第21話 傑人の余裕
兄ちゃんを九音のもとに送り届けた後、町の西側に小さな氷の砦をヘーゼルさんに作ってもらった。負傷者の一時的な避難場所だ。
町の中に入ってもらってもいいんだけど、戦いの様子を見守る人が多い方が僕達に期待してくれる人が増えて、クロード君の英雄主義が発動したときの効果が上がる。門を頻繁に開閉している余裕もないし、ちょうど良いだろう。
その後は、兄ちゃんの戦いの様子を雲のスクリーンで確認しながら、八太郎と王の居場所を探していた。
探しながら、たまに負傷者や苦戦してる人を見かけたら助けてるんだけど、その度にクロード君は僕の姿を雲のスクリーンに映す。同じことをしているギーラやプリシラも。
もちろん、九音と戦ってる兄ちゃんの姿も映さないわけにいかないから、スクリーンに半分ずつ映るようにして。
クロード君のいる場所においてある方の鏡の裏に書いてある魔法陣に触れて魔力を流すだけで映るようになってるから、両手を使えば2か所の映像を同時に映すことはできる。それにしてもクロード君、使い方をマスターするのが早い。
そんなに頑張らなくてもいいのに。タラリアで飛び回って色々やってる僕は頻繁に映されて、ちょっと恥ずかしい。ラプに乗って走り回るプリシラもよく映る。
空中で魔物に襲われてる人を見つけた。近付くよりも魔法の方が早い。
ヘーゼルさんの氷の槍が牛頭鬼を貫く。
ふと上空を見ると、宙に浮かぶ僕と、倒れる地上の牛頭鬼、兄ちゃんが3分割でスクリーンに映されていた。
え? 空中を映す鏡はないはずだけど……? それに、3つ同時ってことは母さんも協力して映してる?
町の外壁上を見やると、ヘタレさんが鏡を僕に向けていた。最初に僕とクロード君の様子を映すために使った鏡で僕を追っているらしい。
いやいや、ヘタレさん。そんな「俺、いい仕事してるでしょ?」みたいなドヤ顔しないで。
これじゃ一瞬たりとも気の抜けた顔はできない。
『くくくく。そのためのスキルがマルドゥクにはあるじゃないか』
鉄仮面は、交渉の時に考えを読まれないためのスキルであって、英雄の演技をするためじゃないと思う。
クロード君とのやり取りだって、鉄仮面があるから変なところで笑わない、なんて理由で僕がやることになってしまった。ヘーゼルさんの弟子らしく見える魔法なら、兄ちゃんだって使えるのに。
『母さん。今は、兄ちゃんだけでいいよってクロード君に伝えて』
『えー。ダメよ。母さん、マルドゥクの活躍も見たいわ。戦場のどこかにいる父さんもきっと見たいわよ。それに、ギーラ君とプリシラちゃんのご両親だって、我が子の活躍が見たいはずよ』
母さんにお願いするも却下された。
スクリーンを見ると、今度はプリシラが映っていた。ラプに乗りながら弓を放ち、バッファローを仕留めている。
兄ちゃんから教わった流鏑馬を参考にしたスタイルだ。弓の扱いのコツを兄ちゃんから言葉で教わったことで、プリシラの弓の腕はグンと上がった。
どうやら、プリシラは理論的に理解した方が上手く動けるみたいだ。念願の弓術≪下≫のスキルも得て、命中率がかなり上がっている。
それでも仕留め損なったバッファローは風魔法を当てて、使い魔にしていた。
襲われていたのは、コルさんのおじいさんと前にクリューエルタイガーに襲われていた男の子2人。ケガをしていたので、ハイポーションを渡し、ジェスチャーで砦に避難するように伝える。
おじいさんはすぐに理解して移動しようと促してくれたけど、他の2人は腰が抜けてしまったのか動かない。
場所は、そんなに遠くないな。
飛んで行って、2人を使い魔にしたバッファローに乗せるのほ手伝う。
こういう時のためには、他のメンバーの動きが分かるのも悪くないな。
「このまま砦まで連れて行ってあげてください」
おじいさんにそう伝えて見送った後、スクリーンを見ると、今度は王に襲われる人が映っている!
