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二度目の人生、色々普通じゃないらしい。  作者: 日菜月
第一章 高潔なる一族の三男坊
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8.

 これ以上温室にいるのもはばかられた為、俺と美雨は外に出た。


「もう少しお二人の機嫌がよろしかったら、一緒に遊べたかな?」

「さあ……?どうだろう?」


 そんな話をしながらアーサー王の部屋が見えるところまで行くと、そこにはまだ紅蓮さんがいた。

 紅蓮さんは俺と美雨を見てふっと笑った。


「あの二人に振り回されなくて良かったな。もう少し機嫌がよかったら、お前達二人を引っ張り回したかもしれん。お前らは下僕だとかなんとか言って。運が良いな。」

「えぇ……」

「それはちょっと……」


 明らかに嫌そうな顔をした俺達を見て、紅蓮さんはくつくつと笑う。そして、アーサー王の寝室の方を指さした。


「見てみろ。」


 紅蓮さんに言われて見てみると、その窓から黒煙のようなものが出て来るのが見えた。

 そして、それは鳥の形をとると、一直線に王都の方へと飛んでいった。


 ──呪詛返しだ。

 呪いをかけた相手に呪いを返してやる方法。

 父様が解呪出来なかったとは考えにくいから、きっとアーサー王の要求だろうと思った。


「終わったみたいだ。」


 そう言った紅蓮さんはほっとしたような柔らかい表情をした。




 ●




「「父上!」」


 紅蓮さんに連れられて謁見の間に行くと、すっかり回復したアーサー王の姿があった。

 エミリアナ王女とウィリアム王子は一日ぶりに父親と対面して余程嬉しかったのか、玉座に座る王に駆け寄り、抱きついた。


「エミリアナ、ウィリアム…!全く、もう……」

「良い。内輪だけなのだから、構うまい。」


 王はそう言って、王子と王女の頭を撫でると、紅蓮さんの方を見た。


「随分気に入ったようだな、紅蓮。柳永に睨まれるぞ。」

「なわけあるか。アーサー以外の小童の子守りなんぞ二度とごめんだ。いくらお前の頼みでも次は絶対に聞かんぞ。」

「ほう。エミリアナとウィリアムの子守りはしてくれるのか。」

「ま、たまにはな。」


 そう言った紅蓮さんはふっと笑う。

 そして、この会話から推測できること。紅蓮さんが俺や美雨のことを視ていてくれたのは、アーサー王が自分にかけられた呪いが俺達に影響を及ぼさないか心配してのことだったらしい。


 それから、別れの挨拶をして再び庭園に出た。

 そして、最初に【転移門(ゲート)】を通ってきた場所に行くと、再び紅蓮さんが【転移門】を開いてくれた。


 今度は疲れている母様と父様に遠慮して、広斗兄様と手を繋いで【転移門】をくぐろうとすると、紅蓮さんに呼び止められた。


「おい、小僧、小娘。手を出せ。」


 首を傾げつつも手を差し出すと、そこに紅蓮さんは大きな緋色の丸く固い何かを落とした。


「これって……」

「龍鱗?」

「そうだ。俺の龍鱗だ。何かあった時、一回だけお前達の身を守ってくれる。

 それから、他の龍や竜共と会った時に何かと便利だ。偏屈な奴でも話を聞くだけ聞いてくれる。多分な。」


 俺と美雨は顔を見合わせて、「ありがとうございます!」と言った。

 そして、【転移門】をくぐる。


 来た時と同じように目を瞑りながら、広斗兄様に手を引かれる。


「目を開けていいよ。」


 広斗兄様の言葉に目を開けると、そこは見慣れた…家の庭だった。

 帰ってきたのだ。家に。

 空は夕日で赤く染まり、鳶が真っ赤に染まった空を鳴きながら横切っていく。


 本当に濃い一日だったな、と、今日あったことを思い返す。

 午前中に広斗兄様と【言ノ葉術】の訓練をしたと思えば、午後には異国の城にいて、夕方には家に帰ってきている。


「それにしても、中々やりますね。二人とも。あの強情な龍に龍鱗をもらうとは。」


 白雪姉様がそんなことを言った。……というか、強情な龍? 明らかに他意のある言葉に首を傾げた。

 そういえば、なんとなく紅蓮さんも白雪姉様を睨んでいたような……?


