プロローグ 死というものは誰しも平等といえどちょっとこれは酷すぎる
“死は誰にでも平等に訪れる”とは、よく言ったもので、滅多なことがない限りは死ぬ直前まで人は今日自分が死ぬという認識はできないものだ。
最も、自殺や末期の病…等の例外はあるのだろうが。
もちろん、俺も。死ぬ寸前まで自分が今日死ぬだなんて考えてなどいなかった。
ただ、三徹必須という怒涛の繁忙期をなんとか耐え凌いでやっとのことで仕事を終わらせた帰り道でのことだ。
大学まではそれなりにエリート街道まっしぐらだったはずが、どこで道を間違えたのか今や超ブラック企業で扱き使われる社畜と成り果て、更にボッチな28歳童貞と来た。これは笑えない。
代わり映えのない日常に辟易としながら、いつも通り途中で買ったコンビニの袋片手に歩いていた時。その瞬間は唐突にやってきた。
その日は普段はあまり通らない路地の方から帰ってみよう等と思ったことが運の尽きだった。いつもの通りに大通りの方から帰っていればこんな目には遭わなかったのだろうか。否、今更考えても仕方ないか。
結論から言うと、俺は死んだ。死因は単純。事故死、だ。その理由が馬鹿げてる。なんと、マンションから飛び降り自殺をしようとした人の下敷きになったのだ。お陰で即死。
これは酷い。酷すぎる。神は信じない性質の俺だが、この時ばかりは神を恨んだ。確かにこの世には辟易としていた。社畜だったし、彼女もいなかったし、代わり映えのしない日々に飽きていたのも事実だ。だが、これは酷すぎる。自殺願望者の下敷きになって死んだ?そんな死に方あるか普通。つか死ぬなら人に迷惑をかけずに死んで欲しいものだ。死ぬ時に他の人を巻き込んじゃダメだろうが。…言っておくが、別に自殺を助長してるわけではない。飽く迄も持論として言っているだけだ。…いや、それでも助長していると言われるかもしれないな。
兎に角、俺は死んだ。死んだことに変わりはない。甘んじて受け入れようじゃないか。そう思った時だ。
気が付くと、俺は何もないただの真っ白い空間にいた。…ここ、どこだ?天国か?それにしては何も無さすぎるような…?
「初めまして。斉藤啓介さん?」
名前を呼ぶ声が聞こえて振り向くと、そこにはいつの間にか眩いほどに輝く純白の美しい大きな翼を持つ…美少女?…がいた。桜色のサラサラとした髪は翼と同じく光沢を持ち、細められた瞳は髪と同じ色で不思議な輝きを放っていた。
「あなたは…?というか、なんで俺は…ここに……。」
「何が起きたか、分からないわよね。自分が死んだことくらいは理解出来る?」
聴き心地の良い、ソプラノボイスが響く。問いかけに頷くと、少女は「よかった。」と言って微笑んだ。
「私の名は、サーヤ・ファル・エマ・イクシード。1681代目女王。“宇宙の女王”や“女王様”と呼ばれているのだけれど…要は最高位の神だと捉えてもらって構わないわ。天界の神達を統べる女神だから女王と呼ばれていて、1681代目というのは運命と正義を司る力を1681番目に受け継いだ女神、という風に曖昧にでも認識してくれればいいわ。」
見た目は完全に少女なのに…女神?しかも、最高神?…色々と飲み込めないことがあるが、そこはまあ置いておこう。
「…なんとなく、分かりました。で、その女神様が俺と話す…というのは、何か特別な御用なのでしょうか?…それとも、死んだ人間とこうして話すのは普通のことなのですか?」
少し言葉が雑になってしまうが、生前神だ何だというものはまるっきり信じていなかった為、死後神に会ったからと言ってそうそう変わるものでは無いのだから仕方ない。
それは目の前にいる女神もわかっているらしく、あまり気にした様子は無かったので幸いだと思う。
「そうね。普段はもちろんそんなことはしないわ。けれど、今回は例外で……まあ…端的に言うと、今回あなたは死ぬ運命ではなかったの。」
「…と、言いますと?」
「自殺願望者があなたの上に降ってきたでしょう?それの下敷きになってしまって死ぬ結果となった。でも、本来はあの女性……あなたの上に降ってきた自殺願望者も…あなたも、あそこで死ぬ運命ではなかったのよ。ふたりとも一命を取りとめる予定だった。けれど、運命が歪んで通報が遅れたせいでふたりとも死んでしまった。運命を歪めてしまった原因があるとはいえ、管理を怠った私たちの責任であることに違いはないから、まず謝るわ。ごめんなさい。」
