第24話 牛島レーヌ
右手に持った剣からキラキラと細かな氷粒が舞っている。
魔力を毎晩練り上げていたおかげで、体内に留めておける魔力が増えた。剣に込める魔力も増えたから起きる現象。この氷細片は、演出用のものではない。歴とした攻撃手段だ。
姿勢をやや低くして、下から掬い上げるように剣を横凪に振るう。
最も近い1体はそのまま斬撃で、そのすぐ斜め後ろにいた2体は斬撃飛ばしで、そのさらに奥の5体は斬撃に沿って放たれる水の魔力で上下に体を斬り離され絶命する。
凍結斬りが届くよりも後ろにいた魔物達は前に進もうとしていた足を止める。間合いを測り直そうとしているんだろう。
しかし、その場所も攻撃範囲に入っている。
さっき放った凍結斬りにくっついて飛んで行った氷細片が周囲の水蒸気と余った水の魔力を取り込んで、巨大な氷柱へと成長する。
シャラシャラと音を立てて一斉に落ちていく氷柱。
空を見上げて氷柱に気付いた魔物もいたけど、こんなに大勢の魔物がひしめき合っていれば、後ろに下がることはままならない。
氷柱の直撃を避けられたとしても、砕けて尖った氷の破片が飛び散り、皮膚を裂いていく。シャンデリアでも落ちてきたみたいな状態だ。シャンデリアの実物を見たことはないけれど。
「無駄死にすることはない。女王よ、兵を引け。大人しく去るならば追撃はしない」
一撃で50以上の魔物が倒れた。3000集めたといっても、大半はウルフやゴブリンなどの弱い魔物。数がいたところで無意味だ。今までの攻撃で分かってくれたなら、諦めてくれるとありがたい。先見の明では諦めてくれる未来は見えなかったけど、一縷の望みをかけて言ってみた。
「……勝者は自分に都合の悪い事実なんて簡単にもみ消せる。敗者に慈悲をかけてくれることなんて期待しても、馬鹿をみるだけ。ここは日本でもなければ、地球でもない。好き放題やるために強くなる奴と、そいつに都合よく乗っかろうとする奴ばっかり。優しさとか誠実さを期待して、何度裏切られてきたことか。力があるなら、何をしてもいいってのがこの世界のルールでしょ? ――徹底抗戦あるのみよ!!」
ダメだった。
『ねぇ、牛島さん。僕、立場上カッコつけたこと言ってるけど、ホントは村の子供その1だから、魔物の殲滅までする必要ないんだ。あんまり狩りすぎても、素材が無駄になっちゃうし。ところで、日本って、牛島さんの故郷? そこの人達だったら、約束は守るって信用できるの? きっと良い所なんだね』
ダメ元で意思伝達でも話しかけてみた。魔物達は女王の合図に従って、再び襲い掛かってきたから、そっちを攻撃しながらだ。
「こんな村の子供その1がいてたまるかぁーーーーーー!!」
『あ、通じた。たまたま水の賢者のヘーゼルさんに憑依されて、ちょっと水魔法の能力とかすごいことになってるけど、本当に村の子供その1なんだよ?』
『マルドゥク、それは無理がある。自在に空を飛べるただの村の子供はいない』
「口開かずにしゃべれる奴とかも普通じゃないわよ? それに、別の声が聞こえ――」
『牛島さーん。僕のスキルで伝えたいって思えば通じるから、声に出さないで。十兵衛さんがあなたを救って欲しいって言ってたんだ。具体的にどうしたらいいか分からないけど、牛島さんはどうしたい?』
『……それは信じたげるわ。嘘ついても意味ないし、いかにも十兵衛が言いそうだし。でも、無理よ。十兵衛や九音と一緒にただの魔物として気ままに過ごしてたときは、この世界ではマシな時間だったけど、皆いなくなっちゃったもの。こうなっちゃったら、後戻りすることも許されないし』
九音とも友達だったみたいだ。彼女がクーデターを起こして、自分が女王になろうとしてたことは言わない方が良さそうだ。
『え? 九音、私の代わりに女王になろうとしてくれてたの?』
『あれ? 牛島さん、女王様やりたいわけじゃないんだ?』
うっかり伝わってしまった。意思伝達の調整が難しい。でも、ショックを受けてる様子がないから、話を続けてみる。
『……王に無理矢理、王妃にさせられただけよ。その後、進化して実権を奪い取ってやったけど。でも、強くなったら、それまでと違う感情が沸き上がってきた。”力のある私がなんで我慢しなきゃならないの?”って。この世界で散々、強者の横暴を見てきたからなのか、この魔物の体がもつ本能なのかは分からないけど』
会話を続けて、牛島さんが魔物の意識と元人間としての心理の間で揺れ動いていたことが分かった。今の体を捨てて、その辺の木にでも移ろうと考えたこともあったそうだが、元人間としての従ってくれている魔物を放ってはおけないっていう責任感が彼女を女王でい続けさせ、力が全てという魔物の本能が良い暮らしをしている人間への襲撃へとつながったのだろう。
