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二度目の人生、色々普通じゃないらしい。  作者: 日菜月
第一章 高潔なる一族の三男坊
12/14

10.

 水月姉様の講義はどのくらい鬼畜なのか。

 その度合いを説明するのはかなり難しいのだが、内容を一つずつ列挙していくことにしよう。


 神話や忍びの知識についてはこの五年で叩き込まれた。だから、最近やっているのはそれ以外の学習だ。


 マナや力の使い方は広斗兄様の領分なので、水月姉様はその理論や構造。

 更には幾何学、算術、経済の仕組み、地理歴史、倫理、周辺諸国の文化や制度、医学、語学、生物学、地学、物理学、化学、古代語……とにかく、ありとあらゆる分野の中から毎回数個選出され、ひたすら教えられる。

 一日の終わりにはテスト。一週間に一回は総ざらい。一ヶ月に一回は五百問超えの超鬼畜テスト。


 最初は一般常識的な知識を少しずつ教えられていたはずなのだが、どうしてこうなったのかというと、理由は単純。

 俺はやってしまったのだ。前世の知識フル活用というとんでもない間違いを。

 美雨もそれらをあっという間に理解した。そして、急速なスピードで俺に追いついてきた。もしや、美雨は本物の天才なのでは?と、最近思う。


 それはさておき。

 結果、この通りの有様である。

 姉様は俺達が分かるのだと判断すると、全部すっとばして教えてしまうのだ。

 まだまだ若くて記憶力が十分すぎるほどある分、着いていけていると言っても過言ではない。


 更に最近、社交界でのマナーというものが追加された。

 そんなもの何の意味があるのかとも思った。だけど、忍びは(担当にもよるが)なんだかんだで王侯貴族と絡んだり晩餐会やパーティー、舞踏会に招かれたりすることもあるそうなので知らないよりは知っていた方がマシとのことで追加された。

 よって、四大大国と呼ばれる…和凪国、エルグラシア王国、イスフェラニア帝国、オルシェン皇国のしきたりや常識、ならわし、社交ダンスに食事のマナーとこちらもかなり詰め込まれている。

