第7章4
オレは、這うようにして、ロン毛野郎の側に寄ると、奴の横面を思いっきり引っ叩いた。
「寝てるんじゃねぇ。早く起きろ。この野郎!」
…桐山が、焦点の合わねぇ目を見開きながら意識を取り戻したんで、オレもホッとしたぜ。
オレが「兄ちゃん。大丈夫かよ」って話しかけると、「オヤジさんこそ、生き返ったのかい?」って、減らず口を叩きやがる。
桐山の野郎にそう言われて、我に帰ったオレは、てめぇの右足を確認した。
ゾンビ化が着々と進行しているらしく、小銃弾で撃ち抜かれた太股に痛みは感じねぇ。サブマシンガンのベルトで縛り上げた、股関節から下辺りにだけ、熱を持って痺れた感覚が残ってる。
ホントなら、動脈と静脈の血管を繋いでバイパス手術をしなくちゃならねぇらしいが、ゾンビの国じゃ医者は居ねぇし、手術道具も有りゃしねぇ。
…ゾンビ症候群の病原体が、全身に廻らねぇようにするにゃ、ベルトで緊縛して血流を止めておくしか手は無かったのよ。
それでオレは、三上の奴が、桐山の額の傷を手当てしている間、ゾンビになった左足の感覚を掴もうと、太股や脹ら脛の筋肉に意識を集中した。
不思議なモンで、どうなってるのかは知らねぇが、プルプル震える筋肉は、それなりに動くじゃねぇか。
起き上がったオレは、ギクシャクした足取りで、身を伏せながら、ロケット弾で吹き飛ばされた、マンション西側の壁の方に移動したのよ。
そのうち爆煙は吹き払われて、正面に朝日が照らす広大な飛行場が見えたんだが、攻撃してきた南の国の装甲トラックは、角を曲がっちまったのか、影も形も有りゃしねぇ。
…それでも、何匹かのゾンビ野郎がヨロヨロと進む方向や、ジーゼルのエンジン音から、北側の新青梅街道に向かったことが判ったぜ。
病み上がりの体から急に動いて、ふらついちまったオレは、桐山の野郎にトラックの行く先を伝えながら、爆風で転がったバックパックの側に行ったのよ。
体力を回復しようと、ミネラルウオーターのペットボトルをガブ飲みしながら、レーションの袋を取り出した。
手探りで、中身がなるたけ堅そうなラミネートパックの梱包を破ると、構わず囓り付いたが、そいつはチョコレート味のパウンドケーキじゃねぇか。
梅干しの入った「塩にぎり」なら文句は無ぇが、こんな時じゃ、我が儘も言ってられねぇか…。
オレは、幾つかの梱包パックを破ると、ミネラルウオーターで胃袋へ押し流すように、そいつを飲み込んだ。
オレが目を白黒させながら、レーションを食っていると、傷口の応急処置を受けたロン毛野郎が、てめぇのバックパックを引き寄せて装備品を身につけ始めやがった。
どうするつもりか、聞かなくったって判るぜ…。腹黒伊東や日本人民国の兵隊を、追いかけて行くつもりだろう。
持ち逃げされたミサイルを取り戻そうたって、一人じゃ無理だ…。
…オレは、桐山の野郎に助太刀するつもりで、話しかけようとしたのよ。
奴の名前を呼ぼうとした瞬間、右奥手のマンション居住部に通じる階段のドアから、何かがブチ当たる音が響いて来た。
…死人の街なら、逃げちまった南の国の兵士の他には、生きてる野郎は居ねぇはず。
妙な呻き声まで聞こえるから間違いねぇ。…ドアの向こうにゃゾンビ野郎が来てるんだ。
中島メガネ猿や、三上の奴も緊張した面持ちで、慌てて装備を担いだが、マズイことに、逃げ口はゾンビ野郎が体当たりする、階段のドアしか無ぇんだよ。
腐れ野郎は馬鹿だから、『ドアノブを捻る。』って考えは浮かばねぇらしいが、フルパワーのボディプレスにゃ鉄線入りガラスの小窓だって何時まで保つか判らねぇ。
バックパックを担いだオレは、てめぇの獲物『MP5サブマシンガン』と『日本刀』を抱えて桐山の側に行ったのよ。
桐山が、鉄製のドア越しに、QBZ小銃の5・8ミリ弾を一連射する。階段の扉に綺麗な弾痕が広がって、ゾンビの呻き声が一瞬途切れた。
オレは、恐る恐るガラス窓の弾痕から、ドアの内側を覗き込んだのよ。
…途端に黒い影が動きやがって、体当たりを再開した死人野郎の嫌らしく濡れた白い顔が、小窓を突き破って現れた。
腰を抜かしそうになったオレは、消音サブマシンガンを、そいつの額に押し付けて引き金を引いてやった。
三発の9ミリ弾はゾンビの頭を、スイカ割りのスイカに変えるにゃ十分よ。
…でもよ、ドアの向こうのゾンビ野郎は、そいつだけじゃ無かったみてぇで、呻き声と体当たりの音は続いてるぜ。




