第22話 凡人の意地
ギーラの戦いの様子をスクリーンで確認しながら、王に捕まっていた人を護送する。
彼は「イヤだ―。町に帰ったら怒られるー。でも、魔物に従っても食べられるー。俺はどうしたらいいんだ! うわーん」と泣き叫びながら暴れている。変な方向に走り出さないように腕をつかんで引っ張ってる。遅いし、叫び声を聞きつけて次から次へと魔物が襲ってくるから、なかなか砦にたどり着けない。
この人のために待ってもらうわけにいかないから、プリシラには先に行ってもらった。
「いい加減にして! 喚いても敵を呼ぶだけで何の解決にもならないよ! 自分で何かできることをしようとは思わないの!?」
「俺は、ただの町人その1だ! できることなんてない! そういうのは、できる奴に任せとけばいいんだよ! 魔物なんか、お前が一撃で余裕で倒してるじゃんか! 全部やっつけて、弱い俺を守ってくれたらいいじゃん!」
強い人が守ればいい。それは、ある意味ではその通りだろう。人には向き不向きがあるから。
でも、それは善意によるものだ。守ってくれて当然だと甘えて寄りかかり続けられたら、守り続けることが嫌にもなる。そうしたら、すぐにピンチだ。その強い人が1人で対処できない事態が起きても破滅する。こういう人はそれでいいんだろうか。
「ギーラは強いよ。だから、勝てるって信じてる。でも、本当に余裕だと思ってるの? さっき、ギーラの剣が折れたのを見たでしょ? 王は十分に強敵だし、あいつを倒してもまだ――」
おかしい。音が反響している。この人の喚き声をクロード君達に聞かせるのもどうかと思ったから、マイクは切っておいたんだけど。
『私が入れておいた。そのまま続けろ。フェンは英雄認定されなかったようだ。余裕で倒す以外のパターンを試してみるべきだ』
町の人を不安にさせかねない言葉を伝えるのは不安だけど、ヘーゼルさんの言うことにも一理ある。続けてみよう。
「王を倒しても、まだ女王もいれば、他の魔物だっているんだ。休みなく戦い続ければ、スタミナがもたない。疲労で動きは重くなるだろうし、ずっと勝ち続けられる保証なんてないんだよ。――だから、せめて今のあなたにできることをして。黙って自分の足で走ってくれるだけでも、僕の負担は軽くなる」
彼は、そこで初めて僕をまじまじと観察した。
「白の、子供? え? なんで? なんで、白の子供が戦ってんの……?」
そこから!?
「魔物の総数は約1万、今まで倒した数は多く見積もっても4000。ってことは、まだ6000はいる……。それを子供だけで倒す? 無理だ……」
ダメだ。この人は思考がネガティブすぎる。別に僕達だけで倒さなくてもいいんだよ?
「マルドゥク! その人の移送は父さんが引き受ける。ギーラは、剣が折れてしまってるんだ。決め手がない。――ヘーゼル様、助けてやってください」
最後の言葉は本当に小さなささやき声だったから、マイクに拾われることはなかった。
父さんの言葉に不安になってスクリーンを見上げる。
ちょうど、森の近くまでギーラが追い詰められていた。今から全速力で飛んで、間に合うだろうか?
