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終章 -帰還-

 俺は何一つ無い場所に立っていた……もはやそこに魔王はおらず、自分が誰かも分からなかった。

「ここは……そうか、俺は役目を終えたのか。後は朽ちていくだけ……」


 俺の望む安息はいくら待っても来なかった。ただ荒れ果てた世界でわずかな人が生きていくのを見守るだけだった。


 ああ……夢か、いつものだな……


 最近この夢を見ることが多い。魔王は俺が倒したし人類は今ではこの世界で栄華を極めているというのに、最悪な時代ばかりを夢に見る。

 人はいいことより悪いことを思い出しやすいと言うことだろうか……


「目が覚めたかい」


 俺を起こしたのは宿屋の主人だ。


「起きてこないからくたばっちまってるんじゃ無いかと思ったよ! まあ元気そうで何よりだ」


「大丈夫だ? ところでこの森で神隠しがよく起きるというのは本当か?」


「なんだい? あんたも領主様の息子の捜索係かい? もう何年になるっていうんだ? ご苦労なこったな」


 ここの領主の息子がこの森で行方知れずになったという話を掴んだのが一週間前、俺はその噂にすがってこの森に来た。

 もちろん行方不明者の捜索では無い。『俺自身が』神隠しに遭うためだ。


 分の悪い賭けだとは思ったが『死んだ』ではなく『行方不明』というのが肝心だ。


 俺はもう自身が死ぬ方法についての捜索は半ば諦めている。だが、行方不明というのがここでない世界への転移なら……俺はそれにすがることにした。


「そんなところだ。代金だ」


 俺はさっさと宿代を置いて出て行く。今度こそ自分自身に決着をつけるために。


 そうしては行った森の中心部に『それ』はあった。


「どう見ても転送用の魔方陣だよなぁ……」


 それは俺がこの世界に呼ばれたときに立っていたのと同じ文様の丸い魔方陣だった。


 俺はその魔方陣の中央に立って考える。


「確か……俺が呼ばれたときは何人もの生き血を生け贄に使ったって言ってたよな」


 だからお前には活躍してもらわないと困る、とも言っていた。

 それが本当なら話は早い。


 俺は腰のナイフを掴むと自分に突き立てた。痛みは無かった。


「さて……命の数は十分だろう。というか俺一人で百人分以上にはなるだろう」


 血が足下に溜まっていく。すると魔方陣の模様に沿って血が流れていく。


 少しして、魔方陣全体が赤く染まると鈍い輝きを放ち始めた。


「汝、異界へいくのを望むものよ、その地を思い浮かべよ」


 頭に低い声が響く。どうもそれが正解らしい。

 俺は地球の自分の家を思い浮かべる。


 するとまた声が響いた。


「無限の命を持つものよ、その命を捨てて異界への扉を望むか……」


「もちろんだ……とっくにここは満喫したぞ、さっさと転移させろ」


 魔方陣の光が紫になり、青く変わっていく。俺は意識が消えゆくなか満足感だけが心を満たしていた。


「おーい! あんた! 大丈夫かね?」


 そこは見知らぬ森の中だった。失敗か……と思ったが遠くから自動車の排気音が聞こえてきた。


「ここはどこだ? 今は何世紀だ?」


「おいおい、本当に救急車がいるかね?」


「冗談ではない。今は西暦何年だ?」


「ああ、21世紀だが……タイムスリップでもしてきた様な言い方だな」


「似たようなものだ」


 俺はどうやら地球に戻って来れたらしい。

 その後しばらくして俺は昔の昔の生活を取り戻した。


 あれはとても長い夢だったのではないかとさえ思うときがある。そんなときは胸に手を当てると分かる傷跡だけが荒れが夢ではなかったことを示すのだった。

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