で、拳を振り下ろす。

 素早くジルさんがカバー。カウンター気味に盾で打ち付ける。

 ただでさえ、火で焼かれ続けてダメージを負っている手を打たれて痛みが堪えたのか、苦悶に表情を歪めている。

 続いて唸り声を上げながら、黒い球を生成する。角から放出された魔力が1つにまとまっていく。数ではなく、威力重視のようだ。

 こういう魔力を溜める時間のかかる術を使おうとしているときは、大きな隙ができる。手の放出口からも魔力を供給できれば時間短縮ができたのかもしれないけど、手は未だ兄ちゃんの炎で包まれたまま。


 僕、ギーラ、父さん、ギルさんの4人でここぞとばかりに斬りかかる。力を一定にすることを心がけて弱点探しだ。腕を振り回して追い払おうとするけど、魔法の制御が必要だから僕達への対応はおざなりだ。

 しかし、弱点はなかなか見つからない。調子に乗ってギーラは左胸に、僕は首筋に剣を振るおうとする。ついでに父さんは右の向う脛、ギルさんは尻尾狙い。

 さすがに攻撃を受けるわけにいかない場所だったのか、それとも単に僕達がうざったくなったのか、せっかく溜めた魔力を4分割。バラバラに僕達に向かって放つ!



 もちろん、こんな展開は予測済み。あからさまな急所狙いはフェイクだ。

 3人同時に後ろに飛び退り、僕は上空に退避。ヘーゼルさんがイブルを閉じ込めるように氷の壁を作る。さらに蓋までして、放った黒い球ごと狭い氷の箱に閉じ込める。


 くぐもったうめき声が聞こえたら、氷の壁を消す。蓋は消さずに頭上に落下させる。


 ボギンッっと重い音がして、イブルの2本の角は根元から折れた。

 左右の壁を時間差で消して、斜めに角に当たるようにし、折れやすい角度で当ててもらった甲斐があった。


「もう斧は持てない。魔法も、もう上手く制御できないだろう。魔王仔(プリンス)、お前は攻撃手段を失った。大人しく降伏し、2度と人を襲わないと誓え」


 正面に立って剣をイブルに向けて降伏を勧告する。ここで引いてくれないなら、奥の手を使うしかない。兄ちゃんには、イブルとの会話の間に、僕とジルさんの陰に隠れてハイブリッドポーションで体力、魔力ともに全快まで回復しておいてもらう。


「ふんっ。戯言を。有効な攻撃手段がないのは、貴様らも同じこと。――いや、むしろ貴様らの方が不利だ。私の体は再生できる。角も時間をかければ復元可能だ。魔力も使っても再生される。しかし、お前達はそうはいかない。気付いていないわけではないだろう? 仲間たちの剣がもう少しで限界を迎えることに」


 そう。イブルの血は呪毒で侵されている。父さんや僕みたいに斬撃飛ばしで戦っていれば別だけど、武器に直接血液が付着すると、腐食が進む。ギーラの剣もギルさんのナイフも刃こぼれを起こし、ボロボロだ。


「所詮は人間よ。闇の魔力で作られた毒と岩のように固い体で、鉄壁の防御を持つ我に勝とうなどと、思い上がりも甚だしい。震えよ、怯えよ、絶望せよ!」

 逆にイブルが勝ち誇る。


「そんな必要はないよ。今まで有効な攻撃手段がなかったとしても、これからも思いつかないとは限らない。これまでの戦闘結果から、上手くいかない方法だって分かってきているわけだし、諦めずに試行錯誤を続ければ、いずれ道は開かれる。毒は薄めれば人を害することがないばかりか、薬にだってなる。堅い岩も水滴を落とし続ければ、いずれは砕ける」


 静かに言葉を返す。自身の行動で未来は変わることを僕は知ってる。

 ただ、今回はタイムリミットだ。他に手は見つかっていない。魔法発動のタイミングと全力で敵に攻撃を仕掛けて不屈の闘志がギリギリ発動しない程度まで弱らせるタイミングを合わせるために、セリフの長さを調整した。あとは、兄ちゃんに奥の手を使ってもらおう。


