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第18話 求められる能力

 ギーラと十兵衛さんの戦いの様子が伝わって、魔物に従属してでも生き延びようという意見を町で聞くことはなくなった。


 生かしておくふりをして後で殺されるくらいなら、最初から立ち向かった方が良い。腕試し用の牛頭鬼(ミノタウロス)には、11歳の子供が素手で立ち向かって勝ったらしいじゃないか。きっと勝機はある。


 そんなふうに考える人が増えたようだ。おかげで町の雰囲気は明るい。


 一方、僕達は少し後味の悪い思いでいた。

 十兵衛さんが生粋の武人なら、油断したところを子供に倒されるのではなく、ヘーゼルさんのような強い人と正面から戦って激闘の末に敗れた方が満足だったのではないか。

 そう思ってしまうけれども、僕達はその選択肢を選べなかった。


 たとえ九音の攻撃から捕虜を守ったとしても、十兵衛さんにヘーゼルさんが勝つのでは、死者ゼロにならない。

 自分達には手の届かない異次元の強さを持つ者同士の戦いに見えてしまっては、戦闘には勝てても他の人達の戦意は失われていくからだ。


 こんな相手に自分達にできることなんてない。途轍もなく強い味方がいるのだから、任せておけば良い。あるいは、凄まじい戦いをせっかく見られるのだから、見逃してしまってはもったいない。人によって考えていることは様々だろうけど、他人事のように戦いを見守る人達を、奴らは躊躇なく的にする。

 元から数は魔物の方が圧倒的に多い。そんな中で動こうとしない人達は、大きな足枷となる。


 間違っても、目にも止まらぬスピードで斬撃の応酬を繰り広げたり、剣を振るうたびに煌めく氷の結晶が舞ったり、空を飛んで攻撃を避けたりしてはいけない。

 受け身になってしまう人を増やさないことが重要だった。


 だから、短い時間、見た目には地味に見える手段で勝負を決める、十兵衛さんやギーラの強さが伝わりにくい倒し方を選択した。

 普通の人が自分達でも対抗できる相手だと信じてくれるように。

 味方についているのは規格外の強さを持つ者などでなく、普通の人にも想像の付く範囲の強さの者だと思っていてくれるように。


 攻撃を受けかねない距離で敢えて無防備な姿を晒したギーラの大胆さも、攻撃を避けつつ瞬時に懐に入った体捌きも、一瞬の隙を見逃さず仕掛けた判断力も。あの足払いが魔力による身体強化に剛力、闘争心、威力増大などのギーラの持つスキルが重なり合ってこそ成功するものであることも、あの対戦だけを見た人には分からない。


「ぎら、しゅごかったの! てくてくして、しゅってきえて、ずだーん、なの!(ギーラ、凄かった! 何でもないように歩いてって、突然シュッって消えたかと思ったら、敵がズダーンって音たてて倒れてた!)」

「いやぁ。凄かったんだぜ! わざとゆったりと歩みを進めて油断を誘っておいて、相手が剣を振り下ろした瞬間には、もう至近距離まで迫ってんだから! あの緩急! 痺れたね!」


 もちろん、伝わる人には伝わってる。主に動きをしっかり追えるだけの実力を持つ人達には、大好評だ。


『実に通好みな渋い試合運びだったな。カッコよかったぞ』

『へへ。ありがと、師匠。――親父が急にオレの自慢しまくってんだけど、止めてきた方が良いかな? オレが凄かったことになるとまずいんだろ?』

『別にいいんじゃね? ただの親バカだと思ってくれるだろ?』

『……それは、ちょっぴし切ないな』


 幸か不幸か、ギーラのお父さんやクロード君、周りで見ていた騎士さんや冒険者さんが興奮気味に語る戦いの様子は、色々な人の口から口へ伝わるうちに「子供が敵の足を引っかけたら、すっころんで勝った」という単純なものへと変換されていく。


 弱かったことになってしまった十兵衛さんや実力が正当に評価されないギーラには申し訳ない。


 それでも、これしか選択肢は見つからなかった。僕がギーラと同じように足払いをしても、蹴った脚の方が痛くて涙目でうずくまる羽目になる。

 剣で戦って十兵衛さんに跳ね返されるたびにタラリアで体勢を整えて何度も向かって行っても、百回近い撃ち合いの末に突然パワーアップして刀ごと首を飛ばすという派手な展開になってしまう。幾度返されても諦めない姿にクロード君に英雄認定されて、英雄主義(ヒロイズム)のスキルで強化されてしまうせいらしい。