牛島さんがふざけて「和牛」の名字をつけた10人は、そんな彼女を心配していた。人間に近い暮らしができるようにものづくりのスキルを身に付けたり、戦いは任せろと剣の腕を磨いたり、代わりに女王の座につくことで重荷から解放しようと心密かに画策したり。
八太郎は人間の味を覚えてしまい、人間を支配して美味しいものが食べられる豊かな生活をさせてあげようっていう魔物らしいことを考えていたみたいだけど、他の和牛さん達はどこか人間っぽさを感じる性格で牛島さんの心の支えだったみたいだ。
『ごめんなさい。僕達は彼らがそんなことを考えていたなんて、知らなくて……』
『仕方ないわよ。魔物が1万いても理性のある奴は10しかいないんだし、知らなくて当然。それに、あいつらは魔物だから、戦いを挑むなら死ぬかもしれないことは人間よりずっとよく分かってる。そもそも、最初に仕掛けたのはあたしだから、全ての責任はあたしにある。――子供が生まれてからは、後悔したわ。こんなこと始めるんじゃなかった。ダメ元で、交易でも申し入れてみたら、魔物と共生しようとする風変わりな人間が1人くらいいたかもしれなかったのにって』
『交易! いいね! あ、でも、王の斧みたいな不良品はいらないかも』
『あの斧は、一平があたしに酷いことをした王への嫌がらせで作ったものだから。王は気付いてなかったけど』
なるほど。見た目は金だから騙されたんだろうな。
八太郎くらいの強さを得て、やっと言葉によるコミュニケーションができるようになるそうで、一平は話せなかったみたい。だけど、材料にした黄鉄鉱に水をかけて見せ、愉快そうに笑っていたそうだ。
『ねぇ、大将ってことになってるあたしが死んだら、この戦いって終わるの? 今なら、あんたを信じてもいいわ。地獄ででもいいから、あいつらにまた会いたい』
『終わらない。ボスが残ってるから。でも、魔物達は牛島さんのカリスマに従ってるから、ボス以外は元の生息地に帰っていくよ』
『そうだよね~。あんた、あの子に勝てる自信ある? って言っても会ったことないから分かんないか』
牛島さんが「あの子」というのは、ボスのことだ。牛島さんが産んだ男児。生まれた時点で既に他の牛頭鬼の誰よりも強かったらしい。
詳細は兄ちゃんに鑑定で見てもらわないと分からないけど、先見の明で見たイメージでは王並みの防御力の高さを持った魔導士のようだった。斧の扱いも生後間もないとは思えないほどに上手い。
『……勝つよ。襲ってくるなら、勝つしかない』
それでも、勝たないことには町が滅ぶ。戦って勝つ以外の選択肢は用意されていない。
『まぁ、黙ってても襲ってくるか。ごめん。あたしの子だけど、言葉は通じても、話は通じなくて。あたしの妬みとか、不満とか、そういう悪い気持ちが全部伝わっちゃったのかなぁ。あの子のこと、止めてあげて』
「皆、下がりな! あたしが戦えばいいんでしょ? 改めて一騎討といきましょう」
牛島さんは他の魔物達を下がらせ、一騎討らしくしてくれた。こっちの事情を汲んでくれたのもあるけど、従ってくれた魔物達が納得して逃げるように女王らしい最期を演出するためでもある。
僕も雰囲気を崩さないように、キリっとした表情で無言でうなずく。静かに剣を構え――。
『分かった。じゃあ、いくよ! ――あ、牛島さん。死んでもあの辺の森の木に宿るみたいだから、後で迎えに行くね~』
タラリアを使って斜め上方に飛びながら剣を一閃。
直前に言い忘れてたことを伝える。
『はぁっ!? ちょっと、それ先に言いなさいよ!! また、動けない話せない日々を送るのなんて――』
意外と重要なことだったみたいだ。悪いことしたかな。
牛頭鬼女王の首が落ちる。覚悟は決まってただろうけど、痛かっただろうな。こんな選択しかできなくて、ごめん。
『牛島も今回の件に責任がないわけじゃない。良い薬だ。それより、気を引き締めろ。英雄認定はされていないようだし、かなり厳しい戦いになる』
さっきの牛島さんへの止めも普通の威力だったから、英雄主義が発動している様子はない。
騙されて大勢の敵に囲まれたピンチを演出したけどダメだった。”困難な状況に諦めずに戦うこと”が英雄の条件じゃないんだろうか。
『単にピンチだと思われていない可能性もあるな。クロードはお前が太陽さえ動かせると思っているようだし』
……。
しまったぁぁぁぁぁぁ!!
