5.
またまた大幅に更新が遅れてしまいました。
本当にすみません。
鏡花姉様と水月姉様から弓矢を教わった日から、一週間が経ったある日。
「ただいま戻りました!」
「ただいまです。」
休暇が取れたとかで莉優姉様と白雪姉様が帰ってきた。
「莉優姉様、白雪姉様、お帰りなさい!」
「お帰りなさい!」
「玲於、美雨、ただいま!」
「ただいま。…あ…水月姉様、ただいま戻りました。」
「お帰りなさい。今回はどのくらい居られそうなんですか?」
「私は三日です。莉優は四日。」
「そうなんですね。……二人とも、丁度いいところに帰って来てくれました。帰ってきてすぐで悪いのですが、少々お手伝いをしていただけませんか?」
水月姉様の言葉に莉優姉様と白雪姉様は揃って首を傾げた。
「玲於と美雨に教えたいことがあるのです。」
●
そのまま水月姉様に連れられて、いつも講義を受けている書斎へと向かった。
書斎に着くと、水月姉様は俺と美雨にいつも使っている大判の本を渡してこう言った。
「今日は忍びの身体のことについて教えます。」
その言葉を聞いて、白雪姉様は納得したように言った。
「なるほど、そういうことですか。確かに、現役の忍びがいなければ教えられないことですよね。」
と。
何のことか分からなかったが、とりあえず指定されたページを開く。表題は『忍びの身体とその不死性について』だった。
「忍びには、女神に能力を授かった時にもう一つ、祝福を授かっています。
それは、並外れた身体能力と不死性を兼ね備えた身体。
ヒトの身体の細胞には、制限が設けられているいる為に普段はその潜在能力の一割程度しか使われていません。
しかし、忍びは能力が目覚めた時、この全身のリミッターが外れる為、ヒト細胞が本来持つ力を最大限に引き出し、百パーセント使役することが出来るのです。
もう一つの不死性は、完全に不死身というわけではありませんが、これも能力が目覚めた時に覚醒します。
本にある図を見てください。」
水月姉様に言われて本を見ると、そこには人の身体の内側…皮膚の下辺りを循環する…何か青いものが描かれていた。
「これは【蒼液】というもので、忍びの不死性を保つ為の物質で血液のような液体です。
首の後ろ辺りから分泌され、体内を循環しています。
莉優、見せてあげてください。」
見せる……?と、頭にハテナを浮かべていると、なんと莉優姉様がどこからか取り出した小型のナイフで自分の左腕を刺した。
「えっ!?」
驚いて俺は声を上げ、美雨は立ち上がった。
しかし、その腕から血は流れていない。無傷だったのだ。
それだけではない。ナイフの刃がぐにゃんと…そうスプーン曲げをしたスプーンのように曲がっていたのだ。
「これは普通の市販のナイフです。
このように、普通の刃物や凶器と言われる類では忍びに傷を付けることさえ出来ません。
何故なら、表皮の下を循環する青い液体が表皮を瞬間的に硬化させ、攻撃を防ぐからです。
普通の刃物や弾丸の場合、刃物の方が折れたり、曲がります。弾丸は身体を貫かずに潰れてしまいます。」
「でも、忍びは義に反した忍びと戦うこともあるんですよね?武器が効かないんなら、どうやって戦うんですか?」
俺がそう質問すると、莉優姉様が「いい質問ですね。」と言って笑んだ。
そして、先程取り出したものとは何やら少し違う小型のナイフを取り出して、自分の腕を刺した。
刹那、蒼い閃光が迸った。ナイフからは蒼い液体のような物が滴り、傷口はキラキラと宝石か何かのように蒼く光っていた。
「これが、さっき水月姉様が言っていた【蒼液】。
今使ったナイフは対忍び専用武器と呼ばれる物で、能力以外で忍びを傷付けることが可能なものです。
これを使って、忍びは忍びと戦います。しかし、この武器を使っても…表皮の下が【蒼液】で満たされている限り、忍びの身体から血が出ることはありません。
それに加え、【蒼液】のお陰でこのように、すぐに傷も塞がります。捻挫や骨折もヒトの三倍の速さで治ります。」
莉優姉様が説明している間に、いつの間にか先程の傷が塞がっていた。
「ただ、怪我をすれば当然痛いです。ヒトも忍びも変わりません。
更に余程力が弱っていない限りは身体の何処かの部位を切り落とされても再生します。
……再生には結構な量のマナを使うし、その後の疲労感が尋常じゃないので実演はしません。……しませんからね?姉様?」
莉優姉様の言葉を聞いて、水月姉様は「残念です。」と言って笑った。莉優姉様は身の危険を感じたのか、白雪姉様の後ろに隠れた。
「冗談です。」と言った水月姉様の目が本気だったのは気のせいだろうか。
「では、忍びは死なないのですか?」
美雨が聞くと、白雪姉様は首を横に振り、否定した。
「そういうわけではありません。
それに、正確には血が全く出ないというわけではないんです。
忍びの死は大きく分けて二パターンあります。
