第23話 英雄の条件とは
「マル、少し休め。ほい、昼ご飯」
「うん……。ありがとう」
兄ちゃんがトレイに乗った昼食を渡してくれた。戦場を飛び回っていたら、いつの間にか昼を過ぎていて、食べ損ねていた。
ギーラは命に別状はないみたいだけど、まだ意識が戻らない。
変色は傷口の化膿を速める呪毒によるものらしい。呪毒っていうのは、魔力のこもった毒のことだ。
兄ちゃんの鑑定によると既に毒は抜けてるみたいだけど、蝕まれた所はそのまま回復を待つしかないらしい。それに、体力が回復しないと眠ったままだろう。今日中に戦線へ復帰することは難しい状態だ。
母さんは、しばらく前から外壁の上から砦に移ってケガ人の手当てをしていたらしい。今は重傷者に回復魔法をかけて回っている。たまに失敗もするけど、そんなときは深呼吸してからかけ直してる。
父さんも、王に捕まってた人をここに連れてきた後は手当てを手伝っていたそうだ。
「マルドゥク、母さんなら大丈夫だ。回復魔法を失敗する頻度が下がってきている。だんだんとトラウマを克服しつつあるようだ。もともと母さんは結構負けず嫌いなんだ。息子達に負けてられないって頑張ってるんだろう」
ここに来たときに母さんの姿を見て、心配していたら、父さんからそう声をかけられた。
確かに、ギーラへの浄化も2回目には成功させていたし、村にいるときよりイキイキして見える。
さっきまでは、砦から見える上空のスクリーンでジルさん達の戦いを観察していた。
すぐにでも駆け付けたかったけど、思っていた以上のケガ人が運び込まれていて、手当てが遅れれば重い障害が残りそうな人も多かった。放っておいて助けに行くこともできず、手持ちのポーションを飲ませたり、足りなくなりそうなポーションの補充をしているうちに、八太郎との戦いは終わった。
ここにいる人達の大半はプリシラが連れてきたらしく、彼女が登場したときは歓声が上がった。
ずっとラプに乗って戦場を駆け回り、重傷者を見つけてはここまで護送して。時には襲われている人を助けるために自分が囮になって逃げまわって、砦がいっぱいになるほどの人数を救助し続けた。その働きを見ていたからこそ、クロード君はプリシラを英雄と認めたんだろう。
大活躍だったけど、相当疲労が溜まっているはずだ。戻ってきたら、しばらくは休んでもらわないと。
残りの敵は、ギーラとプリシラがいなくても何とかなるんだろうか。
「尊い犠牲! うぎゃーーーー!! 痛い痛い痛い!! うわーん、だからやりたくなかったんだよぅ」
「あの、何を……? ってギーラの傷痕が薄くなってる!」
「ほー。闇魔法、呪術系かな?」
『うむ。なかなか高度なアレンジがされてるな。人を呪う術を反転するように組み直し、対象から自分に向かって外傷を移動させたのだろう』
考えごとは、叫び声で中断された。さっき王に捕まってた人が呪文を唱え、ギーラのケガを自分の体に移したようだ。代わりに彼の手足が暗い紫色に変色していっている。
魔法陣らしいものも書いてあるから、呪文だけでは発動できない魔法なのかも。
「なんだよぅ。できることをしろって、君が言ったんじゃん。デキル奴を呪い続けて20年以上の俺には、こういうのしかできないし。でもこれ、自分が辛いだけだし。でも、負けちゃったら死んでもっと痛いかもしんないし。迷った挙句にやって、後悔してんだよぅ!」
涙をダバダバ流しながら、騒いでいる。でも、この人なりに貢献しようとしてくれたんだ。
これで回復が早まれば、ギーラも戦線復帰できるかな?