 ヘーゼルさんや兄ちゃんは魔法主体だから、基本的に戦いが派手に見える。


 結局、こんな玄人好みする倒し方をできる能力を持っていたのはギーラだけだった。


『もう気に病むな。十兵衛はおそらく満足だっただろう。自身の実力を超える者に敗れるのも、自身の慢心を教えてくれる者に敗れるのも、どちらも同じく真摯に受け止めるはずだ。そうでなければ、あの境地にはたどり着けまい』



『あの、皆、ごめんなさい。プランBになっちゃったの、たぶん私のせい』

 母親に手話を教えていたプリシラが突然言い出した。

 詳しく話を聞くと、両親がギーラを助けに駆け出す直前、「あの魔物をギーラの上からどかすから、あんたはお兄ちゃんにハイポーションを飲ませて町に逃げな」と母親から声をかけられたそうだ。子供を気遣う言葉が両親の口から出たことが信じられずに、一瞬固まってしまった。間髪入れずに止めていればプランAでいけたのではないか。自分のせいで九音を仕留め損なったと落ち込んでいた。


『気にする必要ないよ。別の理由でこっちの未来になったのかもしれないし。それに、どっちでも死者ゼロの未来は残ってるから』

『俺はこっちの未来で良かった気がするぜ? 九音を倒した俺がめっちゃ強いって噂されても、まずいしさ』


 プリシラのお母さんは、言葉が通じなかったせいで娘が1人で捕虜を解放しに行ってしまったと思っているのか、手話を覚えようとしている。まずは、「ギーラ」「プリシラ」「逃げろ」の3つを手話で出来るようになろうと練習してるみたいだ。プリシラは「逃げろ」が不満なのか、そこに「頑張れ」を加えようとしてるけど、母親は「ん? ええっと、”頑張れ”? あんた、あたしを応援してくれてんの?」と誤解している。

 その姿やギーラの自慢をする父親の声を聞いていると、こっちの未来は悪くないと思える。


 捕虜を無事に解放できたことで死者25人と219人の未来が減って、残りは死者ゼロ、3人、18人、367人の4種類になった。

 367人っていうのが残っているのは気がかりだけど、まぁまぁ良い方向に向かっていると思う。


 和牛の名を持つ牛頭鬼(ミノタウロス)も後は八太郎と九音だけ。実際に戦った兄ちゃんによると、九音は一撃の威力はそこそこだけど、連射能力と魔力量はそれほど脅威ではないそうだ。兄ちゃんなら問題なく倒せることが分かっているし、数字が大きくなるほど強い傾向にあるようだから、八太郎も何とかなるだろう。

 残る(キング)女王(クイーン)の戦闘力は未知数だけど、死者ゼロの未来があるってことは何とかする手段が存在するってことだ。



「あのっ、さぁっ。マルっ、ドゥクっ、君っ。聞きたいっ、ことがっ、あるんっ、だけどっ!」

「なーに? ヘタレさん」


 いつものメンバーで意思伝達で話していたら、ヘタレさんが僕の()から声をかけてきた。

 息が上がっていて言葉が途切れ途切れなのは、今が訓練中だからだ。


「なんでっ。俺だけっ。訓練がっ、きっついのっ!?」

 他の騎士さん達が普通に腕立て伏せをする中、ヘタレさんは背中に僕を乗せての腕立て伏せ。確かにより負荷がかかるメニューだけど、それは当然だ。

「だってヘタレさん、料理人になりたいんでしょ? だったら、ただ魔物を倒すだけで良い騎士さんよりも高い実力が必要になるから、当然じゃない?」

「はぁっ!? なんでっ、騎士よりっ、料理人がっ、強くなきゃっ、いけないのっ!?」

「え? だって、料理に使うなら味が落ちないように倒さなきゃいけないから」


 例えば、何度も突き刺して殺したりすると肉がぐちゃぐちゃになるし、血が肉に回ってしまったりする。そういうことを避けるために、一撃で仕留めるだけの技量が必要だ。

 さらに言えば、食材を切るときの包丁の扱いに剣術スキルは影響する。例えば、冷しゃぶサラダなんかは素材の味がダイレクトに料理の味に影響するから、レシピに要剣術≪中≫以上なんて書かれているほどだ。適切な厚さでスライスするのに必要なんだ。