復活する死と復活しない死。
前者の内の一つは、心臓を貫かれること。
【蒼液】があっても血が出る…忍びの弱点である心臓を貫かれてしまえば、忍びは死に至ります。
もう一つは、身体的なダメージを受けすぎること。
対忍び専用武器による攻撃を受けると、忍びはダメージを受けます。ダメージを受けると、その部位を動かしにくくなります。受け続ければ死んでしまいます。
しかし、この場合は……これが他の生き物とは違う忍びのずるいところで、七回から九回までなら忍びは生き返ることができます。この回数は女王により決められるのですが、前世の行い等により定められているようです。」
話を聞いて、俺はまるでゲームのキャラクターみたいだと思った。
ダメージはHPゲージが減る時のようだし、回数制限はあれど、死んでも復活するなんて……と。
「そして、もう一つ。
復活しない本当の死。これは三つ種類があります。
一つは、忍びが生命エネルギーをも自らの力として完全に使い果たしてしまった時に訪れます。また、生命エネルギーを使ってしまった状態で致命的な傷を受けることでも起こることです。
【蒼液】があっても、これは防げません。何故なら、外的要因によるものではなく、内的要因によるものだからです。
同じような理由で忍びは病には弱いです。死にはしませんが、流行りものなら普通より少しかかりにくいレベルでしょうか。そして、病には弱いので癌等の生活習慣病にかかってしまった場合は死んでしまうこともあります。
これが内的要因による死亡例です。
もう一つは忍びが自ら命を絶った場合。所謂、自殺です。
基本的に忍びは自分の心臓を対忍び専用武器で貫くことは出来ませんし、大抵の場合なら落下死もありません。溺死することもないです。忍びと乗り物がぶつかっても乗り物の方が壊れてしまいます。
しかし、一つだけ。忍びが自ら命を絶つ方法があるのです。それは……自らの意思で死を願い、高いところから飛び降りること。
これをしてしまえば、忍びは死にます。
死を願い、飛び降りた瞬間……【蒼液】が身体から抜けるのだと言われていますが、原理についての詳しいことは分かりません。しかし、そう言われているのです。」
「忍びで、自殺する人って……いるの?」
いるからそういう話が出るのだと頭では分かっていたのだが、忍びが自殺するという状況があまりよく分からなかった。
だって、忍びはこの世界の英雄的存在でこの世界を守っていて、人々から尊敬されていて、誰かから蔑まれることはない。自殺する要因なんか無いじゃないかと思うのだ。
「いるよ。特に多いのが【隠密】と呼ばれる派生組織に所属している者達ですね。」
俺の問いに答えたのは、莉優姉様だった。
「【隠密】とは、忍びの精鋭部隊で忍びの秘密を守る為に存在しています。主な活動は諜報活動と暗殺。
昔は…あっちの世界……忍びの存在が認識されていない世界で忍びの秘密を探ろうとした者等を主な標的にしていたらしいですが、今は少し違います。
一人の命よりも大勢の命のほうが大事だという考えで間引きと呼ばれる一般人の暗殺を行っているそうです。その対象は大量殺人鬼や私欲に目が眩んだ政治家等、様々。
けれど、全てが正義の名の元に行われるから私たちのような一忍びには止められません。
それに、流派毎に設置されている組織だから、派閥統率の姫や当主は迂闊に手は出せないそうです。
流派統率の姫や当主の命令にも従ったり従わなかったり。
間引きを阻止することは、ほぼ不可能。もしその邪魔をすれば、任務妨害で最大半年の謹慎処分っていう無茶苦茶な組織なんです。
更に厄介なのは手段を選ばないこと。対象を殺す為ならなんだってする。やむを得ず、忍びを殺すことだってあるらしいですね。」
莉優姉様が話した内容に俺は絶句した。
命を守る存在が命を奪うのか?否、理屈はわかる。大量殺人鬼によって大勢の命が失われているのに、警察が捕まえられない…とか、精神的な問題を抱えているから情状酌量……とか、そういうニュースとか特番をテレビで見てふざけんなとか、こんなやつ死んでしまえなんて思ったことは前世で多々ある。
だが、しかし……
「やるせないのは分かりますが、忍びの中の必要悪です。
一人の命と引き換えに大勢の命を救うことが出来る。それは、やるせないですが同時にある種の正義だと…私は理解していました。
ですので、次第に気にならなくなっていきます。それでもやるせないのなら、忍びとなった後、一度彼等の仕事に同行するといいでしょう。納得できない人向けにそういうプログラムも用意されていますから。
それに、今はそのことはあまり関係ありません。だから、そんな顔はおやめなさい。」
俺がどんな表情をしていたのかは分からないが、水月姉様はそう言って微笑んだ。
ぎこちなかったと自覚はするが、つられて笑うと、水月姉様は「それでいいのです。」と言って続けた。