『ギーラ、近くにいる? スクリーンに王が映ってる! 場所が分かったら急行して! プリシラは八太郎探しに専念で』
『了解! あの場所は町から西南西だと思う。東はフェンがいるし、私は南を探す!』
お母さんと一緒に鏡を設置しに行ったプリシラは周囲の景色で場所が分かったらしい。
『おう! マル、襲われてる人の救出だけ頼む』
スクリーンでは、九音が火だるまになったまま兄ちゃんに襲い掛かっているが、もう少しで決着がつきそうだ。
今いる場所は町の北西。少し距離はあるけど、ラプに全速で走ってもらおう。
プリシラと2人乗りで騎竜術を使って走らせる。グングン景色が遠のき、現場に到着。
王は片手に一人ずつ男の人をつかみ、大きな口を開けて右手に持った人に噛り付こうとしていた。
その姿を確認するやいなや、ヘーゼルさんが大きく開けた口めがけて大きな氷塊を放つ。
とりあえず、そのまま食べられちゃうのは阻止したけど、まだ手に人をつかんだままだ。
襲われている人を助けるために僕だけラプから飛び降りる。
「ひぃぃいいいい!! やめてくれー! なんでだよ! お前らに降参するって、従うって言ったのに! そいつだって捧げた! 俺は助かるはずだろ!?」
左手につかまれた人は、どうやら寝返ろうとしていたみたいだ。右手につかまれた人は失神してしまって口から泡を吹いている。よく見ると失神してるのは、警備隊長さんだ。
王は口をもごもごさせていたが、氷をかみ砕くのは諦めたらしい。警備隊長さんをポイっと捨てて、口から氷塊を取り出し、男の人に返事をした。
「ムモモー。モモゥモモ(食べたら美味しいのか知りたい。食べて旨かったらお前も食う)」
王はあまり頭が良くなさそうだ。なんだか、欲望のままに行動しているような感じだ。普通の牛頭鬼は、人間を食べないはずだけど、こいつは何でも食べてみるようだ。
放り投げられた警備隊長さんは、すかさずプリシラが駆け寄って回収。
「モモゥ? モモーモモゥ! ブモモー!(あれ? おでの食事をさらいやがった! このガキめ!)」
プリシラの動きに気付いて追いかける王。
もちろん、そのままにしておく気はない。
走り出した足元を凍らせる。
ズテンッっと大きな音と地響きを立て、王はひっくり返り、背中から凍った地面に叩きつけられた。衝撃で粉々に割れた氷が飛び散る。
地面にひっくり返った拍子に、左手につかまれていた人が解放されて宙を舞う。
落下していく下に潜り込んで、無事にキャッチ。ラプに並走して避難する。ちょうどよくやってきたギーラに王の相手は任せておけばいい。
「おい、王様。お前の足じゃ、あの2人には追い付けねーよ。諦めてオレの相手をしてくれよ」
「ブモ? ブモモ、モモゥ(おや? 小僧、美味しそうだな)」
「何言ってるか分からねーけど、オレと戦うってことで良いんだな? オレはギーラ=サーフィ。ヘーゼル師匠の3番弟子だ。よろしくな!」
「モーモ! モゥ、ウモゥ、モグゥ(精霊よ! 軽く、炙って、食べる)」
モーモモゥ!
立派な金色の斧を持ってる割に魔法を使うらしい。既に両手で斧を握って構えているからか、お腹の辺りから火球が飛び出す。
ちなみに、斧は金色だけど金は使われていない。素材は黄鉄鉱。鉄と硫黄からなる淡黄色の鉱物だ。少しくすんではいるけれど、色が金と似てることから愚者の黄金とも呼ばれる。鉄よりも硬いけど、湿気には弱い。ついでに、あんまり良い出来じゃない。目利きで耐久性が低いことが分かった。
火球はだいぶ威力が低い。あの呪文じゃ表面を軽く炙る以上の火力はでないだろうからなぁ。
そもそも、この程度の魔法ではギーラに当てられない。王に向かって走り続けたまま、姿勢を低くして躱す。速度を遅くすることすらできていない。
すぐに王を間合いの内側に捉え、剣を横なぎに一閃!
