第17話 ミノタウロスの剣士
会議があった日の翌日、ブリアン様が捕虜救出作戦を町の皆に発表した。
最初に騎士5名が挑み、倒せなかったら冒険者の番。報酬は、騎士が倒せば警備隊の予算を削って町が負担。冒険者が倒したら、伯爵家と町で折半。町から出す分はやはり警備隊の予算からみたいだ。
これが警備隊長以外の皆が納得できる妥協点だったようだ。若干、冒険者ギルドが有利にも思えるけど、町を防衛する義務がある組織じゃないから順当といえば順当。
そして今日は、発表の翌日、和牛十兵衛に挑む日だ。
『ギーラ、よろしくね』
北の平原に向かいながら、先鋒のギーラに意思伝達でエールを送る。僕達で知恵を出し合い、最初にギーラが挑むことになった。
死者ゼロの未来を残す選択肢は、これ以外に見つかっていない。
『おう。任せとけ!』
ギーラは張り切っているけれど、かなり危険な役目を担ってもらうことになる。ギーラを信じているけれど、少し申し訳ない気持ちもある。
「ギーラ君。今からでも遅くないわ。正規の騎士様に代わってもらいましょ。3番手のクロード様に付いた騎士様とか」
「そうだぞ、小僧。私なら代わってやるから、遠慮なく言え。クロード様に我が雄姿をお見せしたいしな」
「イヤだね。せっかくのオレの見せ場を取らないでくれよ。ハイポーションもたっぷりあるし、フェンにおばさんもいるんだから、ケガしても安心だろ? 親父とおふくろもオレが強いって分かれば、負けじと頑張るかもしれないしさ」
子供が挑戦することにずっと反対していた母さんが止めようとする。3番手で戦うことになっている最近クロード様についた騎士さんも。ギーラは他のメンバーが挑んだ場合の結果を知ってるから、聞き入れるわけがないけどね。
勝負はギーラに決めてもらう。次鋒の僕は事後処理のために前にいるだけ。
プリシラは別行動だ。
単にヘーゼルさんが戦ったらと予測した未来で、死者ゼロの未来が消えた理由の1つを潰しに行ってもらう。
女王は捕虜を無事に解放する気がない。十兵衛が負けた途端に、捕虜5名が囚われた檻に和牛九音が魔法攻撃を加える手筈になっているんだ。
放たれる攻撃は爆発する種類の火魔法のようだった。これの迎撃にヘーゼルさんには専念。兄ちゃんは九音を攻撃して追撃を防ぐ。
その間にプリシラとプリシラの両親で捕虜を檻から助け出してもらう。
助けるタイミングがギーラの勝利よりも早いと、真剣勝負を汚されたと十兵衛から攻撃を受けてしまう。
だから、プリシラの両親には、魔物達が約束を破ったときに備えての保険として控えていて欲しい、妙な動きをしなければ何もしなくていいと伝えてある。「何もしないのは得意だ!」と自慢にならないことを胸を張って言われたけど、今回に限ってはそのスタンスは助かる。気配遮断のスキルもこういう任務にうってつけだ。
プリシラが感知術で伏兵の位置を知らせてくれるから、九音の攻撃を防いだ後は、僕は伏兵を倒す。
なんにせよ、ギーラが十兵衛に勝てなくては始まらない。
ギーラ、頑張って!
「ぎら、がんばりゅの! かったら、まるるくに、ゆーごはん、つくってもらう! (ギーラ、頑張って! 勝ったら夕飯はマルドゥクに好きな物を作ってもらうから!)」
「任せとけ!」
送り出すクロード君の言葉に笑顔で答えるギーラ。
向き直れば、そこには右目を眼帯で隠し、刀を佩いた牛頭鬼の剣士。
他の和牛の名を持つ牛頭鬼と比べると体は大きくない。2メートルちょっとくらい。しかし、独特の佇まいがあって、目が離せない存在感がある。
背後には、先見の明で見た通りに檻が置かれている。木製の粗末な檻だが、四方を牛頭鬼が取り囲んでいるため、中にいる人達は逃げ出せないようだ。中にはコルさんのおじいさんの姿もあった。
ギーラは和牛十兵衛を正面に見据えると、表情を引き締め、自身が対戦相手だという意味を込めて一礼。1人、前に進み出る。
対する十兵衛は、子供が1人で歩み出たことに片眉をピクンと跳ね上げ、ギーラを一睨み。
「ブモモ? ブモォー(小僧、私に挑むというのか? 私も舐められたものよな)」
人間の言葉にはなっていないけど、意思伝達のおかげで何を言いたいのかは大体分かった。
睨まれたくらいで怯むギーラではない。不敵な笑みで応じて、そのまま歩みを進める。余裕を見せて、ゆったりと。
「ブモモ、ブモー(小僧、肝は据わっているようだな)」
十兵衛は立ち上がり、刀を構える。お手本のように綺麗な構えだ。荒々しさがウリの牛頭鬼とは思えない程、洗練されている。
対するギーラは全くペースを変えないまま、剣を鞘にしまったまま、だらりと両手を下げて歩いていく。
誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。静かだ。皆、固唾を飲んで見守っている。
「ブモォ? ブモ、ブモモゥー(緊張で剣を抜き忘れておるのか? 私の間合いに入るぞ。剣を抜け)」
一歩踏み出せば刀が届く距離までギーラが近付いたタイミングで、十兵衛はそんな声をかける。
先見の明では十兵衛の言葉までは読み取れていなかった。だから、この後の展開が意外だったけれど、正々堂々とした武人だったのか。それならば、納得だ。
ギーラは十兵衛の間合いに入ったことを認識しながらも、なお、同じペースで近付いていく。もう、踏み出さなくても、刀を当てることができる距離だ。
十兵衛が一歩、後ろに下がる。ギーラが意に介さず前に進む。勝負の瞬間が近付いている。
モォオオオオーーーーー!!
