第20話 憤怒にはヒーローごっこを(?)
「伝令。偽の突撃命令を伝えてた奴は捕まえた。ふん縛って、門番に引き渡しておいたぞ」
良いタイミングでギーラのお父さんが伝えに来た。
「伝令! 言われた通りに設置してきたわ。あと、東の草原に九音がいたよ」
こっちはお母さんの方。
伝令役は、僕がやりたかったなぁ。
この2人にはざっくりと作戦内容は伝えてある。僕の先見の明のことは話さず、「僕達、もっと目立ちたい! だって強いし。活躍して、たくさん報酬もらいたい!」と言ったら、面白がって協力してくれた。
混乱した状況に動きの止まっている者が多い中、母さんと兄ちゃんも準備を進めている。
もちろん、母さんも協力者だ。こちらは、ヘーゼルさんが「修業の成果を見るためのちょっとしたテストだ」と説明した。
協力してもらうための名目だと分かってるけど、テストって言われるとドキッとする。
外壁上の空いたスペースに魔法陣を書いた布を敷いて、母さんが中央に座り、僕に手を振る。準備完了みたいだ。
「まるるく?(マルドゥクは、僕の味方だよね?)」
不安げな目でクロード君が見上げてくる。ギュッと手にスプーンを握っている。優しく声をかけてあげたいけど、今はダメだ。鉄仮面で、表情に迷いがでないようにする。
母さんが魔法陣を起動させた。町の上空から西方に向かって広がる雲をスクリーンにして、僕とクロード君の姿が映し出される。
「幼い子供でありながら、君はよく頑張った。修業中の身の上でもあるし、大きな目的の前に派手な動きは慎むべきではあるが、君の努力を無にしたくない。ここは、我々が引き継ごう」
ヘーゼルさんが手に杖を生成し、魔法の準備。いつもは無音だったのに、今回はキンッと音を立てて無数の氷塊が作り出された。ちょっと演出で派手にしたみたいだ。
音に気づいた少し離れた所にいた人達まで、僕の方を見てる。
「氷晶隕石群!」
わざと一般に認識されている魔法の名を言いつつ、味方を避けて魔物にだけ命中するように氷塊を飛ばす。千近い数の氷塊が、日の光を受けて煌めきながら降り注ぐ。
「私は水の賢者の2番弟子、マルドゥク=サラーム! 若輩者ではあるが、これよりこの戦いの指揮を取る。負傷者はこれから造る氷の砦の中に避難せよ! 戦える者は、最初の防衛ラインに戻れ!」
ヘーゼルさんはこの地方では有名人。その名前と権威を借りて、指揮官として認めてもらう。
『ヘーゼル様、フェンの書いた魔法陣、ちゃんと起動しました! マルドゥクのセリフと姿もバッチリ皆に届いたわ』
僕が鉄仮面を駆使して、懸命に演技をしていると、母さんから呑気な言葉。
母さんが発動させたのは、映像を大画面に映し出すための装置。
兄ちゃんの提案をもとに、ヘーゼルさんが魔法陣を書き起こした。実際に書いたのは兄ちゃんだから、母さんはちゃんと起動するように魔法陣を書けるかのテストだと思ったみたいだ。
魔法陣を書いた一対の鏡とセットで使用するようになっていて、兄ちゃんがカメラと呼ぶ鏡で撮したものが、もう片方の鏡に映し出される。
ギーラのお母さんにカメラの方を12枚、指定した場所に設置してきてもらった。
音声もセットで作ったマイクと呼んでる棒が拾ってくれる。マイクはハンノキの木刀の破片を細く削り、魔法陣を掘りこんだ棒で、そのまま魔力を込めれば起動できる。これはあんまり数を用意できなかったから、僕、兄ちゃん、ギーラ、プリシラ、母さんがそれぞれ1つずつ持っているだけ。
拾った音声を拡大して発する装置も各地に置いてもらった。こっちの装置は、楽器に魔法陣を書き込んだ。竪琴とか笛とか種類は色々。
「クロード、君に頼みたいことがある。各地の戦況を把握するために設置した道具で、雲に映像を映すことができる。その道具の操作をお願いしたい。操作方法は母が知っている。戦場での情報の重要性は分かるな?」
