7.
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王にかけられた呪いの解呪を始めるという父様と母様、広斗兄様を残し、その他全員が王の寝室の外に出た。
その時、ふと誰かの視線を感じた気がしたのだが、気のせいだろうか?
……まあそれは置いといて。
白雪姉様曰く、王にかけられた呪いは激しい苦痛を味わいながらゆっくりと身体を内側から壊していき、やがて死に至るというなんとも凶悪な類の呪いだという。兄様の【言霊】によっていくらか緩和されているとはいえ、あれだけ何事も無いかのように話をするというのは、並大抵の精神力では出来ないのだそう。常人にその呪いがかけられたなら、数刻の内に発狂する……そういう呪いだと言っていた。
そして、それを受けてあの気丈さを保てる精神の強さを尊敬する、とも。
あまり要所に行かなければ好きにしていいとの王妃様の言葉によって、俺と美雨は解呪が終わるまでの間に城の庭園を見てみることにした。
「エルグラシアの王様はすごく強い人なんだね。」
城の庭園を歩いていると、ふと美雨がそんなことを言った。
「そうだね。どういう呪いなのかはよく分からないけど、それでも兄様や父様は話を聞いた時に渋い顔をしていたから、強力だというのは分かる。」
「それに屈しないのはすごいよね。」
「うん、すごい。」
俺や美雨は降魔家という忍びだけでなく、古の陰陽師の力を引き継ぐこの家で育ってきたから、ある程度…呪いや呪いをかけられた人のことも見てきている。
情けない程に怯えきっている者、意識を保てずに昏睡する者、あまりの苦しさに発狂してしまった者……等、いろんな人を見てきた中でアーサー王程まともな人は見たことがなかった。
そんな話をしながら歩いていると、美雨が不意に立ちどまった。
「どうしたの?」
俺の問いかけに答えることなく、ただ一点に視線を集中させたかと思えば、急に駆け出した。
何だ何だと思い、追いかける。すると、美雨はとある木のところで立ちどまり、その根元にしゃがみ込んだ。
後ろから覗き込むと、その手元には弱っている小さな鳥が。
妙なのが特に外傷等は見当たらず、見た目にはただ普通の鳥。しかし、その呼吸は荒く乱れているように思えた。
「玲於、どうしよう。このままじゃ、この子死んじゃう。
でも、傷がどこにあるのか分からない。中が原因だったら、私じゃ助けられない。」
「落ち着いて、美雨。まだ生きてるなら、白雪姉様のところに連れて行こう。姉様ならどうにか出来るはず。」
泣きそうに瞳を潤ませる美雨にそう諭す。
美雨はいつもこうなのだ。
人や動物が怪我をしているのが嫌でなんとか助けようとする。そうして、拾って介抱した野良猫や鳥は数知れず。
加えて虫も殺せない程に気が優しい。莉優姉様が大騒ぎする中でそっと虫を逃がしてやっている所を見たことも多々ある。
そんな彼女はきっと今、この命は自分には助けられないと無意識に察してしまった。だから、悲しくて泣きそうなのだ。
「そっか。そうだ、白雪姉様なら……」
美雨はそう呟いて立ち上がった。
その時だ。
「それはもう手遅れだ。」
背後からそんな声がして振り向くと、そこにいたのは紅蓮さんだった。
「呪いの瘴気にやられたんだろう。小さき命にとって、あの呪いは相当な毒になる。
楽にしてやる方がいい。」
紅蓮さんがそう言うと、美雨は戸惑うように視線を彷徨わせた。どうすればいいかわからないといった表情だ。
「苦しませるな。貸せ。」
「あっ……!」
紅蓮さんは美雨の手から鳥を奪い取ると、何やら呪文のようなものを唱えた。すると、微かに動いていた鳥は完全に動きをとめた。
死んだのだ、と。理解する。
俺はあまりに一瞬のことに呆気にとられ、美雨は驚きながらも「なんで……」と、呟いた。
「小娘、貴様の名はなんという。」
「降魔柳永と白羽の子、降魔美雨です。美しい雨と書いてミウと読みます。」
「聞け、小娘。降魔は由緒ある忍びの家だが、お前は今のままでは忍びにはなれん。」
紅蓮さんの金色の瞳が美雨を射抜く。
美雨は予想もしていなかったであろう言葉に目を見開いた。もちろん、俺も。
「気が優しいことは何も欠点ではない。しかし、優しすぎるのは致命的だ。その優しさに付け込まれ、騙され、出し抜かれる。手をこまねいている間に殺される。
傷付けることや存在を消すことを厭うようでは綺埼や香沫ではやっていけんよ。
確かに優しさを持っていなければならない。慈悲をかけてやることも時には必要だ。
だが、慈悲をかけた結果、災いを呼ぶこともある。時に容赦なく、相手を潰す非情さも持ち合わせていなければならない。