十兵衛の左目がギラリと鋭い光を放ち、裂帛の気合とともに剣を振り下ろす。
いや、気合は言葉だけで、迷いで鈍った一撃だったのだろう。彼にギーラを殺す気はない。ヘーゼルさんとの対戦を予測したときよりも剣速がだいぶ遅い。
そこで、ギーラは急加速。見切りで太刀筋もしっかり捉えている。体を沈めて振り下ろす刀を避ける。
それまでのゆったりとした歩みから一転、両親譲りの素早い動き。一瞬で懐まで潜り込む。振り下ろした刀を持つ手の真下。
拳を握り、右手で刀を持つ手を狙って突き上げる――!
と見せかけて、距離を取ろうと後ろに重心を移しつつ、腕に力を込めた瞬間を狙いすまして足払い。
右足を引っかけられ仰向けに倒れ込む十兵衛の肩関節の辺りに足を置くように飛び乗る。
そこで、やっと剣を抜いて十兵衛に突きつけた。
平気な様子を懸命に演出していたギーラだけど、額には無数の汗の珠が浮いている。息も荒い。
「ブモッ。モッモッモゥ。モモゥ。モーモ、ブモモ(はは。はっはっは。油断したわい。見事だ、少年)」
あっさりと倒されてしまったことに、目を見開いていた十兵衛が愉快そうに笑い出した。
子供相手で、油断したことも負けたこともちゃんと認めている。さっぱりとした性格だ。
ブゥモォオオオオオゥ!!
十兵衛が驚きに目を見開いていた間に詠唱を完了させていた九音が、岩陰から魔法を放つ。北西から北にかけて拡がる森の中からも弓矢が飛んでくる。
標的は捕虜の人達が囚われた檻とギーラだ。
攻撃に気付いた十兵衛は上に載っているギーラを跳ね除け、覆いかぶさるように伏せる。ギーラを攻撃から守るために。
僕達は、迎撃に当たる。攻撃の軌道まで先見の明で見た通りだから、撃ち落とすのに苦労はしない。十兵衛に降り注ぐように飛んできていた弓矢もまとめて落としてやる。
「なっ! 約束が違うではないか! 勝負には勝った。捕虜は解放するんじゃなかったのか!」
「姑息な魔物め! こんなことだろうと思っていたよ。奴らが真っ向勝負を挑んでくるなど、一瞬でも信じるのではなかった」
勝負を見守っていた者達には、驚きの声を上げる者も、醒めた意見をいう者もいる。
「ヘタレさんに母さん! クロード様達を安全な場所まで避難させて! クロード様、約束が果たされたなかったときに備えて、プリシラ達には別に動いてもらっています。捕虜は助け出しますので、安心して避難を!」
「マルドゥク君、俺はフェタレだよ! そろそろ覚えて!! ともかく町に戻りましょう。ブリアン様にクロード様」
「助けを呼んでくるわ! 無理しちゃダメよ! 騎士様方、息子達をどうか守ってやってください」
「ぎら、かったの。かったのに。ぎらー!(ギーラの勝ち! 勝ったから、ハイタッチしたいのに、帰るの? ねぇ、ギーラー!)」
ヘタレさんに抱きかかえられて遠ざかりながら、懸命に手を伸ばすクロード君の姿は、勝利したのに敵の下敷きになっている(ように見える)ギーラを案じているようにしか見えない。でも、その手はハイタッチしたかったんだね……。ごめん、先見の明のイメージだけじゃ読み取れなかった。
母さん達にクロード様達を任せて、牛頭鬼の元へと走る。一度は檻から離れた奴らが戻ってきていた。
『マル、プランB! 父さん達はお兄ちゃんの方に行っちゃった』
『了解』
『え……。そんなわけ……。悪りぃな。親父達の代わりにプリシラのこと、頼む』
ご両親は捕虜救出よりも、ギーラを優先したようだ。
あらかじめ分かっていた分岐だ。未来が大きく変わる訳じゃないから、気にせず進める。