ヘーゼルさんを思い起こさせる魔法を見て、絶望から一転、目をキラキラさせているクロード君に声をかける。偉そうな口調が心苦しい。
「あいっ! しぇーいっぱい、がんばりゅの!(はい! 精一杯、頑張ります!)」
母さんのもとにタタタッと駆け寄るクロード君。
普通ならヘーゼルさんの弟子ってだけで、指揮官として認めてはもらえないと思う。でも、本来の指揮官であるクロード君が従ってるなら話しは別だ。
……いや、先見の明で見た限り、ラティーフ伯爵家以上にヘーゼルさんの後継者っぽく見えれば、従ってくれる人は一定数いるみたいだったけど。マチルドさんみたいなタイプ、結構いるみたいだし。
それでも、従ってくれない人は少しでも減らしたい。クロード君、利用してごめんね。
『ふむ。確かに問題なく起動したな。10点加点しよう。使い勝手や消費魔力量はこれから採点だな』
『ちょっと、ヘーゼルさん!? なんで採点してるの?』
『あら、マルドゥク。テストなんだから当然じゃない?』
『え、あのー、クロード君と英雄ごっこするだけだと思ってたんだけど……』
僕達はクロード君の前で英雄のように振る舞い、英雄主義による強化を受けてボスを倒そうとしている。だから、これからクロード君に本気の英雄ごっこを見せる。
テストではないはずだ。
『ふふふ。マルドゥクったら、かわいいわね。でも、ダメよ。抜き打ちテストだってあるんだから。常在戦場の心構えでいないと』
本当の戦場でそんなことを言う母さん。
『そうだぞ。いつなんどき問題を出されても対応できるようでなければ』
乗っかるヘーゼルさん。戦場にいる敵は魔物よりもテスト問題なの!?
『ほら、真剣に英雄ごっこを続けろ。クロードがウズウズしている』
納得いかない気持ちを抱えながらも、作戦は続けるしかない。兄ちゃんの腕をつかんでタラリアで飛び上がり、東の空へ。兄ちゃんを九音のいる周辺の上空まで運ぶ。
人の少ない東側は簡単に進軍できたんだろう。かなり町の近くまで来ていた。
『兄ちゃん、本当にいいの?』
『ああ。大丈夫だって。先見の明でも見ただろ?』
僕が手を離し、地面数十メートルの高さから、兄ちゃんが落下していく。
英雄っぽく見せるための演出は各自で考えた方法で行う。さて、兄ちゃんの演出は――。
落下しながら、火の玉をばら撒き、九音の周辺にいる魔物を片付けていく。
地上10メートルほどまでくると、今度は魔法で上昇気流のように風を操る。兄ちゃんを中心に螺旋の渦を描いて流れる風に、炎を線のように沿わせている。
兄ちゃんは、風と炎で作られたバリアで着地地点に残っていた魔物を焼き払いながら、フワリと柔らかく大地に降り立った。
「よお、九音。この間の続きをしようじゃないか」
降り立った場所の正面には杖を持ち、ローブをまとった牛頭鬼、和牛九音。
「ブモモ、ブモーモ! モモゥ、モゥモゥモー!(このガキ、この前の! 何で来るのよ、この化け物ー!)」
……兄ちゃん、化け物扱いされてる。
九音は無詠唱でもないし、牛頭鬼は魔力量の少ない魔物。以前、戦ったときに簡単に追い詰められたことで、兄ちゃんに苦手意識を持ったようだ。
「俺はフェンサー=サラーム。こう名乗るのはシャクだけど、水の賢者の5番弟子だ。お前が町を襲うなら、止めさせてもらう」
ヘーゼルさんの弟子だと名乗った方が、英雄主義による強化量が増加する。人々の期待を力に変換するものだから、期待するに足る肩書きがあった方が良いんだろう。
嫌がってた兄ちゃんだけど、ちゃんと名乗った。おかげでヘーゼルさんの機嫌が良い。小さく鼻歌が聞こえる。
「ブモーモ、ブゥモゥモ! モーモ、モンモーモ!(あたしだって、退くわけにいかないの! 人間の魔法理論を盗んで、あたしが女王となるのよ!)」
