第9章5
軽飛行機だって、時速は二百キロ以上出るんだぜ。厚木から足柄までなら「あっ」と言う間に飛んじまう。
そのうち、山の斜面に沿って機体を上昇させていたロン毛野郎が、ポツリと一言呟いた。どうやらセスナの燃料は、保っても残り二、三十分の飛行が限度らしい…。
燃料計を気にしながら、ミミズの這い跡みてぇに蛇行する東名高速に沿って、足柄丘陵の山の上空を跳び続けていると、揺れる機体に悪態をつきながら、後部座席の三上の野郎が話しかけて来た。
奴は「飛び上がったのは良いが、着陸はどうするんだ?」って気にしてやがる…。
腹黒伊東と南の国のトラックに追い付いたは良いが、近場に飛行場が無けりゃ、あっさりと逃げられちまうだろ。
そしたら桐山の野郎の言い種が「機体の幅があれば、どこだって降りてやる…。こいつに乗っちまったのが、運の尽きだから、おっさん方には地獄まで付き合ってもらうぜ」だとさ…。
まったく野郎は、いいタマだ…。
順調に飛行を続けるセスナの正面にゃ、雲一つ無ぇ綺麗な富士山が、くっきり写っていやがるが、オレはコクピットの中で、生きた心地もせずに、嫌な汗を額に滲ませてた…。
「…居た!」
眼下に足柄のサービスエリアが写り始めた頃、操縦桿を握りながら片手で追跡装置を操作していた桐山が、ホッと一息つくように呟いた。
どうやら南の国のトラックが、探知圏内に入ったらしい。
怖々と、サイドウインドウから眼下を覗き込んだオレは、上りの車線まで埋め尽くした乗用車や大型バスが、数珠繋ぎになって西を向いたまま、朽ちかけている光景が目に入った。
半年前のゾンビ騒動で、首都圏を脱出した奴等の放置車両だが、良く見ると、そんな渋滞の間にも、押し出されたり踏み潰されたりした車両の跡が造る、通路らしき物が見えたのよ。
サルベージが目当てでゾンビの国にやって来たヤクザ野郎の仕業だろうが、腹黒伊東達を乗せたトラックは、そいつを辿って西に向かっているんだろう。
そのうち、ロン毛野郎が、南の国の軍用トラックを確認しようと、操縦桿のハンドルを押し込んでセスナを降下させたのよ。
…山の裾野の森林が、目の前に迫って来て、機体が真っ逆さまに落っこちるみてぇで、オレは思わず目を瞑っちまったっけ。
暫くして水平に戻ったセスナは、地上から五十メートル程の高度を保って、追跡装置が示す方向に、真っ直ぐ突き進んで行ったのよ。
この高さだと放棄車両の間から、オレ達を見上げるゾンビ野郎の姿まではっきり見える。
…丁度、軽飛行機が、御殿場インターの上空を通り過ぎた辺りだった。
「トラックだ…。見えたぜ!」
ロン毛野郎が、顎で前方を指しながら、上擦った声で話しかける。
オレは軽飛行機の計器板に身を乗り出して、そいつを確認しようとした。
…その時よ。
ガン・ガン・ガンと、機体に何かがブチ当たり、オレの側のサイドウインドウが、ビシッと音を立てて弾け飛んだ。
畜生め。…南の国の連中が、いきなりブッ放した小銃弾の洗礼を、まともに浴びちまったのよ。
焦った桐山は、セスナを急旋回させるが、その間にも、更に何発かの銃弾が、機体のジュラルミンに食い込む音が響いてた。
軽飛行機は攻撃を避けるため、急激に高度を落としながら、右へ旋回を始めた。
だけどこっちは、シートベルトも締めてねぇ不安定な体勢だろ…。
急降下の煽りを食らって、割れたウインドウのドアに、てめぇの体を、したたか打ち付けちまった。
その上どうやら、さっきの小銃弾攻撃で、ドアのロック機構がぶっ壊れちまったんだろう。…気が付いたときオレは、機体の外で主脚のタイヤに、しがみ付いてたんだ。
…フッ飛ばされて、機外に放り出されたオレは、正面から轟々と叩きつけてくる風に、体全体を煽られながら、強化プラスチック製のタイヤカバーを必死で抱え込んでいたって訳よ。
咄嗟の急機動で飛行コースを替えたから、銃撃される恐れは無くなったが、死に物狂いで右の主脚にぶら下がるオレの顔に、そのうち何やら、ぬめっとした熱湯が飛び散って来やがった。
…火傷しそうに熱いそいつは、機首のフェアリングの隙間から、ダラダラと滲み出してくるエンジンオイルだぜ。
どうやらさっきの流れ弾が、エンジンの何処かに当たったらしい。
漏れ出したオイルが、水平対向四気筒のマフラーに飛び散って、焦げ臭い臭いと、ブルースモークまで吐き出してるんだ。
オレは、このまま墜落しちまうんじゃねぇかと、嫌な想像しちまって、こっちを助け上げようと、半開きのドアから身を乗り出してる三上の声さえ聞こえなかった。