俺が知る限りでは、忍びとはそういう存在だ。」
龍と竜の違いは、前世で言う東洋系か西洋系かの違いだった。中国や日本で言う龍が龍であり、ヨーロッパ等で言うドラゴンが竜である。
しかし、どちらにも共通していること。
神に近い力を持ち、放つ言葉には人が放つそれを遥に上回る力がある。そして、忍びとの関わりが深く、彼らのことを知りすぎているというほどよく知っている。
その龍たる紅蓮さんが放った言葉に美雨は打ちひしがれていた。
忍びをよく知る者からの純粋な美雨に対する評価なのだ。忍びになると信じてやまない彼女からしたら、思ってもいないことだったろう。
何も言えずに俯く美雨に紅蓮さんはさらに言葉を投げかけた。
「しかし、忍びは失われた命に対して最大限の敬意を払う。そうせねばならない。
その鳥の墓を作ってやるといい。ちょうど、庭園の奥の方に王女が作った鳥の墓がある。その隣にでも埋めておいてやれ。」
紅蓮さんはそう言って、美雨の手に亡骸と化した鳥を渡した。
美雨はぱっと顔を上げて、紅蓮さんの目を見て頷いた。
優しさは欠点だと指摘され、落ち込んでいるようだがあれはほっといても大丈夫なやつだと思い、俺は紅蓮さんが指した方へ駆けていく美雨の姿を見送った。
「お前は行かないのか。」
「はい。多分、美雨は一人になって考えたいって思ってると思うので。」
そう言って振り向き、紅蓮さんの目を見詰めると、紅蓮さんは俺の視線から何かを感じとったらしく、目を見開いた。
「お前は本当に降魔か?」
「えっ……?」
「白羽の血族だろうということは分かるが……それにしても、変わった魂を持っている。匂いも何か他とは違う。」
それは、俺が転生者だからなのだろうか。それとも、俺の出自が関係しているのだろうか。
きっと、その両方だろうと結論付ける。
「……俺がどこの誰なのか、俺にも分かりません。教えて貰っていないけど、多分養子です。」
「そうだろうな。他の者…そこの小娘とも気配がまるで違う。
しかし、妙だな。違うのだが、似通ったものを感じる。何故だ……? 」
ぶつぶつと呟きながら思案した後、紅蓮さんはにやりと笑った。
……興味を持たれた?多分そうだ。
「小僧。名はなんという。」
「降魔柳永と白羽の子、降魔玲於です。玲瓏の玲に於胡の於でレオと読みます。」
「レオ、か。また大仰な名を持っている。」
「大仰なんですか?」
「なんだ、知らんのか。
レオとは獅子座を司る勇気と雷の神、レオンにあやかって付けられる名だ。他の神にあやかって付けられる名とは違い、勇気の神レオンの名を持つ者はそれ相応を要求される。俺の知る中では二人いるが、二人とも激しい戦いの中に身を投じ、散っていった。それは英雄譚として語り継がれてはいるが、分かるな?」
「過酷な運命を辿ることが多いということですか?」
「……どうやら、お前は年の割に相当聡いらしいな。王子や王女と同じ年頃とは思えん。
そうだ、その通り。過酷な運命を辿り、華々しく命を散らす。そういう名だ。
だが逆に、希望を託して付けられる名でもある。混乱の中にある時や混沌の未来の存在を知った時、忍びはそういう名をつける。
しかし、由緒ある忍びの家の子でその名を付けられるというのは、普通あまりない。大体そういう家に名を連ねる者は逸話を数多く知っている。だから、我が子を失うかもしれない名を付ける阿呆はいない。
それは白羽や柳永も同じだ。だから、恐らくはあの二人が付けた名ではないな。お前の本来の父親か母親が希望を託して付けた名だと推測出来る。」
「……そうですか。」
なんでもないようにそう返しはしたものの、心の中では動揺していた。
知っていたこととはいえ、家族から言われるのと他の人から言われるのとでは全然違う。
「少し喋りすぎたか。まあ、許してくれ。柳永がいるとはいえ、我が主が死の危険に晒されているのだ。饒舌にもなろう。」
「そうだ。聞いてみたかったんですけど、何故紅蓮さんは陛下と契約しているんですか?」
「それを聞くか、小僧。忍びの子風情に語るような話ではない。」
「いえ、ただ王兄殿下の話が出たでしょう?何故そちらではなかったのかなと。」
「あんな愚者に膝を折るなど考えるだけで反吐が出るわ。
単にアーサーの人柄に惹かれ、主と仰ぐのならばアーサーがいいと思った。だから、契約した。それだけのことだ。
決して奢らず、権力を振りかざすこともせず、ただひたすらに国を良くすることだけを考えている。王としての威厳はあるが、根は優しい。根が優しいが故に侮られることもあるが、侮ったことを後悔させるほどの実力と手腕がある。