「伝令! 北方の戦線に変化あり! マルドゥク様かフェンサー様、来ていただけますか?」
ちょうど砦に飛び込んできた騎士さんが大きな声で伝えに来た。戦いに戻るべき時が来たみたいだ。
「ありがとう。――兄ちゃん、僕、行ってくるね」
ギーラのケガを自分に移したせいで七転八倒している彼に感謝を述べ、兄ちゃんに声をかけた。
「おう。ギーラが目を覚ましたら、一緒に駆け付ける」
サムズアップを返す兄ちゃん。砦から見える範囲に敵がいたら魔法で倒す役を引き受けてるから、一緒に来てもらうわけにはいかない。
まずは、騎士さんの案内に従って、北の外壁上に向かう。クロード君がいる場所だ。
太陽は相変わらず隠れているけど、風が東から西に向かって吹いている。雲が流れて顔を出すかもしれない。
「まるるくにぃに! おちゅかれちゃま!(マルドゥク兄上! お疲れ様です! 良かった。来てくれた!)」
いつの間にか、僕はクロード君のお兄ちゃんになっていたらしい。期待を込めた眼差しが眩しい。
「戦況を確認したい。北方の戦線に動きがあったという話だが、まずは全体の状況を報告してくれ」
ボスを倒すまで、英雄ごっこは継続だ。クロード君、後で謝るから偉そうな物言いは許してね。
「クロード、私から説明させてくれ。適宜、補足を頼む。――南方及び東方はもともと敵数が少なかったことに加え、フェンサー様、プリシラ様のご活躍でほぼ敵を殲滅できております。西方は断続的に敵影が確認されていますが、砦からの魔法攻撃で被害は出ていません。問題は北方。3000近くの魔物が集まってきており、女王と思しき者も確認できました。今は仕掛けてきておりませんが、時間の問題かと」
なんと、ブリアン様まで跪いて臣下のような態度で接してくる。どうしよう。あとで怒られたりしないかな。
あれ? そもそも、ブリアン様って南にいたんじゃ?
『動揺するな。ここにいた方が正確に戦況を確認できるし、マイクで指示も出せる。指揮官には最適な場所だから集まったんだろう。冒険者ギルドマスターに町長もいるぞ。分かってると思うが、こいつら相手にも態度を崩すなよ』
後で謝って回る相手が増えてしまった。
「まるるくにぃに、きたのまもの、まほーとどかにゃいの。きっと、いあちゅのせい(マルドゥク兄上、北の魔物の軍勢に遠距離魔法攻撃も試みましたが、届きませんでした。おそらく威圧のスキルにより、飛距離が落ちているものと思われます)」
威圧にはそんな効果もあるのか。威圧に対抗できる人材で、動けるのは僕だけだ。行くしかないだろう。でも、その前に確認しておきたいことがある。
「自軍の状況は? 人的被害はどれだけ出ている?」
「これだけ厳しい戦闘にもかかわらず、奇跡的に死者は未だゼロでございます。ケガ人は300名強。ほとんどは砦で治療中ですが、子供や高齢の負傷者は町の中に移動させ、休ませています。フェンサー様からの指示で、負傷していない子供や高齢者も、戦線から遠ざけ、物資の運搬や炊き出しなどをしてもらっております」
「承知した。それでいい。公館の会議室に置いてある樽の中に、私が作ったハイブリッドポーションとマナポーションが入っている。足りなさそうなら活用してくれ」
町長さんが答えてくれたので、取りに戻っている暇がなくて使えていない在庫の場所を教えておく。
「ハイブリッドポーション? それはどのような物でしょうか?」
そういえば、これはメジャーじゃないんだった。自分達では使うけど、性能が知られていなくて売れないから、在庫も結構ある。
「ハイポーションとマナポーションを合わせたような性能だ。まぁ、試してみれば分かる」
話を終わらせ、北方の魔物の群れを確認する。意外と近い。魔法の射程には入っている。
そして、頭に冠を載せ、赤い毛皮のマントを羽織った女王、牛島妃が魔物達の奥に佇んでいる。
空をチラリと見上げる。予測では、そろそろ頃合いだ。
「では、女王陛下に挨拶をしてくるとしよう」
言葉と同時にヘーゼルさんが千近い数の氷塊を生成し、一斉掃射。魔物の群れに氷塊が降り注ぐ。直撃を受けた魔物は倒れ伏し、直撃を免れた魔物も掠っただけで全身氷漬け。
『ふむ。二人羽織で放てば、精神防壁なしでも飛距離減衰はないな。威力も影響なしだ』
『ちょっと、ヘーゼルさん! 今はそんな実験しないでよ!』
『ダメだったら、精神防壁をかけて、もう1回撃てばいいだけだ。ほら、続きをやるぞ』
うぅ、シナリオを変更したい。予測したなかで1番良い結果が出てるからそのままやるけど。
ヘーゼルさんは左手に出していた杖を消し、右手に剣を生成する。今回はヘーゼルさんっぽさを重視して、刀ではなく剣だ。
外壁の縁に片足をかけ、右手の剣を空にかざして、名乗りを上げる。
「我が名はマルドゥク=サラーム。この戦いにおいて臨時の指揮官を務めている者だ。女王、牛島妃! 汝に一騎討を申し込む! 引き受けるならば、配下に命じて道を開けよ! 拒否するならば、先程の攻撃を2度、3度と撃ち込む!」
名乗るタイミングを、太陽が雲から顔を出す瞬間に合わせた。
姿を現した太陽の光が高く掲げた剣に反射し、キラリと輝く。
クロード君はキラキラ輝くものが好きそうだったから、こんな演出をしてみたけど、気に入ってもらえたかな?