一撃で決まるかと思いきや、ボキッっと剣が折れる。
威圧さえ無効化できれば簡単な相手だと予想していたけど、さすがにそうは問屋が卸さない。王の防御力は相当高いようで、脛から少し血を流しているだけだ。
剣を振りぬいた姿勢のギーラに金色の斧が振り下ろされる。
即座に剣を捨て、急加速で後ろに飛び退る。大きく動いたばかりだったが、何とか硬直状態から抜け出せたようだ。
しかし、ギーラの剣がなくなってしまった。剣があっても、王に有効打を与えられるわけではなさそうだけど、素手よりリーチは長くなるし、あった方が良いのは疑いようがない。
「ブモーモッモモモ、ブモモ、モモーモ、モモゥ(わはははははは、小僧、よく動く、旨いはず)」
「剣を折ったくらいで勝ち誇ってんのか? 甘いぜ。オレにとっては、剣なんて飾りみたいなもんだ」
誰かさんのセリフを真似て強がるギーラだけど、額には冷や汗を浮かべている。
王が再び攻撃に移る。ギーラに近づき、斧を振るう。見切って躱すギーラ。
剣がない以上、至近距離まで近づいて体術で戦うしかないが、なかなか懐に飛び込めない。さすがに斧術≪中≫を持っているだけあって、お粗末な魔法とは比べ物にならない技量だ。
角度、速度に変化をつけて、流れるような連撃が繰り出される。
攻撃を避けながら、徐々に後退していったギーラの背が木に当たる。いつの間にか、森の近くまで来ていたようだ。一瞬動きの止まったギーラに、斧が再度振り下ろされる。
「水!」
そこで、ニヤッと笑って、斧に向かって水を浴びせる。
普通の斧なら、何の意味もないけど湿気に弱い黄鉄鉱で出来た斧なら話は別。濡れた斧にギーラが拳を突き上げるように放つと、脆くなった斧は粉々に砕け散った。
伝えておいた情報を有効活用してくれたみたいだ。
驚きで斧を中途半端に振り下ろした体勢のまま固まる王の懐に飛び込み、お腹に数発連続でパンチを入れる。
「ブモッ!? ブモウゥ、ブモモゥゥゥゥゥゥ」
お腹を押さえ、うずくまる王。
ギーラは体術が得意だけど、剣の攻撃よりも高い威力は出せなかったはずだけど……?
しかし、確かに攻撃はきいているようで、王は急に具合でも悪くなったかのように青い顔をしている。
『ギーラの奴、王の魔力の放出口が腹にあると知って、拳から魔力を流し込んだな』
愉快そうに言うヘーゼルさん。
そういえば、今の王の様子は魔力を感じ取るためにヘーゼルさんがギーラに魔力を流し込んだ時と似ている。
ギーラはいたずらっ子な笑みを浮かべている。英雄っぽいかどうかはともかく、ヘーゼルさんの弟子っぽい戦い方かもしれない。
「この町から離れ、2度と人間を襲わないと誓ってくれ。そうすれば――」
ギーラが王に降伏を促そうと話している途中で、森の中から無数の黒い球が飛んできた。うずくまったままの王にも当たりかねないのに、お構いなしに乱射している。
動けない王は、モロに攻撃を喰らい、断末魔の悲鳴を上げて倒れた。
ギーラは慌てて、回避行動に移る。
森から離れるように方向を変えながら、見切って大半を躱すが、いくつかは手足を掠める。深い傷はなさそうだけど、いくつもの浅い傷が痛々しい。そのうえ、傷の周辺が暗い紫色に変色している。
『まずいな。毒なら私が水魔法で何とかできるだろうが……。マルドゥク、急いで救助に向かうぞ』
幸い、森から追撃はなく、ギーラは町に向かって歩くことができている。急いで手当てをしなければ。