クロード君が期待を込めた目で見てくるから、喜ばせたくてやったけど、逆効果!? 確かに、太陽さえ動かせるんだったら、3000の魔物に囲まれるくらいピンチでも何でもなさそう!
頭を抱えたくなったけど、クロード君は絶対今も僕の様子を見てる。堪えて、鉄仮面を保つ。
『ぷっ、くくく。いや、このスキルも結構面白いな! 鉄仮面発動中なら、表情に出ないから安心してからかいまくれる。――大丈夫だ。もともと、第六感で大体の実力を把握してそうだったからな。演出されたピンチくらいで英雄認定はしないだろう』
『ちょっと、ヘーゼルさん!? 今って僕で遊んでる場合!?』
『ふふ。落ち込んだり、緊張しすぎたりはしていないようだな』
あ、僕の気持ちを前向きにさせるために、わざとふざけてた?
十兵衛さん達と仲良く交流できる未来もあったんじゃないかって、実は思ってた。それに、順当に勝てる未来が思い描けていないボスとの戦闘への不安も、意識しないようにしてたけどあった。
今は、肩の力が抜けてる。ヘーゼルさんがいつも通りだから、いつも通り勝てる気がしてる。知性ある牛頭鬼達と共生することができなかったことは、まだ引っかかってはいるけれど。
だって、僕には先見の明があるから、僕がそういう未来を探せば見つかったかもしれないんだ。
『マルドゥク、魔物は人を襲うし、人は魔物を食料にしている。生物は他の生物から命をもらって生きているんだ。お互いがお互いを食い合う関係で、共生なんてそう簡単じゃない。王と八太郎は人を食おうとしていただろう? あの2体と仲良くできるか?』
『……無理』
王はギーラを美味しそうだなんて言っていたし、八太郎はマチルドさんを見て涎を垂らしていた。思い出すとどうしても嫌悪感が湧いてくる。
『だろう? あいつらの側も無理だろう。美味しい食料だと思ってるんだからな。家畜にはしたいかもしれんが、友になりたいとは考えもしないだろう。手を取り合う未来は、見つからなかったと私は思う。――余裕のあるときなら、過去を振り返るのもいいだろう。でも、今は前に進むしかない。これからすることは、人が人として生きていくための行動。気に病むな』
うん、ありがとう、ヘーゼルさん。少し気持ちが軽くなったよ。
元人間が牛頭鬼女王に憑依していると知ったときから、和解できることを心のどこかで願ってた。でも、それは叶わない。
僕の力だけでどんな未来にも進めるわけじゃない。未来を見ることができたとしても、悲しい出来事を全て回避できるわけじゃない。それに、誰にとっても幸せな未来なんてきっと存在しない。
未来が見えても見えなくても、自分の頭で考えた中で最善と思える選択をするしかないんだ。
僕は僕なりに最善と思った選択肢を選んで行動した。良い選択をしたと胸を張って言えるように、もうひと頑張りだ。
高く剣を掲げて宣言する。
「魔物達よ! 女王は討ち取った。戦いは終わりだ! この場より速やかに立ち去れ!」
町の方で勝鬨が上がっている。
魔物達は我先にと森へ向かって走り出した。あっという間に先頭の集団は森の入り口までたどり着いた。
魔物達の行方を見守っていると、何の前触れもなく森から無数の黒い球が僕を目掛けて飛来する。ついにボスと対面のようだ。




