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第25話 魔王仔

 ギーラを襲ったのと同じ黒い球。

 掠っただけでもダメージが大きいことは分かっている。並列思考の1つで攻撃を予測し、防御はヘーゼルさんに任せる。


 黒い球は僕を主に狙っていたものの、いくつかは逃げようとする魔物達にも当たりそうな軌道だった。それらも含めて全て、泡で包み込む。これで何かに当たっても呪毒をまき散らすことはない。ふわっと当たって、地面に落下するだけだ。

 魔物達は顔を恐怖に歪ませて、左右に分かれて逃げ出した。


 魔物達が避けて通ったその場所から、1体の牛頭鬼(ミノタウロス)が姿を現す。普通の牛頭鬼(ミノタウロス)でないのは一目でわかる。


 4メートル以上ありそうな漆黒の体躯。艶のある象牙色の見事な2本の角。これだけでも立派だが、装備も整っている。

 鎧は鉄に要所で黒い革を張りつけてあるみたいで、縁は銀色。紫色のマントが鎧の肩から垂れている。腰に装備した2本の斧も、ほとんど真っ黒で刃のところだけが白銀色の輝きを放っている。こっちは革張りではない。クロード君にあげたスプーンと同じ原理で、魔力を大量に流し込んで色が変わったものだ。黒く染まるってことは、こいつは闇属性の魔法が得意なんだろう。

 頭には王冠。(キング)が被っていたものと同じだ。きっと(キング)の遺体から奪い取ったのだろう。


「お前達、何を逃げている。人間がいる。殺せ。戦え。人間共の首を我に捧げよ」


 魔物達が撤退しているのが不満らしい。戦えと命じているけれど、従う魔物はいない。牛島さんのカリスマは遺伝しなかったみたいだ。人間と同じ言葉を話しているのは、牛島さんがしゃべっていたのを覚えたのか。


女王(クイーン)の死により、戦いは終わった。敗北を認め、立ち去るがいい」

「王も女王も死んだなら、1人息子の我が後継者。我に従え。戦い続けろ」

 声をかけたけれど、視線は僕の方というか、町の方を向いて話す。内容も魔物達への呼び掛けだ。

 魔物達は答えない。ただただ逃げ去るだけだ。


「はぁ、愚かなことよ。我の偉大さが分からぬとは。……仕方ない。後で見せしめに何体か虐殺すれば、理解するだろう。――とりあえず、そこの人間。死ね。それから、先程、殺し損ねた人間を連れてこい。そいつも殺そう。何人殺せば、全員が従うかな?」


 やっと僕に向かって言葉を発したけど、内容の割にひどく淡々としている。「ちょっと塩取って」くらいの気軽さで「死ね」と言われている感じだ。


「僕もギーラも死ぬ気はない。もう、戦いは終わったんだよ。だから魔物達は退却し――、てるんだ」

 途中で斧を横なぎに振るってきたので、避けながらの言葉になった。

 牛島さんの言っていた通り、言葉は通じてるのに、話が通じない。こちらの言葉なんて理解する気がないのか。


「我が死ねと言ったのだ。大人しく、速やかに、愉快に死んで見せろ。できぬなら、親切な我が手伝ってやる」

 言いながら10個の黒い球を生成。時間差をつけて僕に放ちつつ、斧での攻撃も織り交ぜる。

「……本当に生後10日なの? 戦い慣れてる」

 攻撃を捌きながら、思わずつぶやいた。黒い球はヘーゼルさんが速やかに無力化したけど、斧で様々な角度から、速度に緩急をつけながらの連撃が襲い来る。

 直で受けると力負けするのは分かってるから、斬撃飛ばしではじいているけど、気を抜くと直撃を食らいそうだ。

 ただの斬撃飛ばしではなく水の魔力も上乗せした凍結斬りだけど、いつものように派手に氷の結晶が生み出されたりしない。斧に込められた魔力で中和されてしまっているみたいだ。

 かろうじて斬撃の周りを舞う氷粒から生成された氷柱が皮膚を小さく傷つける程度。


「む。我に傷をつけるとは、かわいげのない人間だ」


 再び黒い球を生成。今度は20個。少し距離を取って斧での斬撃飛ばしを放ってくる!


