第16話 宣戦布告
牛頭鬼女王からの宣戦布告に、町は上を下への大騒ぎになった。
人語を解する魔物はこれまでにもいたそうだが、デーモンやトレント、ヴァンパイアなど、知能の高い魔物に限られていた。牛頭鬼が人の言葉を話したことなんてない。ましてや、文字を書くなんて想像もしていなかったようだ。
僕達は女王に牛島妃という人が憑依していることを知っていたから、文字を書けたことには驚かなかった。しかし、その内容には驚かされた。
”町に住む人間へ
あたし、森での生活に飽きちゃったんだよね~。だって、雨降ると濡れるし、料理もロクなもん作れないし、かわいい服も用意できないし。で、文化的な生活ってやつを送れるようになりたいな~、って思ったワケ。だって人間だけ良い生活するのってズルいじゃん?
まずは、その第一歩として町で暮らしたいから、あんた達、どいてくんない? あたしらに従うってんなら、森の片隅で住むのは認めてあげるしぃ~。あ、美味しいもの作れるシェフとか、かわいい服作れるお針子さんとかだったら、町の端っこに置いてあげてもいいわ。
悪くないっしょ? それで、命は助けてあげるんだからさ。このあたしに、ドレイとして奉仕できることを光栄に思いなよ。
4月30日にあたしら全員で町に行くから、そんときに返事を聞かせな。従属しない奴は、邪魔だから殺す。
あたしらの強さがまだ分かってないだろうから、腕試し用に十兵衛を派遣しといた。勝ったら捕虜を解放できるから、チャレンジしてみな。
言うまでもないだろうけど、逃げようとしたら捕虜は殺す。あと、町の東にも南にも見張り立てといたから、こっそり逃げようとしてもバレるよ。
そんじゃ、よく考えてね。良い返事を期待してる。
牛頭鬼女王 牛島妃”
元人間なんだから、もう少し友好的だと期待してた。町で住みたいにしても、人間と共存共栄する方向で考えられないものなのか。
『白以外で動き回れて憑依できる対象は、魔力が自分よりも少ない魔物くらいだ。しかし、魔物に憑依するということは、コントロールを失えば凶暴な魔物が自身の能力まで使って暴れまわるということだ。それを選択した時点で、他の人間の身の安全など気にしていない』
『ヘーゼルさんもその気になったら、魔物に憑依できちゃったりするの?』
『可能だが、そこまでプライドを捨てることはできない。それくらいなら、ずっと木に宿ってる。長く魔物に憑依していると、人間としての意識を失っていくらしいしな』
『――魔物に憑依した人間は、凶暴化するってことか?』
『詳しくは分からん。魔物の本能に抗ううちに心を病むのか、魔物の魂に乗っ取られていくのか。そんなところだろう』
『じゃあ、もし、竜に憑依してる元賢者とかがいたら……?』
『フェン、随分と嫌なことを考えるな? 竜は魔物という分類で良いのか疑問もある。知能も高く、本能のまま行動しているようには見えない。そのことが憑依した人間の魂に及ぼす影響を大きくするか小さくするかは分からないが、暴れ出したら大惨事になることは間違いない』
兄ちゃんが言い出した物騒な想像にヘーゼルさんが答える。思わず、氷の吐息を吐いて暴れる竜を思い浮かべてしまった。
『マルドゥクの騎竜に私が憑依することでも想定したんだろうが、実験台第1号は遠慮したい。成功例があったら考えてやってもいいが、剣を持てないし、あまり良い選択とは思えないな』
『あぁ。変なこと言って悪かった。気にしないでくれ』
なるほど。僕が竜騎士になることを考えてたのか。僕は今のまま精霊術師でもいいけど、ヘーゼルさんっぽい青い竜に乗ってる自分を想像すると悪くない。リスクを考えるとできないけど。
その話は切り上げて、もっと急いで解決しなければならない問題に話題は移る。
和牛十兵衛と思われる牛頭鬼についてだ。捕虜になってしまった町の人を救うには、こいつに挑戦することになる。剣術≪上≫を持つ強敵だ。
ちなみに、僕達が意思伝達で話をしているのは、現在、ブリアン様、クロード君、町長、冒険者ギルドマスター、警備隊長で、この件について協議中だからだ。