 紅蓮さんと白雪姉様の間に何かあるのだろうか。


「ちょっとした因縁がありまして。……と言っても、私ではなく莉優が、ですが。」


 なるほど。

 莉優姉様の敵は白雪姉様にとっても敵、ということか。


「何があったんですか?」

「大したことは無いんですよ。ただ、莉優に対してちんちくりんと言っただけで。」


 白雪姉様の答えに俺は固まった。


「発達途中の多感な年頃の女子になんてことを言うんだと、ブチ切れたのです。莉優が。

 そうして滅茶苦茶に蟲の力を使って、うねうねした蟲が苦手な紅蓮様を懲らしめたのですが、それ以来二人の仲が最悪に……

 考えてみれば、よくそんなことをした娘の家に来たものですね。それほど父様を信頼してらっしゃるのですね。流石父様。」


 ──仕方なく、お前を頼ることにしたのだ。


 紅蓮さんが家に来た時に言っていた言葉を思い出す。そして、なるほどと思った。

 呪いは時間が経てば経つほど命を削る。真っ先に父様を頼らなかったということが引っかかっていたが、そういうことか。


 父様、これは怒っていいやつです。そう思って、父様を見ると、物凄い呆れた顔をして頭を抱えていた。


「貴女たちは、本当に……」


 母様もそう呟いて深ーい溜め息をつく。

 広斗兄様は最早呆れ返って何も言えないのか、ただ天を仰いだ。


「おかえりなさ……どうかしたんですか?」


 出迎えに来た美冬義姉様(ねえさま)がそんな様子を見て怪訝そうな顔をして聞いてきたが、俺と美雨はただ苦笑することしかできなかった。


「あぁ、そうだ。今回の件を報告しに戻らなければ。

 父様、母様、兄様、失礼します。

 美雨も玲於もまたね。」


 白雪姉様はそう言うと、今しがた通ってきた【転移門】から楠の拠点に飛んだ。


 呆れるほどマイペースな白雪姉様に美冬義姉様(ねえさま)除く全員がため息をつき、美冬義姉様(ねえさま)は首を傾げたのだった。




 ●




 ずっと、考えていたことがある。

 紅蓮さんに言われたことが脳内で反芻する。


 ──お前は本当に降魔か?