その場に残った騎士さんとも協力して牛頭鬼討伐。プランBでは、プリシラが1人で捕虜の人達を檻から出すことなるから、敵の数を早く減らしてサポートしなければ。
「モッモォォォ!! モモーゥ!!(何をしている!! 人間共は勝負に勝ったのだぞ!!)」
「モモモゥ? モウモウ! モゥモ、ブーモモ(それが何? それより加勢しなさいよ! なんなの、この魔導師のガキ)」
頭だけ起こして、九音を睨み付け怒る十兵衛。冷たく言い放つ九音。
その十兵衛の背中に忍び寄る影。
十兵衛の背中に十数本の投げナイフが突き刺さる。
「チィっ。浅い!」
「てっめぇぇぇぇ!! 最初っから騙すつもりでいやがったんだな! ギーラは勝ったじゃねぇか!! 息子を返しやがれ!!」
ギーラの両親だ。十兵衛の言葉が分からないから、ギーラに圧し掛かって殺そうとしていたように見えたんだ。
飛び上がり、首筋を切りつける父親のナイフを、十兵衛は避けない。
盛大に血が飛沫く。この傷は致命傷だろう。
「モォウ。モウゥウ(同族の非道を詫びる。誹りは甘んじて受けよう)」
ギーラのお父さんを止めることもできたけど、ここで十兵衛を生かそうとしても失敗に終わる。彼は味方である九音達の所業を恥じ、自決してしまうからだ。プランAでも、それは一緒だった。
敵に情けをかけられるよりは、彼にとってもこの最期の方がいいかもしれない。
でも、ごめん。あなたのことをよく知らなかったから、味方に引き入れる道を探ることはしなかった。知ってしまった今は、この結末が悲しい。
「庇ってくれて、ありがとな。あんた、強かったよ。向かい合ってるだけで、迫力に気圧されそうになるのを、必死に耐えてた。勝てたのは奇跡みたいなもんだ」
ギーラは、複雑な表情を浮かべながら話しかける。
「モーモ? モッモゥ。モモーモゥ。モッモーモ、モゥモーモモー。ブモモ(礼を言ってくれているのか? 約束を違えたというのに。レーヌ様は人間の生活への嫉妬から変わってしまわれた。こんなことを頼めた義理ではないが、できることなら救って差し上げてくれ。勇気ある少年よ)」
十兵衛はそう言い残し、ギーラを押し潰してしまわないように体の向きを変えてから、前のめりに倒れ伏した。
ギーラの言葉と無傷な様子から、十兵衛は約束を守るつもりだったことを察したのか、ギーラの父親はバツが悪そうな顔をしていた。
それでも、戦闘の続く場所で立ち止まってはいられない。
兄ちゃんに連続で魔法を撃ちこまれて、余裕がなくなってきていた九音は、十兵衛が倒れて他の牛頭鬼達に動揺が走ったのを見て取ると、速やかに身を翻した。
兄ちゃんは追撃の魔法をその場で放つけれども、追いかけはしない。森の中にも罠を仕掛けていると分かっているし、他の牛頭鬼が立ちはだかったからだ。
プランAなら兄ちゃんは九音に集中できたから、ここで倒すこともできた。それだけは残念だ。
でも、ご両親が自分を助けに来ると信じられず、「プランBになるなんてあり得ねぇよ」と言っていたギーラは、きっと心の底ではこっちの未来を望んでいた気がする。
「何、急にまともな親みたいなことしてんだよ」と呟いた言葉に、少しだけ救いを感じた。
既に檻には誰もいない。プリシラが無事に救出して町へと帰っていっている。
その場に取り残された牛頭鬼をプリシラと協力して片付けながら、そっと十兵衛さんに呼び掛けた。
ちゃんと女王の牛島妃さんのことは止めるから、安らかに眠ってください。シミュレーションでは何度も対戦したけど、一度くらい本当にあなたと戦ってみたかったよ。
目を閉じて倒れ伏す十兵衛さんは、微笑んでいるかのような穏やかな顔をしていた。