母さんとプリシラは留守番。男子3人でクロード君の護衛としてついてきた。
声明を出し、魔物に従属しないこと、捕虜を解放した者には100万ダハブの賞金を与えることで話がまとまりそうだ。
『オレ達も挑戦するよな? 和牛の肉が手に入って、さらに100万ダハブ! 美味しい仕事だぜ!』
ギーラはすっかり牛肉の虜だ。
普通のバッファローの肉、普通の牛頭鬼の肉、そして、和牛の名を持つ特殊な個体の肉。それぞれ食べ比べて、より強い個体の肉が美味しいと分かった。中でも和牛は別格。倒した7体分、全部確保してるんだけど、さらに増やしたいみたいだ。
『おい、ギーラ。今、俺の空間魔法はパンパンなんだからな? 倒しても保管できないから、売ることを考えてくれ。それに、万が一、俺が死んだら空間魔法に入ってた物が一斉に現れて落ちてくる。近くにいたら、約1000体の魔物の死体の下敷きになって圧死するぞ』
『ヤダ。和牛は売らないで食べる! 他の魔物だけ売ろうぜ。――あと、死ぬの禁止』
『そうだよ、兄ちゃん。死ぬの禁止!』
『いや、死にたくて死ぬわけじゃなく、仕方なくってこともあるだろ。まぁ、死なないように頑張るけどさ』
「十兵衛に挑む者に制限は付けなくて構いませんか? 例えば、強力な魔法攻撃ができる者が脱落してしまうと、町の防衛が難しくなるのですが」
町長さんがチラリと兄ちゃんを見ながら言い出した。
「かてば、いーの。はやく、ほりょ、たすけりゅ(勝てる者に挑んでもらえばいいじゃん。早く捕虜になった人を助けなきゃ)」
「十兵衛なる牛頭鬼は刀を持っていたという報告があります。しかも、単独での対戦しか受け付けない。1対1で相手が剣士なら、魔導士にとっては苦手な相手。近接攻撃が不得意な者が無理に挑むのはお勧めできませんな」
無詠唱の兄ちゃんなら不利ってほどではないけど、確かに一般的な魔導師にとっては、呪文を詠唱している間に攻撃をされてしまう苦手な相手だろう。ギルドマスターの指摘はもっともだ。
「それに、こちらの戦力を減らして有利に運ぼうという思惑が透けて見えます。幅広く挑戦者を募集するよりも、十分な実力を持つ者に限定して挑ませる方が良いのではないでしょうか。よろしければ、冒険者の中から腕の立つ者に指名依頼を出しましょう。――依頼は町と伯爵家の連名で、報酬の支払いもお願いします」
説得力のある言葉と順当な対応策の後に、現実的な一言。
ギルドマスターさん、やるなぁ。
クロード君も挑戦者についての意見は同じだけど、伝わってないからスルーされてる。
「いや、領地を守る義務のある騎士に先に挑戦させよう。冒険者は、情報が不足している段階では断ってくる可能性も高いだろう? 騎士なら仕事のうちだから、簡単には断らないはずだ。――騎士が倒してしまったら、我々だけ人員を出したことになるから、町とギルドで特別報酬を出してやってくれ。クロードも、それでいいか?」
「いーよ、にーたん。くろーろのきしも、ちょーせんしていい? (いいよ~。ギーラかマルドゥクの一騎討、見られるかな? わくわく)」
ブリアン様はクロード君と協調路線を取ることにしたようだ。2人はお金の出所が一緒だから当然か。
挑戦する順番は、できれば先見の明で予測した結果をもとに考えたい。
予測を開始した。並列思考の1つだけを会議の内容を聞き取るのに充てておく。
「この町を守るという意味では最初は警備隊のはずですが、警備隊で挑戦者はいるのですか? 警備隊長。もし、いないなら警備隊の予算をカットして特別報酬に回すしかありませんな」
「いやいや、警備隊は攻めてきた魔物から町を守るもので、積極的に外の魔物に挑むものではなくて――」
こっそり町を出て行こうとしていた警備隊長さんへの怒りが収まらないのか、町長さんは警備隊に負担を負わせるつもりのようだ。それを躱そうと警備隊長さんが理屈をこねている。
クロード君を除く会議の参加者は、捕虜の解放のための最善策よりも、その対策にかかる負担をどこがどれだけ負うのかを重視しているみたいだ。そのまま、挑戦する順番、報酬の負担割合、町の人達への説明をどうするか、といったことを話し合っていく。