 その上、合格基準点が高すぎて何度もやり直しをさせられる。


 こんな鬼畜講義だが、俺と美雨が音を上げないギリギリを見極めて教えているのだから、タチが悪い。

 もっとも、水月姉様の性格的に音を上げた途端に興味を無くして教えてくれなくなりそうなので絶対に音は上げないつもりではいるが。



 しかし、水月姉様の鬼畜講義も実は一番マシだったりする。




 ●




 広斗兄様の訓練は三年前と比べて物凄くきつくなった。


 まず、【言ノ葉術】を正しく扱う為の発声練習と滑舌訓練。


 それから、【言霊】を文字に宿す【しるしの言ノ葉】という術を使う為に綺麗に字を書く訓練。

 これは、札や式神を使って術を扱うというよくある陰陽師のアレだ。

 札や式神も手作りである。広斗兄様曰く、買えなくはないが、買うと高いそう。


 次にマナの制御訓練と装飾品での効果差を無くす訓練。


 そして、【言ノ葉術】を文章として使う訓練。

 三年前に行っていたのは、単語で効果を起こすこと。これは、効果にムラが出やすい。イメージにムラが出やすいから。

 だが、文章だとまた違う。文章とは、こんな感じのものだ。


「【水】は【削る】、時をかけて岩を【削る】。

 ならば、【水】は【刃】。【切り裂く】、【鋭利】な【刃】となれ。」


 どちらかというと、日本の詩のような印象になるだろうか。

 まあともかく、これが文章だ。

 単語と単語を結ぶ助詞と言葉を使って、よりはっきりと効果をイメージすることができるのだ。


 【言ノ葉術】は、扱い方一つで効果が変わる。

 一人一属性という決まりを破ることのできる唯一の術だ。

 だが、自分の属性やある程度適性がある属性以外の属性を使うとかなり消耗するのだとか。

 俺は炎に適性があるようで──まぁ、まだ能力は分からないが──炎を使っただけでは、あまり消耗しない。しかし、水は結構消耗する。

 美雨は逆のようで炎を使うとかなり消耗している。


 ちなみに、三年前に試していた炎を出現させて、加熱し、その色を変えるというのを文章で行うとこうなる。


「【炎】は【燃ゆる】、【赤】に【燃ゆる】。

 【赤】は一番温度が低い。

 ならば、【炎】に【熱】加わりて、【白】くなれ。」


 分かりやすくなったように思えないだろうか。

 中には、流れるような言葉のせいでそう思うだけで逆にわかりにくいと言って単語のまま使う人もいるのだとか。

 こればっかりは使いやすい方を使うしかないのだが、俺は文章だとより正確に緻密に行える。


 広斗兄様の訓練は最近これだけではなくなった。

 【結界術】や【幻術】も加わったのだ。


 【幻術】は、【言ノ葉術】を使った式神や札の応用なので大したことは無い。


 問題は【結界術】である。

 【結界術】とは、その名の通り周囲に結界を張る技術である。

 しかし、その結界には無数の種類があり、その数およそ数百。

 広斗兄様はそれを全て俺達に教えようとしている。つまり、滅茶苦茶きつい。


 一日で【言ノ葉術】と【幻術】の練習をさせられ、必ず一日五種類は結界を使えるようにする。という鬼畜メニューである。

 こちらも十数日に一回、総ざらいのテストがある。


 術を使えば、力を消耗するし、疲れる。それがこんなメニューを組まれているのだから、察してほしい。



 だが実は、これも二番目にマシなのだ。




 ●




 他二人の講義や訓練と比較しても、鏡花姉様の訓練は頭がおかしい。


 なんと、うちの神社がある山の山頂から家までの間に殺す気満々としか思えない大量の罠を仕掛けて、


「一時間で戻ってこい。」


 なんて言うのだ。


 ちなみに標高、約千三百メートルである。家があるのは、約四百メートル地点。

 標高差九百メートルを罠を避けながら、高所で空気も薄い中、時間制限がある為に駆け下りる。

 未だに一時間をクリアしたことはなく、その度にペナルティが課される。それがまたきつい。


 更に頭おかしい訓練として、以前こんなことがあった。

 麓の町から見て、家のある山の更に向こう側に山があるのだが、急にそこに連れていかれたかと思えばこんなことを言われた。


「ここ、マナが濃い分魔獣だらけのとこだから。迎えに来るまで死ぬなよ。

 あ、ちなみに肉食獣多いから気をつけろ。

 あとたまに冷人(ヴァンパイア)族とかち合うから気をつけろ。あいつら飢えてると凶暴だからな。」


 である。

 魔獣とは、マナの影響によって凶暴になった獣を総称するものだ。


 そうして、それぞれ武器だけ持たされて本当に置いていかれた。

 実戦経験ゼロの状態で、である。


 実際は山に広斗兄様が結界を張り巡らせて、死なないようにはなっていたらしいが、それにしても酷い。酷すぎる。


 しかし、人間やれば出来るとはよく言ったもので、なんとか生き延びた。


 これは、流石に姉様に褒められた。

 それに調子に乗った美雨(阿呆)が「私達、天才かもね!」なーんて余計なことを言いやがったもんだから、鏡花姉様はにやりと笑ってこう言った。


「よしよし、そうか。天才だもんなぁ?

 分かった、じゃあこうしよう。」


 翌日。

 例の山に俺と美雨にしか反応しない罠が無数に仕掛けられ、「迎えに来るまで生き残れ。」と言われた。

 なんてこった。本当に余計なことをしてくれたもんだと思う。


 結論から言うと、生き延びた。生き延びたが、死ぬかと思った。酷い目に遭った。

 どんなかというと、足を挟み込む棘のないトラバサミのようなものに足を挟まれ、それを取ろうとして落とし穴にひっかかったところで魔獣化した巨大な狼と遭遇した。

 それでも、峰打ちでなんとか倒して浄化の唄で浄化した。命を奪うのは極力避けろと言われているからそうするのだが、ぶっちゃけ魔獣と出会って相手は殺す気満々なのに自分は峰打ち狙いというのはかなりきつい。本当にきつい。