 しかし、黒い球のうち17個は即座にヘーゼルさんが無力化。3個は無力化できなかったわけじゃない。魔法の軌道と斬撃の軌道が被ってしまっているから、その必要がないだけだ。自身で放った斬撃飛ばしにぶつかり、割れる。そのまま地面に落ちて、草を腐らせる。

 斧は連続で、袈裟、右切上、左切上、逆袈裟の斜め4方向に振るわれた。飛んでくる斬撃もその4方向だけど、逆袈裟以外の3つは黒い球とぶつかって、威力が弱まっている。逆袈裟の斬撃飛ばしを相殺するように右切上の斬撃を飛ばしつつ、残りは上に飛んで避ける。


 そのまま接近し、左肩の辺りを狙って斬撃飛ばし。


 相手の攻撃で威力が削がれていない一撃。斬撃飛ばしが直撃した後、今度は傷口を広げるように氷が生成され肩に氷の杭が突き刺さったような状態になった。

 腕を斬り落とすことまではできなかったけど、上出来だ。何度か隙をついてこういう攻撃を積み重ねていけば、十分に勝てる。


 そう評価したいけれど、僕はこいつがそんなに生易しい相手ではないことを知っている。

 怒りに任せて雑に振るわれた斧の一撃を後ろに下がってかわす。


「本当にかわいくない人間だ。しかし、うぬぼれるなよ。私はいずれ魔物の王となる魔王仔(プリンス)。貴様が絶望するのはこれからだ」


 そう言って氷の杭を抜く。結構な量の血が流れるが、気にする様子はない。

 どうせすぐに血は止まり、傷は塞がっていくから。彼の自信の源は、この脅威の回復速度。その証拠に最初に氷柱が当たってできた傷はもう既に痕も残っていない。わずかに鎧に傷が残っているだけだ。

 加えて防御力も高い。さっきの攻撃も、斬撃飛ばしだけならさほど深い傷ではなかった。


『やはり、こいつにも誰か憑依している可能性が高いな。戦闘の仕方を知っているのに、体が技術を再現できるほどに鍛えられていないんだろう』


 先見の明で見たイメージからヘーゼルさんが予測していたことだ。白はあんまり外に出ないことが多く、体を動かさないから憑依した当初はほとんど戦えないことが多かったそうだ。そのときに似たことが起きたらしい。さっきみたいに自分の攻撃を自分で相殺してしまうのも、体に技術が染みついていなくて微妙なずれが生じてしまうんだ。


 元人間かもしれないなら会話をしてみるつもりだったけど、まともな話し合いになりそうにない。それに、マイクを切ったら心配されそうだから、英雄(ヒーロー)ごっこは続けながらしゃべらないといけない。牛島さんは人間と歩み寄りたいって気持ちを持っていたから意思伝達も通じたけど、こいつには通じる気がしない。

 それに魔王仔(プリンス)なんて名乗るのだから、人間としてのアイデンティティはないのかもしれない。


「なぜ、人間の町を襲う? この戦いは牛頭鬼女王(ミノタウロスクイーン)の始めたもの。彼女の死後に続ける意味はないはずだ」


 それでも、とりあえず聞いてみた。回復まで時間を稼ぎたいだろうから、すぐには仕掛けてこないと踏んでいるけど、答えは返ってくるんだろうか。


「愚かな質問だ。しかし、特別に答えてやろう。私は強く、人間は弱いからだ。強い者が支配し、弱い者は奪われる。それが自然というものだ」

「弱くても家畜の世話が得意だったり、ものづくりが得意だったりする者もいる。強さだけで人の価値は測れない。それに、支配関係じゃなくて協力関係を築けた方が良いはずだ」

「特技のある者も支配して協力させればいいだけだ。強いのだから、可能だろう? やらない意味がない。――さて、もう血も止まったな」


 言いながら、左の肩をポンポンと叩いて見せる。「ほら、もう治ったぞ。どうだ驚いたか」とでも言いたげな顔をしてるけど、先見の明で知ってるから驚くことはない。

 表情を崩さない僕の様子が面白くないのか、癇癪を起したように地面を踏み鳴らし、100近い数の黒い球を作り出す。

 そのうち30程が飛んでくると同時に魔王仔(プリンス)が距離を詰めて、両手に持った斧を振るう。飛んでくる黒い球の盾代わりにして左右の斧を避けてやる。もともと狙いが甘い魔法は、彼に直撃するようなコースだったし、それ自体は難しいことではなかった。