『いや、ギーラの表情は何か企んでいそうだ。信じよう』
珍しくギーラが水魔法を使い、黄鉄鉱で出来た斧を脆化させ、砕く。
そのまま腹に拳を叩き込んで連撃。王は膝をついた。
「ほ、ほら! やっぱり強い奴に任せとけば安心じゃないか! 子供でも才能に恵まれた奴ってのは違うんだな! 凡人が頑張ったって、斧なんか砕けないぞ!」
興奮気味にまた口を開いた。
『ギーラの奴、王の魔力の放出口が腹にあると知って、拳から魔力を流し込んだな』
愉快そうに言うヘーゼルさん。なるほど。
でも、相手を戦闘不能にできても殺す手段はギーラにはない。だから、降伏を呼び掛けることにしたみたいだけど、もし受け入れなかったら――。
そのとき、ギーラに無数の黒い球が撃ち込まれた。
持ち前の反射神経と動体視力で大半を避けたけど、いくつかは手足を掠っていた。傷は浅いけど、傷口が変色している。
『まずいな。毒なら私が水魔法で何とかできるだろうが……。マルドゥク、急いで救助に向かうぞ』
「父さん、この人をよろしく! 僕はギーラを助けに行く!」
「あぁ、行ってくれ。砦で治療の準備をしておく。フェンなら母さんから呪文を教わって浄化も使えるかもしれん。たぶん、効くと思う」
それなら、僕、兄ちゃん、ギーラの3人が一時戦線を離脱することになる。となると――。
「水の賢者の弟子4名のうち、プリシラを除く3名は治療のため、一時戦線を離脱する! その間は決戦開始時と同じ体制で戦闘を継続。敵の侵攻を食い止めよ! 母さ――、マルゴー=サラーム、フェンサー=サラームの両名は砦にて治療の準備をして待機!」
ギーラに向かってタラリアで一直線に飛びながら、マイクで指示を出しておく。指揮権をクロード君から奪い取った以上、冷静さを失って戦線を崩壊させるわけにはいかない。
先見の明では、八太郎による犠牲者の姿も見えた。戦線に復帰するまで、何とか持ちこたえてくれるだろうか。
「ギーラ! 大丈夫? 一旦、砦に避難しよう」
「悪りぃ。森に他の奴がいたのに気付かなかった。――あれ、たぶんボスだ」
ギーラの傷口の変色は、少しずつ範囲を広げているように見える。ヘーゼルさんが水魔法での治療を試みたけど、これは毒素を排出する速度を速めるもの。有効だとしても、この魔法で完治させるのは時間がかかる。
やはり、一旦戻るしかないだろう。気丈に振舞っていたギーラだけど、助けが来て緊張が解けたのか、急に気を失った。
ちょうどそのタイミングで太陽が北西から北に広がる雲に隠れた。まるで、演出みたいだ。今は暗くなんてしたくないのに。
ギーラを抱えて、砦に着いた頃、スクリーンにジルさん、マチルドさん、そして八太郎の姿が映し出された。マチルドさんは足にケガをしている。
……砦はケガ人で、溢れていた。最初に用意していたポーションは、底をつきかけている。兄ちゃんや母さんなど、治療に当たっている人はいるけど、手が足りてない。
ここにいる人達を助けるには、彼らを助けには行けない。何か手はないだろうか。
考えるうちにも、事態は動いていく。
革鎧を着こみ、両手に1本ずつ斧を持った八太郎が、マチルドさんに近付こうとするのをジルさんが間に入って阻もうとしている。
ジルさんは、銀でシンプルな装飾が施された白い金属鎧を装備しているけど、何度も殴り付けられたのか凹んでボコボコになってしまっている。剣も既に折れて、もとの半分ほどの長さしかない。
マチルドさんが何かを懸命にジルさんに伝えてるけど、音を拾うマイクがないから、なんて言ってるのかは分からない。
ジルさんが首を横に振って、短くなった剣を構え、向かって行く。
八太郎が2本の斧を交差させるように構え、ジルさんの剣を受け止めた。――かと思うと、交差させた斧をスッと引き、剣を根元からねじ切った。続く動きでジルさんの脇腹に蹴りを入れ、脇へとどかす。
八太郎は転がり倒れたジルさんには目もくれずに、なぜかマチルドさんに向かって行く。口の端から涎を垂らしながら。
先程の斧の動きとは裏腹に、ゆったりと歩みを進める。獲物を嬲り殺しにする習性のあるクリューエルタイガーを思い出させる動きだ。
マチルドさんは、ケガをした足を引きずりながらも杖を支えにして後ずさり。何か呪文を唱えているようで口が小さく動いている。
庇うように再びジルさんが割って入る。もう剣はないから、左手に装着した篭手と一体型になっている盾を構えている。さっき蹴り飛ばされたときに頭をどこかにぶつけたのか、血を流していて右目の近くまで真っ赤だ。