 そんな訓練をほぼ毎日行っている。


 あとは、腕の力だけでロープをよじ登るとか、木登りだとか、高い場所から高い場所に飛び移るだとか、そんな訓練もしているが、正直これはまだ全然マシだ。


 鏡花姉様との打ち合いもほぼ毎日やっている。それをやってて思うこと。

 鏡花姉様怪物すぎる。勝てる気が全くしない。


 そんな鬼畜すぎる修行をこなしていると、他の時間は食べて寝るだけで本当に精一杯なのだが、一日二十四時間じゃ足りないと最近常々思う。




 ●




 いつものようにウォーミングアップ代わりの罠避けダッシュが終わり、道場に行くと、そこには何故か母様の姿があった。


「珍しいですね。母様がいるなんて。」

「鏡花に頼まれたんです。」


 俺の問いかけにそう答える母様。

 おっと、嫌な予感しかしないぞ。


 母様は回復系の能力を持っていて、最大限に引き出して使うことが出来る。そして、不老だからそれは今現在も衰えていない。

 今から行うのは鏡花姉様との手合わせ、打ち合い。


 ──私が現役時代に後輩を教えてた時は普通に骨の五、六本折ったよ。

 ──もちろん、回復系の能力を持ってた友人に付き添ってもらっていたからすぐに治したが……


 記憶の片隅からそんな鏡花姉様の言葉が甦ってくる。

 もう一度言うが、嫌な予感しかしない。


「もしかして今日から……」

「察したか?

 その通り。骨折れただけじゃ人は死なないしな。」


 やっぱり!!!!!!!!!!

 と、俺は心の中で絶叫した。


「まず最初に既に折れている状態で始める。」


 はい???

 あれ、俺十歳にして耳遠くなったかな。


「ごめん、姉様。もう一度仰ってください。」

「お前らはもう結構十分に戦えているから、最初に一本折った状態で行く。」


 聞き間違えじゃなかった!


「術を使うなりなんなりしていいから、その状態で戦ってみろ。」


 さっと血の気が引くのを感じて、美雨を見ると、口を開けて放心していた。


「玲於……」

「やるしかないっぽいよね……?」


 というわけで俺から。


「行くぞ。」


 刹那、視認できないほどのスピードで剣戟が飛んでくる。それを防ごうとして、刀を前に出そうとした瞬間、左腕に激痛が走った。


「いっ……!?!?」


 骨が折れるという経験したことの無い痛みに思わず目を瞑りそうになるが、それを我慢して木刀を構え直す。


 俺は折れた骨を完全に治癒する程の強い【言霊】は使えないので、とりあえず……


「【痛み】は【鎮まる】、【鎮まる】は【楽】

 【痛み】は【緩和】され、【楽】になる。」


 鎮痛と緩和の【言霊】を使うと、痛いけど我慢できない痛みじゃなくなった。


「【動き】は【素早】く、【狙い】は【正確】

 …【身体強化】。」


 次いでに術の使用が許可されたので身体強化も行っておく。何事においてもバフは重要だ。


「なるほど……そう来るか。折角、術の使用を許可したのに攻撃には使ってこないのか?」

「残念ながら、そういう【言ノ葉】はかなり消耗するのでやりたくないんです…!」


 それに、姉様がそう言うということは【言霊】を使った攻撃はあまり通用しないと考えた方がいいだろう。

 ブラフの可能性がないでもないが、そこは鏡花姉様の普段の化け物ぶりを考えると無いに等しい。


 飛んでくる剣戟をなんとか捌きながら、防戦一方というこの状況を打破する方法を必死に考える。

 折角術の使用が許可されたのだから、それを使わない手は無い。かといって、効果範囲が大きいものは使えない。効果が大きければ大きいほど、リスクが高くなる。消耗するし、反動も大きくなる。