 黒い球が直撃しても彼は一向に構わないようだ。ダメージを受けてもすぐに回復できる程度だから、許容範囲内なのだろう。


 続けて放たれた残りの黒い球も、球同士で衝突したり、魔王仔(プリンス)を盾にして防いだり。防ぎきれなかったものだけ、泡で包む。

 僕のダメージはない。でも、相手のダメージも回復速度を考慮すればゼロだろう。


 それでいい。彼を倒すなら、即死するほどの威力の攻撃を放つか、回復が間に合わない速度でダメージを蓄積させていくか。


 英雄主義(ヒロイズム)が発動してくれていない現状では、後者を選ぶしかない。

 そして、後者の選択肢を選ぶには手数が必要だ。僕だけでは難しい。ヘーゼルさんに攻撃に加わってもらうのは、もしもの時のためにまだ避けておきたい。

 ただし、こいつが他に厄介なスキルでも持っていたら後者の選択肢を選べないかもしれない。


 兄ちゃんとギーラの加勢を待ちつつ、魔王仔(プリンス)の魔力を削ぎ、疲労を蓄積させる。


「ふふふふふ。はーっはっはっはっ! 逃げ回るので精一杯と見えるな! 魔力が尽きるのが怖くて、泡も出し渋っておる! 所詮は人間! 避け続けても、いずれは体力、集中力、魔力が切れ、死に至るのは時間の問題! 分かっているのだろう? さっきの攻撃での傷は既に癒えた。お前では我に致命傷を与えることはできん! 諦めよ。せめて楽に死なせてやる」


 魔王仔(プリンス)が勘違いして勝ち誇る。

 まぁ、全てが間違っているわけではない。僕だけでは致命傷を与えられないのはその通りだ。でも、体力、集中力、魔力の続くうちに勝負は決まる。今まで見たどんな未来でもそれは変わらなかった。

 僕の体力が尽きたなら、兄ちゃんかヘーゼルさんが奥の手を使う。集中力が切れたなら、一旦ヘーゼルさんと交代してしのぐことができる。

 そして、魔力は補充され続けているから尽きる心配がない。ヘーゼルさんは相手から魔力を吸い取る魔法を使えるから。

 魔力流入(マナドレイン)と呼ばれている魔法だけど、使われていることに気付いたのは闇の賢者と地の賢者だけらしい。見た目には何も起こっていないように見える地味な魔法だから、ヘーゼルさんのファンでもこの魔法が好きって人はあんまりいなさそうだ。僕達の中でも覚えたがったのは兄ちゃんくらいだけど、こういう長期戦では相当有効な魔法だ。

 無尽蔵とまではいかないけど、ハイブリッドポーションもあるから、魔力が先に尽きることは考えなくていい。


「致命傷が与えられないくらいで、諦めたりしないよ。諦めずに攻撃を続ければ、そのうち道は開けるかもしれない」

「水が当たった程度の攻撃しかできぬ者が、偉そうな口を叩くなッ!!」


 吼えて、今度は黒い槍を生成する。球と比べて当たる面積が狭いから避けやすいけど、射出速度が上がる。それに、威力が一点に集中するから、泡で包んでも破られやすい。


 50近い数が、一斉に放たれた。

 なるほど。こういう使い方なら点ではなく面で攻撃しているのと同じだ。それに同じ方向に進むなら、槍同士が衝突しあうこともない。


 槍に追走するように魔王仔(プリンス)も突っ込んできている。下と左右は避けても斧の攻撃を食らいそうだ。上ならタラリアで攻撃範囲外まで飛べるけど、本格的にタラリアで動くのは、ギーラ達と合流してからにしたい。動きに慣れて対応されると厄介だから。


 ヘーゼルさんに頼んで、分厚い水の盾を出してもらい、黒い槍を受け止める。

 槍が当たった瞬間だけ、水に紫色のインクを流したみたいになったけど、すぐに薄められて透明になる。


 思った通りにならなかったことにイラついたのか、水の盾に向かって魔王仔(プリンス)が斧を振り下ろす。

 パシャンと音を立てて、盾はただの水になって地面を濡らす。


 攻撃をした後は、どうしても次の攻撃に移るまでにインターバルが生じる。

 斧を振り下ろしたことを確認した僕は、その手首の当たりを狙って剣を一閃。


 武器を落とさせることができれば、手数を減らせると思ったんだけど、ガキンと固い音がして刃が通らなかった。結局、浅く皮膚を傷つけただけ。


 直接の斬撃は僕の力に威力が依存するから、凍結斬りを主力にした方が良さそうだ。


 僕を見下ろす魔王仔(プリンス)。黒い槍を上から雨のように降り注がせてくる。


 避けられない。避ける必要もない。

 火炎放射が黒い槍を焼き払う。兄ちゃんの火魔法だ。

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