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プロローグ(1)

「金が稼げればそれでいい。これを買った人間がどうなろうと知ったことか。そもそも、この商品を選んだのは、客だろ。責任追及なんてお門違いだ。お引き取り願え」


 販売直前に商品の不良が判明していたが、お前は計算機(カリキュレーター)で、不良のことは知らんぷりして販売すれば、一部の客に損害賠償をしても利益が出ると計算した。売ると判断したことは、私としては別にいい。

 でも、その後の開き直った態度はいただけない。不誠実な対応をする会社だという情報が広まれば、長い目で見たら損失だ。神々の伝令でもある私の使徒が顧客の評判の価値を見誤るとは。

 ハイ、お前は私の使徒に相応しくない。


 ◇


「ちょろいわ、男なんて。宿の部屋に招き入れて、睡眠薬入りのお酒で眠らせれば、お財布漁り放題。まともな行商なんて、やっていられない」


 行商人の身分を利用して、行く先々の町で昏睡強盗。これは商売じゃない。私はそんなことのためにお前に美貌《中》を授けたんじゃない。

 それに相手はその町で一番の商会の一人息子だ。上手くつながりを持っておけば、もっと大きな利益を生んだものを。

 リスク、お前も私の使徒に相応しくない。


 ◇


「実は、その仕事は俺じゃなくて、後輩に任せていたんです。あいつの成長を思ってのことですが、まだ早かったようですね。私の指導力不足です。申し訳ありません」

「えっ。いや、その仕事は先輩が……」

「口答えするなよ。役立たずが。お前なんて、いつ辞めてもらっても、会社は一向に困らないんだからな」


 わざと仕事でミスをし、優秀な後輩に責任をなすりつけるか。このままでは後輩に営業成績で負けることが先読みで分かったから、こんな行動に出たのか?

 他人を蹴落とすことも時には必要だろうが、嫉妬に堕ちたと勝利宣言をしに来られると面白くない。

 ミドル、お前も私の使徒に相応しくない。



 ――人とは愚かでつまらない生き物だな。人間は善だという陣営についておいたが、間違いだったか。


 ◇


「商会長、新規店舗の準備、指示通り進めました。次はいかがいたしましょう?」

「商会長、新製品の開発はどうしたらいいでしょうか?」

「商会長、次期の事業戦略はどうなさるのですか?」

 リターン、ずいぶん商会を大きくしたな。お前は他の使徒と違って、できる奴だ。作り出す商品も個性的で面白い。

 私の使徒はもう2人しか残っていない。お前だけが私の希望だ。

 ――もう一人は保険で使徒にした奴だからな。

 しかし、皆、お前を頼りすぎではないか? 疲れているようだし、そろそろ少し休みをとったらどうだ?


「商会長さん、忙しそうですね」

「あぁ。まあ、好きでやってることだから」

「でも、お顔がだいぶ疲れてますよ。……どうですか? 息抜きにちょうどいい場所を見つけたんです。ご一緒していただけませんか?」

 気分転換をすることには賛成だが、その人間は危険だ。のめりこむなよ。



「ねぇ、商会長、最近変じゃない? この間、歓楽街で見かけたんだけど、ちょっと怪しげな店に入っていったのよ」

 従業員達の間で噂になってしまっているな。何とか自分で抜け出せると良いのだが。



「親父、変な噂が立っている。もう引退してくれ。……賭博にはまっているらしいな。せっかく築き上げた商会の信用を損なうような真似はやめてくれ」

 確かに、今のリターンは商人として良くない。しかし、信用を築き上げたのはあいつなんだ。跡取り息子なら、少しは感謝をしたり、労ったらどうだ? そうしたら賭博からは足を洗うだろうよ。



「もう、商会長は引退したし、楽しみはこれしか残っていないんだ。今日もよろしく」

「もう商会長じゃないなら、あんたに用なんてないよ。商会長の知り合いってことで、ツケで遊ばせてもらってたのに。……別のカモを探すかぁ。あぁ、めんどいな。あんたのせいだぞ」

「そんな……。忙しい私を気遣ってくれたんじゃなかったのか!」

「ははははは。こっちは楽に楽しみたいだけ。あんたのことはどうだっていいよ」

 ――やはり、な。しかし、そいつからは離れるべきだ。自ら離れていってくれるのは都合がいい。ショックだろうが、気持ちを切り替えるんだぞ。



「親父、老けたな」

「一日中、ああして動かないの。現役時代には考えられなかったわ」

 リターン、お前は、もともと勤勉な奴だった。商才もある。

 今はショックで気力を失っていても、しばらくしたら立ち直ってくれるだろ? 待ってるからな。


 怠惰の神が近付いてきた。何の用だ。日頃は自分の部屋にこもりきりのくせに。

「めんどくさいんだけど、行って来いって言われたから、勝利宣言しに来たよ。――ねぇ、ヘルメス。君の使徒の老いぼれだけど、一日空を眺めてばかりで、何もしないね。怠惰そのもの。堕落したってことでいいね」

「何を言う! あいつはしばらく待てば立ち直る!」


「ふ~ん。あれを見ても、まだそう言えるの?」


 我が使徒は、細君に泣きつかれていた。

「お願い、あなた。昔のあなたに戻って。外に出ましょう。何か趣味を見つけて、二人の老後を楽しみましょう」

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! もう何もしたくない! 誰にも会いたくない! ほっといてくれ! 誰も信用できない。早く、……死にたい。」


 言葉が出ない。慰めてやりたいが、最愛の人の言葉すら届いていないのに、私に何かできるのだろうか。そもそも、あいつが神々の住み処に来るまで、声をかけてやることすらできない。

「反論なしってことでいいね。それじゃ、バイバーイ」

 唯一の声をかける機会もなくなってしまった。


 使徒でなくなったその日、リターンは自殺した。

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