表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

麦わらぼうしの気弱な一ツ目さんは押しに弱い

作者: RAMネコ

大人の人って、もっと堂々と生きてると思ってたんだ。自身に満ちて、自分のやりたいことを推し進める、そんなとても強くなることを、『大人になる』てことだと思ってた。でも……なんか違うなぁ。


友達と市民プールで待ち合わせをしていて、浮き輪を腰に歩いていたら、変な大人の人に会った。大きな麦わら帽子に、『目が一つしかない大きなサングラス』で顔を隠す怪しい女だ。赤毛で背は小さい。本当に大人か?来ている服は文字入りで、ちょっとダサかった。


俺はこの女の人の後を追いかけた。刑事ドラマで見たことがある。こうやって、電柱に隠れながら犯人を追うんだ。ケーテルにはいつでも一一〇番で通報できる準備をした。それほどこの女の人は怪しかったんだ。もしかしたら、今よくニュースで見るテロリストかもしれない。


女の人は、なにかを躊躇うように脚を止めた。普通の車道だ。横断歩道と押しボタンが付いている。今まで俺や女の人が歩いてきた人がなんとか並んで歩ける細い道から、急に広がった。車道を渡るのだろう、と思ったら、女の人は急に振り返った!


「わっ!?」


女の人が、まるで怪獣にでもあったくらいに驚いた。ザリガニ並みに後ろへ飛び退いたが、そこは車道だ。危ない、と俺は彼女の手を掴んで跳んでいってしまわないよう踏ん張った。女の人は大人の癖にとても華奢な肉付きで軽かった。ちゃんと食べてるのか?


「危ないでしょ!なに考えてるんですか!」


車道に背中から跳ぶなんてありえない。例え驚いていてもだ。一歩間違えれば、車に跳ねられて死んでいた。産業道路だ。大型トラックが走るし、どの車も制限速度の六〇キロメートルをさらに超えた八〇キロメートルはだして走っている。危ないのだ。


「ご、ごめんなさい……」

「……大人なんですから、もっと周りを見て動いてください」

「うぅ……子供に馬鹿にされてる……」

「俺は子供だけど!馬鹿はアンタです!!」


あぁーーそういうことか。奇妙な一ツ目のサングラスは、女の人の目に合わせられたものだったようだ。彼女は、モノアイのデミだ。つまり少し個性的な、『大きな目が一つしかない顔』だった。一ツ目のデミは、奇形と大きな差が少なくて、嫌悪感を抱かれやすいらしい。奇形と似てるけどでもーー彼女にはこれが『健全な体』なのだと学校で習った。……気持ち悪い、てクラスのほとんどと同じ意見だったけど。もっと言えば、モノアイは他のデミと違って、わざわざ気分が悪くなったものの退出を認めていたり、見る見ないの選択が視聴の前にあった。


「横断歩道渡るの?」


大人のくせに、この一ツ目の人はおどおどしていた。でも、首を縦に振っているのだから、横断歩道の反対側に用事があるんだろう。知らんけど。


車道に並行な歩道、横断歩道から見れば直角の道からたくさんの人が来た。夏休みだから、ラフな格好ですごす人は多い。その集団は、目深に帽子を被った一ツ目の人に気がつくと、ギョッとした顔で早足に過ぎていった。車が側を走る音に混じって、「なにあれ?単眼?怖っ」と囁いていたのを聞いた。一ツ目のお姉さんの足が見る見る小さく、離れていった。


なるほど。


俺は一ツ目のお姉さんに手を出し、「手!繋いでこ。向こうに用事があるんでしょ?」彼女の手を引いて横断歩道を渡る。俺よりもずっと大きな手なのに、こんなに弱くていいのかと不安になる。市民プールには、もう少し遅れてもいいだろう。俺のことを気にしはしない、先にプールで泳いでいるだけだろう。


車道の熱されたアスファルトの舗装の上は、夏の太陽にさらに炙られていた。停止線の止まる車からは、エンジンがずっと唸りをあげ続けている。


「で?」

「……で?」


要領をえないなぁ、大人なのに。


「どこに行くんですか!用事があるんでしょ。一緒に付いて行きますよ。一人だと危なっかしいたらありゃしない」

「……申し訳ない……」

「思うならキリキリ目的地に案内してください。俺には付いていくしかできないんだから」


一ツ目の彼女はどこまでも、自信なさげに挙動不審だった。俺にはなんで彼女がここまで周囲を気にするのかわからない。……俺が浮き輪を腰に巻いているからだろうか?確かに浮き輪をプールや海以外でつけている人はあんまり見ない。変人かもしれない。……俺は浮き輪を外して手に通すことにした。恥ずかしいわけではないが、彼女が気にする目線かもしれないからだ。


「もっと堂々としてくださいよ。俺が恥ずかしいです」


俺は一ツ目の彼女に言った。暑い日差しの中で手を繋いでいるせいか、お互いの汗でちょっと滑る。暑いんだから仕方がない。


「ごめん……あと、気持ち悪いよね」

「何がですか。掌の汗ですか?お互い様です」

「じゃなくて……一ツ目なの……」

「生まれつきでしょ?知り合いは醜男ですけど、だからって悪い人間じゃないですよ」


何言ってんだ、この一ツ目は、と思ったが悪口になるほとんどの言葉は全て飲み込んだ。悪い人ではないんだろうけど、もう少し自信があればな。今までどうやって生きてきたんだか、そしてこれからが不安になる。大丈夫かな。子供に心配させる大人を見せるじゃないよ、もう……。


「あっ、家……ここだから」


ーーだそうだ。出会いの横断歩道から大した距離もなかった。逆に一人でこの暑い中何キロメートルも歩いていたほうが異常といえば異常だけど。とはいえ家に帰ってしまえば安心ーーそこまで考えて俺は「本当に?」という考えがよぎった。


「あのさ」


握った手が離れかけたとき、どうしてか俺は慌てたような声で、


「水着持ってる?」

「え……?」

「俺、これから友達と一緒にプールに行くんだ。あんたもどうかな、って」


駄目元だった。一ツ目の彼女の答えは予想できていて、


「……ごめんなさい」


その言葉はやっぱり予想通りだった。だから、これは気紛れだったのだ。俺に期待はなかった。ただ、もしかしたらの手助けができるんじゃないのかって、そんな心があったんだ。


「じゃ、泳がずに見学は?」

「そんなの、ダメでしょ?」

「まさか!日陰でなんとなく座っていても、誰も怒らないよ。泳ぎに行ってるんじゃなくて、涼む中で泳いでるだけなんだから」

「でも……」

「水着だと嬉しいけど、そこまではね。でも俺は、とても見たいけど。だって絶対綺麗だ」

「綺麗……?」

「うん!俺は好きだよ。だって誰よりも大きい目で、ずっとキラキラした宝石みたいな瞳だ」


一ツ目の彼女には押しが有力そうだ。俺が押すほどに、彼女は流されていく。なんだかんだで、彼女はプールに来るだろう。自分のことよりも他人に流されてしまうのは察せた。


「じゃ……ちょっとだけ、いるだけなら」

「やった!あなたならプールのアイドルだよ。ナイスバディだし、絶対ビキニ栄えするって」

「そういうのは……」


押して、押すと彼女は家から水着を持って出てきた。プールに行くのは確定してしまった。自信はまったくなさそうな目が、悲しそうに歪んでいる。この責任は俺がとろう。だからーー全力で彼女の為にも何かをしたい気分だ。綺麗なんだから。


気持ち悪いと吐く人間がいるなら、美しいと喧伝する人間がいてもいいだろう?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