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Eternal Cage  作者: イツキ
第二章 歪み、映すもの
21/58

 空が、白み始めていた。黒く沈んでいた空がじわじわと紺へ色を変え、顔を出し始めた陽の光を受け夜の闇が消えていく。それでも朝と呼ぶにはまだ早いと思える時間に、ユイスは一人町の外を歩いていた。

「なーなー、本当に行くのかー?」

 否、正確には一人ではない。すっかり回復して宙を飛ぶ、小さな炎の精霊がユイスに問い掛けた。もう一人の旅の道連れであるレイアは、今はいない。何かにつけてイルファとあれこれ喋っていた彼女がいないと妙に静かで、違和感さえ覚えた。そのせいだろうか。耳に届いたイルファの声も、どこかぎこちなく感じられた。

「当然だろう。なんだ、またやられるのが怖いのか?」

「そ、そんなんじゃないぞー! あの時はお前らがおとなしくしろっていうから、おとなしくしてただけなんだからなー!」

 揶揄するように応えると、イルファは膨れっ面で猛烈に抗議した。逆にその仕草が彼を意地を張る子供のように見せているのだが、本人は気付いていない様子である。それを微笑ましく思いながらも、ユイスは彼のやる気を掻き立てるための手札をちらつかせた。

「そうだったな。今回は多少暴れても構わないぞ? 上手く事が運んだら、ビスケット増量も考えよう」

「……本当かー? 本当に約束するかー?」

 案の定、ビスケットという単語にイルファは反応した。念を押すように睨んでくるイルファに、ユイスは鷹揚に頷いて見せた。

「ああ、約束だ」

「絶対だからなー!? そうと決まったらさっさと行くぞー!」

 その途端、イルファは破顔し風の如く飛び去っていった。とことん自分の欲望、もとい食欲に忠実な精霊である。お陰で扱いやすくはあるのだが。

「やる気があるのはいいが、私を置いて行ってどうするつもりなんだ……全く」

 呆れて嘆息しつつも、ユイスもまたイルファに続くように歩みを再開した。その足が向かうはトレルの森である。無論、精霊王との接触を再び図るためだ。拒絶されたからといって、簡単に放り出せることではない。しかし、本来ならこれは“聖女”の力を一番必要とする行為だった。それなのにレイアを町に残し、わざわざ人目を避けるようにこんな時間を選んだのには理由がある。

「……使わないに越したことはないが、そう上手くはいかないだろうな」

 低く呟きながら、ユイスは腰に佩いた硬質な感触を確かめる。掌にひんやりとした温度を伝えるそれは、やや小振りな片手剣だった。至る所に細かい傷があり、随分と使い込まれた様子が窺える。それもその筈、これは成人前のユイスが稽古で使っていた剣なのである。十年程前の物だっただろうか。背の伸びたユイスには短すぎると使わなくなって久しい代物だったが、今の姿なら丁度良い。そう思って旅の荷物に加えていたのである。そして何故それを今持ち出してきたのかといえば――一騒動起こすつもりだから、だ。

 一晩、悩み抜いた挙げ句の単純な結論だった。諦めようとは思わない。だが昨日の様子では、再び訪ねて穏便に対応してくれるとも思えない。ならば、こちらも腹を括ろう。そう決めたのである。事を荒立てずに済むなら勿論そうしたいが、そうでないなら強行突破も辞さない。精霊王相手にそんな真似をすれば、この身にどんな天罰が下るか――それくらい想像はついたが、何も出来ず死を待つよりは余程ましに思えた。

 だからこそ、レイアは置いてきた。精霊の寵愛を受ける彼女に、精霊と争うような真似はさせられない。怒りの矛先を向けられるのは自分だけでいい。彼女を危険な目に遭わせたくはなかった。イルファが着いてきてくれただけでも、充分である。

「こらー、遅いぞー。さっさと終わらせてビスケット食うんだから早くしろよー」

「お前が勝手に先に行ったんだろう。あまり急かさないでくれ」

 ようやく追い付いたイルファは、森の入口でもどかしそうに手をこまねいていた。一人で先走ったように見えても、一応はユイスのことを待っていてくれたようだ。彼はひとしきり不満を垂れ流すと、つい、とユイスの顔の横に並んだ。これで、突入する体勢が整った。目の前にある森は穏やかそのもので、そよ風に梢が静かに揺れている。しかし、一歩踏み込んだ後にどうなるかは解らない。それでも、決めたからには進むのみだ。

「……行くぞ」

「おー、行くぞー」

 短く発したユイスの言葉に応える声は、全くと言っていいほど緊張感の無いものだった。単に彼の口調がそう感じさせるのか、これから行うことの意味を理解していないのか。そこまでは解らなかったが、それを考えても詮無いことだ。ユイスは思考を中断し、ついに再び森へと足を踏み入れた。

 ――その瞬間から、自分が歓迎されていないことを肌で感じ取ることが出来た。森全体がざわめいている。木々は枝を擦り合わせて不快な音を立て、腐葉土はじっとりと靴にまとわりつき、姿を見せない動物達は声もなく囁き合う。なぜ戻ってきた。王の言葉を忘れたか。もうその命は保障せぬぞ。そんな風に、ユイスへと意思をぶつけているようだった。しかし殺気に近い気配を放ちながらも、彼らが何かを仕掛けてくる様子は未だない。まずは静観、だが何かあれば――といったところだろうか。

 下手に刺激しないように、その気配には気付いていないかのように振る舞った。周囲への警戒を怠ることだけはせず、平静を装いながらユイスは森の奥へと分け入って行く。記憶を頼りに昨日と同じ道を辿り、やがて行き止まりへと突き当たる。その場所も、やはり昨日と全く同じ光景だった。唯一の道は繁茂した蔦や低木で覆い尽くされ、これ以上の侵入を拒んでいる。深緑の壁を眼前に、ユイスは立ち止まり息を吐いた。

「地の精霊よ、今一度話がしたい! 道を開いては貰えまいか!」

 一縷の望みを賭け、対話を希う。だが、当然の如く応える声は無かった。

「……やはり、か。仕方ない」

 それほど躊躇することもなく、ユイスは剣の柄に手を掛け刃を引き抜く。剣を振るうなど随分久し振りのことではあったが、思ったより違和感なく手に馴染んでいた。金属の重みが、より意識を鋭利にさせる。ここから、ひと暴れだ。

「燃やすかー?」

 ユイスの言動を見守っていたイルファが、見計らったように問い掛ける。心なしか控えめに聞こえるのは、前回強く牽制したことを覚えているからだろうか。しかし、今回はその逆である。

「ああ。ただし、森全体を火事にするような真似はやめてくれよ」

 邪魔になるものだけ、と注釈を加えながら強く頷くと、イルファは悪戯する時の子供のようににんまりと笑った。

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