九音はクーデターを起こそうとしているみたいだ。そういう動機で襲ってくるなら、兄ちゃんも遠慮なく撃退できるだろう。
ブゥモーーーーーーオゥ
九音は巨大な火球を作り出した。威力重視のようだ。連射能力や魔力量に劣る九音の作戦としては、順当だろう。
火球に魔力を流し込んで大きくしているうちに攻撃することもできるけど、英雄っぽくないから今日はできない。兄ちゃんは大人しく敵の魔法の完成を待っている。
数十秒待って、九音が出せる最大出力まで魔力を溜められたようだ。今にも暴走しそうで不規則に火球が膨張したり、収縮したりを繰り返しているけれど、ギリギリのところでバランスを取っている。
制御し続ける自信がなかったのだろう。隙を生み出すための駆け引きなどもせずに、不安定なままの火球を兄ちゃんに向けて放った。
対する兄ちゃんは、九音の火球の十分の一以下の掌サイズの火球を生み出した。
九音の火球の中央よりやや下の辺りを狙って放つ。火球同士が衝突する直前、兄ちゃんの火球は下から上に上昇していくように動いた。
雲に映し出された映像を見ていた人は、兄ちゃんの火球が九音の火球に飲み込まれると思ったことだろう。
しかし、九音の火球は兄ちゃんの火球とぶつかるやいなや、パァンっと風船が割れたような音を立てて破裂した。爆風と火の粉が上空に派手に舞い上がるが、それだけだ。
九音の放った火球は、小さな衝撃にも耐えられないほど不安定な状態だった。だから、兄ちゃんは特に魔力が薄くなっているところを狙って火球を当て、火球を空中分解させたんだ。
火球の進路に角度をつけたのは、火の粉が地表に生えた草に燃え広がってしまわないように爆風と火の粉の舞う方向を調整するため。
一方、兄ちゃんの火球は破裂することなくそのまま九音に向かい、頬の近くを掠めた。
「好きなだけ撃ち込んできていいぜ。全部、防ぎ続けてやるから」
モォォーゥ
兄ちゃんの言葉が伝わったかは分からない。でも、挑発していることは十分に伝わったみたいだ。
ムキになったように次々と火球を生み出し、兄ちゃんに向かって放つ。
今度は数で勝負するつもりらしい。四方八方から飛び来る十数個の火球を兄ちゃんは避けない。
腕を伸ばせば届きそうな距離まで最初の火球が近づいたタイミングで、すべての火球が泡で包まれた。勢いを殺されて泡に包まれたまま、火球は地面に落下。泡の中で徐々に火勢を弱め、消えていく。
これは、一般には水泡封呪と呼ばれてるヘーゼルさん考案の魔法。魔法などの遠隔攻撃を泡で包んで無力化するものだ。
そんなに難しくはないけど、無力化する対象をいちいち指定しなきゃいけないせいで、呪文にすると長い。その上、対象に合わせて泡の大きさや強度を変えないといけないから、毎回アレンジが必要。だから、無詠唱じゃないと実用性がない。そのせいで、今までヘーゼルさん以外が使ったことはないらしい。
町の方からどよめきが聞こえる。
ヘーゼルさんの弟子という言葉の信憑性が増したんだろう。
九音は今の攻撃で魔力が尽きたみたいだ。杖を握りしめて殴りかかってきた。
魔導師とはいえ、牛頭鬼。力があるから、打撃の方が脅威かもしれない。
兄ちゃんは手にしていた杖をしまい、ヒノキの木刀を取り出す。近接戦闘では剣を使うのも、ヘーゼルさんの戦闘スタイルを想起させるはずだ。
軽く後ろに飛んで距離を取りつつ、火焔斬り。腕が浅く切れただけだったが、炎がローブに引火し、九音は火だるまになった。
「降参するなら、命は助けてやるぞ?」
「モゥ、ウモーモォ! ムォー(何よ、余裕な顔がムカつく! あんたのことなんか信じない)」
兄ちゃんの言葉を無視し、杖で殴り付けてくる。それを兄ちゃんがいなし続けるうちに、九音は力尽き、倒れた。