全く、幼い頃は虫も殺せぬ軟弱者だった癖に。丁度、さっきの小娘のような気質だったのだ。
だが、今や己に歯向かうものには情け容赦がない。とんだ大王に育ったものだ。」
昔──と言っても、龍にとっては少し前だろうが──を思い出しているのか、紅蓮さんの顔は穏やかだった。
「……む?」
「どうかしたんですか?」
「いや、大したことはないと思うのだが、あの小娘が王女や王子と鉢合わせたようでな。」
「え、」
何やってんだ、美雨は。
というか、紅蓮さんはどうやって知ったんだその状況。
「龍の五感を舐めるものでは無いぞ、小僧。見えてなくても視える。」
なるほど。透視とか遠視系の技だろうか。 と納得する。
しかし、それより気になるのは美雨のこと。なんだかんだ、俺も妹のことは心配なのだ。
「ちょっと行ってきます。」
「ああ。くれぐれも王女に蹴飛ばされんようにな。誰に似たんだか、あれはかなりのじゃじゃ馬なんだ。王子もあれに比べたらまだマシだが、まだまだただの小童だからな。」
「紅蓮さんは行かないんですか?」
俺が問いかけると、紅蓮さんはちょっと笑って視線を城の方に向けた。
「ここから、アーサーの部屋が見えるんだ。様子を視ようとは思わんがな。」
「そうですか。」
俺は彼の真意を理解して、軽く頭を下げてから駆け出した。
きっと、部屋の前で待っているのはきまりが悪いが、王の近くから離れたくはないというところだろうか。
とりあえず、俺が今すべきことは美雨のところに行くことだ。
●
「─────!」
庭園の最奥にあるガラスで出来た温室。その中から、外からでも分かるほどの大きな声が聞こえてきていた。
少し重たいガラスの扉を押し開けて、俺はその中に入った。
「答えなさいよ!あなた、どこの誰?なんでそんなわけのわからない服を着ているの?なんで、王族しか入れないこの場所にいるの?!」
「わ、私は……」
「答えろよ!」
美雨が王女と王子らしき同年代の子供に睨まれていた。
王女は王妃譲りの朱色の髪と王譲りの藤色の瞳を持つ、可愛らしい少女だった。顔立ちは王の方に似ている。
王子は王譲りの金色の髪と藤色の瞳を持つ、王妃に似た顔立ちのこちらも美少年。
四つの藤色に睨まれ、美雨は肩を震わせていた。
美雨は基本的に負けん気が強い。だから恐らく近所の子供とであれば、こんな風に囲まれるようなことは無い。むしろ、ふざけるなとか関係ないだろうとか言って追い払ってしまうタイプだ。
ただ、ここは王城であり、目の前にいる二人の子供は恐らく王族の子。この状況にどうしたらいいか分からず、固まってしまったのだろう。
すかさず、俺は三人の間に割って入り、美雨を庇うようにして立つ。
「申し訳ありません。妹が非礼をしたならば謝ります。」
「お前は誰だ!」
「失礼致しました。降魔柳永と白羽の子、降魔玲於。こっちは俺の妹の美雨。
突然割って入ってしまい、申し訳ありません。
ですが、人に名を尋ねるならば、まず己が名乗るべきでは?例え王族であっても、それが世の道理というものかと思いますが。」
「な、なんですって!?」
同じくらいの年頃の自分よりも身分の低い者に道理を諭され、王女は激昂した。王子も「なんなんだよ!」と叫ぶ。
と、その時だ。
「おやめなさい。エミリアナ、ウィリアム。
その子は大事なお客様の娘。失礼にあたることは私が許しませんよ。」
シャーロット王妃が温室に入ってきて、そう言い放った。
王子と王女は異口同音に「母上!」と、声を上げる。
「アイリス様がこの温室に入ってもいいと許可を出したそうです。
それから、二人の服は隣国の和凪国のもの。他国の文化を貶すようなことを言うのは王族として有るまじき、恥ずべきことですよ。エミリアナ。
そして、ウィリアム。その男の子の言う通りです。人に名を尋ねるならば、まず己が名乗れとそう教えたはずですが。
更に言うならば、王族たる者……そのように感情に任せて大声を出してはなりません。特にエミリアナ。女子がそのように叫ぶのは、はしたないですよ。」
母親からの叱責に二人は俯いた。そして、王女はぽろぽろと涙を零し始めた。王子の方は涙を流すまいと堪えているようで唇を噛んでいた。
まあ、気持ちはわからなくはない。
同年代の格下の見ず知らずの子供が王族しか入れない場所にいて、その兄と名乗る同年代の格下の子供に道理を諭され、母親である王妃からは叱責される。
それがどれほど七歳前後の王子と王女を混乱させるか。想像に容易い。
王女のぷっくりとした少女独特の唇から「どうして。」と小さく声が漏れる。
「どうして……どうしてこうなの…?
