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出会いと運命と祝福

 次の町への道の途中、女の子が倒れていた。


 こうして死ぬべきでない人は死に、俺みたいな化け物が生き延びる、全く世の中間違っている。


 そう思っているとその子の指先が動いた、どうやら生きているようだ。


 俺は回復魔法などは使う必要も無かったので使えないのだが、一応応急手当くらいはできる。

 その子を起こして様子を見ると、どうやら栄養失調か脱水、その両方かもしれないな。


 俺はバックパックから水を取り出す。多少の塩と砂糖もあるので水に混ぜて口元に持って行く。


 少女の喉がゴクンと動いた。水を飲む体力が残っているなら大丈夫だろう。


 俺は野営用のテントを設営し少女を中に寝かせて意識の回復を待つ。魔王がいなくなろうと貧困はなくなっていない。未だにこういう子供は後を絶たないのが現実だ。


 俺は世界を救ったと言うことになっているが、今じゃあせいぜい目の前の人間を助けるのが精一杯だ。


「あの……あなたが助けてくれたんですか?」


 テントの中から声がした、どうやら意識を取り戻したらしい。

 テントの中に入って少女を見る。


「ああ、目の前で死なれると寝覚めが悪いからな。とりあえず食え」


 ゼリー飲料を袋から取り出し渡す、固形物を食べる体力が残っているか不明なので念のためだ。


 少女はごくごくと飲料を飲み干し一息ついたようで俺に質問をする。


「なんで助けてくれたんですか? 食料だって貴重なんですよ、もしかして私の……」


 何やら言いよどんでいるが下心はないので訂正しておく。


「俺には食料は必要ないんでな。一応持ち歩いてるだけだ、別にどう使おうと困らんからな」


 少女は冗談か自分への配慮だと思ったようで涙を浮かべる。


「ありがとうございます……その……お礼はできないんですけど」


「いらん。食料はやるし次の町まで送ってやる。後は自分でどうにかしろ」


 目の前で死なれなければ後はどうでもいい。いちいち関わった全員の一生に責任など持てない。


「あの……旅人さんですか?」


「そうだが」


「私も連れてってくれませんか……行く当てがないんです」


 この子は俺に好意を持っているのだろうか、前の女房の最後がフラッシュバックする。

 俺はもう誰かと生きることはしないと決めている、別れは悲しい、必ず俺は置いていかれるのだから……


「やめとけ、こんな全うじゃない生き方するべきじゃない。普通に生きられるならその方がいいに決まってる」


「そうですか……おにいさん名前は何ですか? 私はフローラです」


「アイアスだ。覚えても覚えなくてもいいぞ」


 また俺の記憶に一人割り当てが増えた。きっとこの子のこともいずれ忘却してしまうのだろう、出会ったときから別れのことを考えるのが癖になってしまった。


「私の事情は聞かないんですか?」


 興味が無かった、この手合いの事情など相場が決まっている。


「きかんよ、とりあえず体力をつけろ。俺の手持ちも無限じゃない、せめて歩けるようにはなってもらうぞ」


 俺はそう言ってパンをぽいとフローラの元に投げて渡す。


「あの……アイアスさんの分は?」


「俺は食わなくても死なない、気にするな」


「そんなわけにいかないです! 食べ物がないと苦しいんです! ちゃんと食べてください」


 しょうがないので小型の固形食料を一ブロック取り出し一緒に食事を取る。

 この食料は不味いので食わない方がいい気もするんだがな、どうせ死なないし。


 むしゃむしゃとパンを食べ終わったフローラに干し肉を渡す、さっさと栄養をつけて自分で歩けるように放ってもらわないと困る。


「アイアスさんはどこへ行くんですか? いきたいところがあるんですよね?」


 俺は少し考えた後……


「天国……だろうかな」


 少しごまかすように言った。「あの世」というのも少し気が引けた。


「そうですか……でも大丈夫です! 平和な時代になったんですよ、生きるのはいいことです」


 生きるのが嫌になったのはいつからだっただろう、昔はこんな風に生きることが尊くて素晴らしいことのように思ってた……昔の自分を思い出した。


「お前だってどうせ辛いことから逃げてきたクチだろう? 何があったとは期間が世界はそんなにきれいじゃない……」


「大丈夫……神様っているんですよ! 私がこうしてアイアスさんに助けてもらったのだってきっと神様のくれたご褒美ですよ!」


 そもそも助けられないとならないような境遇にされたことは全く気にしていないらしい、こんな生き方をしていたはずの頃の記憶はもはやほぼ無い、それでも純粋にうらやましいと思った。