 目前に迫ってきた木刀を両手で頭上に横に構えた自分のそれで受け止める。

 重い一撃にびりっと折れている左腕に痛みが走る。

 息を詰めて、半歩引きそうになる。


「痛いか?痛いだろうな。

 緩和と鎮痛を腕に付与したところで折れているという事実は変わっていないんだからな。」


 淡々と冷静に追い詰めてくる鏡花姉様。


「らあああああ!」


 声を出して、とにかく気合いで押し返す。

 痛い。引いてしまいたい。そう思った瞬間こそ、一歩前に出る。

 常々、姉様に教えこまれていることだ。


 脇腹に向かって蹴りが飛んでくる。


 ──避けられない。


 それがわかったから、横に飛んで衝撃を緩和しようとした。

 刹那、肋に左腕と同じような痛みが走る。


 折れた。


 既に身体に付与してある緩和と鎮痛のお陰で我慢できない痛みじゃない。折れた瞬間に痛かっただけだ。

 それに、脚の骨は無事だ。まだ立っていられる。


 間合いを取って、一度深く呼吸をする。

 大丈夫。まだ大丈夫だ。


 鏡花姉様は隙がない。隙がないからほんの少しのチャンスを狙う。でも、それではダメだ。隙がないならば、それを作らなければならない。


 打ち込む。


 ただひたすらに打ち込んだ。




 ●




 結果から言うと、一歩及ばず負けた。


 頑張った。俺は頑張ったと思う。というか、そう思いたい。


 最終的に左腕、肋、右脚、指の骨が折れ、打撲十数箇所に切り傷や擦り傷は数十箇所というとんでもない状況で姉様の首筋付近に刀の切っ先を近づけられた。

 まあ、行けると思って油断したら速攻で足を払われて転んだ拍子に首筋に切っ先を押し当てられたのだが。


「……まあ、初めてにしちゃ上出来だ。」


 というのが、鏡花姉様からの講評だった。

 母様に回復してもらいながら、姉様からの講評を聞く。


「だが、まだ踏み込みが甘い。踏ん張りも。だから足を払われるんだ。次いでに言うと、刀もまだまだ軽いぞ。正しく力が込められていない証拠だ。前にも言ったが、刀は縦からの力には強いが、横からの力には弱い。だから、正しく打ち込まねば、いずれ折れる。お前の打ち込み方だと、何十回としないうちに刀を折ってしまう。まだ成長途中とはいえ、もっと鍛えろ。それしか言えん。太刀筋は良かった。反応速度も上がってる。その状態でいつもの動きが出来るとは思っていなかったが、近しい動きは出来ていた。よくやった。及第点ってところだな。」


 滅多にない鏡花姉様からの賞賛の言葉に俺は嬉しくなった。そして、座りながらではあったが「ありがとうございました!」と、大きな声で言い、頭を下げた。


「次、美雨!」

「っ……はい!」


 美雨は俺の惨状を見て、不安そうにしていたが、始まってしまえば何のその。

 俺なんかよりも随分上手く立ち回っていた。


 【言霊】での鎮痛と緩和、身体強化のバフはもちろん、姉様に対してのデバフもかけていた。

 更に驚いたのはその戦いぶり。矢を放つ速度が以前見た時よりも格段に速くなっていた。そして、その連射速度もさることながら、弓矢を近接戦に応用するという離れ業を披露した。

 というのも、最初のうちは弓弦を引く力が残っていた。しかし、鏡花姉様の容赦ない腕への集中攻撃により、両腕の骨が折れ、弓弦を引くことが難しくなってきたところで弓を手放した。

 当然、鏡花姉様も外から見ていた俺も一瞬混乱した。その隙をついて、美雨は鏡花姉様の方に小型のナイフを投げ、それを鏡花姉様が弾いたところで、矢を手に持ったまま鏃で急所を狙った。

 その攻撃に鏡花姉様は一瞬怯んだが、その腕を掴み、そのまま美雨を放り投げ、首元に切っ先を突き立て──


「……参りました。」


 結果、俺同様に美雨も一歩及ばず負けた。


「美雨も初めてにしちゃ、よくやった。それに、玲於より長い時間持ちこたえた。上出来だ。」


 美雨は母様からの治療を受けながら、褒められて嬉しかったようで、はにかんだ。


「あれは……あの鏃の攻撃は水月仕込みだな?」

「…はい。弦が引けない状況になったら、そうしろと言われました。」

「現役時代、あいつとの手合わせで何度か同じ手を食らったことがある。だが、あのナイフでの撹乱は自己判断だな。私が水月のを少なくとも見ていると感じたからか?」

「そうですね……あれだけじゃ足りないと思ったから、撹乱をしないといけないだろうなとは思っていました。でも、結局負けてしまいましたけど……」


 そこは流石負けず嫌いの美雨。姉様と話しながらも膨れっ面になっていた。


「次やる時はもっと上手くやります。」


 美雨の言葉を聞いて、鏡花姉様は明るく笑う。


「そうだな。是非そうしてくれ。弓に関して、私から言えることは無い。狙いも正確だったし、速度も良かった。ただ、身のこなしが少しだけ遅いな。まだ玲於の方がマシだ。それは玲於よりも痛みに敏感だからだろう。仕方ないこととはいえ、今後もう少し【言霊】の使い方を工夫する必要があるかもしれないな。自身にかける鎮痛と緩和をより強力なものにするとかな。まあ、それは広斗に聞け。私は【言霊】は上手く使えんからな。」


 ……うん?


 姉様の言葉に引っかかって、ちょっと聞いてみた。


「姉様は骨を折られた時、どうやって戦っていたんですか……?【言霊】無しにはきついのでは……?」

「何を言う。鍛え抜いた身体とそれによる正確な攻撃があれば大抵の敵には勝てる。目の前の的に集中していれば、痛みは感じなくなる。」


 ……つくづくこの姉様は無茶苦茶だと思った。

 否、無茶苦茶なのはうちのきょうだい皆か。

次回更新予定日→5/10前後

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