第6章4
…小声で「やれ」って、オレに呟きやがった。
武器も何も持って無ぇオレ達だが、平岡の野郎は知っていやがったのよ。
オレのゾンビの腕は、「凶器」だってことをよ…。
それから奴は、オレの左腕を掴んで自分の胸に押し当てるように、引っ張りやがった。
「…済まねぇ平岡」
…オレは、ランボーの厚い筋肉質の胸板に、開いた左手を押し付けると、そのまま指先を肋骨の間に食い込ませた…。
…ゾンビの指が、てめぇの胸に食い込むみてぇに感じてよ…、痛くもねぇのに、目蓋の奥から涙が溢れ出て来やがって、平岡の顔が薄ぼんやりと見え始めた。
ランボーの肋骨がへし折れる音は、鉄骨エレベーターの軋み音に紛れて、南の国の兵隊にゃ聞こえなかった。
平岡の苦痛に歪む顔は、ほんの何秒かの間だったが、一瞬動きを止めたエレベーターが、また動き出したときにゃ、奴はもうこの世と「おさらば」しちまってた。
オレは崩れ落ちそうな奴の体を支えると、南の兵隊どもに気取られねぇように、天井のライトが長い影を作る台車の脇の方へゆっくり移動していったのよ。
…ロン毛の兄ちゃんも、三上の野郎も平岡の様子には気が付いたらしい。
三上は、仲間の死に様を、きっちり目蓋に焼き付けるように、怖ぇえ顔しながらオレ達の動きを目で追ってる。
…学者先生の最近の研究じゃ、ソンビ症候群にやられた奴が、死んでからゾンビになって蘇るまでの時間は、最短で二~三秒、長い奴でも三十秒は掛からねぇらしい。
エレベーターが上に着くまでの間に、平岡の野郎が目を覚ましてくれりゃ、オレ達が助かる確率も高くなる。
…何しろ、人民服の兵隊は、ミサイルを無事に持って帰りてぇんだろうから、狭いエレベーター室の中じゃ、やたらと自動小銃も、ぶっ放せねぇだろ。
それでオレは、ランボーの胸を突き破ったゾンビの左手を、そっと引き抜きながら、赤い鼻の人民服野郎に少しずつ近づいて行った。
…平岡の体がピクリと動いたのは、その時よ。
「来た」
ランボーの体を突き放したオレは、台車の下側に身を伏せた。
…幾らダチだって、最初に噛まれたくは無ぇからな。
ゾンビになって目覚めたランボーは、唸り声上げながら目の前に居る赤っ鼻の人民服野郎に飛び掛かった。
何が起こったんだか判らねぇ赤っ鼻は、自動小銃の台座で殴りつけようとしたらしいが、ゾンビの馬鹿力には敵わねぇ。
…赤っ鼻が、悲鳴とも唸り声ともつかねぇ、叫び声を上げながら、平岡ゾンビに引き摺られ台車の上から滑り落ちた。
ミサイルを守る他の三人の人民服野郎は、何がどうなったんだか状況を確認しようと、仲間が落ちた台車の片一方側に寄って行く。
オレは、その隙を見逃さなかったぜ…。
台車の下の狭い隙間を無理矢理潜り抜けると、操舵輪がある前の方に移動して行ったのよ。
戦闘服の襟首が、台車のフレームに引っ掛かって邪魔しやがったが、破れたって構うモンか。
この時とばかりの早業で、グイと体を押し出して反対側に躍り出た。
…立ち上がったオレの目の前にゃ、慌てて腰のホスルターに手を延ばす、スミスの野郎が居やがった。
野郎は、台車の上からオレを狙い撃ちしようとしてやがる。
…だからオレは、ゾンビの左手を振り回して、スミスの向こう臑に思いっきり手刀を叩き込んでやったのよ。
…手応えじゃ、足の骨が折れたに違いねぇ。
スミスが白目剥きながら大の字になって、ひっくり返るのと入れ替わりに、オレは目当ての荷物に飛び付いた。
…オレの獲物。…バックパックの下から、白木の柄を覗かせる日本刀を台車の上に飛び乗りながら、一瞬で引き抜いたのよ。
オレの行動に気が付いて、咄嗟に振り向いた人民服三人組の一人が、怒号と共に自動小銃を向けてきやがった。
…畜生。ミサイルが邪魔で、奴等の側に行けねぇぜ。
…撃たれる。…と、思った瞬間。
軽い銃声と共に、そいつがガクリと前のめりに、ぶっ倒れたのよ…。
どうしたんだか判らねぇが、ゆっくりしてる場合でも無ぇ。
…地下の方から腹黒伊東や、キツネ目の指揮官がC国の言葉で怒鳴ってる…。
その上、下に残った人民服の兵隊が、異変に気付いて停止スイッチを押しやがったらしく、貨物エレベーターの上昇が止まっちまった。
オレは、あと数メートルで地上に達するエレベーターの台車の上で、直径七十センチの巡航ミサイルの上を飛び越えながら、残った人民服野郎に迫ったのよ。