「じゃあ寝ろ。見張りは俺がやる。明日からは歩いてもらうぞ」


「でもアイアスさんが眠れないんじゃ……」


「最近悪い夢しか見ないんでな、できるだけ寝ないようにしてる」


 本当だった。最近は昔のことが自分を責め立ててくる。過去の自分に責められるよりは魔物の残党と戦った方がマシだ。何せ奴らは理屈をこねることがないからだ。


「私が少しくらいならできますよ」


「さっきまで倒れてたガキが急に魔物と戦えるわけ無いだろうが。俺に任せてさっさと寝とけ」


 突き放すように言うと俺は魔物よけのたき火に見入った。


 この炎が俺を焼き尽くせるのならどんなにいいのだろうか……一度焼身もやったことはあるがせいぜい沸きすぎの風呂程度という感覚しか得られなかった。 


 夜が更けた頃、牙ウサギが数匹現れた。


 俺は袋からナイフを取り出しテントの前に座る。自分だけなら放置してもいいがフローラがいるとそうもいかない。


 ウサギは俺に跳びかかってきた。俺は腕を出して噛みつかせる、痛みはない。


 噛みついて離れなくなったところで腕を上げてぶら下がったウサギにナイフを刺す。

 血が流れ顎の力が抜けたのか俺の腕からぼとりと牙ウサギが落ちた。


 仲間が何もできず死んだのに恐れをなしたのかほかのウサギはさっさと逃げていった。


 普段ならこの死体は放置するのだが……俺は今は食べる奴が板野を思い出し、ウサギの血抜きをして皮を剥ぎ解体して肉だけにしておいた。内蔵なんかは刺激が強いので少し離れたところに埋めておいた。


 陽光が山の向こうからさしてきた頃、フローラがテントから出てきた。


「おはようございます。あれ? 料理ですか」


「ああ、食べる奴がいるなら作ることくらいある」


「私のためですか?」


「そうだな」


 フローラは祈りを捧げた後、「いただきます」と言ってウサギのスープをすすっていた。


 今回の旅はフローラのこと以外は順調だった。

 盗賊や魔獣も出てこず無難に俺たちは都市に着いた。


 そこは大きな都市だった。

 本来の目的地はこの近くの村だったのだがここに来たのはひとえに福祉が充実していると評判だったからだ。


「いくぞ、教会だ」


「え? アイアスさんやっぱり神様を信じてるんじゃないですか!」


「違う、察しの悪い奴だな。ここはお前みたいなのでも平和に暮らしていけるんだよ。教会は孤児院も兼ねてんだよ」


「え……アイアスさんと一緒に行けないんですか……」


 驚いたようにフローラが言う。この短期間で俺に情が移ったらしい。


 とはいえすべてを捨てるための旅なのにほいほい拾っていくわけにはいかない。

 俺は俺にできる範囲のことしかしないと決めている、一生に責任を持つのは俺の仕事じゃない。


「ああ、お別れだ。まあ……達者で暮らせ」


「嫌ですよぅ、せっかく会えたんじゃないですか……奇跡みたいな者なんですよ……それなのにお別れなんて……」


 あまり気分のいい話ではないが出会いを大切にするのが悪いことだとは思わない。

 ただ……寿命があればそれもいいのだろう。だが俺と一緒にいるといつか先に旅立たれるのは目に見えている。そういった別れを何度も経験して俺の心はとっくにすり切れていた。


「その……なんだ……生きてればいずれ会うこともあるだろ。人は根無し草のような生活をするべきじゃない」


「うぅ……えぇ……ぐ……」


 言葉にならない嗚咽を湛えたまま俺たちは教会を目指した。


 そこは町の外れにあり小綺麗な白い建物だった。環境が悪くないのは一目で分かった。


 教会の前で掃除をしているシスターに話しかける。


「ちょっといいか?」


「はい、なんでしょう?」


「この子がここに来る途中に倒れてたんだ。身寄りが無いらしい。俺は旅人なのでここで面倒を見てもらえないだろうか」


「まぁ……こんな小さい子が……大丈夫ですよ。きっとその方が助けてくれたのは神様のお導きです。歓迎しますよ、友達もたくさんいますからね」


 フローラは優しく言葉をかけられても俺の手を強く握りしめてはなそうとしない。


「やだ……アイアスさんと一緒がいい……」


 俺はため息をついた。ごねる子供は苦手なんだ……

 コレではらちが開かないので俺は一つ約束をした。


「フローラ、お前がもし大きくなって旅ができるようになったら……俺に会いに来い。安心しろ、そのくらいまでは生きてる」


 こういう別れをしたのは初めてではない。無論、俺の方が長生きしているし、コイツが大きくなるまでに終わる旅だとも思えなかった。


「やくそく……してくれる」


「ああ、約束だ」


 フローラは俺の手を放し、シスターの方へと少しずつ歩いていった。名残惜しそうにではあるが……


「あなたもこの町で暮らしてもいいんですよ? ここにはそのくらいの仕事と場所はあります」


「いや、俺はここに残れない。事情があってな」


 シスターは少々残念そうにしながら俺にお決まりの言葉を投げた。


「あなたに神の祝福があらんことをお祈りします」


 その祝福に苦しめられているとは露ほどにも知らない皮肉な言葉だったが、せめてフローラには祝福があってもいいのではないか、などと考えながら未練を残さないようにすぐその都市を後にした。 

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