「さて、そんな【隠密】の中で何故自死者が多いのか、ですが……
命を奪うのに疲れてしまったとかもうこれ以上殺したくないだとかが理由になるようです。
後は理解されないが故の苦しみですね。正しいと信じていることをしているはずなのに、間違っていると言われるのは苦痛以外の何ものでもありませんので。」
確かに、本当に間違ったことなら姫や当主が止めているはずだし、女王や神もそんなことはやめさせるだろう。
だが、それがなされていないということは、【隠密】は必要なものだということだ。
それを違った正義感から否定されるというのは、【隠密】に籍を置く者からしたら堪えるだろう。
水月姉様は話を切り替えた。
「特殊な身体を持つ忍びですが、幼少期……力に目覚めるまでの時期はヒトと全く同じ身体の作りをしています。
しかし、能力が目覚めると共に身体が作り替えられるので、その間激しい苦痛を味わいます。身体中の血が沸騰しそうな程に熱くて、逆流していくような感覚に襲われ、全身の骨や筋肉が悲鳴をあげます。激痛です。身体が出来上がるまで何日も眠り続け、その間苦しみ続けます。
それに耐え切り、見事能力を得た者のみが忍びとなれるのです。
苦しいですが、その代わりに強大な力を得ます。対価と思えば苦になりません。」
なるほど。ただでは力は手に入らないということか。世知辛い。
「……そうだ。水月姉様、この際ですし…擬似忍び技術のことを説明しても良いのでは?」
「そうですね。」
白雪姉様と水月姉様がそんなことを言っていたが、何のことやら分からずに首を傾げる。
「何の話です?」
「この後の授業の話です。次のページを開いてください。」
水月姉様の指示通りに次のページを開く。そこに書いてある表題は『擬似忍び技術について』だった。
「【蒼液】と忍びの話をしましたが、今度は擬似忍び技術の話をします。
擬似忍び技術とは【蒼液】を使って擬似的な忍びを作る技術のことを言います。
主に忍びとしての力が弱く無いに等しい者、忍びの家系だが能力が出なかった者、忍びと同等の力を望む者達の中で適正がある者を擬似的な忍びに変えるというものです。」
「そんなことできるんですか!?」
美雨が驚いたように声を上げると、白雪姉様は「出来ます。」と断言した。
「親となる忍びの【蒼液】を分泌場所に近いうなじ辺りから採取し、それを適性者の首の後ろから注射器等で打ち込むのです。
体内に取り入れられた【蒼液】は、忍びと同等の存在にヒトの身体をつくりかえます。これは忍びが能力を得る時と同等かそれ以上の苦痛を味わうそうです。
その代わり忍びと同格程に身体能力が上がり、運が良ければ能力を得ます。ちなみに、【蒼液】が混じったことにより、血液は青くなるそうです。
定期的なメンテナンスを行わなければ、能力を強制的に引き上げられた細胞は死んでしまいますが、そうまでして忍びになりたい者がいる……ということですね。
ちなみに、擬似忍びが多いのは群雲です。」
白雪姉様は途中で説明が面倒臭くなってきたのか、「何故か集まるらしいです。」と説明を締めくくった。
雑な締め方にぴくりと水月姉様の眉が動いたが、白雪姉様は相変わらずのマイペースで露ほども気にしていなかった。
「さて、ここで質問です。
何故【蒼液】を体内に取り込むと、ヒトの身体は変異するのでしょうか。」
本当に白雪姉様はマイペースだ。水月姉様が呆れている。
「怪異の血を取り込むと怪異になるのと原理は同じ…ですか?」
美雨が声を上げた。それを聞いて、水月姉様が怪訝そうな顔をした。
「教えていませんが、どこでそれを知ったのですか?」
「個人的に気になったので調べました。」
……知らなかった。美雨がそんなことを調べていたなんて。
「怪異の血に含まれる成分の中にはヒトや忍びの身体の中では死んでしまう細胞が含まれているのでヒトや忍びの身体を自分が生存していける環境に作り替えます。それにより、身体がその種族のものに変異してしまうらしいです。
だから、【蒼液】もそれと同じことなのかなって。」
「正解です。理論的にはそういうことになっています。」
「実証はされていないんですよね?」
「その通りです。」
白雪姉様は美雨の答えに満足そうに微笑んだ。
この後結構すぐ講義は終わり、いつものように鬼畜すぎる量の宿題が出されたのだった。
やはりこの宿題が一番鬼だと俺は思った。
●
「美雨が怪異のことを調べてたなんて知らなかった。いつの間にそんなこと調べてたの?」
水月姉様と特別講師二人の講義が終わった後、俺は美雨にさっき気になったことを聞いてみた。
「あー……うん。気になることがあって。」
「気になること?」
「内緒にするなら教えてあげる!」
なんだろうと思いながらも頷くと、美雨はキョロキョロと廊下を見回してから、俺の手を取り裏庭まで来た。
しーっと人差し指を唇に当ててから言った。
「父様も母様も年齢の割にすっごく若いでしょ?