並行して行った先見の明の結果は――。
『マル、予測の結果は?』
『十兵衛は負けた挑戦者を殺したりはしないみたいだから、最初に挑まなくても死者は出ない。ただ、負けが続くと魔物に従属した方が良いんじゃないかって思い始める人が増えていく。少なくとも10番目以内で勝たないと、離反者が出る』
10回挑んで勝てなかった時点で、警備隊長が寝返る。しかも、忠誠の証に町長さんの首を女王に捧げて。
今、町長さんにネチネチといじめられているのが内心面白くないのもあるかもしれない。町から逃げ出そうとしたせいだから、自業自得なんだけど。
女王は、戦力を見せつけて人間の不安を煽るつもりなんだ。これほど明確な離反じゃなくても、負けるたびに未だ一枚岩にはなり切れていない人々の結束にヒビが入っていく。
『んじゃ、クロードに言って最初に挑ませてもらうか? ブリアンは騎士なら誰が挑んでも良いって思ってそうだし、何とかなるだろ。オレとマル、どっちがいく?』
挑戦の順番については、ブリアン様の意見に反対はなさそうだ。警備隊から志願者がいないなら、騎士が最初に挑むことになるだろう。しかし――。
『それが、まだ勝ち筋が見えないんだ。僕が計算機で計算して最小の力で敵の攻撃を受け流してるのと同じことが、十兵衛は経験と技量で出来るみたい。色んな攻撃パターンを考えてるんだけど、全部はじかれてる』
剣術≪上≫は伊達じゃないみたいで、攻撃をきれいに受けては返していく様が浮かんだ。
ただ防ぐだけじゃなく、攻撃を流して体勢を崩されたり、攻撃の勢いを利用して弾き飛ばされたり。そして、そっと刀を突き付けられる。その気になれば簡単に命を取れる、と知らしめるように。
僕だけじゃなく、ギーラや父さん、ジルさんといった面々で想定してみたんだけど、持てる手段を尽くしても歯が立たず、敗北していく。
静かにそこに立っているだけで派手な動きはないのに、見事にこちらを翻弄していく様は、どっしりと動かない岩のようだ。その安定感には、不思議と美しささえ感じてしまう。
『敵ながら素晴らしい技量だ。剣術練習用にずっと立っていてもらいたいくらいだが、そういうわけにもいかんな。マルドゥク、私が戦った場合はどうだ? 接近戦が得意なようだから、魔法で倒すことも考慮に入れてもいいかもしれない』
言われてヘーゼルさんでの予測をしてみる。
敵の動きが変わった。
初手の魔法攻撃は全て刀で叩き落とすなり、避けるなりして対応する。そこからは、刀が届く位置まで距離を詰める。
今までの予測の中ではその場を動くことがなかったから分からなかったけど、動きが早い。
あっという間に自身の間合いに持っていき、何合も、何十合も撃ち合いが繰り返される。
ヘーゼルさんをもってしても、簡単な相手ではないようだ。パワーでも剣を振るスピードでも十兵衛は上をいっているように見える。
しかし、徐々に戦況は変化する。
ヘーゼルさんの攻撃はただの剣戟ではない。水の魔力が込められた凍結斬りだ。
剣閃から放たれた魔力までは抑え込めずに、十兵衛には小さな傷が増えていく。傷だけでなく、冷たさも動きを鈍らせる。少しずつ力を失い、スピードも落ちていく。
だんだんとヘーゼルさんが優勢となっていき、十兵衛に大きな隙ができる。そこに強めに魔力を纏わせた一撃で仕留める。
うん。ヘーゼルさんなら勝てるみたいだ。
『うーむ。勝てるのはいいが、見ている連中の表情が気になるな。私が十兵衛を倒した場合、最終的な死者の数に影響は出ないか調べてくれ』
やっと見えた勝ち筋に安心していると、ヘーゼルさんがこんなことを言い出す。確かに、この間のマチルドさんみたいな目をした人とか、ヘタレ騎士さんみたいに「面倒なことは全て他人に任せます!」みたいな傍観者になり切った表情の人が目についたけど、倒し方でそんなに変わるかな?
念のため、予測してみると――。
死者25人、219人の2パターン。最も死者の多い367人の未来がなくなるけど、死者ゼロの未来や3人、18人の未来もなくなってしまった。
別の倒し方を考えなくてはいけないようだ。