『父さん、ジルさん、ギルさん、ギーラ。兄ちゃんが詠唱を開始したら、打ち合わせ通りに全員でイブルの体力と魔力を可能な限り削る。そして、詠唱完了と同時に一斉に距離を取るよ! 兄ちゃん、合図になる詠唱の最初と最後の言葉を教えて』

『いや、マル。もう1回シミュレーションをしてみてくれ。――英雄主義(ヒロイズム)が効いてる。さっきの言葉で、英雄認定されたんだ』


『マル! 外壁上にいる私にまで意思伝達が届いてるよ。効果範囲が広がってる。私にできることがあったら言って』


 プリシラの声が届いた。本当に英雄認定されたんだ。

 意思伝達も今は軍勢指揮ってスキルに代わっているらしい。先見の明を発動。こっちは最上位のスキルらしくて、名前はそのまま。だけど、今までよりも長くはっきりと内容を認識できる。それに、同時並行でいくつものパターンを並列で調べられる。


 見つけた。面倒ごとは残るけれど、明日の朝、楽しく皆で笑い合えるこの未来が良い――。


『皆、よろしく』


 決めた瞬間に、意思伝達ができる全員に作戦の伝達が一斉に完了した。先見の明で見たイメージの再生付きで。


 僕の言葉を鼻を鳴らして笑うイブルに兄ちゃんが声をかける。


魔王仔(プリンス)。お前の魔法は大したことないんだな。自分で直撃を食らっても俺の魔法よりダメージ小さかったみたいだし。魔法勝負を挑みたいところだけど、俺は名脇役志望でね。主役は弟に譲るよ」

「ほざけ! 威力の高さだけが魔法の才と思うなよ! 自ら勝負を決めに来れない臆病者めが!」


 会話を聞きながら、ヘーゼルさんが剣を刀に変えてくれる。武器が使い慣れた刀の形状になったとしても、英雄認定は覆らないと知っている。


 兄ちゃんはありったけの強化魔法を()()にかける。そのことを魔力の流れで感じ取ったのか、イブルから嘲りの言葉が投げかけられる。


「ふん。皆、自分がかわいいものだ。お前も自分さえ活躍できれば良いのだろう? 脇役で良いなどと言いながら、自身を強化して――」


 そこで、イブルは言葉を失った。兄ちゃんが献身(ディヴォーション)を使って、自身にかけた強化魔法ごと僕達4人に体力と魔力まで分配したからだろう。

 かつてブリュノさんが使ったこの魔法は、使うと術者は体力、魔力ともにほとんど使い切った状態になってしまう。光属性の結構難しい魔法だ。


 さっきまでは精神防壁(マインドウォール)を維持する必要があったから、こんなことはできなかった。しかし、もう父さん達にも精神防壁(マインドウォール)はいらない。

 僕の軍勢指揮には、持っているスキルの劣化版を意思を伝えられるネットワークでつながった相手に付与できるから。ギーラ、父さん、ジルさん、ギルさんの4人には明鏡止水、兄ちゃんには精霊親和力強化を付与した。