「敏捷増強! ジル、あなたは生きて。私は、せいぜい足掻くわ。誰か助けを呼べば間に合うかもしれないし」
急にマイクがマチルドさんの声を拾う。プリシラが近くまで行っているのか。
あくまで軽い調子で話すマチルドさんだけど、2人とも八太郎が本気を出せばすぐに命運が尽きると分かっているだろう。運が良くても、生き残れるのは1人だけ。
回復魔法でもかければ、自分が逃げることもできただろうけど、マチルドさんはそうしなかった。ジルさんに生き残って欲しいのだろう。
「イヤだ。お前が逃げて助けを呼んでくれよ」
2人とも、自分達の様子が映像で流されていることには気が付いていないみたいだ。スクリーンは北西の空にある。そこから遠い、東や南の方にいるんだろうか。
「ちょっと! 結婚するとき、可能なことなら何でも叶えてみせるって言ったじゃない。ここをすぐに離れるの! できるでしょ?」
「できない!! ここで逃げたら、俺は! 一生、お前の1番になれないじゃないか!!」
それだけ言って、八太郎を睨みつける。マチルドさんの口が動く。言葉にはしてないけど、「バカ」って形に唇は動いたと思う。
八太郎は冷たい目でジルさんを見た。無謀な戦いを挑もうとする者への嘲りが見て取れる。
左手の斧を振り上げ、勢いよく振り下ろす――。
「うおぉおおおぉおおおお!!」
タイミングを合わせて盾で殴りつける。気合を込めた一撃だけど、それで何とかなるなら、こんなピンチに陥っていない。映像を見守る誰もが、悲劇を覚悟していたことだろう。
「モーーーーーーーーゥ! モォオ……。モォ。モッモ、モウ!(うぎゃーーーーーーーー! 腕が……。うぐ。こんな力を隠していたとは、油断ならん!)」
ジルさんの盾での殴打は、八太郎の斧を持つ左腕に当たり、骨を砕いたようだ。八太郎は左手の斧を持ってられず、取り落とした。
「はぁっ。はぁっ。なんだ? 左腕にケガでもしてたのか?」
やったジルさんの方が驚いている。
ジルさんは至極真っ当な推論を述べているが、八太郎の言葉はそれを否定している。
それに、わずかに盾がかすった斧の柄がひしゃげている。金属製の丈夫そうな柄を歪ませられるだけの威力がさっきの盾の打撃にあったということだ。
英雄主義。
こんな急激な強化を成し遂げるスキルは他にないだろう。
クロード君は兄ちゃんでもなく、ギーラでもなく、ジルさんを真っ先に英雄と認めたんだ。
グモモオォォォォォォ
八太郎が雄たけびを上げ、今度は右手の斧を振りかざす。
ジルさんの盾はおろか、八太郎の斧の間合いよりも遥か外。斬撃飛ばしの斧バージョンか!?
ジルさんも同じことを予想したみたいだ。軌道を見極めるためにしっかりと目を見開き、盾を前に構える。
ヒュンッ
短い風切り音。振り上げられていた八太郎の右腕と持っていた斧が宙を舞う。続いて黒い影が横から八太郎に猛スピードでぶつかっていく……!
ドンッと重い衝撃音。跳ね飛ばされた八太郎の代わりに、その場にはラプに跨ったプリシラがいた。
弓の一撃で八太郎の右腕を射貫き、そのままラプに体当たりさせたようだ。
もちろん、プリシラの普段の弓矢に牛頭鬼の腕をちぎり飛ばすだけの威力はない。
いつの間にかプリシラも英雄認定されていたんだ。
汗で髪が濡れて顔に張り付いている。顔には疲労の色が濃いし、息も上がっている。
ラプだって、そろそろ、足が限界だろう。少し震えが見られる。
両腕を失った八太郎は、表情に憎悪の色を浮かべて立ち上がろうとしている。降参はしないようだ。
プリシラ、何か策はあるの――?
僕の疑問に答えるように、プリシラが左手を上げ、そのまま前方に倒して八太郎を指す。”突撃”の合図をするような動き。
プリシラがやってきた方角から、十数匹の魔物が地響きを立てて押し寄せる。
ジャイアントスパイダー、ジャイアントシルクワーム、ホワイトシープ、リトルコカトリス、ワイルドビー、ブラックボアと種類は様々だ。
八太郎は増援が来たと思ったのか、邪悪な笑みを浮かべてプリシラを見上げる。
彼女は一切動じない。当たり前だ。
この魔物達はプリシラの合図で動いた。既に使い魔にしてあるんだ。
プリシラを避けて、八太郎に殺到する魔物達。強い魔物でなくても、腕を動かせず、まだ立ち上がれてもいなかった八太郎の相手は十分だ。勝負は決した。