 あの言葉から考えるに、俺は降魔の血族ではないのだろう。ただ名を冠しているだけの養子。

 ならば、俺はどこの誰なんだろうか。


 ──白羽の血族だろうということは分かるが……


 母様……白羽の血族ということは、恐らく"結束"。不死の一族の血を引く者ということになる。

 では、俺は不死の子なのか。髪と瞳が同じ色ではあるが、黒髪と黒い瞳を持つ人はこの世に五万といる。答えはきっと否だろう。


 ──恐らくはあの二人が付けた名ではないな。

 ──お前の本来の父親か母親が希望を託して付けた名だと推測出来る。


 本来の父親か母親が希望を託して付けた大層な名前。

 どうして、俺はこの名前……玲於という名を付けられたのだろう。

 玲瓏の玲…玉の涼しげに鳴る音の形容。また、玉のように美しいさまを表す漢字。於胡の於…そこから離れない。また、感嘆を表す漢字。


 降魔は魔を(くだ)すという意味のある家名だ。【中央大陸】で一番最初に忍びを名乗った者を祖先に持つ、由緒ある忍びの家系であり陰陽師の血が混じった家。

 何故、俺はこの家にいるのだろう。


 結束は不死の一族の第二家。二番目に出来た家系。それならば、色々なところにコネクションを持っているだろう。

 なのに何故、俺は降魔の家に引き取られているのだろうか。


 降魔は世俗との関わりをあまり持たない。

 依頼してくる人や訪ねてくる人がいれば、対応はする。けれど、積極的に町に出ることはしない。

 和凪国の中心部からかなり遠い場所にあるから、買い物をする時も近所で済ましてしまうし、そもそも買い物自体あまりしない。

 それに近所といえど、この神社は山の中腹にある。近所とは山の麓の小さな町のことだ。鏡花姉様の道場もそこにある。

 水月姉様と広斗兄様は中心部にある職場に行く時、【転移門】を使っている。


 少し…というか、かなり浮世離れしていると思うのだ。


 降魔に引き取られる理由として考えられる条件は、

 第一に母親か父親のどちらかが最も信頼を置いていた人物が父様か母様だということ。

 第二に力のある陰陽師である父様の庇護下に置くため。又は、存在を隠すため。


 ならば……



 ──"俺"は何者なんだろう。




 ●




「玲於?」

「うわぁっ!?」


 驚いて肩が跳ねる。

 いけない、すっかり考え込んでいた。


 "驚いて、肩が跳ねた"。今起きた出来事を振り返り、嫌な予感がして手元を見ると、書きかけの御札に横一直線の線が入っていた。

 手を滑らせて書いてしまったようだ。


「あ、あー…! ごめんなさい、父様。」

「いや、構わないよ。

 それよりも、どうかしたのか?白雪ならまだしも玲於がぼーっとしているなんて。」


 俺の書き損じた紙を取り、新しい紙を机の上に置きながら父様はそう聞いてきた。

 それにしても"白雪ならまだしも…"って、父様の中の白雪姉様の印象はどうなっているんだと思いつつも、「考え事をしていました。」と答えた。


「考え事……何か悩み事か?」

「うーん…まあ、そのようなものです。」


 そう答えて、もう一度筆を持ってお手本となる御札の紋様と字を新しい紙に書き写そうとすると、父様が「よし。」と声を上げた。


「少し休憩にしよう。」




 ●




 縁側に出て、父様と並んで座り、入れてもらった茶をすする。

 そして、お盆に乗せられた削氷(けずりひ)──かき氷のようなもの──に手を伸ばす。


 この世界では十二星座を司る神に因んで、十二ヶ月がそれぞれ星座の名を冠している。

 牡羊の月から一年が始まり、牡牛の月、双子の月、蟹の月、獅子の月、乙女の月、天秤の月、蠍の月、射手の月、山羊の月、水瓶の月、魚の月。

 一応、季節区分は魚の月から牡牛の月までが春、双子の月から獅子の月までが夏、乙女の月から蠍の月までが秋、射手の月から水瓶の月までが冬になっている。

 ちなみに、牡羊の月の一日目…一年の始まりは日本で言う春分の日にあたるが、前世のように新しい一年の始まりを祝うことはない。

 閑話休題。


 何が言いたいのかというと、乙女の月──日本で言う八月下旬から九月中旬──は、秋の初めとはいえ、まだまだ冷たいものが恋しいのだ!ということ。


 匙ですくい口の中に含むと、氷の冷たさと氷にかかった蜜の甘さに頬が緩む。

 そんな俺を見て、父様は微笑んでまたお茶を啜った。父様は食べないのかと、聞いてみたことがあるのだが、甘味は好きだが食べられないのだという。

 その時はそれがどういう意味か分からなかったが、竜は甘味を好かないというから、その影響だろうと思う。


 こうやって一人で甘味を食べていると、どこからともなく美雨が現れて、ずるいとか私も食べるとか言ってきたりもするのだが、生憎今は鏡花姉様の手伝いで道場の掃除に行っている。

 そのことを少し寂しく思いつつも、削氷をぺろりと平らげると、父様が口を開いた。


「それで……さっきの考え事というのは、やはり自分の出自のことか?」


 ずばり当てられたことに驚いて、一瞬誤魔化そうかとも思ったが、誤魔化したところで父様にはバレるので素直に話すことにした。


「うん。

 この前、紅蓮さんにお前は白羽の血族だろうが降魔じゃないって言われて、じゃあ俺ってどこの誰なんだろうって。

 あとはどうして降魔に預けられたのか、とか。

 なんで世俗と距離を置いた生活をしてるのかなとか。」


 紅蓮さんに言われたと聞いた父様は「龍はなんで揃いも揃って無神経なんだ…」とぼやいたが、すぐに「分かっているだろうが…」と言って俺の目を見た。


「それはまだ話せない。

 玲於、お前は頭がいい。普通の子の数倍、頭がいい。

 今、お前に関する何かを話してしまったら、お前はきっと推理を重ねて結論に辿り着いてしまう。それは駄目なんだ。

 広斗から聞いただろうが、もっと大きくなって…今以上に色々なことを学んで理解したら……いずれ時が来たら、きちんと話す。

 これは、母様と父様と……お前のお母さんとの約束なんだ。」


 "お前のお母さんとの約束"