 おかげで最近はジルさんも剣術の訓練をしている。


「嘘だろ~……」

 ヘタレさんは力が抜けたのか、ベタンと地面に伏してしまった。

「本当だよ。実験してみる?」

 僕は兄ちゃんに言って、バッファローの肉を数種取り出してもらう。首を一撃で飛ばして死後すぐに血抜きした上質な物と、戦闘で一部が焦げた物。それをそれぞれヘタレさんと僕でスライスして、冷しゃぶサラダを作って見せる。「いや、そういう意味で嘘だって言ったわけじゃなくて……」とかヘタレさんは言っていたけど、気にしない。なぜなら、ジルさんがしっかり作り方を見ておこうとメモを片手に覗き込んでいるし、ギーラとクロード君がお裾分けを期待してお皿を手に待っているから。


「まるるくのかち~(マルドゥクの勝ち~)」

「だから言っただろ、フェン。肉は美味しく倒せよ?」

「……確かに、味は違うけどさぁ。これって誰かから仕入れるんじゃダメなの?」

「仕入れるときに、良質な物かどうか見極められて、コスト面でも問題ない範囲に収まるならそれでもいいけど」

「あ~、それな。うちも冒険者ギルドから食材を回してもらってるけど、品質はピンキリだから困ってる。それで、味付け濃いめの料理が増えちまうんだよなぁ。だから、調味料とか値上がりするとピンチになるし。ホンっと頭痛くなるよ」


 ジルさんは同意してくれたけど、ヘタレさんはそこまで考えてなかったみたいで、絶句してしまった。商売をするなら目利きと計算の修業も必要かな。


「……逃げてばかりの人が楽に生きていけるほど、甘いわけないじゃない。いい年して、情けない」

 ヘタレさんの様子を見て、小さな声でアンナさんがつぶやく。

「えぇ~。いやぁ、俺ってさ、要領いいから、そつなく色々こなせちゃうし、困ったことってほとんどないんだ。大丈夫! きっと何とかなるって。だからさ、アンナちゃん。喉乾いたぁ。水、ちょーだい」


 男爵家の次男坊らしいんだけど、貴族だからと威張ったりしないところはヘタレさんの良いところだ。アンナさんも、結構はっきり色々言ってるけどいつもこんな感じで怒らない。ヘタレさんもそんなアンナさんのハッキリ言うところが気に入っているのか、よく声をかけている。

 甘えん坊で頼りないけど、楽観的で明るい。決戦に向けてピリピリしがちな空気を和ませてくれる、意外とありがたい存在かもしれない。


「へたれ、メーよ? おみず、じぶんでだしゅ。まるるくに、いわれたれしょ?(ヘタレ、ダメだよ? 水は魔法を使って自分で出す。そうマルドゥクに言われてたでしょ?)」

「マルドゥク君、水魔法は料理人になるのに必要ないんじゃ――」

「食材を凍らせて長持ちさせられるよ。スープを作るときにも必要だし、使った食器や鍋を洗うのにも使う」

 僕のもっともな言葉にも、ヘタレさんはなぜか納得しない。


「マルドゥク君、どこに向かってるの……? 将来商人になりたいって言ってなかったっけ? 俺の知り合いにそんなに強い商人っていないんだけど……」


 ヘタレさんは恵まれた生まれで甘く考えているから分からないかもしれないけど、商人になるために必要な能力は実に多種多様なんだよ。特に冒険者用に魔法陣を仕込んだ武器や防具を売ろうとしてる僕には、ある程度の戦闘の知識と経験は必要だ。兄ちゃんもヘーゼルさんもそう言ってたし。

 20歳にもなってそんなことも分からないヘタレさんに、僕は憐みの視線を向けた。


「え。何、その目。いや、おかしいって。俺の言ってることは変じゃないはずだ~!」

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