 精霊親和力強化を付与したら、兄ちゃんの属性相性が全属性1段階ずつ上がった。おかげで、まだ上手くできなかった献身(ディヴォーション)も問題なく使えたみたいだ。


「魔法の腕は威力では決まらない。その通りだよ。戦略に適した使い方ができなきゃな。――だから、サポートに徹することにするさ」


 言いながら、くいッとハイブリットポーションを飲む。小さく苦笑している。


『しっかし、クロードは性格悪いよなぁ。なんで、俺は脇役宣言して献身(ディヴォーション)使わないと英雄認定されないんだよ?』

 そう。この行動は兄ちゃんの英雄認定のきっかけになっていた。さっき先見の明で見たイメージから、プリシラが唇の動きを読んで判明した。


「ハハハハハハハ! 馬鹿が! お前が魔力を使い切れば、私が有利になるに決まっておろうが!」


 献身(ディヴォーション)を使ったことで魔力が切れ、イブルの拳を燃やし続けていた炎が消えた。

 つまり、自己再生で回復すれば、イブルは手から魔法を放てる。何なら、地面に落ちた斧を拾って戦うことも可能になる。


「良いんだよ。もっと面白いことをやるから」

「おうよ。例のカッコいいヤツを頼むぜ、相棒!」


 兄ちゃんの言葉に答えたギーラがボロボロになった剣を捨て、拳を突き出す。

 兄ちゃんはその拳に炎を纏わせる。もちろん、ギーラの手を燃やしているわけじゃなく、周りを魔力の火でコーティングしているだけだ。

 いつもは赤い兄ちゃんの火が、蒼くなっていた。

 この状態で戦うことで、ギーラも英雄認定されるはずだ。


 手にまとわりつく炎に散々悩まされ、今も手が赤く爛れているイブルが驚愕に目を見開く。


「んじゃ、いくか。マル」

「いざ、勝負」


 ギーラと一緒にイブルに迫る。

 イブルが魔法を放とうと右手を前に突き出す。


 即座に斬撃飛ばしを放って邪魔することもできたけど、あえて少し魔力を溜めさせてから、放とうとしている魔法にギリギリ刀が触れない距離で振るう。

 凍結斬りの発動タイミングをいつもと変えてある。斬撃飛ばしの後に水の魔力が飛んで行くのを、同時にしてある。今の僕には魔法剣術≪下≫があるらしいから、ヘーゼルさんの助けを借りなくてもこんなアレンジができる。


 水の魔力でイブルの魔法を相殺し、斬撃飛ばしが右手を切り裂く。さらに余った水の魔力がイブルの腕を這うように進み、肘のすぐ下までを凍り付かせる。凍り付いた部分は、クリスタルのような結晶でびっしり覆われた。


 続いて、ギーラが逆サイドから拳を振るう。脚、腕、腹部と殴りつけては、触れた場所に兄ちゃんの炎が燃え移っていく。たまらず、ギーラを左拳で殴り飛ばそうとするけど、既に英雄認定されたんだろう。いつにもましてキレのある動きで、ことごとく避けては振るわれた腕を殴り、炎の燃える面積を増やしていく。


 ギーラに注意が移れば、僕が右半身のどこかを切り裂き、凍り付かせる。僕に注目すれば、ギーラが左半身を燃える拳で攻撃する。

 そんなことを何度か繰り返し、ギーラの攻撃の源が兄ちゃんの魔力にあることに気付くイブル。


 僕達を無視して兄ちゃんに向かって突進する。右の拳は凍り付いて思うように動かず、左の拳も肘の上で燃える炎で焼け落ちそうになっていて力が入らないのだろう。右肩のあたりを前に出しての突進だった。

 兄ちゃんは大きく後ろに下がり、ジルさんが盾を構えて受け止める。

 大きく押されるのを踏ん張ってジルさんが耐えているところで、父さんが斬撃飛ばしを放つ。イブルがグイッとジルさんを押し、斬撃飛ばしの当たる場所は右腕から肘下に生えた氷の結晶にズレた。


 狙い通りだ。


 尖った氷の結晶が宙を舞い、イブルの後ろでギルさんがジャンプしてキャッチ。そのまま落下の勢いも利用して、ナイフ代わりにイブルの背中に突き刺す。ギルさんは、反撃や返り血を避けるために、即座にその場を離れる。


 イブルの絶叫が響く。

 不屈の闘志が発動した頃だ。能力が上がって、今までの攻撃は通じなくなったはず。



 ――届いて。お願い。僕の太陽――


 クロード君はそう言ったはず。外壁上からプリシラが矢を放つ。太陽がある方向でもないのに、その場所が激しい光を放っていた。


 プリシラの矢は大きく弧を描き、イブルの頭上を通り過ぎてから急に垂直落下する。イブルの左足のアキレス腱を目指して。


 聖剣≪銀の匙≫

 魔導銀(ミスリル)製のスプーンが聖剣化のスキルにより聖なる武器と化したもの。形状は自由だが、現在は矢の形状になっている。

 材料:魔導銀(ミスリル)スプーン

 付加能力:防御貫通、攻撃力大向上、強運

 潜在能力:武芸百般(要対応武器スキル≪上≫以上)


 僕が渡したスプーンをクロード君がスキルで聖剣に変えた武器。

 矢が突き刺さったイブルが、さらに大音量で絶叫しているが、ここからでもこいつは回復する。ダメ押しのために背後に回り込んで矢を抜くと、僕に合わせて矢から剣へと形状が変化する。

 そのまま流れるように下から斬り上げ、イブルの体を左右に両断した。

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