 そう言われて尚、追求しようとは思わなかった。


「具体的には……そうだな。お前が十二歳になって、牡羊の月になったら話す。いいな?」


 父様の言葉に頷くと、父様は「良い子だ。」と言って俺の頭を撫でた。


「じゃあ、なんで世俗と距離を置いてるのかも内緒ですか?」

「あぁ、それはなんてことはない理由だから構わないよ。」


 そう言って、父様は小さく笑った。


「ここが普通よりもマナが濃い場所だからだよ。

 降魔のような昔から続く忍びの家に生まれる子は、先祖の血が薄まってきていることがあるから、力が弱すぎるか…血を色濃く受け継いで強すぎるかの両極端なんだ。だから、それを安定させる為にこの場所に住み、この場所で時が来るまで子を育てることになっている。

 そして、訓練を始めるのが早すぎると力が弱い者にとっては毒になり、遅すぎると力が強い者にとっては暴走の危険が高まる。

 加えて、子供は力の制御をするのが難しい。

 だから、子供は出来るだけこの山の近くから離さず、離す時にはこの山と同じくらいマナが濃い場所に行く。…エルグラシアの王城は紅蓮がいるだけあって、ここと同じくらいマナの濃度が濃いから連れて行けた。」

「じゃあ、五歳の時…水月姉様と言い争ったのは……」

「そう。玲於と美雨がそのどちらなのか分からなかったからだ。

 だから、一般に一番早い訓練開始時期と言われる七歳頃からの方がいいと思っていた。しかし、水月はそうは思わなかったようだ。

 頭が良く、理解が早いというのは、早熟……早く能力が目覚める子や力の強い子に多い特徴だから、一刻も早く始めるべきだと力説されたよ。」


 あの時、水月姉様が青ざめたわけも、鏡花姉様が声を大にして反対したわけも、全てわかった。

 俺や美雨がもし力が強かったら。もし力が弱かったら。どちらの可能性がより強いか、その場合どうなるかを全て考えた上で言い争ったのだ。

 全て、俺と美雨の為。

 結局、姉様達は家族想いすぎたのだ。


 二人の言い争いのことを思い出して、ふと白雪姉様が言ったことを思い出した。


 ──力の暴走が、何を引き起こすのか。私は身をもって体験しています。

 ──それを、弟か妹か、或いはその両方か……ともかく、同じ苦しみを味わわせたいとは思いません。


「ねえ、父様。もしかして、白雪姉様って…その……暴走、したんですか?」

「あぁ、したよ。幼い頃から何度も何度も繰り返した。己に集まってくる膨大な量のマナを制御しきれず、何度もね。だから、補助要員(サブメンバー)になった。

 逆に莉優は力が弱いせいでマナの扱いが得意ではなくて、よく倒れていた。

 だから、白羽…母様は二人のマナの量を調節して、均等になるようにした。お陰で今はあの通りだよ。白雪も前科があって不安定になることもあるっていうだけで普通の忍びだ。」


 あの通り…とは、どの通りだろうか。なんて思ってみたりもするが、白雪姉様も莉優姉様も普通に忍びになったということだろうと解釈した。


「今は…何も気にせず、ただ学ぶことと己の体を磨くことだけを考えればいい。知識や術、体術は…身に付ければそれだけ自分を助けてくれる。

 玲於、とにかく学ぶことだ。学ばなければ、何も始まらない。」


 父様の言葉に俺はその目を真っ直ぐ見つめて「はい。」と答えた。

本日で毎日更新終了です。

ありがとうございました。


次回更新予定日→4/1前後

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