お客様なんて知らない…!なんで私はダメなのに、その人はお父様と会えるの?そんなの、おかしい!」
「お父様は具合が悪いの。言ったでしょう?」
「そんなこと、あるわけない……!父上は強いんだ!病気になるはずない!」
「私だってお父様に会いたいのに!」
「僕だって!」
いきなり喚き駄々をこね始めた二人。その様子を見て、俺は大凡の事情を察した。
そして同時になるほどそういうことか、とも思った。
「病気なんて嘘なんだ!父上は僕達と会いたくないんだ……」
「お父様は私達のこと、嫌いになったの?」
悲しげな二人の言葉に王妃様はその場に膝を折って二人を抱きしめた。二人はその胸の中でほっとしたのか、思い切り声を上げて泣いた。
「えぇっと……?」
何が起こったか分かっていない様子の美雨に俺は説明する。
「ねえ、美雨。もし、理由が分からないまま父様に近付くなって言われて、更に母様や兄様、姉様達が急に構ってくれなくなったらどうする?」
「え、えと……寂しくて泣いちゃうと思う。」
「だよね。じゃあ、そこに部外者がやって来て、父様と会って話をしていた。しかもそこに子供がいた。……ってなったら、どうする?」
「……そっか。そういうことか。だから、お二人は私に突っかかってきたんだ。」
美雨は聡い。前世の記憶を引き継いでいる俺なんかよりもずっと。
だから、二人が抱えていた大凡の事情を俺がヒントを出すだけで察してしまった。
さて。何故、普段厳しくしつけられているはずの王女と王子がこんな騒ぎを起こしたのか。
それは多分、寂しかったからだろう。
父であるアーサー王が呪詛を受け、床に伏せってしまい、母であるシャーロット王妃はアーサー王につききっきり。
それに自分たちは父親に会ってはならないという。
理由はきっと、少なからず呪いの影響を受けるから。呪いはかけられた者だけでは留まらない。近しい者の中で弱き者から順にかけられた者以外の者に乗り移っていく。そして、その獲物を探す瘴気は小さき命を奪い去る。
それを知っていたから、王も王妃も二人が呪詛を受けた状態の王に近付くのを良しとしなかった。
一日だったとはいえ、その寂しさは二人を不安にさせたのだろう。
そこに全く知らない異国の服を身にまとった人達がやってきて、王の寝室に入っていく。しかもそこには子供もいた。
更にその子供はあろうことか王族しか立ち入れないはずの場所にいる。
要は、不安と混乱が相まって爆発した結果こうなった。
これは、仕方の無いことだろうと思う。
七歳前後といえば、前世でいえば小学校一年生から二年生程度。まだ子供なのだ。こんなものだろう。年相応なのだ。
俺は少し普通とは違って、美雨は普通より賢い。だから、年齢よりも少しだけ精神年齢の方が上。それだけの話だ。
「ごめんなさいね、二人とも。この子達は普段はこんな子ではないの。とってもいい子達なのよ。
だから、嫌わないであげてね。七歳で貴方たちと歳はそう変わらないはずだから。」
そう言うと、王妃は侍女を呼び、王子と王女を連れて温室を出た。
「大丈夫?」
「うん、平気。びっくりしただけだもん。王女様と王子様が急に現れるから、ちょっと混乱しちゃっただけ。
それに、あっちもびっくりしただけでしょ?別になんにも気にしてない。」
相変わらず立ち直りが早い。
あと1日頑張るであります。
明日はバイトなので更新時間が遅くなります。
次回更新予定日→3/14 22時頃〜23時頃