「まるるくにぃに、たいよー、うごかした……(マルドゥク兄上が、太陽を動かした……)」
そんなに、衝撃だった!?
クロードくーん、僕、太陽は動かせないよー。雲が動いただけだよー。
少し待つつもりだったけど、10秒もしないうちに女王の前に整列していた魔物達が左右に分かれて道を作り始めた。決断は早いようだ。
「では、行ってくる」
「まるるくにぃに、がんばー(マルドゥク兄上、頑張ってください! いっきーうち、いっきーうち!)」
「「「陛下、ご武運を!」」」
クロード君のかわいい言葉の後に、ブリアン様や騎士さん、町長さんの言葉が続いた。
陛下!? 僕、なんだと思われてるの!?
『……マルドゥク、たぶん私の後継者として国を興すつもりだと思われてる。これは否定していいぞ。陛下呼びされてると私も居心地が悪い』
「……陛下は止めてくれ。私は――」
「失礼いたしました。しばらくは、派手な行動は控えられるご予定でしたな。それでは、マルドゥク様。行ってらっしゃいませ」
誤解は全然解けていないみたいだ。でも、言い合いをして遅くなるわけにもいかない。行くしかないだろう。
外壁から飛び降り、地面に降りる。奇襲をかける意思はないことを示すために、あえて女王の前にできた道を歩いていく。左右に並ぶ魔物達が気になるけど、キョロキョロせずに真っ直ぐ前を向いて進む。
先見の明でこの先の展開は知っているし。
女王までの道のりを3分の2ほど進んだ辺りで、道を作っていた魔物が僕を取り囲む。
「子供がこんな場所でヒーローごっこしてんじゃないわよ! 十兵衛や九音達の仇はとらせてもらうわ。あたしを舐めるとこういう目に合うのよ。好き放題暴れた自分達の愚かさを呪いな!」
女王は、人間の言葉で話せるみたいだ。
って、英雄ごっこをしてることがバレてる! 演技が下手だった!?
『落ち着け。子供だから煽り文句として言ってるだけだ。それにバレても問題ないだろ?』
鉄火面があって良かった。内心の動揺は表情には出ていないはず。
「そのヒーローごっこで配下を失っているのは誰だ? 自身の未熟を相手を嘲ることで紛らわしているだけだろう。――それで、これは一騎討を受ける度胸がないということか?」
動揺してる僕に代わって、ヘーゼルさんが煽り返している。
「うるさい! そういうのは十兵衛の担当だったの! あんたは殺す! ――殺れ!!」
合図に従い、魔物達が一斉に襲ってくる。予定どおりに。
クロード君にとっては、味方が1人なら一騎討らしい。たぶん、1人で大量の敵を倒す姿も見たかったんじゃないかな。これで問題なくリクエストに応えられる。
それに、プリシラやジルさんが英雄認定された状況を考えれば、クロード君にとって、英雄とは困難な状況にあっても諦めずに立ち上がる者なのかもしれない。
ならば、この状況の方が可能性はある。だから――。
「受けて立つ!」




