第7章3
傷口の圧迫包帯を引き千切ると、銃創で抉れた太股に激痛が走って、思わずオレは呻き声を上げちまった。
そのうち、どす黒い色に変色した迷彩ズボンの裾の方から、ぬるっとした液体が滴り落ちて、赤いシミの跡がコンクリの床に広がり始めた。
…三上の野郎やロン毛兄ちゃんの驚く声を制したオレは、傍らに置かれたMP5サブマシンガンからショルダーベルトを取り外す。
そいつで、右足の股間の下辺りを、きつく縛り上げながら止血したオレは、ふうっと大きく深呼吸したのよ…。
それで踏ん切り付けたオレは、ゾンビ野郎の肉片やシミでボロボロになっちまった、左手の軍手を破り捨てると、ズボンの破れ目を押し広げ、灰色に変色した自分のゾンビの指先を、てめぇの傷口に押し当てた…。
札幌の研究室でゾンビ症候群の研究を続ける学者先生は言ってたっけ…。
左腕にゾンビ症候群を発症したオレは、学者先生が作ってくれた、ある種の治療薬のおかげで、ちっとは長生きできるんだが完全なゾンビ化は防げねぇ。
この間の診察じゃ、足の指先にゾンビ化の兆候が現れてるから「両足がゾンビになるのも時間の問題だろう」って、済まなそうに話してくれた…。
遅かれ早かれ、ゾンビの足に変わるんなら、この非常時よ…。今すぐにでも、変わって貰おうじゃねぇか。
腐れ野郎を、いやと言うほどブン殴ったオレの左手は、学者先生から餞別で貰った小指を無くしちまった上に、薬指や中指の肉まで抉れてゾンビの体液が滲み出してやがる。
そいつをオレは、てめぇの傷口に押し当てたのよ…。
…頭の天辺まで響くような痛みに、気を失いかけたオレの右足に、傷口から染みこんで右足全体にジワジワと広がる、痺れに似た感覚が伝わってきた。
熱を持って疼くようなその感覚は、半年前に経験した左手の時と同じよ。
そのうち、火照って燃えるような痛みが、傷口から全身に廻ってきて、オレはまた、夢の国に行っちまったんだ。
………。
「オヤジ。…何時までも、寝てるんじゃねぇ!」
怒鳴るような誰かの声で、意識を取り戻したオレの目に、朝焼けで薄らピンク色に染まった中島の猿顔が飛び込んできた…。
朝一番には見たくねぇツラだが、奴の切羽詰まった金切り声は、ゆっくり寝てる場合じゃ無ぇことを伝えてた。
…そのうち、ゾンビの街の静寂を破って、鼓膜を連打するような、自動小銃の射撃音が鳴り出した。
体を起こしたオレは、フェンスの隙間からC国製のプルバップ小銃をぶっ放す桐山の側に這って行ったのよ。
ロン毛の向こう側にゃ、QBZ-95で狙い撃ちする三上の姿も見えてるぜ…。
オレが覗き込んだフェンスの向こう側は、マンションから続く住宅街だが…、ちょうど三百メートルほど先には、何だか見覚えがある倉庫らしきものが有りやがる…。
その倉庫から、これまた見覚えのある装甲トラックが、走り出して来るじゃねぇか。
間違いねぇ。南の奴らのトラックだ。
どうやら奴等も、夜の移動は危険と判断して、明るくなるまで待ってたらしい。
そんなトラックの荷台の上に、パッパッパッと閃光が瞬いて、フェンスの鉄柱に当たった跳弾が、鋭い音を立てながら抜けていく。
…こっちがブッ放した小銃弾の一連射に「日本人民国」の奴等も応戦を始めやがったのよ。
朝日が差し始めたトラックの後ろにゃ、キャンバスカバーに包まれた、例の物の他に、何人かの人影が隠れてる。
…頭を低くして覗き込んだオレの目に、トラックの荷台の上で円筒形の細長いモンを、こっちに向けて構える人民服野郎の姿が写っちまった。
お目に掛かるのは二度目だが、そいつの威力は嫌と言うほど知ってるぜ。
オレは、ロン毛野郎が「逃げろ」って言う前に、転がるように建物の反対側へ移動した。
…三上の奴と中島のアホが、屋上の床に頭を抱えて伏せた瞬間、鼓膜を劈くような音がして、マンション側面の壁が爆発しやがった…。
吹き飛ばされたコンクリの破片が、石礫みてぇにオレ達を襲いやがる。その上、屋上は爆煙に包まれちまって、細けぇ砂粒で目も開けられねぇ。
咳き込みながら、三上や中島アホの名前を呼んだんだが、ロン毛野郎だけ返事が無ぇ。
爆煙でベールに包まれたような屋上の床を見渡すと、桐山の奴が、額から血を流して、倒れてるじゃねぇか。