それって、不老不死か不老だからかなって思ったの。それで気になって調べてたら、怪異の血のことを知ったんだ。
でも、怪異の特徴は無いし…不死の一族かなって思ったんだけど……そこから分からなくなっちゃった。」
相変わらず、美雨の好奇心と行動力はすごいなと思った。この好奇心に巻き込まれて何度酷い目に遭ったことか……
「…………協力しろとか言われても嫌だからな。」
「言わない。でも、せめて母様の旧姓でも分かればな……」
「旧姓?なんで?」
「怪異とか不死の一族って、苗字がある程度決まってるらしいの。だから、苗字が分かれば分かるかなって。
今度聞いてみようかな。教えてくれるかな。」
「教えてくれなかったら調べるとか言うなよ。手伝わないからな。」
「あ、それいいね。手伝ってよ。でもまずそれとなく聞き出せないかな。そっちが先だよね、玲於?」
「俺を巻き込もうとするな。」
そんな話をしていた時だ。
「そんなに遠回りしなくても、聞いてくれれば答えますよ。」
そんな声が聞こえて振り向くと、そこには母様の姿があった。
「母様!?なんで……」
「菜園にいたら、あなた達の声が聞こえてきたの。」
どうやら、知らず知らずの内に声が大きくなっていたようだ。
母様に「内緒話はもう少し小さい声でね。」と微笑まれ、なんだか居た堪れない。
「それより、母様!聞いたら教えてくれるって本当?」
「えぇ、なんでも答えるわよ。」
「じゃあ、母様の旧姓は?母様と父様は不老不死なの?」
美雨が一気に母様を質問攻めにする。流石にそれは単刀直入すぎるだろうと思ったが、母様は微笑んで全てに答えてくれた。
「私の旧姓は結束。不死の一族が第二家、結束の血を引く者。私は悠久の時を生きる力を持ってはいませんが、不老です。百五十年ほど生きていて、あともう百年ほどは生きることが出来ます。」
不死の一族とは…確か、女神から不死の力を賜った…忍びが過ちを犯さないように監視する一族だったはずだ。
忍びの中で唯一不老不死の力を引き継ぐが、不死の一族の者同士の子で条件が揃った場合のみ不老不死の力を引き継ぐことが出来、それ以外は老いずに人間より長く生きるだけらしい。
その違いは外見の特徴に現れるらしく、不死の子と呼ばれる不死の力を持った者は瞳の色と髪の色が全く同じで透き通るように白い肌をしているらしい。
……というのは、まあ水月姉様が講義の中で言っていたことだが。
「柳永…父様は竜の呪いを受けているから老いることは無く、私と同じくらい生きていてあと同じくらい生きるみたいです。不死ではありませんが……人より長く生きていることは事実です。」
呪いというのは名ばかりで、父様のことを気に入っていた竜が父様が瀕死の状態に陥った時に死なせまいとかけたものだという。
ちなみに、不老だからといって二人のそれは遺伝するものではないのだそう。
七年生きてきて初めて知った新事実。
母親と父親が不老だった。
いや、予感はしてたけども。
四月になったら忙しくなってしまうので三月中に出来るだけ投稿したいと思っています。
そして、今日から四日間は毎日投稿したいと思います。
次回投稿予定……明日21:00頃。