そう言って、女神は深く頭を下げた。俺は最高位の神に頭を下げられていることに驚いて、慌てて言った。
「そんな…!どうか頭を上げてください。死んでしまったものは仕方ないですし……」
「本当に…?でも、さっき神を恨んだでしょう?」
そう言われて、俺はうっと言葉に詰まる。確かにその通りだ。だが、こうやって実際に謝られると……
「それは、そうですけど…言葉のあやといいますか……」
「そう……?なら、いいのだけど…」
言葉のあやと聞いて、女神は安心したように微笑んだ。…その美しさたるや、正に神々しいの一言でしか表せない。童貞には刺激が強すぎる。
なんとか意識を逸らして、そういえば…と、気になったことを聞いた。
「運命が歪んだと言っていましたが、心当たりがあるんですか?」
しかし、何故か女神はハッキリとした答えはせずにただはぐらかして答えるだけだった。
「えぇ……まぁ、ね。私は運命を操る神であり、天界における最高神だから。…その辺りは今はまだ詳しく教える訳にはいかないけれど、運命が歪んだということを由々しき事態と見て、神達と会議をした結果……私達はあなたに二つ提案をすることにしたの。」
「提案……?」
「失った命は元には戻らないけれど、あなたの霊のこれからを決めることは出来るのよ」
「これから…来世、ということですか?」
「そう。一つは…もう一度“斉藤啓介”としての人生をやり直す、というもの。この場合、死のタイミングがズレるだけで基本的な運命が変わることは無いわ。社畜になるのも変わらないわね。もう一つは…前世の生活に辟易していたあなたにはこっちの方がオススメなのだけど……全く違う世界で全く違う人間として生きる、というもの。まあ、要はテンプレね」
テンプレ、という言葉に年甲斐もなく興奮気味に反応する。
「異世界転生…ですか?」
「そうなるわね。この場合、あなたは私の管理する世界でもう一度生まれ、今までとはまるっきり違う名前で違う姿で違う声で違う存在として生きることになる。もちろん、また運命が歪んだらたまったものではないから私の加護をつけてね。悪い話ではないでしょう?」
異世界転生……なんて魅力的な響きなんだ。俺は生前は所謂ゲーマーというやつでラノベやアニメ好きなオタクでもあった。中でも好きだったのは異世界転生もの。悪い話どころか、最高だ!
異世界に転生すれば退屈な日常とはおさらばできる。その上、転生先は異世界であり、現代日本というわけでもない。似たような人生を歩むことは無いと思われる。…と、そうなれば聞いておきたいのはチート補正というやつ。こういう系の定番ならあってもおかしくないはずだが…そう思い、聞いてみた。が、
「それはダメよ。世界のバランスが崩れるもの。バランスが崩れるとどうなるかは体験済みでしょう?場合によっては運命が歪み…あなたみたいな人がまた出るかもしれないのよ?」
と、バッサリ却下されてしまった。そういうものなのか。…でも、まあそれもそうか。…というか、運命が歪んだのは世界のバランスが崩れた結果だったのか。ならば、態々自分のような不幸な奴を増やしたいとも思わないしそんなことをしてもらう必要も無い。
「…でも、まぁ……少し特別な力を授けるくらいはしてもいいわよ。加護持ちなら当たり前に持ってるはずだしね」
よっしゃ!と、心の中でガッツポーズ。“特別な力”というのが、どんな力なのかは分からないが…聞くと、一種の異能のようなものなのだとか。それに加えて、生まれるところも考慮してくれるらしい。より強い力となりそうなところを選んでくれるという。
「それで良ければ、そうするけど……どうする?」
こてんと首を傾げて聞いてくる女神。俺は迷わず……
「お願いします!」
と、言っていた。その瞬間、体が淡い光に包み込まれ、体が光の粒子となって溶けていくような感覚がした。
「二度目の人生、楽しんで。」
女神のその言葉を最後に俺の意識は途切れた。